2007/02/15 - 2007/02/21
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jyun1226さん
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やや古いですが2007年にフランスへ行った時の旅行記です。なので今と当時では情報などに違いがあるかもしれません。
この前年に初めてヨーロッパへ行き、その雰囲気にやはり魅了されたので今年はフランスへ行く事にした。前年はイタリアに行ったのだが、その際安い航空券だったので直行便がある都市にも関わらず乗継便だった。今回は確実に直行便で行く為、少々高かったがANAの会員限定ツアーのフリープランにしようかと問合せると残席が4席との事だったのでそのまま予約した。
1日目 成田ーパリ
2日目 パリ観光
3日目 バルセロナ日帰り
4日目 ベルサイユ観光
5日目 モンサンミッシェル観光
6日目 パリー成田
7日目 帰国
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 1.0
- グルメ
- 2.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- ANA
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今日はモンサンミッシェルへ行くことにした。早朝モンパルナス駅へ向かい、窓口でガイドブックのモンサンミッシェルのページを見せ、ここへ行きたい。と言ったら時間を選ばせてくれ、バスの切符も購入できた。復路分もこの時に購入した。
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最寄り駅であるレンヌまでTGVで行き、バスに乗り換えである。モンサンミッシェルまでは様々な旅行会社がオプショナルとして日帰りバスツアーを催行している。個人で行った方が安いだろうと思っていたが、当日窓口で切符を購入した我々で比べてみるとTGV利用の為にそこまでの差はなかった。なので、行く日程が決まっている人はフランス国鉄のウェブサイトで事前購入するとかなり割引になるようなのでそちらが良いと思う。
この時は海外のサイトにも不慣れな私であったが、今や翻訳ソフトなどを使えばなんとか購入できてしまうし、ありがたい事に検索すればブログ等で丁寧に購入の仕方を解説してくれている方々も多い。 -
レンヌ駅到着。とりあえず駅を出て右に進み乗り場を確認して一服である。初めてのTGVの乗り心地であるが、とても良かった。2等の料金でこのフカフカな椅子なんてすごーい!充分すぎるじゃん!と思っていた。後に調べてみたら我々の席は少し不思議な席だった。車両の一番端で、座席は実は1等の椅子だったのだが、サロンカーのように見知らぬ人々と半円に座るような感じだったのだ。その為テーブルもないし、席によっては景色は人に阻まれてあまり見れない。バスで言えば一番後ろの席のような感じ。だから2等の料金だったのだ。
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バスに乗車するのだが、ここで私はビックリする。なんと乗客の殆どが日本人であった。日本人専用車か?と思う程。私は仕事上冬に休みを取りやすいので、たいてい1週間となるような旅行は冬が多い。旧正月を避けて旅に出るのだが、学生の卒業旅行シーズンなのだ。よって若い子が多い。しかし卒業旅行にみんなでフランスなんて考えてみれば贅沢な話である。
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バスからの車窓。途中家もないような道をひたすら走る。電車で2時間、バスで1時間20分。なかなか遠いが、皆朝早いので寝ている・・・
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すると誰かが声をあげた。遠くにモンサンミシェルが見えた。モンサンミッシェルの周りには緑があって羊がいて・・・なんて風景を想像していたが、冬であったせいか羊なぞ1匹もいないし、泥だらけ。天気も曇っててどんより、干潟のようだった。バスはモンサンミッシェルのすぐ近くまで行く。
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バスツアーのバスも沢山停まっていた。この頃はモンサンミッシェルのすぐそばまでバスなどの車両が入れたが、干潟に浮かぶモンサンミッシェルを取り戻すために工事をし、今は車両制限されているようだ。
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細い道の両脇にはそれなりにお土産屋がある。こんなに細くちゃハイシーズンは人であふれかえっているだろう。
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あの門をくぐって入る。
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チケット売場。冬の観光シーズンではない為か空いていてすぐに購入できた。
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いよいよ修道院に入る。モンサンミシェルは708年、大天使ミカエルのお告げにより建設。11〜13世紀に掛けて行われた様々な様式の増改築で現在の姿となり、多くの巡礼者が訪れるようになった。
そして14世紀にイギリスとの間に起こった百年戦争により、修道院は閉鎖され、再び修道院として復活したのは20世紀に入ってからのようだ。 -
入口へ続く階段。
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水道の蛇口があった。光ってしまってわかりづらいが、蛇口にはフランス王家を表す百合と、巡礼者を表す帆立貝の紋章が刻んである。
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テラスから見上げる修道院上部の大天使ミカエル・・・遠い・・・。ミカエルの大きさは3m程あり、ヘリコプターを使ってくっつけたらしい。
