2015/08/30 - 2015/08/30
56位(同エリア125件中)
地中海人さん
尿前の関を不審の眼で見降ろされ、ようようにして小雨の中を中山越し、封人の家にたどり着き、小国の里に三日滞在することとなります。
家の裏に清水があり、和泉屋敷と呼ばれていたという。
元禄弐年五月
曾良日記に「十六日 境田二滞留。大雨、宿(和泉庄屋、新右衛門兄也)。]
とあります。
ガイドブック
ワイド版岩波文庫 79 「芭蕉 おくのほそ道」 岩波書店 2012年発行
カメラ
キャノン EOS M3 レンズ11−22mm
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
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国道47号線沿い最上町境田にある封人の家の向かいに駐車場があります。
小国の里は周りを山に囲まれ、カルデラ内なのですね。
芭蕉の道と義経の道がここで一つになっています。
地図は、右が新庄方面、左が古川方面、上が尾花沢方面です。 -
芭蕉の道を少したどってみました。
1日何キロ歩いたのでしょうかね。
現在の道路とは距離と高低が大きく異なり、追体験は無理ですね。 -
この日小雨でした。
曾良旅日記によれば、芭蕉が封人の家を出立した元禄2年5月17日は快晴。
ここから山刀(なたぎり)峠を越え尾花沢へ向かった。
このとき芭蕉46歳、曾良41歳。
46歳にして、
「片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず」、
「日々旅にして、旅を栖とす。」生活に入ったのである。
4トラの大先輩! -
駐車場から数百メートル歩くと、
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なんとここは分水嶺です。
向うの封人の家のほうから流れてくる数十センチ幅の小川から右へ、江合川、旧北上川と合流し太平洋、左へは最上川と合流し、日本海へと長い旅をここから辿ることになります。 -
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この道の向うに陸羽東線・境田駅があります。
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境田駅です。古川方面。
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新庄方面です。左の林は防雪林なのでしょうね。
冬、ここは豪雪地帯、国道の両脇には除雪による壁ができます。
この景色、シベリア鉄道は両サイドに高い林がずーッとどこまでも伸びていたのを想い出しました。 -
ここに止まる列車は片道1日9本。
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そば畑かな。
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ずいぶんと可憐な蓮の花です。
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国道に戻ってきました。
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昭和44年に国の重要文化財に指定を受けました。
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公開されています。
有路家は代々境田村の庄屋でした。 -
昭和46ー48年3000万円をかけ、解体、修復されています。
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300年以上の歴史を経ているとか。
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役屋(村役場)としての性格を持ち、さらに問屋や旅宿の機能も持ち合せたとかの資料が残されています。
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おくのほそ道に
「大山を登って日すでに暮れければ、
封人の家を見かけて、宿りを求む。
三日風雨荒れてよしなき山中に逗留す。
蚤 虱 馬の尿する枕もと」
と在ります。 -
床の間
芭蕉はここで休んだのでしょうか。 -
三日間大雨だったようです。
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小宮豊隆筆の句碑。
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幅25.543m、奥行き10.787m。
馬が出入りするので大戸口の幅がそのまま裏口と同じ幅です。。 -
帰りに、小黒崎に車を停め、
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小雨煙る小黒崎。
松は枯れて少なくなりました。
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