2015/06/18 - 2015/06/22
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芸術の都パリが生んだ幾多の巨匠画家が、その後南仏に創作の拠点を移したことは、良く知られている。南仏に巨匠画家の足跡を訪ね、何故巨匠画家が南仏に魅了されたかを探ることを今回の旅のテーマとした。シリーズその2は、炎の画家フィンセント・ファン・ゴッホが掛け抜けるように激しくも短く生きたアルル、サンレミ・ド・プロヴァンスを巡り、ゴッホの切り口で旅行記を纏めてみた。
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①ゴッホとアルル
ゴッホは南フランスをモチーフに多くの名作を世に残しているが、彼の南仏滞在期間は,アルルに15カ月、サンレミ・ドプロヴァンスに1年のわずか2年余の短期間であった。サンレミからパリ近郊のオーベルに移ったわずか2カ月後に自ら命を絶ってしまっている。
残念なことに彼の作品が後々の近代絵画の歴史に大きな影響を及ぼす高い評価を得たのは、彼の死後のことであった。ゴッホの疾風怒濤のように創作し世の中から去って行った劇的すぎる人生は、小説、映画、劇の題材になり「炎の人、ゴッホ」はまさレジェンドとなった。
アルルはゴッホがパリを離れて南仏で芸術家のコミューンを創設しようと高い理想を抱いて移り住んだ街である。しかし呼びかけに応じてアルルに来たゴーギャンとの共同生活が破綻し、有名な「耳切り事件」を起こしてしまう。あげくに療養所に収容されるという波瀾万丈の15カ月であった。一方アルルでは200点の油彩画、100点の水彩を制作し、まさに命を削って制作に没頭し、彼の絶頂期を過ごした街であったと言われている。
街には彼のモチーフとなったポイントが数多くあり、巨匠の偉業を称えてパネル表示等で足跡を辿れるよう整備されている。
写真はアルルの街の中心部、古代劇場とリス大通りの間にある「夏の庭園」に建てられたゴッホのレリーフである。かっと見開いた眼が彼の熱情を表している。左耳はそぎ落とされてないのはリアルである。
ゴッホはこの公園を題材にした「夏の庭園」という作品も描いている。 -
・旧市街のフォーラム広場のカフェ・ファン・ゴッホ
ゴッホの名作「夜のカフェテラス」のモデルになった黄色が鮮やかなカフェが現存している。 -
「夜のカフェテラス」はここで書かれた事を告知するパネルが立っている。
「夜のカフェテラス」はゴーギャンが共同生活を受け入れてアルルに来ることとなり、それまでに絵を描きためたいと精力的に取り組んでいたころの作品と言われている。 -
・エス・パス・ファン・ゴッホ(旧アルル市立病院の中庭)
ゴーギャンとの共同生活は、それぞれの絵に対する考え方の違いから強烈な個性がぶつかり合い、破綻してしまう。有名な「耳切り事件」がトリガーとなりゴーギャンはパリに戻ってしまったという。彼らの共同生活は2カ月も持たなかった訳である。
写真は耳を切ったゴッホが収容された当時のアルル市民病院の中庭である。現在は総合文化センターとして図書館やメディアラボのある施設になっている。ゴッホの画いた当時の中庭の花壇が復元されている。 -
「アルルの病院に中庭」制作場所であることを示したパネル
耳切り事件の怪我の治療で一時絵を書くことを禁止されたうえ、ゴーギャンが去ってしまい失意のどん底にいたと思われるが、絵は黄色を基調として明るい。再び絵筆を取ることが出来た喜びと貯まったエネルギーがほとばしっているように感じる絵である。 -
②フィンセント・ファン・ゴッホ財団(Foundation Vincent Van Gogh Arles)
2014年4月にオープンしたばかりの新しい美術館である。英文パンフレットによると現代におけるゴッホの影響を探索しながら、ゴッホ作品に対する敬意を表す目的で設立されたとある。アルルでゴッホが創ろうとしていた画家相互啓発による芸術コミューンのコンセプトが、100年の時を経てこの地で具現化するかもしれないと考えると感慨深いものがある。
写真は美術館正面入り口。15世紀建造の建物をリニューアルし、正面はガラス張りで陽光を取り入れた近代的なデザインになっている。
この美術館はゴッホに関する企画展と現代美術作家の企画展をメインの展示としている。ゴッホの作品は生まれ故郷オランダのゴッホ美術館(アムステルダム)とクレラー・ミュラー美術館(オッテルロー)が2大コレクション所蔵で有名であり、訪問時開催されていた「ファン・ゴッホ・ドローイング:その影響と革新」展はオランダの2大美術館から長期に作品を借り受け企画展を構成していた。 -
