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平成28年1月17日、地域の「高津戸ウォーキングクラブ」の企画「日本橋の七福神めぐり」に参加した。七福神への信仰は、室町時代に始まり、500年にわたって日本人に受け継がれ、年々盛んになってきているという。日本橋七福神はすべて神社で構成され、日本で一番短時間で巡拝ができるという。<br />8時30分に土気駅集合、8時43分発の外房線に乗車、千葉駅で総武快速大船行きに乗り換え、9時59分新日本橋駅着。ここから七福神めぐりがはじまる。コースは室田恵比寿神社→椙森神社(恵比寿)→小網神社(福禄寿)→茶ノ木神社(布袋尊)→松島神社(大国神)→末廣神社(毘沙門天)→笠間稲荷神社(寿老神)→水天宮(弁財天)。恵比寿様が2か所、水天宮は工事中のため明治座の前の仮宮へ。ここで約2時間昼食を兼ねて自由行動となった。写真は小網神社。

日本橋七福神めぐり

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2016/01/17 - 2016/01/17

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山帽子

山帽子さん

平成28年1月17日、地域の「高津戸ウォーキングクラブ」の企画「日本橋の七福神めぐり」に参加した。七福神への信仰は、室町時代に始まり、500年にわたって日本人に受け継がれ、年々盛んになってきているという。日本橋七福神はすべて神社で構成され、日本で一番短時間で巡拝ができるという。
8時30分に土気駅集合、8時43分発の外房線に乗車、千葉駅で総武快速大船行きに乗り換え、9時59分新日本橋駅着。ここから七福神めぐりがはじまる。コースは室田恵比寿神社→椙森神社(恵比寿)→小網神社(福禄寿)→茶ノ木神社(布袋尊)→松島神社(大国神)→末廣神社(毘沙門天)→笠間稲荷神社(寿老神)→水天宮(弁財天)。恵比寿様が2か所、水天宮は工事中のため明治座の前の仮宮へ。ここで約2時間昼食を兼ねて自由行動となった。写真は小網神社。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル 徒歩
  • 宝田恵比寿神社。家康の江戸入府以前に、今の東京駅付近にあった宝田村の鎮守が起源とされる。御神体の恵比寿像は大伝馬町の名主馬込勘兵衛が家康から拝領したものと伝えられる。

    宝田恵比寿神社。家康の江戸入府以前に、今の東京駅付近にあった宝田村の鎮守が起源とされる。御神体の恵比寿像は大伝馬町の名主馬込勘兵衛が家康から拝領したものと伝えられる。

  • 宝田恵比寿神社。10月には商売繁盛を祈るべったら市が開かれ、多くの人で賑わう。

    宝田恵比寿神社。10月には商売繁盛を祈るべったら市が開かれ、多くの人で賑わう。

  • 椙森神社(恵比寿)。社伝によると平安時代の藤原秀郷が平将門の乱を鎮定するために戦勝祈願をしたところと伝えられる。室町時代に太田道灌が雨乞い祈願のために、山城国の伏見稲荷の神を勧請した。

    椙森神社(恵比寿)。社伝によると平安時代の藤原秀郷が平将門の乱を鎮定するために戦勝祈願をしたところと伝えられる。室町時代に太田道灌が雨乞い祈願のために、山城国の伏見稲荷の神を勧請した。

  • 杉森神社。現在の社殿は関東大震災で被災した後、昭和6年に鉄筋造りで再建された。

    杉森神社。現在の社殿は関東大震災で被災した後、昭和6年に鉄筋造りで再建された。

  • 街角の彫像。杉森神社から小網神社に向かうビルの前に置かれた像。

    街角の彫像。杉森神社から小網神社に向かうビルの前に置かれた像。

  • 街角で見かけた布袋様。

    街角で見かけた布袋様。

  • 住庄ほてる。「ホテル」でなく「ほてる」であることに、ある種のこだわりを感じた。

    住庄ほてる。「ホテル」でなく「ほてる」であることに、ある種のこだわりを感じた。

  • ビルに挟まれて頑張っていた昔ながらの商店が、ついに堪え切れなくなって転居した?。

    ビルに挟まれて頑張っていた昔ながらの商店が、ついに堪え切れなくなって転居した?。

  • 小網神社(福禄寿)。文正元年(1466)に悪疫鎮静の神として鎮座。社名は太田道灌が命名したといわれる。

    小網神社(福禄寿)。文正元年(1466)に悪疫鎮静の神として鎮座。社名は太田道灌が命名したといわれる。

  • 小網神社。社殿は昭和4年に建立された。

    小網神社。社殿は昭和4年に建立された。

  • 小網神社。

    小網神社。

  • 小網神社の福禄寿。

    小網神社の福禄寿。

  • 小網神社。舞台の造りが大変興味深い。

    小網神社。舞台の造りが大変興味深い。

  • 茶ノ木神社(布袋尊)。江戸時代この地は佐倉藩堀田家の中屋敷であった。この神社は堀田家の守護神として祀られていた。かっては社の周囲は土手芝で囲まれ、その上に茶の木が植えこまれていたという。

    茶ノ木神社(布袋尊)。江戸時代この地は佐倉藩堀田家の中屋敷であった。この神社は堀田家の守護神として祀られていた。かっては社の周囲は土手芝で囲まれ、その上に茶の木が植えこまれていたという。

