2015/02/09 - 2015/02/09
1147位(同エリア3299件中)
メンデル親父さん
- メンデル親父さんTOP
- 旅行記1851冊
- クチコミ1145件
- Q&A回答14件
- 2,077,372アクセス
- フォロワー127人
2015年2月9日、成田山に行く前に宗吾霊堂を見学しました。立派なお寺でした。なお、境内の入口には、川魚が売っていました。
以下、HPより拾ったいわれ。
宗吾霊堂と呼ばれ親しまれていますが、正式には「鳴鐘山東勝寺宗吾霊堂」といいます。桓武天皇時代に征夷大将軍坂上田村麻呂が房総を平定し、戦没者供養のために建立されました。徳川4台将軍家綱の時代に佐倉藩の領民を救うため、将軍に直訴し、その罪により磔刑の処された義民佐倉惣五郎(木内惣五郎)菩提寺であり、百年忌の時に宗吾道閑居士の法号を受けたことから、宗吾霊堂と呼ばれるようになりました。境内は緑につつまれ、春の花見、秋の紅葉もみどころです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
駐車場横の川魚のお店。
-
参道を進みます。
-
境内に入りました。
-
休みのお店も多い様です。
-
灯籠、由緒ありげです。
-
手水。
-
義人、惣五郎のお墓。
-
門。
-
宗吾さんの隣は、身代わり地蔵でした。仁王門手前にご安置されている、宗吾父子地蔵尊。宗吾様の4人の子供を思う気持ちをお地蔵様の姿に変えてお祀りしております。ご宝前の小さなお地蔵さまは、水子供養や子供の安全を願うために奉納されたものです。
-
門の仁王像。左。
-
右。昭和53年に宗吾様の325年忌記念事業として完成しました。内部仁王尊は身の丈8尺8寸にして、鋳造・金箔仕上げの我が国で唯一の金色仁王尊です。
-
門をくぐって、左には、宗吾さんの記念館。
-
右は、灯籠。
-
奥は、鐘楼。昭和27年宗吾霊300年祭記念事業として建立されました。梵鐘は仁王像を製作した香取正彦氏とその親の秀真氏との共作です。
-
左隣は薬師堂。屋根は入母屋造り銅版葺き、正面中央には千鳥破風を付けたお堂で、薬師瑠璃光如来をお祀りしています。
明治43年(1910)供養堂が消失したとき翌年に仮供養堂として建てられ、大正15年に(1922)に現在の本堂が出来ると、五霊堂となりました。五霊堂とは宗吾様と共に直訴を行い、その罪で佐倉領を追放となった五人の名主を祀るお堂で、近年五人の御霊が本堂に移されたのをうけ、五霊堂の名は薬師堂と改称されました。 -
御朱印とかお札が売られていました。
-
本堂。大正10年に8ヶ月の歳月を費やし、十間四面総欅造り総銅瓦葺現本堂を再建。ご本尊には、宗吾様の霊を祀っています。
当山は「宗吾霊堂」の名称で広く知られていますが正しくは真言宗豊山派の鳴鐘山 医王院 東勝寺が管理する仏堂の名前です。 -
大本坊だと思います。
-
宗吾霊廟殿。昭和10年に開館。本尊宗吾様の遺品や関係文書、什器、当山の寺宝、各時代の参考品、郷土出土品などが展示してあります。
なかでも、惣五郎様の存在と持高を証明する名寄帳、宗吾様着用の袴と奥様ご使用の鏡、宗吾様とお子様4人の法号を記した過去帳な貴重な品々を修蔵。 -
本堂、賽銭箱。
-
本堂からの逆撮し。
-
立派です。
-
宗吾様の一代記が見られると思ったのですが。休みでした。因みに、大人700円の入場料です。
-
霊廟殿。
-
休みでした。
-
帰りしな、本堂を横から撮す。
-
お寺なのに狛犬?
-
参道のお店。
-
駐車場横の売店。ざっことは雑魚の事らしいです。
-
どじょうも売っていました。
-
ざっこを店のおばちゃんが見せてくれました。奥の院は見ませんでした(気が付きませんでした)。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
31