ゴッホ作「フランス小説のパイル」(Piles of French Novels)
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ゴッホ素描作品
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ゴッホ素描作品
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ゴッホ作「精神病院の庭の石のベンチ」
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ゴッホ作「精神病院の前庭」
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・訪問時同時開催されていた現代美術作家企画展「TABAIMO」のサインボード
TABAIMOは日本人女流現代美術作家「束芋」氏の新作の企画展示である。彼女は映像インスタレーションで活躍している作家で、以前、原美術館で彼女のデビュー作の「日本の台所」という映像作品を見て衝撃を受けて以来気になっている作家で、まさかアルルの美術館で彼女の作品に出会うとは考えてもいない偶然であった。ともあれ日本人作家がグローバルに活躍している事を知って単純に嬉しく思った。
副題「AITAISEI-JOSEI」は「相対性-女性」の日本語との事。どういう意味か訳してほしいと言われても日本語でも説明は難しい。 -
束芋作「相対性-女性」の一場面
彼女の映像作品の魅力は、日常的な舞台設定の中で次々不条理な光景が映りだされるその発想の独自性に度肝を抜かれるところにある。またアニメーション映像を単にスクリーンに映すだけでなく舞台セッティングに工夫を凝らしていることで、観客の足を止めて最後まで見させてしまうパンチ力を感じる。
写真は日常のテーブルと長椅子の状況設定であるが、次々に超現実的な不条理な映像が映し出される。
長椅子の左端の色が変わった部分は実物の椅子のサイドアームとソファーの一部で、スクリーンから観客側に跳び出している。 -
束芋作「Flow-wer]
解剖学的な人体の一部を花活けと花の素描作品
数作展示されていた。 -
③ レアチュ美術館 アルル
アルル旧市街ローヌ川の河岸にある美術館で、建物は15世紀マルタ騎士団の修道院だったという歴史的な建造物を改装したものだそうだ。
アルルの画家レアチュのコレクションが起源ということであるが、筆者の個人的なこの美術館の見所は以下の点であると思う。
・ピカソが寄贈した57作品
・ゴッホがゴーギャンに宛てた直筆レター
・ホアン・ミロのオブジェ -
ピカソ作品
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ピカソ作品「マリア・ピカソ・ロペスの肖像」
ピカソが描いた母親の肖像画、ピカソの独自絵画を確立する前の作品と思われる。 -
ピカソ作品 顔の連作
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ホアン・ミロ作品「Woman with hair loss]
美術館のパティオに展示されているミロのオブジェ -
④アルルの街の見所
アルルの歴史は紀元前ローマ時代に遡る。ローヌ川で地中海に繋がる地理的に重要な街として栄え、世界遺産として古代から中世にかけての建築物が登録されている見所の多い街である。
写真は世界遺産の一つ、ローマ時代の円形闘技場。
正面にある石造りの塔の頂きからは赤茶色に統一された家々の屋根が並んだアルルの街の全景が見渡せる。 -
円形闘技場の内部
直径は136mとフランスで最大級の闘技場と言われている。現在でも闘牛が開催されるという。 -
円形闘技場のスタンド部分の石の回廊。
紀元前にこのような大規模で堅牢な建築技術があったことは驚愕である。 -
・世界遺産 古代劇場
紀元前1世紀末に建設された野外劇場である。現在も野外での催し物に使用されているようで 舞台装置、照明のセッティングがされていた。円形闘技場に隣接している。 -
古代劇場の正面ゲート
夏の庭園に面している。 -
・世界遺産 サン・トロフィーム教会
プロヴァンスで最も美しいロマネスク様式の教会のひとつと言われている。
ファサードのアーチ部分には「最後の審判」が描かれている。 -
