2015/11/28 - 2015/11/28
48位(同エリア261件中)
玄白さん
知り合いのI女史から、シルバー大学写真教室OB会が霞ヶ浦の帆引き船の撮影会をやるので一緒に行きませんかと誘いを受けた。「えっ、シルバー大学とは縁もゆかりもないけどいいの?」と聞けば、Welcomeです、みんな喜びますよ!と言う。元来、ずうずうしく物怖じしないタイプなので、I女史しか面識がないにも関わらず、同行させてもらうことにした。写真の基礎をしっかりマスターしているであろう参加者に混じって撮影するのは、自己流で写真を楽しんでいる身にとっては、多少気遅れしないでもない。が、その場で写真を見せ合うなんてことはしないだろうから下手さ加減がバレることはあるまいとタカをくくっての参加である。
総勢27人参加、大型バスを仕立てての大がかりな撮影ツアーである。行動予定は、那珂湊のお魚センターでシーフードランチの後、茨城空港で飛行機の撮影、そして霞ヶ浦の帆引き船の撮影会という具合である。
ちなみにシルバー大学とは、リタイアした高齢者がセカンドライフを豊かに過ごすために役立つ知識・教養を学ぶ機会を提供するために、宇都宮市が主催している学習活動組織のこと。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス
-
10時に指定された集合場所へ。チャーターした大型バスに乗り込み、那珂湊のお魚センターへ。そこでちょっと早めの海鮮ランチを摂ったあと、茨城空港へ。(ランチの写真は無し)
茨城空港は、航空自衛隊百里基地の一角を利用している民間空港である。地方空港の御多分に漏れず、フライトは極端に少ないので旅客機の撮影には不向き。(旅客機を撮影するのだったら、羽田か成田へ!が常道か?)
撮影対象は自衛隊の戦闘機ということだったのだが・・・茨城空港 空港
-
この日は土曜日。自衛隊員も休みの日なのだ。当然、飛行訓練も無し。というわけで、離着陸する戦闘機の雄姿を撮影することはできない。
やむなく、ターミナルビルの横に展示されていた止まっている戦闘機を撮影。
撮影会企画担当の事前調査不足ではあるが、参加者はいずれも人生経験豊かな年配者たち、だれもなじったり、文句をいう人はいない。皆さん、もくもくと飛んでいない飛行機を撮影している。 -
展示されている機体はRF-4EJという機種。マグダネル・ダクラス社が1950年代に設計、製造し、40年ほど世界の主に海軍の艦上戦闘機して現役だった戦闘機F-4ファントム?がベースになっている。航空自衛隊第501航空偵察隊所属の偵察機で、偵察機能を加える改造を施したもので、今でも現役だそうだ。
-
機種にはシャークマウスの塗装が施されている。一部の航空マニアには、これが好評なのだそうだ。
-
垂直尾翼にはウッドペッカーのキャラクター。第501航空偵察隊のシンボルマークなのだそうだ。いかつい自衛隊が、こんなかわいらしいキャラクターを採用するとは、粋な計らいをするものだと思った。
しかし、Wikipediaによると、このシンボルマークは武田信玄の川中島合戦のキツツキ戦法に由来すると書いてあった。キツツキ戦法とは、動こうとしない上杉謙信を誘い出すために信玄の軍師、山本勘助が考え出した戦法で、キツツキが木の中の虫を追い出すために幹の裏側からつつくように、搦手から攻める好戦的戦法である。自衛隊には、相手を誘い出すような攻撃的なことはしてほしくない、専守防衛に徹して欲しいものである。 -
こちらは、RF−4Eという機種。やはり、F-4Eベースだが、ミサイル搭載機能や機関砲は外され、偵察機能に特化した機種だそうだ。
-
しばらく戦闘機の撮影をしていると、民間旅客機が離陸体制に入った。時間からすると、13:20発の春秋航空の上海行のフライトである。
-
戦闘機の展示場所からは離陸する瞬間は見られなかった。
-
春秋航空上海便が飛び去るのを見送ってから、今日のメインイベント、帆引き船の撮影に霞ヶ浦へ。
-
霞ヶ浦の観光帆引き船は、土浦市、かすみがうら市、行方市の3か所でやっているという。我々が向かったのは、行方市の国道354号沿いの道の駅「たまつくり」の隣の観光物産館「こいこい」。ここに乗船券販売所がある。
行方市観光物産館こいこい グルメ・レストラン
-