  • 茶ノ木神社。

    茶ノ木神社。

  • 水天宮(弁財天)。現在、新社殿改築中。平成28年4月上旬遷座の予定。平成30年は江戸遷座200周年となる。

    水天宮(弁財天)。現在、新社殿改築中。平成28年4月上旬遷座の予定。平成30年は江戸遷座200周年となる。

  • 松島神社(大国天)。創建は口伝によると鎌倉時代の元享(1321)より以前とされる。ビルの中に取り込まれている。 <br />

    松島神社(大国天)。創建は口伝によると鎌倉時代の元享(1321)より以前とされる。ビルの中に取り込まれている。

  • 松島神社。

    松島神社。

  • 人形町通り。

    人形町通り。

  • 甘酒横丁。明治の初め頃、この横丁の入口南側に終わりやという甘酒屋があったことから、昔は「甘酒屋横丁といわれた。」

    甘酒横丁。明治の初め頃、この横丁の入口南側に終わりやという甘酒屋があったことから、昔は「甘酒屋横丁といわれた。」

  • 甘酒横丁。創業明治40年の双葉。自家製豆腐やがんもどきが評判。道端の長椅子に腰かけて甘酒を一杯。

    甘酒横丁。創業明治40年の双葉。自家製豆腐やがんもどきが評判。道端の長椅子に腰かけて甘酒を一杯。

  • 末廣神社(毘沙門天)。慶長元年(1596)、稲荷祠として鎮座。この地にあった吉原の氏神として信仰された。

    末廣神社(毘沙門天)。慶長元年(1596)、稲荷祠として鎮座。この地にあった吉原の氏神として信仰された。

  • 末廣神社。

    末廣神社。

  • 笠間神社(寿老神)。安政6年に笠間藩主牧野貞直が笠間稲荷神社から分霊して、江戸下屋敷に奉祭したのが始まり。牧野家のみならず、日本橋魚河岸の守り神として商人庶民を問わず、広く信仰を集めた。

    笠間神社(寿老神)。安政6年に笠間藩主牧野貞直が笠間稲荷神社から分霊して、江戸下屋敷に奉祭したのが始まり。牧野家のみならず、日本橋魚河岸の守り神として商人庶民を問わず、広く信仰を集めた。

  • 笠間神社。

    笠間神社。

  • 笠間神社。

    笠間神社。

  • 笠間神社。

    笠間神社。

  • 明治座。

    明治座。

  • 横断歩道の先が新社殿工事のため平成25年3月に明治座そばの仮宮に遷座した水天宮仮宮。ここの水天宮は久留米市にある久留米水天宮を総本宮とする多くの神社のひとつ。文政元年(1818)に当時の久留米藩主有馬頼徳が江戸・三田の久留米藩上屋敷に分霊したのが始まり。以来、安産・子授けの神として厚い信仰を得てきた。沢山の参拝客が訪れていた。この日もご覧のとおり沢山のお参り客でにぎわっていた。 

    横断歩道の先が新社殿工事のため平成25年3月に明治座そばの仮宮に遷座した水天宮仮宮。ここの水天宮は久留米市にある久留米水天宮を総本宮とする多くの神社のひとつ。文政元年(1818)に当時の久留米藩主有馬頼徳が江戸・三田の久留米藩上屋敷に分霊したのが始まり。以来、安産・子授けの神として厚い信仰を得てきた。沢山の参拝客が訪れていた。この日もご覧のとおり沢山のお参り客でにぎわっていた。 

  • 水天宮仮宮へのお参り客の烈。

    水天宮仮宮へのお参り客の烈。

  • 緑道入口の弁慶像。かつてこの周辺には江戸三座のうちの中村座と市村座が歌舞伎を上演し、また、浄瑠璃による操り人形の芝居小屋も数軒あり、庶民の人気を集めていた。操り人形で使われる人形の政策や修理にあたる人形師たちも住んでおり、人形町の名の由来ともなった。緑道の改修にあたり、歌舞伎十八番の中の人気の高い勧進帳の弁慶をここに設置した。

    緑道入口の弁慶像。かつてこの周辺には江戸三座のうちの中村座と市村座が歌舞伎を上演し、また、浄瑠璃による操り人形の芝居小屋も数軒あり、庶民の人気を集めていた。操り人形で使われる人形の政策や修理にあたる人形師たちも住んでおり、人形町の名の由来ともなった。緑道の改修にあたり、歌舞伎十八番の中の人気の高い勧進帳の弁慶をここに設置した。

  • 人形町通り。明治座の前で自由行動となった。まず、私は人形町の路地を散策しながら昼食の場所を探した。ランチメニューの中に「ぶっかけ醤油カツ丼」という聞きなれないカツ丼があったので、その店に入った。たまたま入ったのだが、この店は「世界のミフネ」をコンセプトにした「御馳走居酒屋三船人形町店」であった。ここで「ぶっかけ醤油カツ丼」を食べて、明治座前で再集合して、馬喰町駅から帰途についた。

    人形町通り。明治座の前で自由行動となった。まず、私は人形町の路地を散策しながら昼食の場所を探した。ランチメニューの中に「ぶっかけ醤油カツ丼」という聞きなれないカツ丼があったので、その店に入った。たまたま入ったのだが、この店は「世界のミフネ」をコンセプトにした「御馳走居酒屋三船人形町店」であった。ここで「ぶっかけ醤油カツ丼」を食べて、明治座前で再集合して、馬喰町駅から帰途についた。

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