2015/08/24 - 2015/08/24
300位(同エリア1191件中)
アルデバランさん
- アルデバランさんTOP
- 旅行記551冊
- クチコミ8件
- Q&A回答7件
- 992,674アクセス
- フォロワー69人
およそ、日本における近代建築の住宅でもっとも豪華なところって、どこの家だと思いますか?
新宿駅から歩いて通勤していたとき、途中この敷地の周りを塀や門扉に沿って職場に行きましたが、とうとうその建物の中を見れる機会がやって来ました。
そうです、四ツ谷駅から外堀通りを行くと二股に分かれる道の真ん中に、白いベールに包まれて松の緑の奥に見える異次元ワールド
今は「迎賓館」として国賓を迎えたり、晩餐会や首脳会談が行われる「旧赤坂東宮御所」
皇太子明宮嘉仁親王殿下、妃殿下のために、明治42年に11年の歳月をかけて当時の建築、美術工芸の総力を結集した洋風宮殿
壮大な鉄骨レンガ造り石貼りの洋館に目を疑うほどの精緻な和の装飾
文明開化により西洋から学び、独り立ちするいわば卒業建築作品、明治の総決算
数年前、昼休みのウォーキング時に敷地からぞろぞろ人が出てきたので聞いたら、年1回10日ほど公開しており抽選で当たったそうです。
ということで6月に、一番競争率の低いと思われる8月24日の月曜日を指定して、職場のN建築士と2名で応募したら当たりました…
前日の総合火力演習の疲れもなんのその、では行ってみましょう。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
-
職場から迎賓館への道のりは通勤や昼休みのウオーキングコースです。
清水谷を経て紀尾井坂を上ります。
この辺りは赤坂、四谷等の名前が示すように起伏が… -
ホテルニューオータニの前を道なりに上智大学に沿って行くと四谷駅ですが、近道します。
紀之国坂の交差点で外堀通りに。
ニューオータニから紀之国坂の交差点へは歩道がずれており歩きにくいです。 -
振り返えると喰違見附の様子が分かります。
江戸城の門があった所で枡形構造がそのまま残っているので歩きにくいのか… -
で、外堀通りに出ると…
かつての紀州徳川家お屋敷の薬医門、迎賓館東門です
そういえばブッシュ大統領が来た時、通りかかったらこの門が開いてました…
この外堀通りは新宿駅からの通勤路でした。 -
高い塀沿いに行って左に曲がると正門です
-
鉄柵越しに庭を見ると九十九里産の黒松の間から「東衛舎」です
-
激動の日本を百年以上見つめてきた門です
-
秋の前庭公開では正門から入れます。
今回は館内を見るので西門から入ります -
正門横には村野藤吾の門衛所
-
銅板の鳳凰が向き合います
-
四谷方面から参観者と思われる人達が三々五々
正門両脇には哨舎ですが、自然に早足になり先を急ぎます。 -
学習院初等科の前を塀に沿って左折
-
紀之国坂の東門からぐるっと回って西門まできました。
紀州様のお屋敷がいかに大きかったか実感 -
入口で参観証を見せて入ります
-
入るとすぐ
あらら、首都高4号線…
お屋敷の中を通ってるのね -
西門入り口は単なるチェックでした。
入って本格的に取り調べ
参観証と身分証明書を提示してデータベースと突き合わせ
持ち物もチェックします -
参観を許されて、晴れて入場…
-
貰った立派なパンフレット
館内の見どころが簡単に記載されてます。
中の様子が凄くて見る暇なかったけど… -
チャンと平面図に順路が案内されてます。
参観できる建物内は2階のパブリックスペースをぐるっと回るのね。
平面構成は正面と背面、そしてそれらを結ぶ東面、西面に各一部屋ずつ大きな部屋があります。
そして、正面中央は階段と大ホールです。 -
そして判っているけど、注意事項も。
・トイレは本館、庭にはありません…
あるけど使用できないのか、本当にないのか?
・建物内は写真禁止
・建物内30分、前庭、主庭に30分が目安?
とてもそれでは足りません… -
右手に空中廊下を経て事務棟
ここは内閣府の管轄なのね… -
また門を経ていよいよ中です
-
突如現れた本館
ウイーンの新宮殿と同じように、両翼がカーブしながらグイ〜ンと前に向かってのびてます。
でも我輩の写真の腕では表現できません。
ここはぜひ行って目で確かめてください。 -
向こうでは赤プリが建築真っ盛りです。
ちなみに我輩の職場は?
