2014/12/20 - 2014/12/20
65位(同エリア161件中)
Kouさん
先週の土曜日に、広島県の江田島市に行って来ました。
戦前、江田島といえば、海軍兵学校を意味し、海軍機関学校、海軍経理学校とともに生徒三校と呼ばれ、イギリスの王立海軍兵学校、アメリカの合衆国海軍兵学校とともに、世界でも最大の兵学校のひとつだったそうです。最初は東京の築地(東京海洋大学あたり)にあったそうですが、誘惑の多い東京より、周りに何もない江田島が生徒教育に適しているということで、明治21年に移転してきたそうです。
時代背景とともに毎年入学する生徒数は違ってたが、全国から優秀な生徒が入校し、海軍士官としての教育を受けていました。
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案内のおじさんに案内されて校内に進んで行くと、右手に花崗岩で出来た白い講堂が見えて来ます。この建物は大正時代の建物で、兵学校の卒業式等の行事に利用されていたそうです。卒業式には天皇陛下もしくは代理の皇族方の御臨席を賜わっていたそうで、今の海上自衛隊に対する国の扱いとの違いを感じます。後ほど紹介しますが、中には玉座も存在します。
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反対側から見た講堂。こちらは一般用の入り口で、一枚前の写真の入り口は皇族や海軍高官用の入り口だそうです。
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いよいよ中に。100年前の建物とは思えない程綺麗に保たれています。
今でも海上自衛隊幹部候補生学校の卒業式等に利用されているそうです。 -
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壇上の一番高いところが玉座です。
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玉座2枚目
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講堂の見学を終えると、いよいよ赤煉瓦造りの生徒館へ。
この建物は兵学校生徒の生徒館跡で、この中で勉学に励み、また生活していたそうです。 -
こちらも整備が大変行き届いていて、とても100年以上も前の建物とは思えません。この建物の煉瓦は一つ一つ紙に包まれ軍艦でイギリスから運ばれたと言われたいるそうですが、本当の生産地は不明だとのこと。
建築学的には、東の東京駅、西の兵学校と言われています。 -
現在は海上自衛隊の幹部候補生学校として使用されています。
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イギリス積みの煉瓦。
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最後の見学場所は教育参考館です。
ここには海軍時代の貴重な資料が展示されています。いろいろな書や軍服、若くして国のために散って行った先人達の遺書などを見ることができます。 -
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ニュースでは周辺国との問題が報道されていますが、少なくとも当時の先人達は隣国とは違い、努力をし、日本という国を想い、散って行ったのだと考えさせられた1日でした。
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