2014/12/29 - 2015/01/04
160位(同エリア621件中)
Shunさん
ひょんな事から海外旅行経験ゼロの筆者が、カメラ一機を携えていくことになったバングラデシュ。
海外経験豊富な強力助っ人を引き連れて「二人と一機」で行く笑いあり涙なしの珍道中。
果たしてバングラデシュ4泊5日を無事乗り切れるのか。。。
※体験重視なので役立つ観光情報は少なめです
※嘘は書いてませんが誇張表現が多々あります
- 旅行の満足度
- 3.0
-
遡ることひと月前―
中学時代からの友人達との宴席にて。
きっかけは酔って喋った何て事のない僕の一言。
「海外に行ってみたい」
その飲みの席にいた一人の男、いや漢S氏。
学生時代にバックパッカー経験を持ち、現在は関西某所にて働く傍ら長期休みの際にはいまだに一人で海外に行くというバイタリティーの持ち主。
そんな彼と旅行話をするうち、あれよあれよとパスポートを取り航空券を買う段取りまでが完成してしまったのだ。
出発までは二週間。異例の準備期間のなさである。
男二人の海外旅行、行き先についての議論も諸手続の合間に急ピッチで交わされた。
この度は彼の意見が尊重されたといっても過言ではないだろう。
S「俺、行ったことのない所がいい。ただ期間も短いし東南アジア推奨」
僕「ほうほう(僕カンボジアとかがいいなぁ)」
S「時期的に暖かい所だから荷物も軽くてすむよ」
僕「それで、行ったことない国ってどこでしょう?」
S「ミャンマー、北朝鮮、バングラデシュ」
実質の二択であった。
このような経緯と後に取れた格安航空券の関係で、記念すべき初海外旅行の行き先はバングラデシュに決定した。
ほどなく僕は近所の本屋でガイドブックを買い、未知の国に胸躍らせ荷造りをする。
経験豊富なS氏からのアドバイスは、お金とパスポートだけあったら何とかなる、という実にシンプルなものだった。
なんだ!結構簡単じゃん!
などと浮かれていた当時の自分を思いっきりひっぱたきたい気持ちで今これを書いている。
つまりはそういうことだ。
現地時間12月29日、午後2時を少し回ったところ。
日本を出てから約22時間。
飛行機の窓からバングラデシュの風景が見えてきた。 -
飛行機を3機乗り継いでの長い移動も入国手続きでひとまず小休止。
しかしその入国にも我々は少し心配を残していた。
それはビザである。
日本のパスポートというのは非常に優秀(信用がある)らしく、実に多くの国で短期の観光の際ビザが不要なのだそうだ。
しかしここバングラデシュでは海外からの観光客にビザの取得を要求している。
本来ならば日本のバングラ大使館で事前申請を済ませておくのがスジなのだが、2週間という準備期間からいって郵送して云々の手続きは難しかったのだ。
そこで調べた結果、アライバルビザなる制度があることを知った。
これは現地空港内でビザ申請できますよ、というもの。
こんな便利な制度使わぬ手はないと思いつつ、ウェブサイト等々で人さまの旅行記を見るに、
「実態は流動的で利用には不安が残る」
「50ドルの申請費用が必要」
「日本人は申請料金かかりませんでした」
などとイマイチ発給に関しての情報が一貫しない。
どうやら制度自体長期旅行の際などにビザの申請が日本や他母国で困難な旅行者のためのものらしい。
それゆえ、大使館でも事前申請を推奨する旨が明記されている。
結果的に申請料金無料(他の国の人は一人50ドルとられていた)で無事通過できたのだが、40分近く並んだ(平気で横入りしてくる中国人がいなければ15分位で済んだ)こともあり事前申請がやはり無難な様子。
申請の際に先に並んだS氏が、
「ジャパニーズフリー、フレンドね(きゃぴ)」
などと受付官に言われていて、日本ってすごいんだな、と月並みなことを思う。
直後一人慣れた様子で入国ゲートへ向かうS氏。
残されしどろもどろになりながらも一人受付と会話。
すると、
「んー、君だけは50ドルね(きゃぴ)」
なんてバングラデシュジョークが飛んできた。
突発的事象に気のきいた英語なんぞ出てくるわけもなく、ただただ苦笑い。
なかなかやるな、バングラデシュ。
その入国ゲートも無事(ホントは宿泊先をえらい突っ込まれた)くぐり、空港内にて早速両替。
ここで早くも第一の事件が起こる。 -
空港の中はレートが悪いと言われつつ、現地通貨を一銭も持っていない状態だったのでとりあえず100ドル分を現地通貨のタカに両替。
20ドル札五枚を両替商のおじさんに渡し書類の記入。
すると両替商、
「80ドルでいいね?」
手元には4枚の20ドル札。
…おかしい、何故一枚たりないのだ?
