2015/07/12 - 2015/07/12
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morino296さん
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9年ぶりに成田祇園祭へ行ってきました。
同じ日程で佐原(千葉県香取市)でもお祭りがあり、どちらへ行くか迷ったのですが、今年は成田へ行くことにしました。
成田祇園祭は、300年の歴史があり、成田に夏の訪れを告げるといわれますが、この日は最高気温が32.4℃となる暑さの中、地元の皆さんの熱気も加わり、「暑~い、お祭り」となりました。
毎年約45万人の見物客が訪れる成田の一大イベントで、彫刻や装飾で彩られた10台の山車・屋台と御輿1台が繰り出し、3日間にわたり成田山表参道やその周辺一帯を巡行します。
この日はお祭りの最終日で、新勝寺の表参道の坂道(門前から薬師堂まで)を山車・屋台が一気に駆け上がる総引きが見ものです。
今年の祇園祭のスケジュールは次の通りです。
7月10日(金) 13:30~ 大本堂前 安全祈願、鏡開き・山車・屋台 競演(総踊り)
7月11日(土) 9:00~ JR成田駅前広場 山車・屋台 競演(総踊り)
7月12日(日) 13:00~ 門前~薬師堂 山車・屋台 総引き
16:00~ 大本堂前 御輿還御式、山車・屋台 競演(総踊り)
*コメントは、成田祇園祭のパンフレットを参照しています。
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成田の市街地
我が家からは2時間半近く掛かり、京成成田駅に11過ぎに到着。
猛暑にもかかわらず、大勢の人が訪れています。
お祭りの本部からは、「水分を摂って熱中症に注意するように」と放送が繰り返されていました。 -
成田銘醸「長命泉」の蔵元・藤屋
成田市内で造られている地酒「長命泉」のお店です。
江戸末期に初代滝澤栄蔵が成田の当地を選び、酒類の卸・小売業を開始以来140余年、昭和53年の成田空港開港に伴い、地元企業として営業方針を強固にし、世界のお酒を提供し、楽しい食事が出来るようお手伝いをして参りたいと思っております。藤屋 グルメ・レストラン
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成田銘酒「長命泉」の蔵元
井戸水が大変おいしく良い水で、長命延命霊力の水であると評判が立ったことから、「長命泉」と名づけられてたそうです。
当蔵初代の滝澤栄蔵が、江戸時代末期に参詣宿泊した折に夢でお不動様から「ここでお酒を造りなさい」とのお告げを受け、また当地の発展性を見越し、当時御影石の大鳥居が立っていた現在地で酒店を開業し、近郷の良質米を原料として酒造りを始めまたそうです。
その後間もなくして、酒蔵の井戸水が大変美味しく良い水であるとの評判が広まり、参詣の折に私どもに立ち寄り、井戸の水を汲んで帰られる人が増え、この水のおかげで病気が治ったり、長生きした等の話が寄せられるようになったことから、長命延命霊力の酒といった意味を込めて「長命」と名付けたのが始まりとのこと。
井戸は渇水期にも満々と水をたたえ、涸れることがないそうです。
井戸水に手をつける冷たくて気持ちよく、顔も洗いたくなるほどでした。長命泉 グルメ・レストラン
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揃いの法被で集まる若者蓮の皆さん
成田祇園祭は、成田山新勝寺のご本尊不動明王の本地仏である奥之院に奉安された「大日如来」に五穀豊穣・万民豊楽・所願成就を祈願する「成田山祇園会」と、成田山周辺の町内が一体となり行われる夏祭りで、約300年の歴史があります。
祇園会期間中の7月7〜9日に近い金・土・日の3日間に成田祇園祭が開催されます。 -
御神酒所で出発を待つ上町の屋台
江戸時代後期に千葉町院内の宮大工によって造られた彫刻踊り屋台。
平成14年に一世紀振りの大改修を行い、屋根は唐破風一層造り、屋根・柱・土台・彫刻は全て本ケヤキで、一枚彫り抜きの上町扁額をはじめ双竜・朱雀・伎芸天・唐獅子・波に十二支・青龍・白虎・玄武・力神・極楽鳥・鳳凰等々を新たに加え、迫力有る彫刻屋台。 -
上町の屋台
見事な彫刻が目を引きます。 -
上町にある成田市消防団第1分団の櫓
火の見櫓として使われるのでしょうか? -
旧本堂薬師堂
薬師堂は江戸時代初期の明暦元年(1655)に建立された成田山新勝寺の旧本堂で、徳川光圀公や初代團十郎が参詣した成田山現存最古のお堂。
開基1080年祭大開帳の記念事業として、境内整備と堂宇の修復が行われ、2013年5月に落慶。
前回、祇園祭に来た時は、薬師堂から山車・屋台の総引きを見ることが出来たのですが、今回は中に入れませんでした。成田山薬師堂 寺・神社・教会
