清水旅行記(ブログ) 一覧に戻る
清見寺は、「臨済宗妙心寺派」に属し、本尊を「釈迦如来」として「関聖上人」の建立によるものです。当寺は静岡市清水区興津地区にあり、JR東海道本線・興津駅から西方に約3kmに位置して、旧東海道に面しています。<br /><br />寺名は正式には、「 巨鼇山清見興国禅寺」と称し、境内の面積はおよそ6千坪、建物は550坪あります。そして山の高台にある境内からは、眼下に駿河湾・清見潟(昔の呼び名)の眺望を望み、「国の名勝」に指定された見事な庭園には、五百羅漢石像が配置されてあります。<br /><br />清見寺は江戸時代に徳川幕府から特に庇護され、来日した朝鮮通信使が江戸城参上への途中に休憩所として立ち寄り、また琉球使節団も参拝した歴史と由緒ある寺です。

駿河湾の清見潟を望む興津・「清見寺」を見学する!

37いいね!

2015/06/24 - 2015/06/24

151位(同エリア826件中)

0

48

風 魔

風 魔さん

清見寺は、「臨済宗妙心寺派」に属し、本尊を「釈迦如来」として「関聖上人」の建立によるものです。当寺は静岡市清水区興津地区にあり、JR東海道本線・興津駅から西方に約3kmに位置して、旧東海道に面しています。

寺名は正式には、「 巨鼇山清見興国禅寺」と称し、境内の面積はおよそ6千坪、建物は550坪あります。そして山の高台にある境内からは、眼下に駿河湾・清見潟(昔の呼び名)の眺望を望み、「国の名勝」に指定された見事な庭園には、五百羅漢石像が配置されてあります。

清見寺は江戸時代に徳川幕府から特に庇護され、来日した朝鮮通信使が江戸城参上への途中に休憩所として立ち寄り、また琉球使節団も参拝した歴史と由緒ある寺です。

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車

PR

  • 清見寺は、静岡市清水区興津の山の中腹に位置します。<br /><br />清見潟の海が少し見えますが、かって前面には「袖師海水浴場」の広い砂浜があり、JR東海道本線の「袖師駅」(廃駅)は多くの海水浴客が利用しました。

    清見寺は、静岡市清水区興津の山の中腹に位置します。

    清見潟の海が少し見えますが、かって前面には「袖師海水浴場」の広い砂浜があり、JR東海道本線の「袖師駅」(廃駅)は多くの海水浴客が利用しました。

  • この高台から見える眺望のよい「清見潟」は、県立・清水東高校の校歌(作詞:土井晩翠)にうたわれています。<br />一.世界の四方に うたはるる<br />    富士の名山 朝夕に  〜 ♪<br />二.あゝ東海の 五十三<br />   駅はいにしへ 今にして<br />   三保の松原 清見潟<br />   我が感興ぞ 新なる<br />

    この高台から見える眺望のよい「清見潟」は、県立・清水東高校の校歌(作詞:土井晩翠)にうたわれています。
    一.世界の四方に うたはるる
       富士の名山 朝夕に 〜 ♪
    二.あゝ東海の 五十三
       駅はいにしへ 今にして
       三保の松原 清見潟
       我が感興ぞ 新なる

  • 「清見潟」とは ⇒<br /><br />静岡県中部の静岡市清水の興津・清見寺門前にある海岸です。<br />前面には三保半島が清水港をいだいて突出し、北東には富士山、南東には駿河湾をへだてて伊豆の天城連山を望み、古くから東海道の景勝地として有名です。<br />( ブリタニカ国際大百科事典・ 小項目事典から引用 )

    「清見潟」とは ⇒

    静岡県中部の静岡市清水の興津・清見寺門前にある海岸です。
    前面には三保半島が清水港をいだいて突出し、北東には富士山、南東には駿河湾をへだてて伊豆の天城連山を望み、古くから東海道の景勝地として有名です。
    ( ブリタニカ国際大百科事典・ 小項目事典から引用 )

  • 清見寺の南向きの墓地。

    清見寺の南向きの墓地。

  • 境内にある「瑞雲院」。

    境内にある「瑞雲院」。

  • 境内には、書院が点在しています。

    境内には、書院が点在しています。

  • 当寺へは旧国道1号線(旧東海道)から、JR東海道本線上の架橋を渡り入場する。<br /><br />明治22年には、本寺の境内を横切り東海道本線が開通しました。

    当寺へは旧国道1号線(旧東海道)から、JR東海道本線上の架橋を渡り入場する。

    明治22年には、本寺の境内を横切り東海道本線が開通しました。

  • 本堂の山門。<br /><br />山号は、巨鼇山(こごうさん)清見興国禅寺 。

    本堂の山門。

    山号は、巨鼇山(こごうさん)清見興国禅寺 。

  • 徳川家康公は、幼い頃に今川家の人質として駿府に居住して、当寺の住職・「太原雪斎」に師事し勉学に励んだため、後に清見寺は徳川幕府から特に庇護されました。

    徳川家康公は、幼い頃に今川家の人質として駿府に居住して、当寺の住職・「太原雪斎」に師事し勉学に励んだため、後に清見寺は徳川幕府から特に庇護されました。

  • 静かな境内を見学する。

    静かな境内を見学する。

  • 山門から本堂へ入る。

    山門から本堂へ入る。

  • 清見寺は、「国の重要文化財」として指定されています。<br />< 寺宝 ><br />宋版石林先生尚書伝(重要文化財)<br />朝鮮通信使遺跡清見寺境内(国の史跡)<br />庭園(国の名勝)