僕は昔のバイトの時の癖で、おつりや会計のお金は必ず相手の前でチェックをしてから出すのだが、当然ここでも僕はそのチェックをしていた。
つまりこちらの出しミスの線は限りなくゼロ。
この両替商、書類を書きに目を離した今まさに20ドルをちょろまかそうとしていたのだ。
「いやいや、100ドル出してるからそれはおかしい、100だよ、80じゃなくて」
毅然とした態度でそういうと両替商はもう一度数える。
手元からにょきっと出てくる一枚の20ドル札、やはり隠していたか。
空港内のID付けてる業者がいきなりこれで、ジャパニーズフレンドで和んでいた気持ちも一気に引きしまる。
ちなみに1タカは約1.5円くらいだったように記憶。
S氏はそんな事があったともつゆ知らず、黙々と自らの両替を終えてタクシーを拾いに向かう。
マイペースを崩さない辺り、これがS氏百戦錬磨の風格である。 -
空港を一歩出るとそこは異世界が広がっていた。
敷地を隔てる柵の向こうには数百人の現地人が誰を迎えに来たともなくひしめき合い、日本のそれとは明らかに異質な遠慮のない視線がゲートから出る人間一人ひとりに突き刺さる。
警備に当たる軍人もずっしりとした雰囲気を纏ったライフル銃を肩に掛けている。
海外なんだから銃でもって警備にあたって当然と言われればそれまでだが、やはり実際聞くと見るのとでは大違い。
もちろん何もしていない人間を撃つわけがないのだが、撃たれないという絶対的なものもそこには決してないのである。
そんな傍らタクシー運転手たちが僕らを自分の車に乗せようと必死にアピールしてくるもんだから、着いて早々すっかり土地の空気というものにあてられてしまった。
目的という目的も設定しない旅(二人とも、いや少なくとも僕はそういう旅が好き)だったので、とりあえず地方都市では大きめのクルナという街を拠点代わりに目指すことにした。
鉄道飛行機バスフェリーと移動手段はあったが、飛行機は満席、船は時間がかかる、鉄道も取れるか不安、ということで一旦バスの手配を試みることに。
どうやら片道200キロの道程を約10時間で結ぶ路線があるようだ。
行き先の相談中もずっと付きまとう運転手たちに、ガイドブック片手に決まりたてほやほやの行き先を説明する。
が、いまひとつ伝わったかどうかも心もとない。
しかも所謂白タク、行き先までどれくらいの距離があるのかもわからず、相場も知らぬ国で料金交渉などできるはずもなく。
ドライバー同士の強引な客引き合戦に半ば引きずられるようにして、その中の一台の灰色のセダンに決めた。
価格は500タカ、高いか安いかは分からなかったが競争原理が働いていてくれたことを祈りつつ、後部座席のドアを閉めた。
※帰国時の感覚だと恐らく半額程度でも行けたと思います
これで何事もなくターミナルに向かう、はずだったのだが車内では運転手が「一人」500タカだと要求してきた。
そこはS氏インドで鍛えたと豪語する気合いの突っぱねである。
いざという時は頼りになる男だ。
ぶつくさ文句をいいつつ非常に荒々しい運転(二重三重追い越し上等)で10分ほどで目的地に着いたらしくも、どうやら我々の当初行きたかった場所ではない様子。
しかし運転手、
「ここでクルナ行きのバスチケットが買える」
の一点張り。
しかし指を差された目の前の店はシャッターは半分閉まっており、店の前でピーナッツか何かを炒っている露店が広がっていた。
ここにバスが止まるような気配は微塵もない。
S氏も何度も確認するがここだここだと運転手もゆずらない。
結局運転手に500タカを支払い、僕らはバスチケット売り場、には全然見えない建物に半分無理矢理(シャッターが半分閉まっているので文字通り無理矢理)入った。 -
※見ての通りシャッターが閉まるチケット売り場
-
中に入ると店構えとは裏腹に人が多い。
簡素なカウンターにPCと電話が一台ずつ。
なのにスタッフは4名。日本の牛丼屋にも見習ってほしい豪華な布陣だ。
クルナ行きの時刻を訪ねると今日の22時、というのがあるらしい。
初日でくたくたにもかかわらずバスの車内で一夜越すのは体調的にも不安だったが、まだ見ぬ予約の取れていないホテルと目の前のバスを天秤にかけて結局後者になった。
席が選べるようで3列シートが1300タカ、4列シートが700タカ。
ここは迷わず3列シートを選択。
