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毛越寺は以前にも訪れたのですが、あらためて浄土庭園拝観を目的に再訪しました。京都の浄瑠璃寺や鳳凰堂などの浄土庭園とは少し違っていましたが<br />それなりに見事でした。<br /><br />まず、お参りをしてから南大門跡から池のほとりに出ます。最近のお寺では拝観ルートを左回りに造っている寺もありますが、仏教だから当然の右回りで池を一回りしました。<br /><br />まず、築山。それから円礫が敷き詰められた池の岸辺。<br />西岸には阿弥陀堂があるものと思っていたら「開山堂」でしたが、木組みが見事で美しかった。<br /><br />そのあと、池の北側には焼失した寺院の跡が並んでいます。<br /><br />講堂跡、金堂跡をすぎると、唯一現存する平安期の庭園が出てきます。昭和61年には「曲水(ごくすい)の宴」が再現されたそうです。<br /><br />池の東側から西岸を見て お彼岸にはあの辺りに太陽が沈むのだな などと思いながら帰途につきました。<br /><br />芭蕉の「夏草や・・・・・・・」の句を新渡戸稲造が英訳していたのも新知見でした。<br /><br />季節は 桜、馬酔木の花でした。<br /><br />

平泉 毛越寺の浄土庭園をまわってきました。

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2015/04/16 - 2015/04/16

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ANZdrifter

ANZdrifterさん

毛越寺は以前にも訪れたのですが、あらためて浄土庭園拝観を目的に再訪しました。京都の浄瑠璃寺や鳳凰堂などの浄土庭園とは少し違っていましたが
それなりに見事でした。

まず、お参りをしてから南大門跡から池のほとりに出ます。最近のお寺では拝観ルートを左回りに造っている寺もありますが、仏教だから当然の右回りで池を一回りしました。

まず、築山。それから円礫が敷き詰められた池の岸辺。
西岸には阿弥陀堂があるものと思っていたら「開山堂」でしたが、木組みが見事で美しかった。

そのあと、池の北側には焼失した寺院の跡が並んでいます。

講堂跡、金堂跡をすぎると、唯一現存する平安期の庭園が出てきます。昭和61年には「曲水(ごくすい)の宴」が再現されたそうです。

池の東側から西岸を見て お彼岸にはあの辺りに太陽が沈むのだな などと思いながら帰途につきました。

芭蕉の「夏草や・・・・・・・」の句を新渡戸稲造が英訳していたのも新知見でした。

季節は 桜、馬酔木の花でした。

同行者
一人旅
交通手段
タクシー 新幹線 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 入り口です。拝観料は500円でした。

    入り口です。拝観料は500円でした。

  • 右側に池がありますが、まっすぐに進んで本堂にお参りします。

    右側に池がありますが、まっすぐに進んで本堂にお参りします。

  • 薬師如来です。写真を撮っても構わないようです。

    薬師如来です。写真を撮っても構わないようです。

  • 本堂の手前に英文の碑がありました。<br />芭蕉の「夏草や・・・・・・」の句を新渡戸稲造が英訳して毛筆で揮毫したそうです。<br /><br />The summer grass<br />&#39;Tis all that left<br />Of ancient worrior&#39;s dreams

    本堂の手前に英文の碑がありました。
    芭蕉の「夏草や・・・・・・」の句を新渡戸稲造が英訳して毛筆で揮毫したそうです。

    The summer grass
    'Tis all that left
    Of ancient worrior's dreams

  • 池の畔に岩を組み上げて 築山ができています。<br />ここが唯一の岩場で、ほかは全て円礫が敷き詰められています。

    池の畔に岩を組み上げて 築山ができています。
    ここが唯一の岩場で、ほかは全て円礫が敷き詰められています。

  • 対岸に見える枝垂桜の若木が花を咲かせていました。

    対岸に見える枝垂桜の若木が花を咲かせていました。

  • 舟が一艘、ひっそりと舫ってありました。

    舟が一艘、ひっそりと舫ってありました。

  • 池の西岸に お堂がみえます。<br /><br />他の浄土庭園では阿弥陀堂がある場所ですが・・・・・

    池の西岸に お堂がみえます。

    他の浄土庭園では阿弥陀堂がある場所ですが・・・・・

  • 近づいてみたら開山堂でした。<br />天台宗第三代座主の慈覚大師を祀っています。

    近づいてみたら開山堂でした。
    天台宗第三代座主の慈覚大師を祀っています。

  • 材木の組み方が見事でした。

    材木の組み方が見事でした。

  • フラッシュを焚かずに慈覚大師の写真を撮りました。<br /><br />たしか栃木県の今市の出身です。「入唐求法巡礼行記」は、三蔵法師の「西域記」マルコポーロの「東方見聞録」とともに三大旅行記とされているそうです。<br />