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新勝寺へ向かう表参道
ここ薬師堂前から総門まで坂道が続き、道の両側に店が並びます。 -
表参道の鰻屋 川豊
参道には、成田名物の鰻を食べさせる店が数多く並んでいますが、私が気に入っているのは、この「川豊」。
11:20頃、店を覗くと、整理券を渡され20分くらい待つとのこと。
待っている間に、先に新勝寺まで。川豊 本店 グルメ・レストラン
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表参道の大野屋(食事処)
こちらの建物(平成17年登録有形文化財)も目を引きます。
HPによると、
大野屋の歴史は江戸中期に始まり、成田山新勝寺に納める蝋燭屋だったのが、参拝客から「成田に宿泊する場所が無い」との声があり、「旅館業」を始めたそうです。
この頃、成田では門前仲町にて「江戸出開帳」「市川團十郎公演」が行われ、御利益を求めて江戸を始め周辺一帯から信者や参拝客が沢山訪れていたそうです。
現在の建物は昭和10年(1935)に建て替えられた木造4階建て。それ以前の建物は2階建てで、安静5年(1858)に表された『成田名所図会』にもその姿が見受けられるそうです。大野屋旅館 グルメ・レストラン
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表参道の三橋薬局
創業280年の蔵造りの漢方薬局
「成田山一粒丸・血留め切りきずの薬」製造本舗で
各種漢方薬・薬草(300種類以上)を取り揃えているそうです。一粒丸 三橋薬局 専門店
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表参道のポスターと絵
(左)今年の祇園祭のポスター
(右)成田ゆめ牧場の牝牛「ゆめちゃん」が引き手と一緒に仲之町の山車を引いていた時の絵(平成8年から10年間、引いていたそうです) -
成田山新勝寺 総門
開基1070年の記念事業として平成19年(2008)に建立。
高さ15mの総欅造り。
蟇股には十二支の木彫刻が施され、楼上には八体の生まれ歳守り本尊が奉安されています。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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成田山新勝寺 仁王門の前にて
13時からの総引きを前に集合場所へ向かう引き手の皆さん。
「暑い中、ご苦労様です。」成田山新勝寺 寺・神社・教会
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成田山新勝寺 仁王門(国重文)
天保2年(1831)再建。
門の左右に密迹金剛、那羅延金剛の二尊が奉安され、昔から成田山の門を守ってきました。
また、裏仏として、広目天、多聞天の二天が奉安されています。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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成田山新勝寺 仁王門
中央の「魚がし」の文字が目立つ大提灯は、魚河岸講の奉納によるもの。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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成田山新勝寺 仁王門
(左)密迹(みっしゃく)金剛
(右)那羅延(ならのぶ)金剛成田山新勝寺 寺・神社・教会
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成田山新勝寺 仁王門の裏仏
(左)多聞天
(右)広目天成田山新勝寺 寺・神社・教会
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新勝寺の門前を通り集合場所へ向かう「土屋の山車」
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新勝寺総門前に並んで挨拶をする「土屋の山車」の手古舞のお嬢さんたち
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表参道の鰻屋 川豊
20分ほど時間をつぶしお店に戻りましたが、直ぐには席につけず、暫くまってようやく鰻にありつけました。
この店では、店頭にある「いちょうの大きなまな板」で毎日活きたうなぎをその場でさばき、蒸したて、焼きたての鰻を食べさせてくれます。
ちなみに、帰りの時間も店の前には行列が出来ていました。
どれだけの鰻を仕入れているのでしょうか。川豊 本店 グルメ・レストラン
