2005/08/11 - 2005/08/11
29位(同エリア535件中)
BTSさん
ご覧いただきありがとうございます。
小生の生まれ故郷に走っている上田交通別所線を追いかけてみました。
(※撮影の2ヶ月後には上田電鉄に社名が変更になっています)
■上田交通
上田交通株式会社(うえだこうつう、英称:Ueda Kotsu Co., Ltd.)は、長野県上田市で不動産事業などを運営し、傘下に鉄道、ホテル、スキー場事業を営む子会社を擁する持株会社である。本社は長野県上田市天神1丁目2-1にある。略名は、旧名の上田電鉄(初代)・上田丸子電鉄に由来する上電(じょうでん)である。
東京急行電鉄(東急)の系列会社で、社紋も東急とは文字が異なるだけである(上田電鉄の分社後の社紋は五七の桐の中央の「七」の部分にかつての上田丸子電鉄社紋のうち円形の「上田」部分をあしらったもの)。
鉄道やバスも直営していたが、バス事業は1999年に上電バスとして分社化し、かつては西丸子線や真田傍陽線など最盛期で4路線48.0kmの路線網を擁していた鉄道事業も、別所線11.6kmだけの運営となり、2005年に上田電鉄(2代)として分社化した。なお2009年10月に上電バスと上田電鉄タクシーは株式をジェイ・ウィル・パートナーズに譲渡、グループから離脱している。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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別所線の上田駅です。
長野オリンピック(長野新幹線開通)に合わせ高架になりました。
■上田交通(現:上田電鉄)HP
http://www.uedadentetsu.com/index.html
■UKK 上田交通研究所(個人サイト)
上田交通の電車やバスについて色々と研究されています。
http://abc.daa.jp/ukk/ -
まるまどどりーむ号
2005年(平成17年) 1月27日 地域活性化事業「別所線丸窓特別電車再現」実施。7200系をベースに「丸窓電車」をイメージしたラッピングを施した編成(7253編成)が運行開始。4月に「まるまどりーむ号」と命名。当事業に長野県東御市の株式会社ミマキエンジニアリングが特別協賛(まるまどりーむ号Mim-aki)。 -
別所線は運転士と車掌の二人乗務です。(現在はワンマン運転)
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上田駅30分ほどで終点の別所温泉駅に着きます。
■別所温泉
共同浴場を中心に栄え、現在も3つの共同浴場「大湯」・「大師湯」・「石湯」が存在する。大湯は木曾義仲、大師湯は円仁(慈覚大師)、石湯は真田幸村ゆかりの湯(後述)として知られている。江戸時代には更に「長命湯(玄斉湯)」、「久我湯」が有ったが現存しない。また上田市営の温泉施設(社会福祉施設・外湯)として1972年年開業の「相染閣」が営業していたが、施設老朽化により別所温泉駅近傍の市営駐車場跡地(旧上田市立別所小学校(1996年3月統合廃止)元校地)に移転、2008年、公共温泉施設「相染閣別所温泉あいそめの湯」として再開業した。また2004年7月には足湯「ななくり」、2012年2月には足湯「大湯薬師の湯」が設置されている。
別所温泉を含む上田周辺は養蚕の活況で古くから賑わっていたため、明治時代には30を超える宿があった。養蚕業の衰退とともに次第に数は減っていったが、2014年現在も約20軒の宿が営業する。伝統のある宿は、たいてい元蚕種屋で、湯治客に家の一部を間貸していたことから始まる。(ウィキペディアより)
■別所温泉観光協会HP
http://www.bessho-spa.jp/ -
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別所温泉駅の駅舎は昔の間々です。(1921年:大正10年築)
■別所温泉駅
単式ホーム1面1線の地上駅。元は頭端式ホーム2面2線だったが、現在は1線は撤去され駅本屋側ホームのみ使用されており、反対側旧ホームは花壇等になっている。また構内には、後付付随車入換用に緩い勾配の側線があったが、現在本線のポイントは撤去され線路は切断されており、1986年10月の架線電圧1,500V昇圧まで運用されていたモハ5250形「丸窓電車」が保存されている。上田丸子電鉄時代からの駅舎が使用されており、当時の社紋が残る。駅舎には駅事務室・待合室があるほか、別所温泉観光協会・旅館組合観光案内所(営業時間は9:00〜17:00)が入居している。
かつては直営駅であったが、現在は別所温泉観光協会に窓口業務を委託する簡易委託駅となっている。窓口営業時間は9:00〜17:00)。駅業務を担当する観光協会の女性職員は「観光駅長」名義で和装制服の袴を着用して勤務している。駅長名義ではあるが一人ではない。また自動放送で別所温泉の案内などをしていた時期もあったが、現在は行われていない。自動券売機設置駅(2機)。(ウィキペディアより) -
このレトロ感が堪りません!