自ら帆引き船に乗り込むのではなく、この小さな伴走船に乗って、帆引き船が帆を張ったり漁の網を引いたりするのを見学するのである。
小さな船で定員は12名。団体客でいっぱいになることが多いので、個人で行く場合には、事前に予約をした方がよい。
帆引き船の操業は9月上旬から12月上旬の土日限定で、13:30発と15:30発の2回だけ。 -
天気は快晴。筑波山が北の空にくっきり見えている。
-
晩秋の日差しが湖面をキラキラと輝かせている。
-
伴走船4隻に分乗して、帆引き船の近くへ。
-
帆を上げる作業が始まっている。
霞ヶ浦の帆引き船は、明治13年に折本良平という漁師が発案したものだそうだ。その当時はサッパ船という舟を2〜3隻使い、20人がかりで漁をしていたが、帆引き船の出現で漁師の夫婦2人だけで操業できるようになった。結果、網元に縛られ賃仕事として苦しい生活を余儀なくしていた漁師たちは、自分の船で個人操業ができるようになった。漁獲に応じた収入が得られるようになり漁民たちの生活向上に大いに役立ったという。農業でいえば、小作から自分の田畑を持つ自作農になったようなものなのである。
漁の獲物はシラウオとワカサギで、昭和42年まで現役の漁舟として活躍していた。 -
余談だが、明治35年に坂本金吉という人が秋田県の八郎潟に移住し、八郎潟にも帆引き船を伝え、東北の内陸漁業に多大な貢献をしている。この人物、国民的人気歌手で、日航ジャンボ機の御巣鷹山墜落事故で亡くなった坂本九のおじいさんである。
-
その後、機船底引き網式の漁に変わり帆引き船は廃れてしまったが、昭和46年に観光帆引き船として復活したのである。
-
真っ白い一枚帆が風を受けて満帆になっている様は、漁船とは思えない優美な姿である。さながら湖の貴婦人と言ってもよかろう。十分観光資源としての価値がある。
-
実際に漁をしているわけではないのだが、乗り込んでいる漁師たちは実際の漁の操業と同じ手順で、操船、引き網の扱いを再現している。
-
以前は帆は木綿だったが、観光帆引き船になってから軽くて丈夫なナイロン製にしたという。
-
イチオシ
この日は穏やかな快晴で、ちょっと風が弱い。もう少し風が強いと帆はきれいな半円に膨らみ、一層優美さを増すのだという。
動力源が風力なので、実際の漁では当然、凪の時は操業できなかった。観光帆引き船でも風がない日は観光中止になる。 -
背後には筑波山がそびえている。茨城県を代表する風景の一つである。
-
伴走船は、帆引き船の周りを何周もして、いろいろなアングルから撮影できるようにサービスしてくれる。
-
イチオシ
-
日が傾き、夕暮れが近づいている。西の水平線近くに少し雲があれば夕焼けになり、一層趣のある情景になるだろうが、今日は夕焼けにはなりそうにない。
-
イチオシ
-
-
イチオシ
-
-
網に魚が入っているわけではないのに、水鳥たちが集まってくる。
-
-
日が傾くにつれて、風が弱まり、帆はダランとだらしなくたるんでしまった。
伴走船の船頭さんがつぶやく、「今日はもうダメだなあ、おしまいにするか・・・」 -
-
とうとう凪になり、帆はたるんで水に浸かってしまったので、引き上げ始めた。
-
-
帆をたたみ・・・
-
流していた底引き網を引き揚げる
-
-
夕暮れになり、空が赤みを帯びてきた。
-
帆引き船撮影会終了! 波止場に戻る。
-
まもなく日の入り。船着き場の灯台と夕日。
-
これから沖に出ていく船もある。本物の漁船だろうか?
-
夕日に染まる霞ヶ浦大橋
-
イチオシ
日の入り直前
-
日の入り。
チャーターしたバスに乗り込み、帰途に着く。
今回の撮影会、帆引き船が実際に漁をしているのであれば、もっと迫力が感じられただろうが、いわば観光目的の見世物、言葉は悪いがヤラセと言えなくもない。美しい女性をモデルにした撮影会のようなものだ。きれいな写真を撮ることが目的ならば、これはこれで良い被写体だが、旅行記にするには若干物足りなさも感じた撮影ツアーであった。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
この旅行で行ったグルメ・レストラン
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
PR
0
45