2015/12/07 - 2015/12/07
183位(同エリア667件中)
元カニ族さん
2015年12月7日、紅葉の三溪園をめぐりました。
三溪園は横浜市中区本牧にある日本庭園で、明治時代末期から大正時代にかけて製糸・生糸貿易で財をなした横浜の実業家・原三溪(本名 富太郎)が、私費で造りあげたものです。
明治39(1906)年に一般公開された外苑と、三溪が私邸としていた内苑からなっていて、広さは約175,000?あります。
ここに京都や鎌倉などから集めた17棟の歴史的建造物があります。
写真はこの時期の特別公開された「聴秋閣」です。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん
三溪園 公園・植物園
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正門を入って大池に沿って歩き、藤棚から三重の塔を見たところです。
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大池の対岸には、観心橋が架かり小島に「涵花亭」が見えました。
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大池に面した藤棚です。
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鶴翔閣 (横浜市指定有形文化財)です。
原三溪が、住まいとして明治35(1902)年に建てた建築です。
現在では、さまざまな利用に対応可能な貸出施設として活用されています。蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん三溪園 公園・植物園
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鶴翔閣の全面にある蓮池です。
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御門から、原家が私邸として利用していた「内苑」の入いると、まず白雲邸(横浜市指定有形文化財)がありました。
蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん三溪園 公園・植物園
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白雲邸は大正9(1920)年にたたられたもので、原三溪が隠居所として夫人とともに暮らした数寄屋風建築です。
蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん三溪園 公園・植物園
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この門の横から、内苑の庭に入って行きました。
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まず「臨春閣」(重要文化財)がありましたが、この道はこの先に池があって行き止まりでした。
「臨春閣」は、紀州徳川家初代藩主頼宣が和歌山・紀ノ川沿いに建てた数寄屋風書院造の別荘を移築したものです。蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん三溪園 公園・植物園
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戻って、内苑を遠望すると。池があってその向こうに臨春閣の続きが見えました。
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池と臨春閣 です。
蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん三溪園 公園・植物園
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池の周りを迂回していくと「旧天瑞寺寿塔覆堂(きゅうてんずいいんとうおおいどう)」(重要文化財)がありました。
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桃山時代 天正19(1591)年、豊臣秀吉が、京都・大徳寺に母の長寿祈願のために建てさせた寿塔(生前塔)を納めるために建てたものです。
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池に架かる橋「亭榭」です。橋の上に屋根があるユニークな造りです。橋の上では新郎新婦の記念撮影が行われていました。
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「亭榭」を渡り、再び「臨春閣 」です。
蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん三溪園 公園・植物園
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臨春閣を背にして、坂道を登りました。
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何となく銀閣を思わせる「聴秋閣」(重要文化財)です。
蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん三溪園 公園・植物園
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紅葉のシーズンで、一般公開されていました。
この建物は京都・二条城あったといわれる徳川家光・春日局ゆかりのものです。蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん三溪園 公園・植物園
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聴秋閣の背後の遊歩道もこの季節だけの特別公開です。
蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん三溪園 公園・植物園
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建物の内部も公開されていました。
蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん三溪園 公園・植物園
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蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん
三溪園 公園・植物園
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聴秋閣の内部です。
蓮華院は、原三溪が大正6年(1917年)に三溪園内に建てた茶室です。 by 元カニ族さん三溪園 公園・植物園
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聴秋閣から石段を登って行きました。
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石段を登ると「月華殿」(重要文化財)がありました。
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月華殿は京都・伏見城にあった建物で、大名来城の際の控え所だったといわれています。
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月華殿の隣りに「金毛窟」がありました。
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金毛窟は、三溪の構想による一畳台目(1.8畳)の茶室です。
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その奥、道路の突き当りに「天授院」(重要文化財)がありました。
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天授院は、鎌倉・建長寺近くの心平寺跡にあった禅宗様式の地蔵堂を移したものです。
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元来た路をひき返しました。
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先に見た臨春閣の隣りに「春草廬」(重要文化財)がありました。
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三畳台目(3.8畳ほど)の小間は織田信長の弟・有楽の作といわれる茶室です。
広間部分は、三溪園に移築後に増設されたものです。 -
幾組もの新郎・新婦の記念撮影があちこちで行われていました。
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蓮華院です。
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蓮華院です。大正6(1917)年、三溪の構想による茶室です。
ここまでは内苑で、外苑に移りました。 -
外苑では、まず「旧燈明寺三重塔」(重要文化財)がある小山に登りました。
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三重の塔は木津川市の旧燈明寺(廃寺)にあった建物で、室町時代に築かれたものです。
これを三溪園に移築し、現在関東地方にある木造の塔では最古のものです。 -
小山の上から見下ろすと、紅葉の間に旧燈明寺の本堂が見えました。
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小山を下りると「横笛庵」がありました。
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「横笛庵」は、奈良・法華寺からの移築といわれていますが、詳細は不明です。
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白川郷から移築した大きな合掌造りの民家「旧矢箆原(やのはら)家住宅」(重要文化財)がありました。
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中に入ることが出来ました。
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「旧矢箆原(やのはら)家住宅」に並んで「旧東慶寺仏殿」(重要文化財)がありました。
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「旧東慶寺仏殿」は、縁切寺で知られる鎌倉・東慶寺にあった禅宗様式の仏堂です。
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先ほど、小山の上か見た「旧燈明寺本堂」(重要文化財)に行きました。
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「旧燈明寺本堂」も室町時代の建築で、旧燈明寺三重塔と同じ木津川市からの移築されたものです。
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本堂です。
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本堂には、仏像が安置されていました。
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最後は、三溪園天満宮です。
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園内を回り終えると、すでにあたりは暗く、日没の時刻になっていました。
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