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有名な西のテラスからの景色。残念ながら天気があまり良くないし、茶色くてあまり美しくない・・・
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ここが一番上にある12世紀に造られた修道院。19世紀に牢獄としてつかわれていた時代に囚人が逃げ出すために火を放ち、壁面が煤け、それをそのままの状態で残してあるため、外壁の色が異なっているようだ。
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内部の礼拝堂。奥の窓が東向きになるように建てられ、朝の礼拝時に神の象徴である朝日が差し込むようになっている。
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教会の横にある回廊と中庭。中庭を囲む回廊の柱は2重の円柱が少しずれながら建っていて、柱が永遠と続くような錯覚がおきるように細工してある。
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修道士の瞑想場所だったようだ。
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修道院内の食堂。重さを軽減する為にアーチ型の天井は木製。
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私の奥に大天使ミカエルと司教オベールのレリーフがあるのだが、この時はそんな事知らず・・・帰ってきて写真を見返したら大事な部分が自分で隠れてしまっていた・・・
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ここは聖職者の食堂の真下にある「迎賓の間」。巡礼にやってきた王や貴族たちを迎える部屋。
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いろんな角度で写真を撮ってみる。一応順路はあるが、いろんな扉や通路、階段がある。
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モン・サン・ミッシェルが牢獄として使われていたとき、囚人用の食べ物を運び込むために使用されたそう。囚人自身がこの滑車に入り、中で走ることによって滑車を動かしていたそうな
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死者のための聖エチエンヌ大聖堂。祭壇にはギリシャ文字の最初であるアルファと最後のオメガの文字が彫ってあり、人生の始まりと終わりを表している。
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残っているフレスコ画
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息子キリストの死を嘆き悲しむ母マリアのピエタ像
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立ち入り禁止となっていた階段。
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巡礼者のメイン階段として使われていた南北階段
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修道士たちが聖書の写本の作業を行った部屋。「騎士の間」と呼ばれている。印刷技術のなかった当時、聖書を書き写すことは聖職者にとって大事な仕事のひとつだった
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この階段は侵入者が攻めこんで来ても、一人ずつしか上がれない狭さに造られてある。回転の向きは、下から登ってきた人間が右手で持った剣を振るいにくく、上から防御する人間は闘いやすい向きになっている
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そしてショップへ出る。
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空いていたので内部見学はそんなに時間がかからなかった。
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モンサンミッシェル、日本語に訳すと「聖ミカエルの山」
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さて昼食。飲食店の数はそんなに多くなかった。初めは我々もあの有名なラメールプラールのふわふわオムレツを食べようかと思っていた。がしかし、その価格にビックリ仰天であった。いくら大きいと聞いてはいたものの、たかがオムレツ1つに28ユーロ。当時はユーロ高だったので円換算するとなんと\4600!!原価はいくらだよ?!その値段を出してまで食べたいとは思えなかった。
この後、しばらくしてこの店は日本にも上陸した。どうやら日本の方が安いらしい。 -
高額オムレツを断念し、近くにあった軽食屋に入った。バゲット・デザート・ドリンクのセット。私はバケットをサラダに変更した。この2人分で2800円である。こりゃあ、観光地だから高いのか?ユーロ高も相まっている。私はすぐに某ファミレスのミラノ風ドリアに換算してしまうクセがある。日本であればドリア9個位食べれてしまう・・・。
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店内はこんな感じ。昼食内容にもよるだろうが、もしかしたらオプショナルツアーの価格もそんなに高くはないのかもしれない。当時は数万もする高いツアーしかなかったが今は結構安いツアーも色々ある。
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サン・ピエール教会。
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帰りのバスの時間までお土産やを見つつ、ウロウロした。
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全景が見える場所まで歩いたりして時間を潰す。