    フラッシュを焚かずに慈覚大師の写真を撮りました。

    たしか栃木県の今市の出身です。「入唐求法巡礼行記」は、三蔵法師の「西域記」マルコポーロの「東方見聞録」とともに三大旅行記とされているそうです。

  • 開山堂の近くから東を眺めました。<br /><br />京都の浄瑠璃寺ではこの方向に三重塔があって、お彼岸には三重塔から日が昇って、阿弥陀堂に日が沈むようになっています。<br />宇治の平等院の阿弥陀堂も日没の場所です。

    開山堂の近くから東を眺めました。

    京都の浄瑠璃寺ではこの方向に三重塔があって、お彼岸には三重塔から日が昇って、阿弥陀堂に日が沈むようになっています。
    宇治の平等院の阿弥陀堂も日没の場所です。

  • 藤原基衡が着手して秀衡が完成させた嘉祥寺跡です。<br /><br />池の北岸にはこのような寺の跡が並んでいます。

    藤原基衡が着手して秀衡が完成させた嘉祥寺跡です。

    池の北岸にはこのような寺の跡が並んでいます。

  • 大きな礎石が並んでいました。

    大きな礎石が並んでいました。

  • 講堂跡。奥羽地方での密教儀式の灌頂をおこなう場であったという。<br /><br />1573年に戦で焼失。

    講堂跡。奥羽地方での密教儀式の灌頂をおこなう場であったという。

    1573年に戦で焼失。

  • 藤原基衡が建立した勅願寺「大金堂円隆寺」の跡。<br /><br />運慶の丈六の薬師如来を本尊とし、「吾妻鑑」で「吾朝無双」と称えられたほど、贅を尽くした建物であったという。<br />1226年に火災で焼失。

    藤原基衡が建立した勅願寺「大金堂円隆寺」の跡。

    運慶の丈六の薬師如来を本尊とし、「吾妻鑑」で「吾朝無双」と称えられたほど、贅を尽くした建物であったという。
    1226年に火災で焼失。

  • 残っているのは礎石ばかりです。

    残っているのは礎石ばかりです。

  • 浄土庭園に必須の中ノ島。<br /><br />北岸から本堂を眺めたところ。

    浄土庭園に必須の中ノ島。

    北岸から本堂を眺めたところ。

  • 池に水を取り入れる水路:遣水(やりみず)です。<br />庭園の発掘調査で発見されたもので、現存する唯一の平安時代の遺構だそうです。<br /><br />平安時代の指導書「作庭記」の様式を伝えているそうです。

    池に水を取り入れる水路:遣水(やりみず)です。
    庭園の発掘調査で発見されたもので、現存する唯一の平安時代の遺構だそうです。

    平安時代の指導書「作庭記」の様式を伝えているそうです。

  • 遣水の下流部。「曲水(ごくすい)の宴」の場所です。

    遣水の下流部。「曲水(ごくすい)の宴」の場所です。

  • 流れに盃を浮かべ、流れ来る間に歌を詠み、盃をいただくという平安期の優雅な遊びです。<br /><br />昭和61年5月18日、藤原秀衡公800年御遠忌特別大祭の再現された。<br />披講は坊城俊民氏が会長を務めた。

    流れに盃を浮かべ、流れ来る間に歌を詠み、盃をいただくという平安期の優雅な遊びです。

    昭和61年5月18日、藤原秀衡公800年御遠忌特別大祭の再現された。
    披講は坊城俊民氏が会長を務めた。

  • 説明板から当時の様子を寫しました。

    説明板から当時の様子を寫しました。

  • 池の東側から 西岸を撮りました。<br /><br />お彼岸にはこの方向に太陽が沈むはずです。

    池の東側から 西岸を撮りました。

    お彼岸にはこの方向に太陽が沈むはずです。

  • 立石です。<br /><br />2011年3月の東日本大震災で少し傾いたので復元したそうです。その時に、これらの石の周りを囲って排水したら水面下の池底にも円礫が敷き詰められていたそうです。

    立石です。

    2011年3月の東日本大震災で少し傾いたので復元したそうです。その時に、これらの石の周りを囲って排水したら水面下の池底にも円礫が敷き詰められていたそうです。

  • 馬酔木が咲いているような季節でした。

    馬酔木が咲いているような季節でした。

  • 残りのやぶ椿が咲いていました。<br /><br />椿は 気仙沼や陸前高田の市の花です。

    残りのやぶ椿が咲いていました。

    椿は 気仙沼や陸前高田の市の花です。

  • 平泉駅です。<br /><br />この駅に降りる観光客は、まっすぐに中尊寺に向かってしまうので毛越寺は空いていました。<br />世界遺産に登録される前に毛越寺をおとずれたときには高名な作家と前後して歩きました。

    平泉駅です。

    この駅に降りる観光客は、まっすぐに中尊寺に向かってしまうので毛越寺は空いていました。
    世界遺産に登録される前に毛越寺をおとずれたときには高名な作家と前後して歩きました。

  • 駅ではソメイヨシノが満開でした。「桜の樹のしたには」という短編で、信じられないほど美しいと書いた梶井基次郎を思い出しました。

    駅ではソメイヨシノが満開でした。「桜の樹のしたには」という短編で、信じられないほど美しいと書いた梶井基次郎を思い出しました。

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