2016/01/09 - 2016/01/09
132位(同エリア493件中)
naoさん
かつての伊勢国の津と伊賀国の上野を結ぶ伊賀街道は、京都、奈良方面と伊勢神宮を結ぶ参詣道の一つとして使われていましたが、慶長13年(1608年)に津藩主として移封された藤堂高虎が津城を本城と定め、伊賀上野城には城代家老を置いたことから、藩の政治や経済を司るうえで最も重要な官道として、これらふたつの城を結ぶ全長約50km(約12里)の街道が整備されます。
街道筋には片田宿、長野宿、平松宿、平田宿の宿場が設けられ、官道としての性格を物語るように、宿場には津藩主の伊賀巡視のための御茶屋と呼ばれる休憩所が設置されました。
このように、官道や伊勢参りの参詣道として利用される一方、津方面からは海産物や塩が、また、上野方面からは油や綿など、人々の生活を支える物資が行き交うようになり、物流の大動脈としての役割も果たしてきました。
この伊賀街道に寄り添うように通る現在の国道163号線沿線には、今も人や物の往来で賑わった街道筋や宿場の面影を見ることができます。
伊勢国との国境の、三重県伊賀市上阿波にある平松宿は、元々、ここから1kmあまり東側の上阿波宿が再三大火に見舞われたことからこの地に移されたもので、伊賀街道随一の難所である長野峠をひかえた宿場として賑わいます。
関西鉄道(現JR関西本線)が明治32年に全線開通するとともに衰退の道を歩んだ平松宿は、国道163号線がバイパスとして町の東側を通ったことが幸いして、かつての町並みがほぼ往時のままの状態で残され、今も、漆喰塗籠の虫籠窓や格子をしつらえた、伝統的な町家が連なる静かな町並みを見ることができます。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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地元の方にお願いして、町並みにある空き地に車を停めさせてもらって町歩きを始めます。
こちらは、伊賀街道の長野峠側から平松宿へ向かう街道筋の光景です。 -
平松宿の北側の辻が見えてきました。
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辻を曲がって、いよいよ平松宿へ入ります。
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平松宿の町並みです。
木津川の支流、服部川に沿って南北に連なる町並みには、今も漆喰塗籠の虫籠窓や格子をしつらえた、伝統的な町家が連なる静かな町並みを見ることができます。 -
曲がってきた北側の辻を振り返った光景です。
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明治時代の中頃まで大火が絶えなかったと云う、現在の平松宿の町並みは・・・
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大火以降に建てられた町家で形成されています。
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関西鉄道(現JR関西本線)が明治32年に全線開通するとともに衰退の一途をたどった平松宿は・・・
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国道163号線がバイパスとして町の東側を通ったことも幸いして・・・
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宿場町当時の面影を彷彿とさせる風情をたたえています。
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あっちこっちと・・・
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宿場町の面影を楽しみながら町並みを歩いていると・・・
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とても違和感を覚える物が置いてあります。
いくら宿場町の面影を残しているといっても、住んでおられるのは現代の方なので、こんな趣味があっても不思議ではありません。 -
とても現代的な物を目にして、自分なりに納得しながら歩いていると・・・
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慶応2年(1866年)の年号が刻まれた、まさに宿場町当時の常夜灯が立っていました。
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常夜灯の屋根には、石から彫りだした鶏が佇んでいます。
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黒い漆喰壁に白い瓜型の虫籠窓が印象的です。
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こちらは正反対の白い漆喰壁の町家。
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でっ、その黒と白の間の路地から町並みを覗き見しました。
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こちらが路地から見えていた町家です。
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南側の町並みです。
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これだけ間口の広い町家だと、なかなか正面からの全景が写せないんですが・・・
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たまたま真向かいが空き地だったので、全景を入れることができました。
なおこの空き地には、『犬』、『七福神』、『松』、『大橋』、『亀』などの細工瓦で知られた大きな旅籠屋さんが建っていたようですが、残念ながら撤去された後でした。 -
かつて店舗を営んでおられたと思われる町家。
その頃の名残のショウウィンドウが残っています。 -
撤去された旅籠屋さんの南隣の町家。
ちなみに、左側に見えている空き地が旅籠屋さんの建っていた所です。 -
北側の町並みです。
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2階の窓建具のデザインに工夫を凝らしておられます。
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玄関先にお正月用の葉ボタンが置かれています。
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1階下屋を晒し葺にしている町家。
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1階の外壁が荒々しい土壁のままになっています。
これはこれで「味」があって良いものです。 -
かつての茅葺屋根を鉄板で覆った町家。
瓦を葺いたような姿をしているので、こんな既成品があるんでしょうか・・・。 -
茅葺屋根を鉄板で覆った町家は、この町並みでは1軒だけなのでよく目立ちます。
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町並みの要所には、こんな行燈が立てられています。
では、ここで引き返して車を取りに戻ります。 -
右手に大きな旅籠屋さんの建っていた空き地が見えてきました。
車を停めさせて貰っている空き地はもう少し先になります。 -
良い雰囲気の路地があります。
車をピックアップした後は、伊賀街道沿いに残されている史蹟に立ち寄りながら平田宿へ向かいます。 -
平松宿の外れには、「阿波の大仏さん」として親しまれている新大仏寺への道標が立っています。
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道すがら、かつての茅葺屋根を鉄板で覆った民家を見かけました。
棟の部分は瓦葺になっています。 -
「須原のお地蔵さん」と呼ばれている地蔵像。
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何が書いてあるのかと近寄って見ましたが、私には判読できませんでした。
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下阿波地区で見かけた、下見板張りの塀が見事な民家です。
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塀の中には、ナマコ壁の土蔵も見えます。
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下阿波地区の中でも、この辺りは「須原」というようです。
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先ほどの下見板張りの塀が見事な民家から、国道163号線を挟んだ先に立っている道標と松尾芭蕉の句碑。
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松尾芭蕉の句碑には、「から傘に 押し分け見たる 柳かな」の句が彫られているそうです。
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服部川の川向こうに良い佇まいの民家がありました。
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川岸からセットバックしながら、何段もの石積みで敷地が造られています。
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その民家の前には、三体の「山の神」が祀られています。
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左から順に・・・
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真ん中・・・
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右端の「山の神」。
いずれも簡素な石に「山神」とだけ彫られています。 -
旧伊賀街道と国道163号線が合流する少し手前には、小さな祠と「右なら道」と彫られた道標が立っています。
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