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表参道の店頭
熱中症予防に水分補給とばかりに、キュウリやスイカが売られています。 -
新勝寺境内で出番を待つ御輿
成田山新勝寺 寺・神社・教会
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新勝寺の境内で御輿の出立式 12:30頃
お坊さんの祈祷が始まりました。 -
成田山新勝寺の御輿
大日如来をご尊体とする成田山新勝寺の御輿。
(神輿といえは神社の神様ですが、こちらはお寺の御輿です。)
昔は、門前町7ヶ町が年番で御輿を担いだそうですが、年々各町の担ぎ手が少なくなり、現在は、成田山の職員と有志が担ぐようになったそうです。 -
成田山新勝寺 総門前にて
新勝寺のお坊さんを先頭に御輿が進みます。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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成田山新勝寺 総門前にて
総重量約300Kgといわれる御輿、それほど大きくはないですが、この暑さの中、坂道の登りはキツイでしょうね。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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表参道の坂道を登る御輿
見物客も御輿の後に続きます。 -
花崎町の手古舞の皆さん
13時から、花崎町を先頭に総引きがスタートです。
「シャン、シャン、シャン」祭り囃子の音色と共に錫杖を叩く音が聞こえてきます。
手古舞は、昔は芸者衆や婚礼前の女性がつとめていましたが、今は小学校の子供達がつとめています。
着物に伊勢袴、足袋と草履を履き、背中には花笠をつけます。手に持った錫杖を鳴らしながら山車や屋台を先導します。
手古舞の衣装は、若者連の祭り半てんや扇子と同様、各町内によって色やデザインが様々です。
迫力のある山車・屋台の引き回しに華をそえる手古舞の行列、見ている方は楽しいですが、この暑さの中では子供達は可哀想ですね。 -
花崎町の山車
成田祇園祭は、天下祭と呼ばれていた江戸の祭と、その影響を受けた佐原の祭の2つが融合した独特の祭と言われます。
そのため山車は、江戸型の山車と唐破風の大屋根の屋台、そこから進化した人形山車と様々な形態の山車があり、どれも可動式の舵とブレーキが付いています。
「お祭りが終わったその日から、来年のお祭りの日までの日数を数えて待つ」なんて言われているほど、成田の人達はお祭り好きだそうです。 -
花崎町の山車
お祭りも3日目となり、皆さんお疲れなのでしょうが、頑張って山車を引いています。 -
花崎町の山車
表参道にあるお店の2階から「おひねり」が差し出されます。 -
花崎町の引き手の皆さん
坂道の途中で力を合わせて山車を引き上げます。
山車・屋台の引き回しの参加者は、役員・若者蓮・子供たちを含む一般参加者からなります。
役員は、町内の旦那衆で、実際に山車・屋台を動かすのは、各町内で組織されている若者蓮。
若者頭の号令の下、円滑な引き回しを行います。 -
成田山交道会の山車の手古舞の皆さん
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成田山交道会の山車の引き手の皆さん
ようやく歩けるようになった子供にロープを持たせると、なんと山車の綱を引っ張る真似をするといわれるほど、成田の人たちにはお祭りが染みついているそうです。
こんな小さな子供も一緒に山車を引いていますが、親御さんんは心配そうに子供に風を送っています。 -
成田山交道会の山車の引き手の皆さん
町内によって引き手の人数も違うようで、綱の長さも違っています。
髪を結いあげた女性も多く参加しています。 -
成田山交道会の山車
坂道の登り方も、各町内で違っていて、途中で止まってから力を込めて引き上げるところもあれば、じわじわとゆっくり引き上げるところもありました。 -
成田山交道会の山車
山車に乗っかって気合いを入れる人は、引き手よりは楽かもしれませんね。 -
表参道の上の方に移動して山車・屋台を待ちます。
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上町の手古舞の皆さん
炎天下、日傘も必要ですね。 -
上町の屋台を引く成田国際高校の皆さん
若い力が参加で助かりますね。 -
上町の屋台
屋根の上に建っている人は格好いいですが、この暑さの中では大変でしょうね。 -
本町の手古舞の皆さん
こちらは法被姿のスポーティな衣裳です。 -
本町の山車
坂道の途中で気合いを入れなおしてダッシュします。 -
本町の山車の後ろ姿
この駆け上がる所が見どころです。 -
仲之町の手古舞の皆さん
暑い中、お疲れ様!