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出札窓口と改札口です。
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旧留置線には丸窓電車(モハ5250形)が展示されています。
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■丸窓電車
1928年5月に日本車輌製造でデナ200形201 - 203の3両が製造された。15m級3扉両運転台の丸屋根半鋼製車で、日本車輌製造が同時期に製造した類似車は高松琴平電気鉄道、一畑電気鉄道、京福電気鉄道、福井鉄道などにも在籍した。初期の半鋼製車であり、床下には木造車同様に台枠中央の垂下を防ぐターンバックル付きのトラスバーが組まれ、屋上にはお椀を伏せたような形のベンチレーターが載せられていた。(ウィキペディアより)
最大の特徴である楕円形の戸袋窓は、大正時代の木造電車を中心に少なからぬ類例が見られたが、多くの場合戦後の早い時期までに車両自体が廃車されるか、通常型の角窓に改造されるなどの措置で淘汰された。はるか後年(1980年代)までこの形態の窓を残していたのは、本形式以外には名鉄モ510形電車(1926年製)ぐらいで、非常に貴重な存在であった[1]。
新造時のデナ200という形式番号は1943年の上田丸子電鉄発足時もそのまま使用され、1950年の一斉改番でモハ5250形5251 - 5253となった。
集電装置は当初トロリーポールであったが、1945年にパンタグラフ化されている。しかしトラス棒などは撤去されずに最後まで残り、その他基本的な形状も1500V昇圧まで変わらず、昭和初期の雰囲気をよく留めていた。丸窓はこの車両のチャームポイントとして広く親しまれ、別所線の看板車両となっていた。また、鉄道友の会が制定したエバーグリーン賞において、本形式は第一回目の受賞形式となった。 -
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八木沢(やぎさわ)駅(別所温泉一つ手前の駅)です。
単式1面1線のホームを持つ地上駅。かつては駅員配置駅であったが現在は無人駅である。上田丸子電鉄時代からの駅待合室・トイレがある。近年、ホームが改修され段差がなくなった。自転車置き場が設置されているほか、地元住民により駅前植栽地(花壇)が整備されている。(ウィキペディアより) -
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■中塩田駅
単式1面1線のホームを持つ地上駅。 上田丸子電鉄時代からの駅舎が使用されており、当時の社紋が残る。かつては駅員が配置されており、当駅折り返しのダイヤも設定されていたが、現在は無人駅で、当駅発着便はない。元は対向式ホーム2面2線の駅で、列車交換が出来たが、現在は別所温泉方のポイントが撤去され、行き違いはできないようになっており、残った行き止まりのレール(対向式ホーム2面2線当時は上田方)上には保線用の車両が留置されている。現在ホームは駅本屋側(対向式ホーム2面2線当時は別所温泉方)のみとなっており、反対側旧ホーム(対向式ホーム2面2線当時は上田方)は屋根が撤去され、枕木などの資材が置かれている。2009年に駅舎が改修・整備され、再塗装が施されたほか、2012年にはホームも改修され電車との段差が無くなった。上田方の構内側線にも保線用の工事用車両が留置されている。(ウィキペディアより) -
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工事用の車両も東急からのお下がりです。
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■下之郷駅
島式1面2線のホームを持つ地上駅。当駅構内が上田電鉄の本社所在地となっているほか、車両基地・留置線・変電所があり、当駅を発着の列車が始発・最終を中心に設定されている。上田電鉄唯一の夜間滞泊設定駅である。ホーム上の駅舎は駅事務室と待合室からなっており、上田丸子電鉄時代からのものである。生島足島神社の最寄り駅であることから、外壁に朱塗りの柱と漆喰の壁を模した装飾塗装が施されており、建設当初の外観とは変わっている。
中間駅では唯一の駅員配置駅であるが西丸子線廃止後合理化で一旦は無人駅となっていた。しかし西丸子線を引き継いだバスの起点という事情から再び駅員が配置されたという珍しい経歴を持つ。車両基地が当駅に移転した後は駅員の他車両整備担当社員等も常駐している。
