2015/05/05 - 2015/05/05
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はなまりんさん
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前回の台湾旅行は「日本統治時代の名残を探して」でしたが、今回の弥次喜多道中は、更にもうちょっとディープな台湾に迫ります。
旅行時期は2015年5月5日~9日。4泊5日の旅。
(福岡)⇒ 桃園 ⇒ 台北 ⇒ 金門 ⇒ 台南 ⇒ 桃園
歴史的興味に偏った旅になりました。もちろん、おいしいご飯は外さずに。
まず初日、午前中の便で台湾に入り、午後、台北の二二八記念館に行きました。
映画「悲情城市」を見るまで、ニニ八事件と呼ばれる国民党による弾圧と虐殺の歴史的事実さえ知らなかった弥次喜多ですが、もっとよく知りたくなって、記念館を見学することにしました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- チャイナエアライン
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5月5日福岡を出発。前回と同じくチャイナエアCI0111です。フライトは約2時間。機内食は今度もやっぱり美味しくて完食しました。
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桃園空港に到着。床がツルツルぴかぴか。台湾の人は輝く床が好きなのかな?そういえば、歩道がキラキラ雲母のようにきらめいているいる道がありますね。
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宿は中山区のリージェントホテル。さすがに老舗、貫録があります。
荷物を置いてまずは一休み。ラグジュアリーホテル by はなまりんさんリージェント タイペイ バイ IHG ホテル
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雨が降り出したのでタクシーで二二八記念館に向かいました。
MRT台大醫院前駅のすぐ側、二二八記念公園の中にあります。この建物は日本統治時代にはNHK台北支局でした。二二八和平公園 広場・公園
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戦後、日本が去った後に台湾を支配した国民党は、住民を迫害、抑圧しました。1947年2月28日、ついに住民の抗議行動が爆発し、これを鎮めようとした国民党当局によって弾圧と虐殺の嵐が吹き荒れたのです。
このニニ八事件の関連資料、写真などがこの記念館に公開展示されています。
事件後台湾には、世界にも類がない約40年という長きに亘って戒厳令が敷かれ、二二八事件はタブーとして表に出されることはありませんでした。
やっと語られるようになったのは、28年前、1987年の戒厳令解除後のことになります。 -
戒厳令解除後、初めてニニ八事件を題材として世に問うたのがこの侯監督の映画「悲情城市」です。ベネツィア映画祭で金獅子賞を受賞して海外で先に話題を集め、その後台湾でも評価を得ました。
われら弥次喜多がいきなりディープな側面から台湾を考えるようになったのも、元はと言えばこの映画をふと思い出したからに他なりません。
え?台湾旅行?う〜ん、そうねえ・・・そういえばなんか、賞もらった映画があったよね?あれ見てみようかね。
なんて単純なノリで。 -
と、このニニ八記念館で思いがけない方に遭遇しました。
簫 錦文(ショウ キンブン)さんです。簫さんは日本兵としてカンボジアで従軍し、フィリピンで米軍の捕虜となって生き延びました。帰国後はニニ八事件で逮捕・投獄され、殺される一歩手前で九死に一生を得たという経歴をお持ちです。今すでに90歳過ぎですが、とてもお元気です。
「台湾人生」という記録映画の出演者で、できるものなら直にお会いしたいものだと思っていたのですが、それが何と言う幸運!たまたまこの日ボランティアで説明ガイド中の簫さんにばったり会うことが出来たのです。
ちょっと舞い上がってしまいました。 -
「台湾人生」は、酒井充子監督制作のドキュメンタリー映画です。
51年の間日本の統治下にあった台湾で生まれ育ち、日本人として成長したにもかかわらず、戦後はニニ八の嵐にさらされ、戒厳令下の異常な台湾で息をひそめるようにして暮らしてきた日本語世代の人たち。
その人たちを7年の歳月をかけて丹念に取材した、酒井監督の渾身の作品がこの映画なのです。
この中で簫さんは波乱に満ちた生涯を流暢な日本語で語っています。
