2015/02/23 - 2015/03/12
253位(同エリア1810件中)
ハンクさん
今回の2-3月のサンクトペテルブルク滞在中、ゲルギエフの指揮、手兵マリインスキー劇場管弦楽団の演奏で、3月1日から7日の1週間で、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」と「ニーベルングの指環」4部作を上演するという離れ業を演じた。運良くこの「黄金の1週間」に居合わせ、「ラインの黄金」を除く4上演を鑑賞することができたので、記憶が鮮明なうちに備忘録代わりに書き留めておこうと思う。
今シーズンからゲルギエフはドイツ音楽の中枢とも言えるミュンヘンのフィルハーモニーのシェフに就任した。ロシア以外にもベルリン、ウィーン、ロンドン、パリ、ニューヨーク、東京など主要な街で彼の名前を見ないほうが珍しい、という状況だが、いよいよという気がする。それほど最近のゲルギエフはワーグナー、ブルックナー、マーラーなどを盛んに取り上げている。特にワーグナーについて、小生がサンクトペテルブルクを往復するようになった8年間に、「指環」4部作を3回、「オランダ人」、「パルシファル」、「ローエングリン」を2回、今回初めて「トリスタンとイゾルデ」の上演に接することができた。
昨年は、ワーグナー生誕200周年にあたり、ドイツ映画界がその威信をかけて作成したという大作「ルートヴィッヒ」を今年の正月休みに見た。この中にはワーグナー当人が登場し、バイエルンの狂王と呼ばれた繊細な神経を持つ若きルートヴィッヒ2世を傾倒させ、ワーグナーを宮廷に招き入れる様子が描かれている。常人ならぬ才能と魅力で、女性のみならず、国王まで虜にしたワーグナーの姿を垣間見ることができる。そして「トリスタンとイゾルデ」の初演に観衆は熱狂し、ワーグナーの持つ毒を危険視する批評家を前に「ワーグナーの勝ちだ」と言わせしめる。それほど「トリスタンとイゾルデ」には強力な毒がある。
ワーグナー自身が、オペラ上演に先立って演奏会形式で発表したという「前奏曲とイゾルデの愛の死」だけは演奏会でもかなりの回数聴いているし、録音ではベーム、クライバー、カラヤン、テンシュテット、フルトヴェングラーを繰り返し聴いてきた。4時間のオペラの最初と最後の部分だけをつないだ15分ほどのこの曲を聴くだけでも、この楽曲の尋常ならざる迫力と魅力は十分伝わってくる。
今回、初めて観る上演の予習のために、ドイツ語の台本と日本語訳を見ながら、全曲録音を聴き通した。時差ボケに加え今回は体調にも問題があり、セリフを憶えて居眠りしてしまうことの防止に努めた。実際に聴いたゲルギエフの演奏は、上記の5人の巨匠の演奏の中ではカラヤンの粘着質の表現に比較的近いように思った。8年前に旧マリインスキー劇場で初めて聴いた「オランダ人」に比較すれば、新劇場の音響が素晴らしいことを差し引いても、演奏能力が年々進化していることは小生のようなワーグナー初心者の耳にも明らかだ。ほとんどがロシア系の名前の歌手陣であるが、それほどマイナス要因にはなっていない。チケットはオンライン予約で、3階席を僅か1,000ルーブルで購入、ルーブル下落のおかげで2,000円以下という信じられない値段だ。
演奏が素晴らしかったことは、筆舌に尽くし難い。しかし、期待が大き過ぎたこともあり、様々な不満も残った。まず、無神経な観衆のノイズである。前奏曲の無限旋律が始まってもぞろぞろ遅れて入って来る人たちに、まずうんざりさせられる。そして周囲の人たちの会話、携帯音、オペラグラスのケースを開け閉めする音までいちいちが神経に障る。極めつけは隣に座ったカップルである。あまりの雑音に、周囲の人たちのシィーッという声が出て、小生も睨みつけてやったら、席を立って出ていった。また、途中で席を立つ人も多く、最後のイゾルデの愛の死が終わる頃には、3分の1くらいの観衆は帰ってしまっていた。
もう一つは現代を設定した舞台演出である。登場人物はネクタイ、スーツ、今様のワンピースであり、1幕はコンピューター制御の豪華客船の客室、2幕はホテルの1室、3幕は豪邸の居間のようなセットで、古代トリスタン伝説の時代設定とはかけ離れている。オペラ通の人たちは斬新な演出を好み、最近の流行なのであろうが、この種の演出が最終形だとは思わない。一方「ニーベルングの指環」の方は3回目、同じ演出を踏襲している。演奏の質は毎回向上してきているが、基本的な解釈、演出は変わっていないし、以前にも書いているので繰り返さない。
最後に一つ、マリインスキー新劇場の音響について調べてみると興味深いことがわかった。日本人の音響設計家、豊田泰久氏がゲルギエフの依頼を受けて、マリインスキーコンサートホールとともに音響設計に関わっていることだ。世界中に同じスタイルの、音響の良いホールが次々に建設されているが、その多くは豊田氏が手掛けている。小生の聴いた中でもサントリーホール、京都、札幌、海外でもロサンジェルス、ヘルシンキ、サンクトペテルブルクの両ホールは、共通の良い音響を持つ。さらには最近オープンしたパリ、建設中のハンブルクなどにも関わっているそうである。豊田氏は1952年生まれ、まだまだ活躍して欲しい世界に誇り得る日本人である。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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「トリスタンとイゾルデ」の演出は現代を設定
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イゾルデは少々太め
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トリスタン、イゾルデ、ブランゲーネなど
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「トリスタンとイゾルデ」のカーテンコール
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ゲルギエフとイゾルデ、ブランゲーネ
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マリインスキー新劇場の内部、瑪瑙の壁とスワロフスキーのクリスタル
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「ヴァルキューレ」開幕前
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「ヴァルキューレ」の ステージ
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喝采を浴びるヴァルキューレ
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ゲルギエフとヴァルキューレ、ジークリンデ
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コントラバスは8台、横一列に並ぶ
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ゲルギエフとジークフリート、ヴァルキューレ、ヴォータン
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「ジークフリート」のステージ
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「ジークフリート」開演前のレクチャー
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「神々の黄昏」のコントラバスも8台、左手に固まる
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「神々の黄昏」のジークフリート
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「神々の黄昏」のヴァルキューレ
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「神々の黄昏」のステージ
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マリインスキー新劇場のファサード
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この旅行記へのコメント (3)
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- tadさん 2016/11/11 22:41:48
- 再度、いいねが押せました!