2000円弱でスーパーエグゼクティブシート(席表にそう書いてあった)に乗れるなら安いものである。
のちに判明することだがここは「ショアグ交通」という国内でも比較的大手のバス会社のチケット売り場兼乗車場だった様子。
ガイドブックによるとエアコンも効く綺麗なバスに乗れるそうだ。
外では窓の全部取れたセミオープンとでも呼べるバスが多数走っていたので、それでないだけ一安心であった。
時計に目をやると16時前、21時に戻ってくるにしても5時間たっぷりある。
ここはひとつ街歩きを、とあまり気乗りしていない様子のS氏の尻を叩き半開きのシャッターをくぐり外に出た。 -
エネルギッシュ、混沌。
そんな言葉がよく似合う街、首都ダッカ。
大きなバイパスを我先にと、渋滞の隙間に首を突っ込むのは大型バス。
そのバスの周りをリキシャと呼ばれる自転車と人力車の融合した乗り物が取り囲み、予想通りといわんばかりに渋滞は悪化。
常にクラクションやリキシャのベルは鳴りっぱなしで、そこにCNG、バイク、トラックのエンジン音も重なり見た目以上の賑やかさ。
土埃とも排ガスともいえぬもやが街中を包んで、雨の降り始めのような臭気と露店の食べ物の香りが混ざり漂う。
行き交う人々は自らの売り物が一番と声を張り上げ、物乞いの子供がお金が必要なのはここだと袖を引く。
とにかく何につけても情報量が多く、こちらから味わわなくとも向こうから勝手に雰囲気が飛び込んでくるような印象だった。
ただどうも慣れないのは視線。
観光客が珍しいようで、あけっぴろげに興味深々ですという視線を浴びせてくる。
「視線を遠慮する」というのは日本人の文化であることを痛感した。
人懐っこい国民性なのか分からないが、街を歩けば10分に1回は声を掛けられた。
ただ残念ながら半分はベンガル語なので、謝って通り過ぎるか日本語で強引に押し通す、ゴメンネゴメンネー。
途中水を買いリュックの中に当面の水分を確保して、通り沿いのショッピングモールにご飯を求めて入った。 -
※見た目以上に暗いが妙に派手な店内
-
ショッピングモールにはレストラン街がある。
これが万国共通なのかは分からないが幸いこの場所にもレストランはあった。
店内は小奇麗でメニューもラミネートされたしっかりしたものが置いてあったのでチェーン店なのかもしれない。
中途半端な時間だからか店内は空いており、僕らのほかには現地の若いカップルが一組だけ。
ここではS氏のフライドライス全世界万能食物説を信じて、フライドライスとチキンのセット(150タカ)、加えてパイナップルジュース(70タカ)を注文。
バングラ初の食事だったが、これがまたなかなかに美味しかった。
インディカ米で作るチャーハンはぱらっと解れ、舌に合うやや濃いめの味付け。
チキンはしっかりと引きしまった肉質、衣は揚げたてサクサク。
ジュースもフルーツをミキサーに掛けた生ジュースで、S氏が飲んでいたミックスジュースも絶品だ。
食べ物があうか不安だった僕は一安心、これを機に旅行期間中は食道楽に傾倒するのであった。
食事とひとしきりの雑談も終え、トイレを求めて別フロアへ向かう(以下汚い話注意)。
ビルの入口には警備員もいたし比較的綺麗なトイレも備えているだろう、そう思ったのが間違いだった。。。
いかに日本の公衆トイレが綺麗であるかを思い知らされたのである。
小さいほうに構えてすぐ見えたのは、目の前の壁にゴキブリの卵。
(うわー、やなもの見ちゃったなぁ)
と、視線を脇のタイルの隙間に目をやって一瞬フリーズ。
隙間の先の暗闇から黒い糸のような触角だけ二本、風もないのにゆっくりゆらゆらと揺れていた。
ちなみに僕は大の虫嫌いである。
「★×●▼△◎?□ッーー!!」
声にならない悲鳴を上げながら、それでも止まらないものは止まらずに10数秒。
永遠とも呼べそうな長い時間見え隠れする黒い影と正対し、最中に一人盛り上がりを見せる異邦人を訝しげに見る現地少年の視線なぞ最早気にせず全速力でトイレを後にしたのであった。
両替商に続きバングラ二度目の洗礼。
街の視線と慣れない空気もありこの辺りで僕の疲れと緊張はMAXに達しつつあった。 -
※歩けば食べ物のいい匂い。
-
外に出ると空は暗くなっており、大通りを街灯の代わりに車のライトと夜市の明かりが照らしていた。
道を一本入ればそこはまるでお祭りのようだ。
