2015/11/15 - 2015/11/15
110位(同エリア201件中)
ガッサンさん
樽見鉄道は大垣〜樽見間、34.5km。1984年に大垣〜神海間を第三セクター化、1989年に神海〜樽見間を延長開業した。谷汲口駅周辺や樽見の淡墨桜など沿線に桜の名所が多い。主要な駅には桜が植えられている。花時分には乗客の鼻先にまで桜が迫ってくる、という。桜、桜、桜 ― 日本一の花見鉄道と言われる所以である。樽見駅から無料バスが「うすずみ温泉」へ連絡しています。
樽見鉄道沿線は、NHK 大河ドラマ【国盗り物語・春日局】の2作品の舞台になりました。司馬遼太郎の原作本を購入し、何回も読み返した思い出があります。国盗り物語のときは当時、横浜市から稲葉山城(岐阜城)まで来るのが精一杯でした。天守閣から一面に広がる濃尾平野を眺め、斉藤道三・織田信長も、「美濃を制する者、天下を制する」を心に刻んだに違いない。
春日局時は、美濃「谷汲」で生まれ、幼少期を過ごした。地図で「谷汲」を捜すと、名鉄谷汲線に「谷汲」の地名があった。樽見鉄道路線に「谷汲口」という駅がある。従って、この沿線であることは確かだ。大垣まで出張で来る機会は多々にあった。何故か訪れる機会を逸してきた。
今回は樽見鉄道の車窓から、古くから「本巣郡」と言われた土地を眺めました。何故かしっくりと来ません。もっと触れたい、という思いが強いのでしょうか。桜の季節に来て、この本巣郡を歩きたいと思います。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 新幹線 私鉄
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岐阜県本巣市のうすずみ温泉は、根尾の山々を望み、豊かな自然を堪能できます。
泉質はナトリウム塩化物泉(高張性弱アルカリ性低温泉)
この地方(山間部)では珍しい泉質で塩化物イオンとナトリウムイオンが1リットル中4,000mgを超え、海水を2.5〜3倍に薄めたものと酷似していることから「太古の海の温泉」と言われる。
調査の結果、源は伊勢湾の太古の海水ではないかと考えられています。うすずみ温泉四季彩館 宿・ホテル
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玄関を入ると、真正面に大きな「淡墨桜」の絵がありました。
うすずみ温泉四季彩館 宿・ホテル
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うすずみ温泉のロビーとフロントです。
うすずみ温泉四季彩館 宿・ホテル
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駅前には樽見鉄道全線開通記念の石碑と、国鉄樽見線誘致に尽力された宮脇留之助氏の銅像があります。
氏は明治四年七月、本巣郡根尾村樽見に生まれる。
当時の村民生活の窮状を座視出来ず、根尾の開発と発展を念じ若冠二十九歳で村会議員に初当選。
以来六期又本巣郡郡会議員に初当選以来、二期に亘り電信電話の開通道路の改修。治山事業等に尽力するほか、名木薄墨桜を中心に付近一帯の開発を提唱、その実現に努力。
又この間国鉄樽見線誘致のため、村内外の有力者と相提携し猛運動を展開。漸く大正十一年四月大垣−樽見間が鉄道敷設法により敷設定鉄道路線に認定され、今日の開通の基礎を築く。
これらの公益事業のため全私財を投入貧苦に喘ぎながらも、根尾村をこよなく愛し、発展を念願し続けた氏は昭和十八年十月七十二歳で生涯をこの地で終えた。樽見駅 駅
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「うすずみふれあいプラザ」です。樽見駅の待合室を兼ねています。
樽見駅 駅
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「うすずみふれあいプラザ」の中です。(外と隔てる物がありません)。待合室は回廊状になっています。
ちなみに淡墨桜の開花時期は、発車1時間前ぐらいに並ばなければ座れないと思います。樽見駅 駅
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樽見鉄道の樽見駅のホームです。向こうに見えるのが樽見の街並みです。
樽見駅 駅
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樽見鉄道の樽見駅のホームです。大垣方面を見ると、トンネルが見えました。樽見は山間の町であることがわかります。
樽見駅 駅
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「紅葉列車モレラ号」が到着しました。
樽見駅 駅
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「紅葉列車」モレラ号から観光客の一団らしき人達が降りてきました。
樽見駅 駅
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列車から大勢のツアー客が降りて来ました。(広場の駐車場に大型バスが待機していました)
この列車は折り返し運転します。この列車に乗車し、大垣に向かいます。樽見駅 駅
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列車は樽見駅を離れます。
樽見駅 駅
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おりべ駅です。ホームの看板に「古田織部の里」とあります。
古田織部は天文12年(1543年)、美濃国本巣郡の山口城主・古田重安の弟・古田重定の子として生まれ、後に伯父・重安の養子となったという。 家紋は三引両。『古田家系図』に重定は「茶道の達人也」と記されていることから、重然も父の薫陶を受け武将としての経歴を歩みつつ、茶人としての強い嗜好性を持って成長したと推測される。