記念館でお会いした日も、自らの体験を交えながら気迫の籠った説明をしてくださいました。
台湾のことをほとんど何も知らなかったわれら弥次喜多も、このドキュメンタリーを見て、日本と台湾の関係についてしみじみ考えさせられたことでした。 -
2月28日当日の民衆の移動経路の図です。 (ニニ八記念館展示)
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当日の様子。 (ニニ八記念館展示)
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事件の発端となったタバコ。 (ニニ八記念館展示)
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民衆側が撒いたビラ? (ニニ八記念館展示)
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生き残った方の生々しい証言。
(ニニ八記念館展示) -
犠牲者の名簿です。 (ニニ八記念館展示)
他にもさまざまな展示があります。台湾の歴史の負の側面として、向かい合って行かなければならないものでしょう。
それにしても、我々日本人はこういう歴史をあまり知りません。どうしてなんだろう?お隣の国なのに・・・
それとも知らなかったのは弥次喜多だけなのだろうか? -
帰り際、リクエストに応えてポーズ。簫さんは気さくな方でした。
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この旅行記へのコメント (2)
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- mistralさん 2024/09/17 22:28:36
- 二二八記念館でのこと。
- はなまりんさん
こんばんは。
いつもご訪問とご投票いただきまして、ありがとうございます。
台湾の旅行記を拝見している時に二二八記念館の旅行記を見つけました。
実は私も、初台湾訪問の折に同じ記念館にふらりと入ったんです。
アジアの国々はあまり訪れたことがなくて、たまたま台湾に行ってみようと
考えての旅でした。
隣国というのに、台湾が辿ってきた歴史もよく知らず、たまたまそこで
ボランティアのガイドをされている女性に出会わなかったら
私たちも台湾の歴史に想いを馳せることもなかったと思っています。
はなまりんさんはかつて映画をご覧になっておられて、その映画にまつわる
方からの説明を受けられたんですね。
そのご体験もきっと強烈な印象を受けられたことでしょうね。
それ以来、台湾訪問の機会は巡ってきていませんが、またいつの日か
台湾に行くことがあったら、はなまりんさんのように、日本人の残した
足跡を辿る旅などもしてみたいと思っています。
mistral
- はなまりんさん からの返信 2024/09/18 10:18:25
- 二二八記念館
- mistralさん おはようございます。
こちらこそ、いつも旅行記を読んで下さり、ありがとうございます。
台湾は 安・近・短 の代名詞のように語られることが多いですよね。私共も最初はそのような軽い気持ちで台湾旅行を計画したのでした。
でも、何か手掛かり足掛かりがないかと思っていたところ、ふと以前に見た新聞記事の映画評の事を思い出したんです。映画オタクでもなく記憶力なぞおぼろげな私がどうしてそんな記事や映画のタイトルを思い出したのか、未だに謎なんですが。
その映画「悲情城市」のDVD購入から始まって、「台湾人生」「セデック・バレ」「KANO]などとどんどん深みにはまって行きました。本も何冊も読みました。すると、台湾は50年間日本の統治領だったこと、その後蒋介石の支配下に置かれたことなどが分かって、かなりの衝撃を受けました。学校の社会科の時間に習った筈なのに、これらの歴史は、国交断絶のせいもあってか、私を始め日本人の意識から遠ざかっていたのでしょうね。
こんなリサーチを経るうち、台湾へのお気楽な旅行のはずが、かつての日本の姿を追体験するような旅に変化してしまっていました。二二八記念館での出会いにも運命的なものを感じています。大げさかもしれませんが…
現在の台湾は治安も良く、本当に食べ物が美味しいですよね。叶うなら、もう一度だけ夜市巡りをしてみたいものだと思っています。
mistralさんのように多彩なフットワークをお持ちの方でしたら、台湾の深部を探る旅にもきっと興味をそそられることと思います。ぜひトライしてみて下さい。
旅行記を待っています!
はなまりん
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