当駅から別所温泉方向には交換施設がないため、当駅から先は1列車のみ入れる。(ウィキペディアより) -
下之郷駅の出札窓口です。
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右側は車庫です。
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車庫線から留置線へ転線中の7200形です。
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1963年(昭和38年)に廃止された西丸子線のホーム跡です。
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■城下駅
相対式2面2線のホームを持つ地上駅。ホームの上田寄りにスロープ状の出入口があり、別所温泉方面ホームからは構内踏切を渡る。
600V→750V時代は上田寄りに駅舎があり駅員が切符を販売していたが、上田交通時代に合理化により駅員無配置となり、1500V昇圧後解体され完全な無人駅となっている。(ウィキペディアより) -
別所線の開業は1921年(大正10年)で、開業当時の始発駅は「三好町(現:城下)」でした。1924年(大正13年)に千曲川鉄橋が完成し上田駅に乗り入れるようになりました。
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千曲川鉄橋を渡ると画面左側が上田駅、右側が城下駅です。
別所線の奥に微かですが白く見えるのが長野新幹線のハープ橋です。
小生の生まれ故郷は、春は山菜、夏は鮎、秋は松茸、冬は野沢菜の漬物、一年を通し鯉料理などが食べられます。
温泉もありますので、ぜひご覧の皆さまには上田にお越しいただけたらと思います。
ご覧いただきましてありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (5)
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- エヌエヌさん 2018/09/30 19:54:36
- 7200系思い出しました。
- BTS様こんばんは!
自分が子供の国へ長津田から行く時は7200系でした。(#^.^#)
豊橋鉄道でも、大井川鉄道でも乗りました。
まぁ自分は7000系が一番すきでしたけど
あの赤の急行プレートがイカしてました。
丸窓懐かしいですね。
原物は見た事なのですが引退して早30年ですか。
- BTSさん からの返信 2018/10/01 08:24:26
- RE: 7200系思い出しました。
エヌエヌさまへ
おはようございます。
この度は、たくさんの旅行記をご覧いただきありがとうございます。
上田交通(現上田電鉄)初代丸窓電車(モハ5250形)は引退して30年が経ちました。私は上田に住んでいた時に乗りましたが、モーター音・揺れ・床のニス臭さは未だに忘れません。初代丸窓電車は今でも別所温泉駅構内に保存されています。ぜひ訪ねてみてください。
東急7000系・7200系は、車体がステンレス製でメンテナンス面でコストダウンができるため地方鉄道に人気があり、全国で活躍しています。私もどちらかと言えば7000系が好きです。
赤いサボ(行先標・種別表)は懐かしいですね。7000系が日比谷線へ乗り入れしていた時は車体側面のサボは「急行(赤色板)」と「日比谷線直通(青色板)」でした。
当初、こどもの国で使われていた7200系はステンレス製ではなくアルミ製でした。後に架線検測車に改造しました。
昭和30〜40年代に製造された車両には味があります。
地方で長く活躍して欲しいですね。
BTS
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- ほわほわわかな。さん 2018/05/20 13:04:29
- 上電。風情ありますね。
- こんにちわ。わかなです。
旅行記『上田交通 別所線2005』を拝見致しました。
上電、すごく趣きがありますね。上電は東急線で使われた車両のお下がり先というイメージがありました。いえ、悪いイメージではなく。東急もJRと同じく『コスト半分、寿命半分』的な車両導入スタイルをしてると思うんですよね。それゆえ、古い電車が見られる貴重な鉄道会社として気になっていたのです。