路地の両脇に簡素なつくりの出店が並び、そこで売られているのは色とりどりのフルーツ、スナック菓子ジュース、チャ(激甘の紅茶)、等々。
未舗装の路地を荒々しくCNGが走り抜け、少し広くなった部分では所狭しと客待ちのリキシャが並ぶ。
目は色彩美を楽しみたい。耳は聞きなれない音を楽しみたいのだが、慣れない雰囲気がそれを拒む。
元来のビビりな性格も手伝って、暗闇をまとった街全体が非常に怖くなったのである。
何とも情けない話だが、未知の事が多すぎて軽くパニック状態だったと思う。
サバンナに解き放たれたウサギの気分を味わった、とでもいえるだろうか。
いつ肉食獣に襲われるかわからないというのは、そこに肉食獣がいようがいまいが襲ってくるもののようだ。
皆は決してサバンナにウサギを放ってはいけない。どうか僕と約束してほしい。
そんな様子だからせっかく持って行ったカメラも、集まる視線に耐えられずリュックの中へ。
結局旅行を通してこんな具合だったのであまり撮影枚数も多くなく、彼の写真も少々使わせていただいている。
そんな中必死の思いで僕が撮影した渾身の一枚がこのナイトマーケット。
ちゃっかり彼の旅行記の表紙にもなっていたりするので、ちょっと嬉しい。
リュックを背負いなおし明るいほうへ明るいほうへと歩き、見つけたビルの喫茶店にほうほうのていで逃げ込んだ。時刻は19時を少し回ったところ。 -
喫茶店は近代的なつくりで、外の喧騒もあまり聞こえてはこない。
また街に出る前に酒に頼って気を大きくしたいところなのだがここはイスラム圏、アルコールは御法度の国だ。
ビールの代わりに100タカと現地価格ではかなり高額なレモンティーを飲む。
休憩がてらS氏と明日以降の観光の相談。
クルナにはいくつか旅行代理店が存在し、シュンドルボンというマングローブ林のクルーズなんかもアレンジしてくれるらしい。
本来2泊3日〜がオススメらしいが、現地で1泊のプランが無いか聞いてみることにした。
旅の興奮を織り交ぜながら一時間ほど話し、少し早めにバスターミナルに戻れるよう喫茶店を後に。
人の流れに紛れ、それでもなんとか勇気を出して小道を入り、旅の雰囲気を味わう。
そうこうしてくるうちにトラブルの予兆が発生した。
原因は先ほどのレモンティー。生理現象は押さえようがないのである。
周りを見渡すが英語圏ではないので何が何屋かも分からず、夜も更けた今そもそも開いている大きな店も無い。
S氏はここでも持ち前の強いハートを存分に使い、東京のそれほどもある人通りをものともせずにちょっとした堀に向かって「任務」完了。
僕はといえば遂行を試みるもそんな過酷な環境下では出るものも出ず、すごすごと退散せざるを得なかった。
国内では造作もないことが、海を渡っただけで一世一代の大仕事の様相を呈してくる。
旅行記にトイレの話題は確かに多いが、その重要さははっきりいって飯の合う合わないなどの比ではない故だろう。
退散の回数が3度目に差し掛かったところで、我慢するという解決策にもならない策を取ることを決意。
なぁに夜行バス、走り始めて少しすればトイレの一つくらい止まるだろうという読みである。 -
バスターミナルは昼間とはうって変わって、バス停こそないもののターミナル感が出ていた。
待合室では頭に包帯を巻いた子供が怪我を治す金をくれと物乞いをしてきて、困った顔をしていたら隣の青年が助けてくれた。
お礼をし僕らがクルナ行きのバスを待っているんだと話すと、目当てのバスが来たら教えてくれるという。
心身ともに疲れた心に親切心というのは染みた。
一日街を歩いてみて分かったのは、基本彼らはとても親切だということ。
視線は確かに突き刺さるが、興味ゆえのことで悪気はないし、困っていると話しかけてくれて根気強く解決してくれる。
観光しようとすれば些か不便ではあるが、人はとても温かい国だと思う。
少しリラックスしたところでぐるりと待合室を見渡すと、昼間気付かなかったドアを発見した。
中は角度的に見えないものの、人が並んでおり交代で出入りしている。
もしやこれは…期待を込めて列に並んでみる。
ト イ レ 発 見
結果的にここで比較的綺麗な(水浸しで紙とか当然ないけど)トイレで無事生理的欲求を満たし、万全のバス旅に備えることができた。
並んでる最中もバンバン話掛けられる(囲まれた)も、英語力0の僕はイエスノーアイアムジャパニーズの5単語で大抵の会話を乗り切る。