⑤ゴッホとサン・レミ・ド・プロヴァンス
サン・レミ・ド・プロヴァンスはアルルから20km程北東に位置するアルピーユ山麓の小さな町である。
アルルで耳切り事件の後も奇行で、住民から奇人扱いを受け疎ましがられていると感じたゴッホは、自ら進んで医者の紹介のあったサン・レミ・ド・プロヴァンスの精神病院に入院した。1889年5月の事であったという。
・サン・ポール・ド・モーゾール修道院
ゴッホが入院したかつての精神病院が、サン・レミの街の南郊外に残っている。元は修道院で会った施設で18世紀以来精神病院となったようである。街から修道院までの街道はフィンセント・ファン・ゴッホアヴェニューと名付けられ、入院中も精力的に創作活動をしていたゴッホが絵を描いた場所がパネル表示されるなど足跡を辿る事が可能なようによく整備されている。
写真は精神病院であった修道院の入り口にあるゴッホの自画像のパネルである。 -
ゴッホの彫像
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修道院の居住館と思われる建物
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修道院の教会
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教会横の石の回廊のある中庭 回廊の2階部分が精神病棟であった。
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修道院の裏庭のラヴェンダー畑
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回廊の2階部分の旧精神病棟の展示スペース
ゴッホが収容されていた病室が再現されている。イーゼルにキャンバスが掛けられて入院中も創作意欲旺盛だった事が伺える。 -
同じく旧精神病棟の展示スペースの拘束器具
精神不安定な状況に陥った際に使用したと思われる身体拘束の道具。
粗末なベッド、拘束器具を見ると何ともやるせない気分に陥る。 -
「沈む夕日と赤い空に松の木」(Pine Trees at Sunset)
制作場所を示すパネル -
「アルピーユ山を背景にしたオリーブの木」
(Olive trees with the Alpilles in the background)
の制作場所を示すパネル -
「黄色い空と輝く太陽のオリーブ林」の制作場所を示すパネル
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「サンポール病院の庭の木々」制作場所を示すパネル
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「アイリス」を描いた場所を示すパネル
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アルピーユ山脈
ゴッホが良く題材として描いたアルピーユ山脈の白く、荒々しい山容は旧精神病院の庭から一望する事が出来る。修道院の周囲は一面の麦畑、オリーブ畑、アーモンドの林、糸杉に囲まれゴッホの入院していた当時そのまま変わらぬのではないかというのどかな光景が広がっている。精神病棟の殺伐とした内部の情景とのギャップが不遇の天才への憐憫の情を一層喚起せざるをえない。
アルル、サン・レミ・ド・プロヴァンスのまとめ
二つのゴッホ所縁の街を旅した2日間は、天気は快晴であるが、一日中強風が吹いていた。プロヴァンスはミストラルという嵐が吹き荒れると読んだことがあるが、それではないにしろ風の強いところという印象を受けた。地形的にアルルはそのままカマルグの湿原まで平原が連続しているし、サン・レミもアルピーユ山をこえるとカマルグ平原なので、盆地であるエクスとは違って風が強いのかもしれない。
ゴッホがこの地で画いた晩年の風景画の空哉、木々の描き方が揺らいでいたり、時には渦を巻いていたりといった表現を取っているが、彼の狂気の進行が絵に表れているのではと解釈していたが、ひょっとするとアルルの強い風を表現していたのかもしれないとが勝手に合点してしまった。
それにしても彼の短く濃縮した南仏での足跡を辿り、ゴッホのような炎の画家はもう出てこないだろうと強烈な感慨を持った旅であった。
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