あら〜ちょうどホテルニューオータニに隠れてしまってます -
両翼のうち、手前西玄関のオーダーとペディメント
-
両翼のペディメントは、この後随所に見られた日本政府の紋章「五七の桐」です
誰です某国立大学の紋なんて言ってるのは…
あちらは五三の桐
あまりにあちこちに多用されてるので聞いたら、皇室の副紋だそうです -
その横には説明板がありました。
東西125m、南北89m、延床面積15,355?!
片山東熊も張り切り過ぎたんだね、東宮御所なのにこんなでかくしちゃって… -
どの様に使用されたか変遷も説明
昭和天皇も今上陛下も住まわれたのね
それよりも驚きなのは国会図書館として使用と言うのが凄い!
ここで勉強した人いるんだ… -
中は写真撮影禁止だから
せめてもと、建物外観を撮りまくり
何が何だか分からないけど… -
花崗岩の灰色と屋根の緑青に交じって一際目立つ金色の4羽の鳳凰
-
さらに正面玄関の屋根で守るのは鬼瓦でも鯱でもなく…
鎧武者! -
建物の構造としての特徴は明治時代にもあった大地震の経験から、耐震対策が施されていることです。
壁の占める割合が建築面積の3割にもなり、厚いところで1.8m!
使われた鉄骨は2800トン
片山東熊もピッツバーグのカーネギー社にわざわざ買い付けに行ってます。
値段は391,864円52銭6厘、但し運搬費、諸経費、消費税は含まず…
でも、この頑丈な躯体が昭和の大改修で村野藤吾を苦しめることになります。 -
普通、窓は雨水が入りやすいので外開きが一般的ですが
ここは内開きなんだって
どうして?
窓ガラス拭きやすいからでしょうか…
それとも建具職人の防水に対する矜持 -
装飾以外で最大の和の要素は大御車寄と玄関ポーチ
西洋の宮殿に大きな車寄せは見かけません
玄関や車寄せは書院建築や宮廷建築の伝統です -
正面玄関のオーダーはイオニア式の柱頭に、コリント式のシンプルなアカンサスを配してます
ジョサイア・コンドルから直接教えを受けた片山東熊ならではでしょうか -
そして正面中央はさすがに菊紋です
更に両側に鎧、兜が!
明治になって正装を衣冠束帯から軍服に変えた現実がここに見えます
でも、菊の周りは月桂樹?
片山東熊はまさか外人にデザインを丸投げしたわけじゃあないよね。 -
外観もシンメトリーですが内部の間取りもほほシンメトリーです
1階の全てが両殿下の日常生活用の部屋の配置で、東側半分が皇太子殿下、西側が半分が皇太子妃殿下用
驚くべきことに明治の時代にしかも皇室において男女平等!
「私も同じように部屋が欲しい!」とか、明宮嘉仁親王殿下は尻に惹かれてたわけじゃあないよね。
当然リビングルームなんてありません…
既に3人も子供いたのに子供部屋?ないですねェ -
円形車道に依て囲繞せらるゝ地盤面は花崗岩の敷石とし、其前部には工法周辺の構造と一致する四基の花崗岩造燈柱を建て、各々五個宛の青銅製の燭器を装置す
-
花崗岩の外壁に屋根からの樋が目立ちます。
最近更新したのか、中に内閣府の営繕担当がいたので確認すると、かなり前の施工で防錆加工しており絶対に錆びないそうです。 -
正面玄関の扉
縄張りしてあり近づけません -
1階の壁は石積の縞模様が建物をグッと引き締めます
-
戦後皇室から行政に移管されましたが悲惨な状態だったのを、昭和43年から5年以上かけて村野藤吾が迎賓館施設として弄り倒しました。
東西玄関のガラス庇のフレームはスティールからステンレスに。
色も黒から白に。
正門の鉄柵も同じように黒から白に変更 -
この東玄関から建物内に入ります。
このあと建物内は写真禁止
どんな按配かは内閣府のサイトから写真を拝借 -
二階に上がってカーブしているモザイクタイルの廊下を曲がりながら行くと正面玄関の真上、彩鸞の間です
ここは条約や協定の調印式を行う部屋で石膏の白と金箔の壁、そして東西の大きな鏡が部屋を限りなく広く見せていました。
ケヤキの寄木の床と3基の巨大な吊燭にため息が漏れます。
運よく営繕担当の内閣府の方がいました。
いろいろ教えてもらいます。
電気は直流電気を使用してるとか… -
明るく華やいだ空間に鼠色のイタリア大理石のマントルピースが目立つ、彩鸞の間
なるほど左右に鸞です -
次は二階の東側
ここが一番すごいと思いました、花鳥の間
何が凄いかって先程の彩鸞の間と比べ、一転して重厚感のある渋い部屋で今でも晩餐会が開催されます。
その荘厳さは壁と柱すべてに木曽産の塩地材を渋く塗装して張り巡らし、格天井には油絵、欄間はゴブラン織風綴織
そして重さ1トンはあろうかという吊燭がぶっとい鎖で吊るされてます。 -
花鳥の間を花鳥の間たらしめる、長径60cmもの大きな楕円の七宝30枚に花や鳥が…
「無線七宝」の技法を生み出した濤川惣助によって、工芸品を芸術の領域に高めた最高傑作が惜しみなく飾られてます。 -
正面玄関を入って階段を上がると大ホールです。
残念ながら1階正面からは上がれませんが、これだけの建物の割に階段が凄く狭いのはどうして?