今思えば中学英語もおぼつかないレベルの英語力でよく海外になんぞ来ようとしたものだと思う。
英語圏じゃないんだから英語無くても大丈夫でしょ、というのは見通しが甘かったようだ。
悲しいかなS氏から5メートル離れるだけで現地の野良犬にも満たない意思疎通力になってしまうのである。
そうこうしているうちに目的のバスが来たようで、先ほどの親切な青年にも別れを告げ待合室を後にする。
すると外には日本の高速バスを思わせるような立派な佇まいのバスが止まっていた。
が、しかし、乗口ドアの窓ガラスには縦横にびしっとヒビが入っていたのだ。 -
※ショアグ社自慢のバス(写真左、日中撮影)
-
ある程度予想はしていたものの、実際目の前にするとバスチケットを放ってホテルを探したくなるものだ。
しぶしぶ車内に乗り込み自慢の広々3列シートに身を投げる。
レバーを引いて出てきたフットレストに足を乗せる。
後ろのスペースを気にせず深々リクライニングを倒す。
目の前の網棚にはミネラルウォーターのサービス。
季節がら使わないながらも夏場には重宝冷房完備。
ここまで至れり尽くせりなのに、なぜシートベルトを着けないのか。
画竜点睛を欠く、とは正にこの事である。
リキシャとぶつかっても大破するのは向こうですよという、交通強者の自覚からなのだろうか。
しかもカーテンをめくれば、こちら側の窓にも立派なヒビが入っているではないか。
この辺りで僕はもう考えるのをやめた。
世界は広いのだ、日本という狭い島国の常識をあてはめようというのがそもそもの間違いである、と。
今の今まで28年に渡り、僕は常識という名の非常識の中でぬくぬくと育ったのだった。
そう思えばあの行為もなんとなく理にかなった行動に見えてくる。
僕はその行為に名前を付けた。
「バングラデシュ式バック」
トラックやバスという大型の乗り物は死角が多い。
乗った事のある人間なら分かると思うが、バックともなると誘導なしでは行えないほどに危険なのだ。
この国でもさすがにその辺は心得ているようで、前後をリキシャに囲まれた混沌のターミナルを抜けるべく添乗員が一名バスの後ろに着いた。
すると後ろから、
バン!!バン!!バン!!
と突然ボディーを叩く音が響き渡る。
で、運転手はそれを合図にそろりとバック。その間も、
バン!バンバンバン!バン!!
と添乗員の平手打ちが車体を通じてけたたましく続く。
さらに少し動くと今度は、
ドン!!
と一発グーで殴った音が聞こえバスは停車。
これがバングラデシュ式バックの全貌である。
バンとドン、信頼関係と伝統のなせる熟練の技なので、絶対に真似しないでおこうと思う。
バックを終えてするすると渋滞を抜け走り出し、やっと休めるかと油断した僕をまだまだバングラデシュは放っておかなかった。
運転が非常に荒いのだ。
目安としては日本でごく一部存在する運転の荒いタクシー、あれを5割増しにして考えると良いだろう。
これはもうカーチェイスといってもいい。しかも大型バスで、だ。
減速の度にズルズルと前に行く身体を抑えるべく、せっかくの広々3列シートを横に使うという暴挙。
恐らくは何かにぶつかったら死ぬ速度で走っていたと思うが、気にし始めたらいよいよ眠れないので無理矢理目をつぶる。
S氏のアドバイスには無かった耳栓、これを独自の判断で持っていったのが効いた。
携帯の通話も子供の泣き声も、何とか寝れるくらいには抑えてくれた。
まどろんでる中何故か現地人に写真を取られたが、気にする気力も無くそのまま眠りに落ちた。 -
夜中1時過ぎ、深い霧の中バスが止まっている。エンジンは切れ明かりも着いていない。
ドアの向こうには小さな明かりが一つ、休憩所だろうか。
乗客が何やら運転手と会話、途中こちらをじっととみている。
恐怖感はあるも眠れるうちに、そう考えてまた目を閉じる。
夜中3時、寒くて目が覚める。まだバスは動いていない。
足元のリュックから長袖とダウンを出して着る。
ちょうど添乗員が毛布を配っていたので一枚貰う。また寝る。
早朝5時過ぎ、空が少しだけ明るくなっていた。バスは動かず。
ここでS氏も目覚め少し会話。
もしかしたらフェリー待ちではないかという結論に達する。
後に分かるがその通りだった。
僕「てっきり休憩所かと思ってたけどね」
S「うん、夜中出てみたんだけど霧濃くて戻ってこれなくなりそうだった笑」
…出たんかい!!
