2015/05/11 - 2015/05/12
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na1430さん
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かつての職場の関連会社が企画する1泊2日の「すてきならいふツアー」に2度目の参加をした。ツアーの名称は「国営明石海峡公園と姫路城」である。
参加者は約30人余で朝の6時ごろ出発した。上信越道から長野道・中央道・名神を走り、大津で昼食を摂った。場所はプリンスホテルの30階だったか正確な階数は失念したが展望レストランでの洋食バイキングであった。
大津のプリンスホテルは、西武の創始者堤康次郎氏が近江の出身者であったことから近江の西武諸施設の要的な拠点でもあった。堤康次郎氏亡き後、西武は百貨店系と鉄道系で競って業容の拡大がなされたが、現在は堤色が薄れたものの両グループとも健在である。
今回大津のプリンスホテルには初めて入ってみたが、大津では一段と映えた存在であるように思った。眼下に広がる琵琶湖を一望でき素晴らしい景観であった。
昼食後は明石海峡大橋を渡ってしばらくして最初のインターを出て、国営明石海峡公園に向かった。
淡路島は明石海峡大橋、鳴門海峡大橋が完成する前、マイカーで淡路島にフェリーで渡リ、更に再びフェリーで徳島(鳴門)に渡ったのが最初で、両大橋が完成後も4回にわたって四国88か寺遍路をした際、そのうち何度か淡路島を通過している。
その当時は全く気が付かなかったが、明石海峡大橋を渡って左側の山々がなくなり、ここが関西国際空港建設に際し、埋め立て用土砂が採掘、削り取られた跡地になっていた。なるほど、ここから関空埋立地は海上一直線であり、当時話題になった、埋め立て用特殊船舶(船舶の底から船積みされた土砂を放出する。現物を見たことはないが。)が使われたことが理解できた。ダンプカーなどの陸上輸送では対応しきれないことを想像すれば至極当然と言うわけである。
余談になるが、沖縄の辺野古海上滑走路の建設が行われようとしているが埋め立て用土砂は沖縄本島からではなく海上輸送するようである。
県営明石海峡公園オープンして日が浅いが、淡路夢舞台エリアには国際会議場、ウェスティングホテル、展望テラス、野外劇場芝生広場、植物館などの施設のほか、各種広場、花壇などがあり、広大な規模である。
今回はボランティアガイドの案内で花壇、広場などの散策をした。現在咲き誇っている歌壇の珍しい花を撮影してきたのでアップしたい。
国営明石海峡公園のあと、淡路市にある伊弉諾(いざなぎ)神宮に参拝した。日本の最古の神宮と言われる。
神宮に掲げられている説明等を要約すれば、古事記に国生みに始まるすべての神功を果たされ、伊弉諾大神が御子神なる天照大御神に国家統治の大業を委譲され、淡路島の多賀の地に「幽宮」を構えて余生を過ごされたのが伊弉諾神宮と言われる。
「神宮」と言う称号は格式の高い神社に付されている称号で、熱田神宮、平安神宮、明治神宮などが思い浮かぶが、限られた称号のようである。
この後洲本の高台にあるホテルに入り一泊した。眼下に瀬戸内海が広がっり、洲本の突き出した半島と和歌山の半島なども見え景観には堪能したが、時刻はすでに夕刻で天気も曇天であったのが残念であった。
洲本には蛸せんべいが特産とのことで工場売店で若干の買い物の後、姫路に向かった。
姫路城は過去に2度訪れているが、白の漆喰で化粧直しが完成したのはごく最近のことで、むろん初めてであった。
この日は朝から小雨が降り続いている中、姫路城内見学が行われたが、残念ながら腰痛があり、だらだら坂道が続く場内を見学するのは無理と判断し、途中であきらめ城内で周囲の撮影をしたのみであった。
昼食は姫路市内で和洋食を摂って、今回のバス旅行は終了し、帰宅した。
- 交通手段
- 観光バス
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