2014/09/19 - 2014/09/23
182位(同エリア420件中)
ちゃおさん
漸くボロブドールの最頂部に登った。その中央部には大きなストーバが建っていて、自然と両手が合わさった。キリスト教徒は胸の前で十字を切るが、日本人が神仏の前に立った時、自然に出て来る敬いの気持ちだ。5段の基壇は須弥壇を表している。須弥山の世界。ここへ来る前、飛行機の中で多分見たであろう、インドネシアで一番高い山「スメル山」は即ち「須弥山」だ。インドの「シュメール・須弥」から来た名前だ、神々の住む世界である。
今自分は、その神々の住む世界「須弥壇」を上り詰め、天頂に到達した。と言っても僅か50−60m、20階建てのビルにも満たない高さではあるが、足腰の弱った自分には、かなりの難儀だった。中央のストーバの中は外から見えない。解説本を買えば詳しく出ているだろうが、想像するしかない。そこには釈迦の石佛は西方に向かって静かに座しているに違いない。
昨日のこのブログにポン太さんからのコメントに「青空の下、『空』の世界を見たのか」、があったが、今、この天頂に立ち、今まで登って来た石段、最上段の数々のストーバ、周囲の原野、それに西方の彼方、取り巻く人々、そう言った一切は静かな曼陀羅の世界であり、「空」ではないにしても「虚」、或は「無心」に近い情景に映った。
8−9世紀、この地に興った強大な仏教国家は、恒久の平和と争いの無い世界を実現するために、この様な途方の無い巨大な須弥壇を造営したが、その財政負担も重く、僅か100年も持たずして王国は潰え、遂には灰燼と帰して土塊となった。そして今世紀、ユネスコの支援により、今ある遺跡は土塊の中から蘇った。「諸行無常」。文芸春秋今月号に高倉健の死ぬ直前の手記が掲載されているが、その最初の書き出しが「諸行無常」である。
天頂部の凡そ200坪程の平坦部を中央のストーバを時計回りに回るように3回転し、その間、般若心経を黙誦しながら、周辺に広がる景色を眺め、身近な人々と黙して語らぬ数々のストーバに収まる石仏を思い、実にその「諸行無常」を感ずるものがあった。昨日のポン太さんの「空」に通じるものがあったのかも知れない。高倉健は文芸春秋の手記の最後を「合掌」で締めくくっていた。自分も又ストーバを3周し、再び正面に対座し、「合掌」して、この遺跡を下ることにした。
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