- これは前に読んだ記憶が当然ありますし、私もコメントを書いていますが、今、試しに押してみたら、いいねが新しく加算されました! 不思議ですね。もっとも、久しぶりにやり取りを読み直せて面白かったです。
ところで、ゲルギエフは元気にやっているでしょうね?
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- tadさん 2015/03/14 21:36:33
- ゲルギエフのワグナー
- 一週間でワグナーの集中公演だったんですね!恐れ入りました。カラヤンに表現が似ているところがあるとのご指摘、想像がつきますね。それにしても、ゲルギエフはドイツ圏への進出を強く望んでいるのでしょうね。すでに準備万端といったところでしょうか。
確かにロシア物だけで終わる人物ではありえませんから、当然という気もします。ベートーヴェンチクルスはやっているのでしょうか?ミュンヘンなら、それにR.シュトラウスやブラームスもレパートリーにいれないといけませんね。その辺は、今までゲルギエフがやってきたのかどうか知りません。お聞きになったことがおありですか?CDなどではないと思うのですが。。。
豊田氏のことは、数年前Grammophoneが特集を組んでいたので知りました。ロンドンもラトルが戻るので、その程度のホールは準備しないといけないでしょうが、、資金がないようで新聞を見ると議論が続いています。
そうそう、ダブルベースが後ろに並ぶというのは、私は聞いている立場から賛成です。だいたい大きすぎるホールでは、今、ほとんど、どこも痩せた低音になりますが、後ろの壁にくっつくように並ぶのがいいと思っています。もっとも後ろの壁が低いと効果が薄いのですが。。ムジークフェラインでウィーン・フィルのダブルベースが後ろに並ぶと強烈な音でくっきりと聞こえます。ザルツブルク等多くのホールがやせ細った音を出すのを聞いています。福岡の新しいホールも一見よさそうですが、低音が軽すぎます。サンクト・ペテルブルクの新劇場がうまく行っているとのこと、豊田氏の腕は素晴らしいですね。
指輪は、来月ウィーン国立歌劇場でラトルが集中してやるのですが、都合がつきませんでした。残念。
- ハンクさん からの返信 2015/03/26 23:47:18
- RE: ゲルギエフのワグナー
- tadさん、こんばんは。メッセージをありがとうございました。
先週帰国しました。右肩の痛みのため重い荷物が持てず、暖冬とは言え寒いサンクトペテルブルクの滞在は少々辛いものがありましたが、超人ゲルギエフのワーグナーを聴けたのですから、文句は言えません。
ゲルギエフのベートーヴェンは5、9番を聴きましたが、チクルスとして取り上げているかどうかは不明です。ブラームスチクルスは白夜祭で少なくとも2回、R.シュトラウスは英雄の生涯、ツァラトゥストラは演奏しています。その幾つかはロシアではCDも販売されていたと思います。そういえばモーツァルトはプログラムではまだ見た記憶がありません。
ゲルギエフがミュンヘンフィルのシェフに就任することは、最近ドイッチェヴェレやシュピーゲルなどドイツのマスコミでも話題になっています。ただ、プーチン大統領との親しい関係から、否定的な論調の記事もありました。超人ゲルギエフもドイツでは賛否両論の中で船出することになるようです。
ドイッチェヴェレの記事で、ハンブルクの建設中の新ホールが、日本の「スター音響設計家の豊田氏」の手による、と取り上げられていました。海外でより評価の高い方のようですね。どこかでお会いできる機会を探してみたいものです。
コントラバスが後ろに並ぶのは、奏者の立場で言えばトップが見えず、出を揃えることが難しくなります。もちろんウィーンフィルやベルリンフィルでは問題はないのでしょうけども、アマチュアではなかなかできないでしょうね。
それではまた、お元気で。次回の旅行記を楽しみにしております。ハンク
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