
1974/11/11 - 1974/11/16
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ノスタルジアさん
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今から41年前の昭和49年7月23日から3月7日までの225日間かけて
ナホトカ航路、シベリア鉄道を往復してヨーロッパ、モロッコを
船、列車、バス、ヒッチハイクで旅しました。
高所恐怖症なので飛行機には現在まで一度も乗った事がありません。
乗り物による移動距離は60,806.8キロ、地球1.52周でした。
観光白書によると昭和49年の日本人の海外旅行者数が200万人、
平成24年度は1849万人、40年ほどで10倍近くなりました。
そんな当時の旅行の資料と写真を少しづつアップして行きます。
今回は、オランダ、相変わらず天気が悪かったせいもあって
写真がわずか4枚しかない。
その分、美術館巡りは十分した。
・アムステルダム国立美術館
レンブラント作「青年期の自画像」、「夜警」、「ユダヤの花嫁」
日本人に人気のあるフェルメール作「牛乳を注ぐ女」、
「手紙を読む青衣の女」
・ゴッホ美術館
ゴッホ作品のほか、同時代のポール・ゴーギャン、
ロートレックらの作品、ゴッホが傾倒していた日本の浮世絵、
盛んに模写をしたミレーなども展示されている。
ここの浮世絵を見れば、ゴッホは浮世絵の影響を受けたのではなく、
パクったそのものだった。
美術館で時間をかけてじっくりと鑑賞していると、
集中しているせいかかなり疲れる。
特にレンブラントの「夜警」はこれで見納めだと思って観ていたら
しまいには目まいがして来た。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
旅行記の周辺地図
昭和49年11月11日〜11月16日 -
昭和49年11月11日
ロンドン〜ベルギー オステンド
列車・フェリー切符 6.80£ -
昭和49年11月11日
イギリス ドーバー 出国スタンプ -
昭和49年11月11日
ベルギー オステンド 入国スタンプ -
ユーレイルパス ファーストクラス
74年11月12日から75年2月11日3ヶ月間 -
旅行記の詳細地図
昭和49年11月11日
ロンドン〜ドーバー海峡〜ベルギー オステンド
11月12日
オステンド〜オランダ ユトレヒト
11月13日
ユトレヒト〜アムステルダム〜ユトレヒト
11月14日
ユトレヒト〜ロッテルダム
11月15日
ロッテルダム〜アムステルダム〜ユトレヒト
11月16日
ユトレヒト〜ロッテルダム〜パリ -
昭和49年11月11日
ベルギー オステンド ユースホステル -
昭和49年11月11日
ベルギー オステンド ユースホステルの宿泊スタンプ -
昭和49年11月12日
ユトレヒト駅で両替
50ベルギーフランと10ドルで3,254円 1F118.33円 -
昭和49年11月12日
ユトレヒト駅で両替
20ドルで5,700円 1F115.15円 -
昭和49年11月12日、13日
オランダ ユトレヒト市内バス切符 0.8F92円
ユトレヒト駅〜ユースホステルに利用 -
昭和49年11月12日
オランダ ユトレヒト ユースホステル -
昭和49年11月12日
オランダ ユトレヒト ユースホステルの領収書
金額判読出来ず -
昭和49年11月13日
オランダ ユトレヒト市内バス切符 0.8F92円
ユトレヒト駅〜ユースホステルに利用 -
昭和49年11月14日
オランダ ユトレヒト
ユースホステルの近くで朝の散歩をした時。
ユトレヒト郊外にあるユースホステルは素晴らしい所にあった。
近くには水の綺麗な小川がゆっくりと流れ、朝霧に覆われた
田園に朝の光が差して来て小鳥がさえずり始め、徐々に朝霧が晴れていく
風景は幻想的であった。
まさにグリーグの♪朝♪の世界であった。
https://www.youtube.com/watch?v=hUDf2EJH__8
ユースホステルに散歩から戻ると朝食の焼きたてのパンの香りがした。
他に宿泊客はアメリカ人3人だけで、
これなら静かでゆっくりと過ごせると思い
アムステルダム、ロッテルダムもユトレヒトから近いし、
ここをを拠点にする事にした。 -
昭和49年11月13日
アムステルダム アンネフランクの家
家には、アンネたちが苦労して隠れ住んだ跡や
戦争の惨禍を伝える資料、オランダ独特の「裏の家」の模型があった。
うなぎの寝床をなるべく有効に使う為の階段は恐ろしく狭く、
急勾配になっていた。 -
昭和49年11月13日
アムステルダム アンネフランクの家
入場券1.5F173円 -
昭和49年11月13日
アムステルダム プリンセン運河で
プリンセン運河はアムステルダムの主要運河の4番目で、
最も長い運河である。
「公の運河」を意味するその名前は、沈黙公ウィレムにちなんでいる。
運河沿いの建造物群のほとんどは、ネーデルラント連邦共和国の
黄金時代に建てられたものである。
運河に架かる橋はヨルダーン地区にはつながっていない。
ヨルダーン地区とは、かつてスペインやフランスでの
非カトリックに対する弾圧から逃れてきた人々の居住区と
なっていた歴史地区である
ウキペディアから引用 -
昭和49年11月13日
アムステルダム ダム広場 王宮の前で
ダム広場は、オランダの首都アムステルダムの中心部にある広場である。
もとはアムステル川をせき止めるダムのあった場所である。
「アムステルダム」の市名の語源であり、歴史的な中心地である。 -
昭和49年11月13日
アムステルダム ゴッホ美術館
入場券2F230円 -
昭和49年11月14日
ロッテルダム ユースホステル領収書
ベッド4 8.25F950円
-
昭和49年11月14日
オランダ ユトレヒト市内バス切符 0.8F92円
ユトレヒト駅〜ユースホステルに利用 -
昭和49年11月14日
オランダ ロッテルダム ユースホステル
ここのユースホステルは食事美味しく、設備も一流のホテル並みだった。
ベルギー、オランダのユースはヨーロッパで一番良かった。 -
昭和49年11月14日
オランダ ロッテルダム ユースホステル -
昭和49年11月14日
オランダ ロッテルダム ユースホステルの宿泊スタンプ -
何のチケットか判らない。
1.50F173円 -
昭和49年11月15日
ヨーロッパ国際列車TEEエトワール・デュ・ノール
ロッテルダム〜パリ北駅 予約切符
11月16日、9時54分発3号車22番 -
昭和49年11月15日
ヨーロッパ国際列車TEEエトワール・デュ・ノール
ロッテルダム〜パリ北駅 予約切符
11月16日、9時54分発3号車22番
裏面はポストカードになっていた。
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