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私が行った時は天気もどんよりで羊なぞ1匹もいなかった。この年の6月に友人が来たのだが、その時はまさに写真でみるような光景で、羊がワラワラいたようだ。本当に時期にもよるし、見え方だって晴れてなんぼである。
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ここがバスの乗車場所。今は変更となっている。
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そして再びレンヌ駅へ戻ってきた。帰りの電車までは少し時間があったので駅周辺を少しプラつき、カフェで休憩。レンヌ駅周辺のカフェはモンサンミッシェルやパリ市内と比べるとお手頃価格だった。
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途中でお腹が空くと思ったので駅の売店でバゲットサンドを購入し電車の中で食べた。
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行きの座席がなぜ1等の座席だと分かったかと言うと、帰りは普通の2等だったからである。それでも2等席で全然じゅうぶんだ。
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パリへ帰ってきたのは20時位だったろうか。やっぱりモンサンミッシェルへは1日がかりだ。シャンゼリゼをプラつきながら、ルイヴィトンの本店を冷やかしつつ、バラマキ土産を購入の為、現地スーパー(主にモノプリ)へ寄る。
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そしていつもの夕食。この生ハムはバルセロナの空港で購入したものなのだが、日本には肉類は持ち込めない。そんな事は分かっている。が、この売場の店員が私を日本人とみるやいなや、日本には持ち込めないから売れない!みたいな事をしきりに言っていた。航空券を見せ、いや、パリにいくのだ。となんとか四苦八苦しながら伝え、しぶしぶ売ってもらったのを覚えている。
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最終日。今日はサクレクール寺院へ行くのに地下鉄で向かったのだが、我々が選んだ最寄駅はとんでもない階段を上らなくてはいけなかった。どうりで皆エレベーターを待っていたわけである。階段を上っていたのは我々と父息2人の4人だけであった。きっとその2人もこんなにひどい目に合うとは思っていなかったろう。父は途中で休憩していた。
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そして現れたサクレクール寺院。今日は天気が良いので白が映える。
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フランスのために戦い命を落とした兵士を讃えるために作られたバシリカ大聖堂。
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景色。少し雲がかかってしまったので絶景とまではいかず・・・しかし、ここに立って、地下鉄での階段に苦労したのが良くわかった。この分上がってきたのだから。モンマルトルの丘だもんなぁ。
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しばらくここで休憩。この界隈の店も見たかったが、冬の午前中ではまだ営業している店は少なかった。
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上部は展望台になっていて有料で入れる事ができるが、階段で登る事になるようだ。我々は地下鉄駅の階段で体力消費してしまったのと、そこまで景色は変わらないだろうと思い、入らなかった。
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パリって感じの地下鉄入口。
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最後はあの有名デパート、ラファイエットでお土産を購入。ここでフォアグラの缶詰を購入し、帰国後食べてみたが缶詰ですら美味しかったのだ。価格はピンキリ。缶詰のくせにこんな値段するのかよ〜ってのも多くあった。
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さてパリで最後の食事。最後位はまともな店で食べようと思い、ガイドブックお勧めの店へ行く事にした。この店がまたオシャレな店内装飾だった。
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メニューを見たって何がなんだか分かる訳もなく・・・お勧めであろう日替わりの3コースランチを頼んだ。ボリュームもあったわりにはそんなに高くなかったと思う。それでも2人で5000円位だった。
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リヨン駅からエールフランスバスに乗って空港へ向かう。やはりシャルルドゴールの第1ターミナルには最後の買い物をする程の店はなかった。
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帰りの機内食は毎日パンで飽きていたので、もちろん和食を選択した。
こうして一週間のパリ旅行は終了した。今思えばパリへ行く事前リサーチがやや甘かったように思う。そして意外とパリの街を観光しなかった気がする。次回はいつ来るか分からないが、その時は春から秋の気候の良い時期に来ようと思った。
帰国後、当時の上司に、フランスでうまいもん沢山食べてきたか?と聞かれたのだが、物価が高すぎて毎日レストランで食事なんかしてたら干上がっちまう!殆ど毎日バケットサンドだったよっ!と言い、ヒモじく食費を節約した事を話した。次回は非常食の米を持参してポットのあるホテルに泊まろう・・・味噌汁ももっていこう・・・。
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