(早く終わるといいね) -
仲之町の山車
鰻屋さんの煙で山車が煙って見えます。
(川豊の2階の座敷からは、山車が目の前に見えます。) -
仲之町の引き手の皆さん
音頭を取るお姉さんの笑顔がいいですね。
(引きての皆さんは大変でしょうが) -
仲之町の山車
力が入る引き手の皆さん。
「引け、引け!」 -
土屋の手古舞の皆さん
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土屋の山車
山車と見物客が近いのも醍醐味ですが、怪我をしないように注意が必要です。 -
土屋の山車の囃子蓮
成田祇園祭のお囃子は、江戸囃子と佐原囃子の山車があるのが特徴です。
江戸囃子は仲之町、本町、成田交道会の3台で、成田山門前周辺の町内で、早くから開け、江戸との交流が深かったからと考えられているそうです。
残り7台では佐原囃子で、香取市を中心に北総と茨城県南部の祭で親しまれています。 -
幸町の手古舞の皆さん
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幸町の山車の引き手の皆さん
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幸町の山車
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囲護台三和会の手古舞の皆さん
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囲護台三和会の山車
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囲護台三和会の山車
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田町の山車の引き手の皆さん
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田町の山車の引き手の皆さん
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田町の山車の引き手の皆さん
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田町の山車
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田町の山車
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田町の山車
お囃子の皆さんも狭い山車に座って大変でしょうね。 -
御輿が表参道を下って戻ります。 14:40過ぎ
御輿を優先するため、山車の総引きは小休止。 -
御輿も3日間の渡御でお疲れのことでしょうね。
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東町の手古舞の皆さん
御輿優先で少し待たされましたが、元気を出して出発します。 -
東町の屋台
総引きも10番目となりこれで最後です。 -
東町の屋台
お疲れ様です!14:55頃 -
市街地を引かれる花崎町の山車
この隣では、熱中症と思われる見物客を救急車に乗せていました。 -
市街地を引かれる花崎町の山車
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成田山新勝寺 三重塔の前に並ぶ山車 15:40頃
総引きを終えた山車・屋台は、市街地を引かれた後、ここ新勝寺の境内に集まります。
三重塔は、正徳2年(1712)に建立された重要文化財。
総高は25mで、塔内には大日如来を中心に五智如来が奉安され、周囲には「十六羅漢」の彫刻がめぐらされています。
雲水紋の彫刻がほどこされた各層の垂木は一枚板で作られた珍しいもので、一枚垂木と呼ばれています。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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新勝寺 大本堂前に整列する山車・屋台
16:30から3日間の渡御を終えた御輿の還御式が行われるため、
山車・屋台が揃ってお出迎えします。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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成田山交道会の山車
昭和63年、成田山開基1050年祭を記念し五世宮惣が5年の歳月をかけ製作した本格的江戸型山車。
全体を漆で仕上げ金色の彫刻金具、極彩色の木彫り、西陣織の刺繍幕、特に腰枅の螺鈿、四君子の柱隠しの華麗さには目を見張ります。
人形は川本喜八郎氏製作の日本武尊。
額の文字は「大日」(成田山中興第20世鶴見照碩大僧正御直筆)成田山新勝寺 寺・神社・教会
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中之町の山車
明治33年、東京神田にて製作された成田最古の江戸型山車。
作者は村田政親と百雲正山本鉄之による共作。
人形は「神武天皇」、作者は初代山本福松によるもの。