    清見寺は、「国の重要文化財」として指定されています。
    < 寺宝 >
    宋版石林先生尚書伝(重要文化財)
    朝鮮通信使遺跡清見寺境内(国の史跡)
    庭園(国の名勝)

  • 水蓮 (ハス) の花。

    水蓮 (ハス) の花。

  • 幕末の激動期に 幕府軍と新政府軍の争いの際、幕府軍の戦没者を祀るため清水の次郎長、榎本武揚らが建立した「咸臨丸碑」。<br /><br />ちなみに明治元年、幕府の軍艦咸臨丸が清水港で官軍の攻撃をうけた際、港内に漂う戦死した乗組員を次郎長が手厚く弔った「壮士の墓」は巴川の河口近くにあります。

    幕末の激動期に 幕府軍と新政府軍の争いの際、幕府軍の戦没者を祀るため清水の次郎長、榎本武揚らが建立した「咸臨丸碑」。

    ちなみに明治元年、幕府の軍艦咸臨丸が清水港で官軍の攻撃をうけた際、港内に漂う戦死した乗組員を次郎長が手厚く弔った「壮士の墓」は巴川の河口近くにあります。

  • 新緑の木々に映える本堂。<br /><br />正式には「巨鼇山 清見興国禅寺」と称し、本堂に「興国の文字」が見えます。

    新緑の木々に映える本堂。

    正式には「巨鼇山 清見興国禅寺」と称し、本堂に「興国の文字」が見えます。

  • 当寺には小説家の島崎藤村や夏目漱石などが訪れ、「小説の題材」となり多くの文学人に愛された東海の名刹です。

    当寺には小説家の島崎藤村や夏目漱石などが訪れ、「小説の題材」となり多くの文学人に愛された東海の名刹です。

  • この羅漢尊者の群像は、島崎藤村の小説・「桜の実の熟する時」の最後の場面に登場します。

    この羅漢尊者の群像は、島崎藤村の小説・「桜の実の熟する時」の最後の場面に登場します。

  • 五百羅漢の石像は、江戸時代の中期・天明年間(1780年代)に制作されたものです。

    五百羅漢の石像は、江戸時代の中期・天明年間(1780年代)に制作されたものです。

  • 庭園にある五百羅漢石像。

    庭園にある五百羅漢石像。

  • 苔むした石像に長い歳月を感じる。

    苔むした石像に長い歳月を感じる。

  • 上り階段の両側には、たくさんの羅漢石像が並んでいます。

    上り階段の両側には、たくさんの羅漢石像が並んでいます。

  • 大正天皇お手植えの百日紅の木。

    大正天皇お手植えの百日紅の木。

  • 当寺の境内には「JR東海道本線」が横切り、本堂へ到る架橋の下には上り線路が見えました。<br />

    当寺の境内には「JR東海道本線」が横切り、本堂へ到る架橋の下には上り線路が見えました。

  • JR東海道本線の下り線路。<br /><br />左手の旧東海道に面して、明治時代の元老・西園寺公望公の別荘である「坐漁荘」(今は明治村に移設)がありました。<br />西園寺公は大正8年(1919年)に、静岡県庵原郡興津町 (現静岡市 清水区興津清見寺町)に別荘「坐漁荘」を建築し主な居住地としたため、政財界の要人が頻繁に興津の西園寺公の元を訪れるようになり、「興津詣」(おきつもうで)と呼ばれました。

    JR東海道本線の下り線路。

    左手の旧東海道に面して、明治時代の元老・西園寺公望公の別荘である「坐漁荘」(今は明治村に移設)がありました。
    西園寺公は大正8年(1919年)に、静岡県庵原郡興津町 (現静岡市 清水区興津清見寺町)に別荘「坐漁荘」を建築し主な居住地としたため、政財界の要人が頻繁に興津の西園寺公の元を訪れるようになり、「興津詣」(おきつもうで)と呼ばれました。

  • 上り線路を3両電車が通過する。

    上り線路を3両電車が通過する。

  • 帰り道、ランチを楽しむ。

    帰り道、ランチを楽しむ。

  • 洋食レストラン・「OKAME亭」に立ち寄る。

    洋食レストラン・「OKAME亭」に立ち寄る。

  • 以前は地元の大衆食堂でしたが、スタッフが替わり洋食レストランとなりました。

    以前は地元の大衆食堂でしたが、スタッフが替わり洋食レストランとなりました。

  • プレーンオムライスのランチです。

    プレーンオムライスのランチです。

  • 日替わりランチの「カレーとコロッケ&オムライス」です。

    日替わりランチの「カレーとコロッケ&オムライス」です。

  • 「パンとスモークサーモン・ハム&サラダ」です。

    「パンとスモークサーモン・ハム&サラダ」です。

  • デザートのシャーベットが、冷たく美味しい感じです。

    デザートのシャーベットが、冷たく美味しい感じです。

この旅行記のタグ

関連タグ

37いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

マイルに交換できるフォートラベルポイントがたまります。
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

この旅行記の地図

拡大する

清水の人気ホテルランキング

PAGE TOP

ピックアップ特集