上田の町は残念ながらまだ足を運んだことがないのです。理由はJR東日本の『新幹線通ったら、在来線はポイ』という鉄道ファンには酷すぎる政策のせいでして。とにかく強制的に高速列車の使用を強いられるのが重荷です・・・長野県、行きづらくなったなぁと思います。18キップでも碓氷峠越えられなくなっちゃいましたし・・・
何はともあれ。東急系だけに今日明日に廃線ということもないでしょうけれど。見れるうちに見ておきたいなと思いました。いきなり3セクになって『観光客狙いで、無理やり盛り上げてますよ』になっても味気ないものがありますしね(苦笑)
- BTSさん からの返信 2018/05/20 14:39:32
- RE: 上電。風情ありますね。
わかなさまへ
こんにちは〜
『上田交通 別所線2005』をご覧いただきありがとうございます。
わかなさんから「上電」が出るとは…相当お詳しいですね。(驚き)
上田交通(現上田電鉄)の社名は数回変わっていて、上田温泉軌道→上田温泉電軌(上田温電)→上田電鉄(初代)→上田丸子電鉄(上田電鉄と丸子電鉄が合併)→上田交通→上田電鉄(上田交通から分社)と、なっています。
>上電、すごく趣きがありますね。
今でも数駅が開業当初の駅舎が残っています。(1921年:大正10年開業)
>上電は東急線で使われた車両のお下がり先というイメージがありました。
これには深い理由がありまして…
東急電鉄の創業者「五島慶太」は、上田市の隣り村にある小県郡(ちいさがたぐん)青木村の出身で、当時は青木村にも上田温電の線路が敷かれていました。(1938年:昭和13年廃止)その縁もあり、1958年(昭和33年)に東急電鉄のグループ会社となり、東急電鉄で活躍した車両が上田電鉄で走っています。
地方の鉄道会社では自社発注の新型車両(1両あたり1〜2億円)を導入するのは相当難しいので大手私鉄から安く車両を購入しています。今の車体はステンレスやアルミ製が多いので耐久年数は以前の鋼鉄製に比べ数倍あるかと思います。
>JR東日本の『新幹線通ったら、在来線はポイ』という鉄道ファンには酷すぎる政策のせい
わかなさんの想いに賛同します。
赤字路線についてはポイ(第三セクター転換)して美味しい部分は、引き続きJR東日本が経営するのはおかしな話しです。
確かに新幹線が開通することにより経済効果はありますが、反面、通勤や通学の足となる在来線は第三セクターに転換されJRよりも割高な運賃を支払わなけれなりません。
北陸新幹線が開業し信越本線は分断してしまいました。
横川駅→軽井沢駅は「JR関東バス」、軽井沢駅→篠ノ井駅と長野駅→妙高高原駅までは「しなの鉄道」になってしまい個人的には寂しい限りです。
青春18きっぷで東京から軽井沢を経由して上田へ行く場合は、一部区間別途運賃を支払なければなりませんが、ぜひ上田電鉄へ乗りに来てください。
実は昨日上田電鉄・別所線に乗ってきました。
旅行記は6月中旬頃を予定しています。
BTS
- ほわほわわかな。さん からの返信 2018/05/20 16:42:16
- RE: RE: 上電。風情ありますね。
- わかなです。お返事ありがとうございます。
『上電』、なんだか響きがよくって、好んで使わせていただいております。私がレトロ好きであるがゆえかも知れません。リアルタイムの美空ひばりさんを知らなくても、敬愛を込めて『お嬢』と呼ぶようなカンジでしょうか。さすがに山手線の電車を見て、『国電』とは言いませんけれど(笑)
でも検索で『上電』って打ち込むと、群馬の上信電鉄が出てきちゃうんですよね。上田のほうが先に出来た会社なのに・・・(´・ω・`)
上電がいまだに現役なのは、五島さんの力もあったのかなと思います。東急に傘下入りさせたのもそうですけれど、青木村は五島さんの故郷。損得は抜きにして、是非とも地元を守りたいとの気持ちがあったのではないかなぁと。日本の鉄道王とも称される五島氏。ましてそれが地元企業なら、何がなんでもと。例え無理でも、それならばと手段を選ばないで突進したかも知れません。何しろ旧西武の堤さんとたびたび比較にされるほどの方ですし(笑)
JR東日本は東海と違って美味しいとこ取りできなかったせいで、新幹線通して在来線をバッタバッタと切り倒していますね。東海は『倒壊』などと揶揄されることもありますが、この頃では東日本のほうがなんかえげつない・・・
企業としては利益追求の点から見れば是なのでしょうが、国策としては(民営化されたといっても倒産は国がさせない企業)どうなの?という印象です。ストロー効果で地方を潰す気なのでしょうか><
上田にご旅行されたとのこと。これはまた絶妙のタイミングでした。旅行記、今から楽しみです。
わかな。
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