正面の額は、成田山中興第15世石川照勤大僧正によるもので「妍哉得國」。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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本町の山車
明治35年に製作された江戸山車で、三代目村田正志・百雲正山本鉄之に依頼し、車輪・台座は神田紺谷町の川口家の製作。
人形は将門討伐や大ムカデ退治で有名な藤原秀郷(俵藤太)で製作は山本福松。
山車は上中下三段構造の上段迫り上がり式で町内が狭いため、上中段が360度回転するのが特徴。
平成12年には車輪を新調。
お囃子は新宿区無形文化財の萩原彦太郎社中による江戸囃子。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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囲護台三和会の山車
囲護台三和会は囲護台・新町・馬橋の三区で構成され、現在の山車は成田山開基1070年に合わせて新造されたもの。
製作は印西市の棟梁正木寛氏によるもので、二層式屋台の形式をとり、柱と梁を繋ぐ木組みや、上下の高欄を支える多くの斗供など、伝統的な社寺建築の技法により建造され、精徽な彫刻が山車を飾ります。
人形は成田山のお不動様とゆかりの深い「嵯峨天皇」で、製作は八千代市の彫刻家田島義朗氏によるもの。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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東町の屋台(左)と田町の山車(右)
東町の屋台(正式には引き廻し屋台)は、昭和53年6月に完成した2代目。
総欅造り、銅板瓦葺き、総漆塗り仕上げで、屋台正面は唐破風造り。
平成18年、屋台の四方に獅子、鳳凰、恵比寿大黒、昇り龍などの立派な彫刻が施された、重厚で威厳のある屋台。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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成田山新勝寺 大本堂
昭和43年(1968)建立。
本尊の不動明王は、向かって右に矜羯羅童子、左に制咤迦童子を従えるほか、四大明王や平成大曼荼羅などが奉安されています。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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土屋の山車
平成19年から二代目の山車となりました。
山車は前部囃子台に唐破風の屋根、後部は三層でせり上り式の江戸型山車で、特徴は前部囃子台が長いこと。
人形、彫物は古事記の神話を題材にしたもので、人形は『大穴牟遅神(おおなむちのみこと)(大国主命)』、彫物は懸魚に『伊弉諾尊、伊弉冉尊の国生み』、中段三方の欄間には『天照大神の天の岩戸開き』、『素戔鳴尊の八岐大蛇退治』、『天孫降臨』の彫刻を配し、神話の山車と呼ばれています。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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幸町の山車
平成23年度製作の山車。
二重高欄欅漆塗り、前面に欄間仕立ての踊り屋台があり、左右の前柱に唐獅子と中央に鳳凰と雲の金箔張り。
人形は平安時代中期、平将門の乱が起きたとき、追討の軍を送った「朱雀天皇」。新勝寺建立にゆかりの人物です。
字額「金剛」は、成田山中興第21世橋本照稔大僧正の直筆。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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大本堂前に入場する上町の屋台
成田山新勝寺 寺・神社・教会
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上町の屋台
所定の位置へ移動させます。 -
上町の若者蓮の皆さん
屋台を押す男性陣を女性陣が踊りで後押しします。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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上町の屋台
砂利の上に板を敷きバックさせるのですが、なかなか真っ直ぐ進まず何度もやり直しをしていました。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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花崎町の山車
最後に花崎町の山車が入場です。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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花崎町の山車