さすがに「階段の村野」もここは弄れなかったようです。
紫斑紋が美しいイタリア産の大理石の8本のコリント式大円柱が壁と調和してます。 -
1階から大ホールを上がってくると正面に朝日の間ですが
その入り口左右には小磯良平の素晴らしい絵画
改修前はギリシャ産の大理石が嵌め込まれていたようですが絵画になってより華やかに。 -
そして朝日の間
淡紅紋の大理石の大円柱もさることながら床に敷かれた緞通の桜吹雪と壁の金華山織…
実際にはこの緞通は半分巻かれた状態でその上は歩けませんでしたが、47種類の紫の糸を使い分けて織り込んでいると
ボランティアのガイドさんも鼻高々 -
さらに上を見上げると…
朝日の間の名前の由来となった天井画
周りには甲冑を咥えたライオンや舟の画がどこでも自分の方向に向いているだまし絵技法と曲面画法で描かれていると言いますが
部屋の中は自由に歩き回れません
1トン近くのシャンデリアを天井裏で支えるのはJRからの払い下げのレールって、ガイドさんは言うけどホンマかいな? -
そしてかつて舞踏室と呼ばれた、華麗な300?の羽衣の間
正面に使用されなかったオーケストラボクスも見えます。
天井画は曲面画法で描かており、天井画アーチをえがいているようです。
各部屋の天井画はフランスで描いたものを持って来たそうで、あの曲面はどうやって貼り付けたの?とボランティアのガイドさんにしょうもない質問して困らせてしまいました。
この羽衣の間には特別展示として、きりかね技法による霞文様の衝立があり、近くで目の当たりにして出るのはため息ばかりでした。 -
じっくり見たので、なんと中で2時間も費やしてしまいました。
建物の周りをぐるっと回ります。
東西両側にあるドームはなあに?など思いながら -
西側側面です。
奥行だけで90m近くあります。
間取りとしては
東西両側の側面1階が東宮御所時代に殿下、妃殿下のプライベートルームでした。 -
と言うことは殿下と妃殿下の部屋は100m以上離れた両側にあったことになります。
玄関も別々だったし -
側面に入口が
きっと勝手口でしょうね… -
で、背面
正面の壮大、ダイナミックな感じと違ってアーチとダブルの列柱で軽快な感じです。 -
背面の1階は皇太子殿下、妃殿下の生活の場なのでこうした感じにしたんでしょうね。
さすが片山東熊です… -
正面中央と違って背面のペディメントの菊の紋章の脇は興味深いことに西洋の甲冑!