暗闇も濃霧も彼の前ではそれ以外の意味を持たない。
むしろ知らない間に一人になっていたという恐怖感を僕が味わってしまった形だ。
7時過ぎになるとようやく列が動き出した。
がしかし長蛇の列で牛歩状態。ほどなくバスは露店の並ぶ場所で止まった。
そのタイミングで何人かが用を足すべくバスの外に出た。
S氏もそこに加わり、またしても僕は一人になってしまった。
5分以上経っても彼だけ戻ってこず、その間もバスは前進を続ける。
万が一の際は一人で帰国しようと腹をくくろうとする段、彼がお土産を持って帰ってきた。 -
※おみやげの何か。
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何故二人で一本かというのは置いておいて、「ネギ入りの卵焼きを小麦粉を焼いたナンようなものでくるっとまいたもの」をありがたく半分頂いた。
出来たてとあって非常に美味。
やがて列が進みフェリーが見えてきたが、これもおおよそ想像通りのぼろさだった。
想像がだんだんと現実に追いつくようになった辺り、この一晩で随分強くなったように思う。
舗装もロクにされていない河岸からその大きな体をぐいぐいフェリーに乗せていくバス。
運転技術もさることながら、ここでもバングラデシュ式バックが威力を発揮。
気付けば6台ものバスが狭い甲板にぴたりとおさまったのであった。
一旦離岸すると濃い霧の中を同じようなフェリーが何台も進み、霧中の景色は幻想的でもあった。 -
※エンジンは意外に綺麗
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※有事の際には売り切れ必至の浮輪(在庫1)
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※ひしめくバス
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浮輪をめぐる争いが起きることもなく無事対岸に到着。
ほどなくバスはバイパスと思われる舗装路に突入、爆走を開始する。
写真の様な片側一車線の道路、霧のため見通しがあまり良くないにも関わらずかなりのスピードが出ている様子。
メーターが壊れていたと思いたいが、覗いた時には100キロの辺りを指し示していた。
昨日とは違い眠気も一段落しており、また周囲も明るいので恐怖感は倍増だ。
更にこのスピードを維持したままリキシャを追い抜く、CNGを追い抜く、バイクタクシーを3台全部まとめて追い抜くのである。
バイクタクシーの時点で既に反対車線を使っているので、バスは反対車線の歩道の白線をも跨ぐことになる。
勿論、反対側から車が来ないなんてことは無い。普通に来る。
しまいには乗用車一台追い抜きしたいから反対車線のお前、譲れよ?とでも言わんばかりに3台横並びになる始末。
「スリーワイド」と言えばカーレースの様な響きだが、決定的に違うのは1台の進行方向がまるっきり逆なことである。
日本と同じく左側走行なので、右側最前列の僕は微塵も見逃すことなく、ギリギリの追い越し劇の全てを見ることができる。
ここからクルナまでの約6時間、ずっと特等席だ。
断言しよう。国内の絶叫マシンの恐怖など、この国のありふれた移動手段のそれに比べればやはり作りものと言わざるを得ない。
ぬるま湯に浸かりに浸かりきった僕に、命の危機という生物なら誰しもが持つべき当たり前の感覚を思い出させてくれた。
手に汗を握り、歯を食いしばり、広々シートは揺れに耐えるべく未だに横に使っている僕の隣で、S氏はすやすやと寝息をたてていたのであった。 -
※途中トイレ休憩で寄った休憩所で飼っていたと思しきラクダ
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現地時間29日14時、ダッカから実に15時間以上をかけてクルナの町に到着した。
着いたそばから既にへとへとで、観光の前にホテルでチェックインを済ませ準備を整える事に。
リキシャとの交渉も面倒だったので降りた場所から数分歩き、シティインというホテルに入った。
クルナでは中級に属するホテルのようで、内装も綺麗で清潔感もあった。
僕らが泊まったのは607ツインデラックスルーム、朝食つき一部屋2800タカ。
Wi-Fi完備、エアコン付、お金持ちの家にあるグルグルファン付。
バスタブ有でホットシャワーはなんと出し放題、綺麗な水洗トイレ、屋上にはプールとジム。
部屋も大変広々としていて素晴らしいのだが、何より一日トイレに困らないという事が確約された事が嬉しかった。 -
※喧騒もあまり届かず非常に快適
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※ここならカメラ出し放題。ウハハハ
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安ど感からお腹もすいてきたので、2Fのレストランにて遅めの昼食。