昭和51年製作の江戸型山車で前部は囃子台に唐破風の屋根、後部は三層からなる鉾で最上部はせり上がり式になっている。
山車には昇龍や牡丹、腰廻りには波に鯉、懸魚は鳳凰、さらに下高欄下には八幡太郎の説話三題の彫刻が施され、重量感のある造り。
人形は、平安時代の武将、武勇の誉れ高い源氏の棟梁八幡太郎義家。
額の文字「智勇」は成田山中興第21世橋本照稔大僧正の直筆。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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花崎町の山車
所定の位置へ納めます。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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花崎町の若者蓮の皆さん
成田山新勝寺 寺・神社・教会
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成田山新勝寺 大本堂
16:30から始まる御輿の還御式、総踊りを観るために大勢の人が早くから詰めかけています。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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成田山新勝寺 大本堂前に整列した山車・屋台
成田山新勝寺 寺・神社・教会
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成田山新勝寺 大本堂前に整列した山車・屋台
成田山新勝寺 寺・神社・教会
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大本堂前に整列した山車・屋台をバックに記念撮影をする若者蓮の皆さん
成田山新勝寺 寺・神社・教会
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大本堂前で行われる御輿の還御式を待つ皆さん
夜間は、山車・屋台がライトアップされ、昼とは違った姿を楽しめるそうです。成田山新勝寺 寺・神社・教会
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大本堂前に戻った御輿 16:15頃
大本堂前には多くの人で、残念ながら近づくことが出来ませんでした。
自宅まで時間が掛かることもあり、御輿の還御式、総踊りの見物は諦めて帰ることにしました。(17:00京成成田発の電車で帰路へ。)
猛暑の中のお祭り見物、熱中症にならず無事帰ることが出来ました。
お祭り関係者の皆さん、お疲れ様でした。
翌日は、会社・学校はお休みになるのでしょうか?
(私は仕事ですが(笑))
(おしまい)成田山新勝寺 寺・神社・教会
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この旅行記へのコメント (2)
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- momotaさん 2015/07/18 22:15:40
- 色んなお祭りあるのね〜
- morino296さん、こんばんは♪
佐原に行かれたのかなぁと思ってましたが成田の方へ行ったんですね。
成田にも祇園祭があるなんて全然知らなかった〜。
このごろ駅には各地のお祭りポスターが貼られているけど関東にも
こうした大きな曳山を扱うお祭り沢山あるんですね。
成田山までは結構な坂道だからきついでしょうね〜。
この日は32℃ですか、3日間終えたらオシゴト出来なくなりそう。
祭りのためのお休みはきっとOKでもお疲れ休みはNGなんでしょうね。
こんな小さな子供たちも山車ひいてるの〜!かわいい♪
ロープを持たせると引く真似をするって本当?!それだけここに
このお祭りが根付いているんですね。
ウナギ〜♪今日私もたべました。真空パックですが(´▽`)
- morino296さん からの返信 2015/07/18 22:40:43
- RE: 色んなお祭りあるのね〜
- momotaさん
こんばんは。
いつも有難うございます。
はい、今回は、佐原より少し近い成田に行ってきました。
関東には、山車祭が結構あるのですよ。
これは、江戸時代に江戸で行われていた天下祭で使われていた
数十台の人形山車が、明治時代になって関東一円に売り払われたものが
各地のお祭りで使われるようになったためです。
全国的には、山車の台数が一番多いのは、愛知県だといわれます。
佐原の山車は、成田の山車よりも大きいので、方向転換するのも大変なのですが、
成田山の坂道を登るのも大変ですね。
今回は、お祭りの3日間とも好天で暑さが厳しかったので、
皆さんお疲れになったことでしょうね。
成田も佐原も、鰻が名物なのは共通しているのは何故なのでしょうか。
秋に山車祭が行われる川越も鰻が有名ですし、山車祭と鰻は何故か関連性があります。
絶滅危惧種の鰻、段々と食べるのが難しくなってきますが、美味しいですよね。
morino296
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