2015/07/31 - 2015/08/03
606位(同エリア1011件中)
ちゃおさん
眉山山頂にある剣神社が創建されたのは、大正の初め頃だから、モラエスはまだ存命で、麓の徳島に住んでいた。後妻の小春は病弱で、丁度その直後に25歳で亡くなった。その後10数年、モラエスは独り身でこの町に住み続けたが、その間、この眉山に登って来たかどうかは分からない。明治大正時代、普通の町民は山へ登るようなことはしなかった。山に分け入るのはマタギか山の民くらいで、普通の人に取って山は縁遠いものだった。だから、モラエスもこの眉山に登り、新たに創建された剣神社にお参りしたとは思えない。従って、この山頂からの眺めも知らなかったに違いない。
眉山山頂は市内から見ても分かるように、眉毛のように横に細長い山頂で、どこか1か所がツンと尖って峯を形成している一般的な山ではない。山頂部分はほぼ水平状態になっていて、その横幅は500−600mはある。そんな中でもメインの場所はロープウエイ山頂駅とそれに隣接するモラエス館で、この眉山にロープウエイなり車でやって来る人は、山頂駅横の展望台から眼下の徳島を眺め、人によっては或いはモラエス館に立ち寄り、それで下山するのが大半だ。山頂の、こんな奥まった端の方の場所に、このような神社がある事など、普通の観光客は分からないだろう。当方も過去2回山頂に来たが、この神社の存在を知らなかったのは、当然だったかも知れない。
標高277mからの眺め。市内はほぼ海抜数mの平地だから、ほぼ300mの高度差が楽しめる。東京タワーの展望台100mの3倍、新東京タワー・スカイツリーの第一展望台、340mにほぼ匹敵する位の高さだ。眼下に徳島の街並み、昔は阿波の国と言われた一国全体が、そして右手南方には小松島の島並とその先の紀伊水道、左手眼下には大河・吉野がゆっくりと蛇行している。モラエスはここまで登らなかったとしても、阿波の殿様、蜂須賀公は来たに違いない。吉野に育まれた阿波一国の殿様として、大いなる満足を味わったことだろう。
< 目の下に 大河横たふ 阿波の夏 >
- 旅行の満足度
- 5.0
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この旅行記へのコメント (2)
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- ちびのぱぱさん 2015/10/16 20:35:17
- モラエス
- ちゃおさん
はじめまして。
「サウダーデ」モラエスの愛した町、興味深く読ませていただきました。
新田次郎の「孤愁」は、毎日新聞に連載されていたときに読んでいて、その後、息子さんが遺志を継いで完成させたのを知りました。(もちろん読みました!)
最近も、おヨネとコハルを読んだりして、いつか徳島には行ってみたいなあと思っています。
ポルトガルにも行ったことがあるのですが、日本とポルトガルの不思議な「近さ」を感じました。
またおじゃまさせてください。
ちびぱぱ
- ちゃおさん からの返信 2015/10/19 11:57:03
- RE: モラエス
- ちびぱぱさん、当方ブログを見て頂き、どうも有難うございます。拙い内容ですが、撮った写真を解説する積りで旅行記を作っています。
徳島は8月訪問ですから、もう2カ月経っています。写真を眺め、今ではもう懐かしさに変わっています。
モラエスについては、当方も毎日新聞連載で知った作家で、随分以前にこの眉山山頂にあるモラエス館を訪ねたこともありました。今回行ったら閉館中でした。
当方のブログでは、徳島に於けるモラエスは、この後に出てくる「滝の焼き餅」(和田の屋)と、神戸の生田神社、鳴滝、があります。
他は、マン弁だらりと旅行記を続けていますが、どうぞ宜しくお願いします。
> ちゃおさん
>
> はじめまして。
> 「サウダーデ」モラエスの愛した町、興味深く読ませていただきました。
> 新田次郎の「孤愁」は、毎日新聞に連載されていたときに読んでいて、その後、息子さんが遺志を継いで完成させたのを知りました。(もちろん読みました!)
> 最近も、おヨネとコハルを読んだりして、いつか徳島には行ってみたいなあと思っています。
> ポルトガルにも行ったことがあるのですが、日本とポルトガルの不思議な「近さ」を感じました。
> またおじゃまさせてください。
>
> ちびぱぱ
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