写真のバングラデシュスペシャルプレートを注文。確か350タカ位。
これもまた美味しかった。
カレーは日本のものよりもスパイスが効いていてしかもかなり辛く、苦手な人は一口でも厳しい位には辛い。
手前のカリフラワー何とかは辛くはないがカレー風味、魚もカレー、というかご飯以外全部カレー味だ。
S氏は大食漢なので色々と注文していた。
が、カレーの辛さだけはきつかったようでかなり無理をしていたように見えた。
料理だけで言えば住めそうな勢いだ。絶対住まないけど。
デザートのコーヒーは死ぬほど甘い。
スター○ックスのキャラメルフラペチーノ?以上だ。
会計は結局二人で1000タカ位、着いて早々かなりの豪遊っぷりだと思う。 -
腹も膨れシャワーで命の洗濯をし、大いに体力を回復した僕らは明日からの観光の段取りを組むべく1Fの旅行代理店に向かう。
そこでは眼鏡をかけた小太りの男性が狭い室内でPCに向かっていた。
聞けば1泊2日のシュンドルボンツアーもアレンジしてくれるという。
明日からやることが決まってよかったと思ったのもつかの間、価格を聞いてがくぜんとした。
その価格一人1万タカ(二人分で$256)。
ちょっと待て、何故こんな居心地のいい部屋でたらふく飯を食っても一晩3000タカもしないのに、ボートに乗って軽食食って1万なのだ。
まぁ確かに国内有数の観光と考えれば出せなくはない額なのだが、これは一度考えたいと一時退散。
ここでS氏が鉄道に乗りたいと言い出す。
イマイチ気乗りしない僕であったが、クルナに来た時点で一つやりたかった船旅という線も消えていたので、断る理由もなく合意。
フロントでリキシャを拾って交渉もしてもらい、20タカで最寄りの駅に向かった。
写真の通り運転手は細身で、年齢は恐らく40代後半。
商売とはいえこんな元気な若者が後ろに乗るのはとても忍びない。
5分も走ると道が変わり、それに伴い周りの空気も少し変わった。下町っぽい雰囲気だ。
更に渋滞に巻き込まれ酷い砂ぼこりで息をするのもままならず、ここで大丈夫とリキシャを降りた。
50タカ紙幣を渡すと戻ってきたのは10タカ2枚と2タカが2枚。
都合6タカ多く取られているわけだが、面倒なのでチップと考えることにした。
ここで立ち去ればよかったのだが、渋滞の真っ只中降りてしまったので、歩き出そうにも歩けない状態。
すると先の運転手が近くだから乗れ乗れと手招きをする。
うん、やっぱり親切だと感じながら笑顔で再び同じリキシャに乗り込んだ。 -
駅前はなかなかにカオスであり、堀に向かって盛大にマーライオンしているオッサンや、ぐったりして動かない老婆などなど。
ちょっと怖いなーなんて思っていると駅に到着。
お礼を言って立ち去ろうとすると運転手に呼びとめられた。
運「もう10タカよこせ」
…むむ、先の26タカとは何だったのか。
正直釈然としないがまぁいい、一旦降りてから乗せてもらったのは事実だしさっきの4タカをあげて30タカにしようじゃないか。
そうして4タカを差し出すと、
運「それは4タカだ」
ここで何か自分の中のスイッチが入った。
おいコラんなもん分かってんだよ!馬鹿にしてんのか!
これはさっきあんたが渡した20タカのお釣りだろうが!
モア10なら当初の20に足す10でしょうに!
大体駅までで20って話だろう、なんで途中下車時点でぼったくられた揚句に計16も大目に出さなきゃいけねーんだよ!
約2倍だぞ、2倍。んなもんぜってーとおらねぇぞ、いやとおさねぇ!
俺らが現地人でも同じこと言えるんだろうなちくしょ―!
などという事を集まってきた現地人5人くらいに囲まれながらも「おおよそ日本語で」まくしたてた結果、どうやらトータルで30タカでご納得いただけた様子だった。
鼻息荒く振り返るとS氏。
「まぁゆうても10円位やけどな」 -
かくかくしかじかあった結果駅で切符を買うのは諦め、3輪電動タクシーで80タカというまぁまぁぼったくられ価格にてホテルに戻る。
まだ諦めきれないらしくフロントで切符が取れないか聞いている。
僕「なんか鉄道とか路線バスって現地の富裕層使ってる様子無いんですけど、はたして我々が乗って安全なんですかね?」
S「分かった分かった、そこまで心配なら聞いてみるから」
と、フロントに安全面を確認。少し離れたソファーで座り耳を傾ける僕。
S「ごにょごにょ(安全だよね?)」
F「ペラペーラ、ペラクライシス、デンジャー、ペラペラ…」
S「OK、Thank you.」
S「うん、大丈夫だってさ」
その言葉の節々に出てくる危なっかしい単語はなんだというのか。
S氏はレベル(海外経験)50を超える勇者である。
乗った先のバスの中身が全員強盗のグルだった事もあるらしい(実話)。
数々の試練を乗り越えてきた彼の経験を頼りに、レベル1の見習い勇者は旅に同行させてもらった。
しかしこの考え方には大きな見落としがあった。
上級者向けダンジョン、そこで敵と遭ったが最後、一人前勇者と”同じ攻撃”を喰らい見習い勇者は”一人”静かに死ぬゆくのだ。