周りはアカンサスと言う人もいますが実がなっており柏の葉のように見えます -
この模様あちこちで見かけました
-
背面の建物から一段下がった庭園を望むと
正面に大きな噴水です
本館は最も新しい近代建築で国宝に指定されてますが、この噴水も附指定されてます -
マーライオンに対抗…
してないか -
亀は万年といいますが表情が…
きっと有名な名工の作でしょうけど、力入りすぎちゃったのね -
背面の1階では公式随員の客室が公開されてました。部屋の様子は写真禁止でしたが…
東宮御所の間取りでいうと殿下側の東二の間です。 -
東側側面
建物はほぼシンメトリですが、この東側の平屋の廊下部分だけが違ってます。
立派な盆栽がありました。
お客さんに「盆栽もあるでよ」と見てもらうんでしょうか
それとも、公式行事の時に部屋に飾るんでしょうか -
この楓の幹や根、一番気に入りました。
何をどの部屋に飾るのか決まっているんでしょうか? -
「今日は軽い感じのモミジの寄せ植えにしようか」とか
-
2階の窓にガラス板がはめ込まれてます
きっと防弾ガラスなのね、とか勝手に想像 -
敷地東側にはお茶、お花などでおもてなしする谷口吉郎の和風別館「游心亭」がありますが非公開です。
和定食「雅」4人でお願いします、とか予約出来ません。 -
建物の周りもぐるっと一回りして…
すでに4時半です。
村野藤吾が昭和の大改修の時に正門から玄関にいたる中間あたりに中門を作ってしまったため、最大限バックしても全景が入りません -
その中門越しに正門を見ると
花崗岩の敷き石が1個、2個、3個…
数え切れません -
この期に及んで天気が良くなりました
夕陽に金色が映えます -
甲冑武者もいかつく守ります
片山東熊は長州出身。奇兵隊にも入っていたそうで修学旅行で奈良の大仏様行ったの?
南大門の金剛力士像見たんでしょうか、阿吽の形です
しかも鹿せんべいやったんでしょうね、鹿の角が… -
花崗岩の冷たい世界に一風の色どり
玄関庭両サイドにシェーンブルン宮殿の花壇をまねたという尖った花壇 -
5時過ぎました
蛍の光は流れませんが閉館です
こんど、庭園開放の11月に又来よっと -
空調の冷温水発生機等の設備もありました
N建築士は見に行きますが、そっち行っちゃあダメだって! -
見学には見学証として桐紋のバッチを付けます。
記念に貰えるわけではなく出口でしっかり回収… -
出口近辺に臨時設置の売店で資料購入しようとしたら…
し、しまった!閉まってる…
遅くなりすぎたようです -
来年もまた応募しよっと
と帰ります -
鉄柵沿いに正面まで帰ってきました。
未練たらしく中を眺めます
村野藤吾面目躍如の門衛所
サイドの小窓はなあに? -
来るとき飛ばした哨舎も…
スマートです。オリジナルは明治村にありました。 -
本館の雨樋と違ってこちらの雨樋は可愛いですね
-
『正門ハ高ク雲表ニ聳エテ北ニ向ヒ通路ヲ隔テゝ外庭ト相対ス、門柱ハ仏国製精良ノ錬鉄ヲ組合セタルモノニシテ之ニ青銅細工ノ模様ヲ装箔ス…(東宮御所御造営誌)』
この門扉は明治39年8月にパリのシュワルツ・ミューラー社から購入 -
正門から北側を見ます。ここでよくスチール撮影とかしてますが…
-
国宝にもかかわらず迎賓館として今でも活用されている旧東宮御所に驚きを禁じえません
-
正門の間から思い切ってズーム
村野藤吾の中門も見えます -
正門も国宝に附指定されてます。
当初、正門の菊のご紋章の上には王冠が乗ってましたが大正時代に撤去されたとのことです。
あの王冠は何処に行ったのでしょう…
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- わんぱく大将さん 2015/09/12 23:56:02
- そのままおフランス
- アルデバランさん
恥ずかしながら帰ってまりました。 私も今回は東京に5回行く羽目になりましがが、東京駅をちらっと、それと山手線からビル群を。あとは人形町と。そのうち秋葉原に2回、PCを持っていく、引き取るだけに行ってということで、殆ど姫路から日帰り。夜のビル群みたいなと思いますね。
しかしまあ、ここ、そのままおフランスですやん。
大将
- アルデバランさん からの返信 2015/09/13 08:03:18
- RE: そのままおフランス
- 大将様 こんにちわ
そうなんですよ
大宝律令の神亀年間にさかのぼる内匠寮が心血注いで造った傑作は、ベルサイユ宮殿やルーヴル宮殿を参考にしたそうです。
四谷の一角に周りと違和感ありありで存在します。
なんせ、責任者の片山東熊はヨーロッパやアメリカに3回も出向いて何か月もかけて調べたそうですから。
今回は公開されませんでしたが、「東の間(旧喫煙室)」ってのがあって、そこはまさにアルハンブラ宮殿だそうです。
宮殿にムデハル様式があるのは非常に珍しいそうで、ぜひ見たかったんですが…
短いながらも日本の地、しかも東京に5回も!
お疲れ様です
アルデバラン
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
87