2015/03/22 - 2015/03/22
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Nobby’sさん
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以前にテレビで街道をてくてく歩くという番組をやっていたけれど、それに触発されたわけではないが、少しずつ距離を刻んで日本橋から京都まで歩いていけないかやってみようと突然思い立ったのだ。 まったくの思いつきなので、果たしてどうなるのかわからないけどね。
思い立ったら吉日ということで、ようやくだんだん春めいてきて、外を歩くにもいい天気の今日、さっそく第一回目ということで、お江戸日本橋から最初の宿場町である板橋までの約10.9Kmを歩いてみることにした。 あわよくば、その次の宿場である蕨まで行ってみようと思ったんだけどね。
そして、これが第二回以降あるのか、果たしていつか京都までたどり着けるのか、神のみぞ知るだ。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 徒歩
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電車を乗り継いでやってきましたよ、日本橋。
いまは高速道路の下になってしまって、景観が台無しだけど、ここが昔は街道の出発点だったのですね。
ここを起点として南へ向かえば東海道、真逆に北に向かえば中山道。反対方向に向かいながら、どちらも京都を目指すというのが面白い。日本橋船着場 乗り物
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その日本橋の橋のたもとには、なにやらクルーズ船の乗り場があるようでした。
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日本橋クルーズというらしい。
けっこう人が乗っていますね。
日本も昔は水運が盛んだったのだから、タイみたいに水路を利用したクルーズもいいかもしれない。 -
下から日本橋を撮ってみたよ。
やっぱり高速がじゃまだね。圧迫感ありすぎ。
首都高を地下にして景観を取り戻すという話があったような気がしたがどうなりましたかね。 -
日本橋は1603年に架けられて、幾度も架け替えられたそうですが、現在の橋は1911年に架けられた石造りの2連のアーチ橋だそうです。
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この日本橋という文字は、最後の将軍徳川慶喜公の自筆のものだそうです。
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日本橋魚市場の跡です。
関東大震災で壊滅的な打撃を受けて、築地に移動したわけですね。 -
日本橋魚河岸の跡の説明です。
その当時は水上交通を利用して移動していたのです。 -
道路元標というもの(複製)がありました。
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日本橋は五街道の起点となっています。
ここが道路の起点ということなのですね。 -
日本橋にはこのようなデコラティブな灯りがあります。
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せっかくのすばらしいデザインが埋もれてしまって残念です。
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さて、いよいよ中山道を出発します。
向かうは室町、三越、神田方面です。
このあたりも最近、急速に変わりましたね。 -
日本橋室町。
広々とした通りです。 -
左側に三越が見えてくる。江戸時代においては、呉服商の三井越後屋だったのだ。
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COREDO室町など新しいビルがどんどん建っている。
近くにはホテル・マンダリンオリエンタルもできた。 -
かつおぶしのお店や、うなぎの蒲焼のお店が、少し昔ながらの風情を感じさせる。
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ちょうどお昼にかかる時間だったため、神田で昼食休憩を取ることにした。
お江戸を出発するわけだから、ここはやはり江戸っ子寿司、ということでこちらのお店に入ってみた。
これが大正解。 満足すること請け合い。 -
これは得々ランチで、すごいボリューム。1,400円ほどでした。
この江戸っ子寿司は神田駅周辺にいくつもあるようです。
こちらは西口店。 -
というわけで、腹ごしらえも終了し、いざ出発。
というわけで、この先は湯島の神田明神を目指します。
これは旧神田万世橋のJR高架下です。
神田郵便局前の交差点を右に折れて、昌平橋を渡ります。 -
昌平橋から見たところです。
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しょうへいばしと書かれています。
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神田明神下を左に折れて少し上り坂を上がって行くと、左側に湯島聖堂、そして右側に神田明神が見えてきます。
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神田神社(通称 神田明神)の鳥居です。
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江戸の総鎮守として、庶民から大名まで多くの人の崇敬を受けていたとのこと。
なにしろ、創建が天平2年(730年)というから、べらぼうに古い。由緒正しい神社なのだ。 -
隋神門
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拝殿
平将門を祀っているとされている。 -
あまり一か所で時間を割けないので、先を急ぐことにする。
この先は本郷通り。
東大へ続く道だ。
サッカーミュージアムなんてビルが見えた。一度行ってみたい。 -
やがて東大の赤門が見えてきた。
ここは江戸時代は加賀藩の藩邸があったそうで、徳川家斉の娘が前だけに嫁いだ時に朱塗りの門として作られたのだそうだ。 -
そのころの建物はほとんど取り壊されたそうですが、唯一この赤門だけが残ったという貴重な建物です。
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本郷三丁目付近は中央部がややへこんでいて、そこにはかつて別れの橋があったそうです。
ここがまさに見送りと見返りの場所だったとか。 -
東大の広大な敷地に沿って、みごとな並木があります。
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みごとな緑の木々。
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東大の正門を過ぎてしばらく行くと、中山道は左に折れます。国道17号に沿って左折です。
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道路は東洋大キャンパス前を通り、千石駅を通過していきます。
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広々とした通りを歩いていくと、巣鴨駅前に到達します。
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そして、おばあさんの原宿として有名な巣鴨地蔵通り商店街へ道は入って行きます。
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このあたりすごい人で、まさに原宿竹下通り並みの混雑です。
道の両側にはいろいろな食べ物やお土産が売られています。 -
江戸六地蔵尊として有名な、眞性寺。
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とげぬき地蔵で有名な、高岩寺。
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地蔵通り商店街を抜けていくと、右手に庚申塚があります。
このあたり、江戸時代にはちょっとした茶店もあり休憩ができたようです。 -
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この庚申塚あたりは、江戸の名所であったと記されています。
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都電の庚申塚駅です。 東京にもまだ路面電車が走っていることを思い出しました。
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ここ庚申堂には、猿田彦大神を祀っています。
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道は板橋へ向かいます。
中山道を歩くシリーズ、第一回目は約10Km歩いてここ板橋駅で終了です。
普段歩いていないせいか、10Kmで結構足がだるくなってしまいました。
そして、今回スマホのカメラに頼って、ちゃんとしたカメラを持っていなかったので、次回はもう少し良い写真を取りたいと思います。
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