この旅に馬車はなく、常にパーティーの一人として戦闘に参加しなければならない。
そうなると見習い勇者にできる事はただ一つ。
敵と遭わぬように全力で一人前勇者の袖を引っ張ることだ。
僕からの反対にあい、フロントのお兄さんから切符が取れなかった報を受け、S氏は再び代理店に足を向けた。 -
眼鏡のおじさんは僕らが激甘コーヒーを飲んでる間シュンドルボンの説明をする。
価格がやはりネックで渋っていると、
眼「あそこのATMは安全だって!ノースキミング!セーフティ!」
とまくしたててくるが、僕らは安全性で渋っているわけではないのだ。
単純におろせる金があってもおろしたくないだけで。
といっても申し込むには確かに手持ちギリギリだったので、S氏が裏のATMにお金をおろしに行く事に。
彼が出た直後おじさんの元に一本の電話。
顔が険しくなる。
電話を切ると、
眼「御免、明日のツアーいけないわ、ホルタルだってさ」
ホルタルとはゼネラルストライキの事で、開催期間中は全国で都市間のバスや鉄道の運行がストップしてしまう。
店も大きなところは閉まってしまうという。
僕「マジですかー、明日だけ?」
眼「いや、明日と明後日。ごめんねーこれは僕も予想外」
ここで思い出さなければいけないのは、僕らの出国日は3日後であるという事実。
僕「あれ、僕ら2日の昼にはダッカ着いてなきゃいけないんですけど」
眼「それは大変だ、車も投石されるから明日明後日は出せないよ」
投石、気になるワードがまた出たが、つまり当日までダッカに戻る手立てが無いということか。
とここで金がおろせず戻ってきたS氏に、事の顛末を伝える。
レベル50の顔に見た事のない焦りの色が浮かぶ。
どうやら本気でマズイ様子。
眼「とりあえず裏の代理店で隣町のジョショール空港から当日朝の飛行機があるか聞いてきなよ、私空港までの車手配するから」
僕らは教えてもらった代理店に駆け込み事情を説明。
すると幸いにも若干の空席があったようだ。ほっと胸をなでおろす。
価格は一人約5000タカ、この便以外の選択肢は無く当然これを了承。
お金を取りに部屋へ戻るS氏、また取り残される僕。
僕「ホルタルってよくあるものなんでしょうか?」
代「うーん最近は頻度が増えてたびたびおこるねぇ」
聞くに現政権に不満を持った人たちがいて、その人たちがダッカを中心にデモを起こしたりもするらしい。
S氏が戻りチケットをゲットした我々は三たびおじさんの元へ。 -
チケットを入手した旨を伝えると、車の手配も目処がついたとのこと。
しかしこれもびっくりプライス、7000タカ。
ちなみにさっきのシュンドルボンまでの車のチャーター(バゲルハット周遊付)で3000タカ。
完全にぼったくりに来ている。
が、空港まではおいそれと行ける距離でもなさそうなので泣く泣く手配。
二日目も思わぬハプニングを受け、実に濃い一日となった。
レストランで飯を食べ、腹ごなしと暇つぶしに最上階のジムに行ってみた。
そこには専属のトレーナーがおり、ダンベル運動の補助などをしてくれる様子。
が、何故かS氏ばかりが補助を受け、僕のときは結構いい加減。
どうやらS氏にほの字らしい。
帰りしな何故か目の前の広場から豪快に上がる花火、それもあって二人はちょっといい雰囲気。
ト「明日も来るよね??」
S「うんきっと来るさ、プロミスだよ」
ふいに手を取ろうとするトレーナー、照れからかやんわり拒むS氏。
後ろから見ていても全然妬む気持ちがなかったのは、きっとこのやりとりが男対男で行われていたからであろう。
イスラム圏は同姓恋愛に寛容なのか、街中でも男性同士のカップルをよく見かけた。
しかし守る気のない約束を平気でするあたり、S氏は罪なオトコである。 -
※チキンビリヤニ、中にチキンの煮つけが入っている
-
※かた焼きそば風、ほんのり甘い味付けのあんかけ
後編へ続く…
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この旅行記へのコメント (1)
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- あっぷるさん 2015/03/08 13:37:34
- 続きが楽しみです
- Shuuさん
初海外で、ディープな場所に行かれたんですね。
>サバンナに解き放たれたウサギの気分を味わった
この表現には笑わせて頂きました☆
ご友人はさぞかし旅慣れた方なんでしょうね。
その方の旅行記も読みたいです。
選択肢がミャンマー、北朝鮮、バングラディシュですか?(笑)
だったら、ミャンマーを先に行かれたら良かったですね。
でも、彼と一緒なら、次回行けますね。
私はたった2泊のダッカだったので、またゆっくり訪れたいですね。
続きを楽しみにしています。
あっぷる
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