2015/04/03 - 2015/04/03
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ゆらのとさん
関東桜行脚 6 東京都中央区日本橋の桜
4月3日、午前中、娘と足立区の荒川堤の桜を急ぎ早に見た後、園内のレストランで昼食を取ってからバスでJR赤羽駅に出て、娘と別れた。(バス20分)
私は夕方まで帰ればいいので、もう一ヶ所、東京の桜を訪ねたのである。
それは東京中央区日本橋の桜である。私は恥ずかしながら、現在、日本橋に「桜通り」があることを、知らなかった。前日、川口市でお会いした青木太氏が、「日本橋の桜も結構いけるよ」と話した一言が、行動を起こしたのだ。
上野駅から地下鉄銀座線に乗り換え、日本橋で下りて、改札のメトロ職員に訊ねると、「AIの出口」と指差してくれた。 地上に出ると、そこは高島屋デパート正門である。キョロキョロ見渡すと、あった。高島屋横(萱場町方面)と中央通りを挟んだ正面の丸善ビル(東京駅八重洲口方面)の路地に、「日本橋桜通り」があったのである。
およそ、50本の染井吉野が、高層ビルの谷間の間で、誇らしげに咲いていた。
私は1本、1本、ゆっくりと鑑賞した。古い桜ではない。樹齢30〜40年と思われる。 江戸時代、日本橋と言えば、全国の道路の起点だった。東海道五十三次は日本橋から始まった。私の、関東桜行脚の最後となったのは、ちと忝い。 日本橋の高島屋も丸善も、私にとって思い出がある。 昭和30年代初期、私は苦学生だっので、春休みの2月中旬から4月初めまで、高島屋5階のランドセル売り場で雑役をさせてもらった。主に包装やお客様のお荷物の運び屋(出口まで)だったが、全然、苦にならなかった。デパギャルに囲まれての仕事はルンルン気分で青春そのものだった。
図書館の司書になってから、よく、丸善に、どんな洋書が入っているか見に行ったものだ。決して、洋書が理解できる語学力があったわけでない。書名だけでも覚えていれば役にたったのだ。
あの頃、へミングウェイが好きで、「日はまた昇る」(The Sun Also Rises)の原書を無理して買った。結局、最後まで訳すことができず、何度かの引越しで無くしてしまった。でも、タイトルは、生涯、自分の好きな言葉として脳裏に焼きついている。長い人生、何度も挫折があった。その度に、日英の両タイトルを呪文のように口ずさんだ。
日本橋の桜を、観て、青春の日に蘇れたのは、ありがたかった。やはり、私は生涯、桜から縁が切れそうもない。 2泊3日のてんこ盛り、関東桜行脚を終えて夕食前に家に辿り着いた。
帰宅してから、「日本橋桜通り」の由来をインターネットで調べたが分からなかった。「日本橋桜祭り」というのがあったので、開いて見たら、日本橋の老舗のMデパートが屋上に数本の桜を植え、桜が咲く時期にいくつかのエベントを催すのを指していた。「江戸桜通り」は江戸時代、実際にあった通りで、日本銀行正面に石碑が2005年に建立されたのがあるそうだ。
、
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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