天正10年(1582年)から千利休の書簡に重然の名前(左介)が見える。この間に利休と知り合い弟子入りしたものと考えられ、のちに利休七哲のひとりとされる。天正19年(1591年)に秀吉によって利休の追放が決まると利休と親交のあった諸将が秀吉を憚って現れない中、重然と細川忠興のみが堂々と利休の見送りを行った。利休死後は、天下一の茶人となった。
経済界と様々なつながりを持ち、全国の大名に多大な影響を与える存在であり、二代将軍・徳川秀忠の茶の湯の指南役にも抜擢されている。
駅名の織部とは、安土桃山時代、織田信長、豊臣秀吉に仕えた武将(茶人)古田織部の出生地が本巣市(旧本巣郡本巣町)であることに由来する。織部駅 駅
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樽見鉄道は単線により、下り/上りの列車が本巣で交換の為、待ち合せをします。
本巣駅 駅
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夕闇迫る本巣郡。この土地は司馬遼太郎原作「国盗り物語」の舞台として度々登場した。訪れたい土地の一つであった。
豊臣秀吉が木下藤吉郎と呼ばれていた時代、西美濃三人衆を智謀の限りを尽くし調略し、織田方に寝返りさせた。秀吉の出世を開いた土地である。
樽見鉄道線に北方真桑駅(きたがたまくわえき)がある。この真桑の地名は、マクワウリ(真桑瓜)から来ている。
2世紀頃から美濃国(岐阜県南部)真桑村(のちの真正町、現:本巣市)が良品の産地であったことから、マクワウリの名前が付けられた。
真っ黒な顔をくしゃくしゃの笑顔で真桑瓜を行商しながら、情報を集め調略/籠絡を進め歩く秀吉。竹中半兵衛が真桑瓜は売れていますか、と探りを入れるシーンが印象深かった。後年、太閤になってお伽衆で劇をしたとき、太閤の真桑瓜を売る様はまるで本物以上だった、と司馬氏は書いています。
この樽見鉄道に乗車して、国盗り物語の世界にほんの少し触れられたような気がしました。まだ物足りませんが、私の訪ねたい所の一つに来ることが出来ました。本巣駅 駅
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NHK大河ドラマ「国盗り物語」放映の年に訪れ、稲葉山城(現岐阜城)天守閣を撮影。
「美濃を制する者、天下を制する」この地の利に目を付けたのが斉藤道三である。
道三は明応3年(1494年)に山城乙訓郡西岡で生まれたという。先祖代々北面武士を務め、父は松波左近将監基宗といい、事情によって牢人となり西岡に住んでいたという。道三は幼名を峰丸といい、11歳の春に京都妙覚寺で得度を受け、法蓮房の名で僧侶となった。当時、知恵者第一と言われ、切れ者だった。
油問屋の奈良屋又兵衛の娘をめとった庄九郎は、油商人となり山崎屋を称した。大永年間に、庄五郎は油売りの行商として成功し評判になっていた。その商法は「油を注ぐときに漏斗を使わず、一文銭の穴に通してみせます。油がこぼれたらお代は頂きません」といって油を注ぐ一種のパフォーマンスを見せるというもので、美濃で評判になっていた。その後、
知略を尽くし油売りから美濃一国を乗っ取ってしまう。この時期の物語は大変興味深い。
天文8年(1539年)には居城稲葉山城の大改築を行なっている。この大改築は現在ある天守閣のデザインを作った、と言われる。商人上りの道三は楽市楽座などにも力を入れ、改革していった。岐阜城 名所・史跡
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NHK大河ドラマ「国盗り物語」放映の年に訪れ、稲葉山城(現岐阜城)を長良川河畔より撮影。
稲葉山城を落とす第一の功労者が木下藤吉郎秀吉。その秀吉に協力したのが西美濃三人衆と言われた人々であった。墨俣城築城後、秀吉は三人衆のもとへ足重に通い、調略/籠絡を重ね、次々と織田の旗へ変えていった。信長さえ戦わずして、美濃が手に入るのでは、と錯覚したという。西濃は秀吉にとって、大きく道を開いた土地である。岐阜城 名所・史跡
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NHK大河ドラマ「国盗り物語」放映の年に訪れ、稲葉山城(現岐阜城)の天守閣から撮影。
織田信長は稲葉山城を奪取すると、岐阜と地名を改めた。
当時、この地は「井ノ口」と呼ばれていたが、信長はその名を気に入らず、彼の名付け親でもありブレーンでもあった、禅僧の沢彦宗恩(たくげんそうおん)に地名の候補を挙げさせた。
沢彦は「岐阜」「岐陽」「岐山」の3つを提示し、信長は「岐阜」を選んだ。
岐阜の岐は、「古代中国の周の文王は岐山の麓から起こり、中国の天下統一を成し遂げた」という故事から取り、岐阜の阜は、孔子が生まれた「曲阜」という地名から一字を取ったという。
「周の文王が岐山より中国の天下統一を果たしたように、私もこの岐阜の地より日本の天下統一を果たす」という信長の意気込みが感じられる。
信長は「天下布武」という印章を用い、天下取りを明確に意志表示した。「武力を以て天下を取る」「武家の政権を以て天下を支配する」という意味に織田家中が鼓舞したという。岐阜城 名所・史跡
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NHK大河ドラマ「国盗り物語」放映時に訪れた稲葉山城(現岐阜城)天守閣から濃尾平野を撮影。
濃尾平野は、美濃(岐阜県)南西部から尾張(愛知県)北西部にかけて広がる広大な平野である。木曽三川(木曾川・長良川・揖斐川)により形成された平野で、その土壌は肥沃で、生活の豊かな土地であった。
道三は楽市楽座をいち早く導入し、商業による経済発展を目指した。娘婿に当る信長もそれを継承し、更なる基盤強化に乗り出した。そこから上がる財力で着々と天下統一を目指して行った。金華山 自然・景勝地
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