2014/11/04 - 2014/11/04
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haichaoluさん
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圓明園路は外灘の1本西の通りで、旧英国領事館の裏手になります。
英国租界時代に建設された多くの歴史的建造物が当時のままの姿で再現されていました。
人民広場から南京東路を東に進むと外灘の「中山東一路」に出ますが、そこを左に曲がり2本目の道が南京東路で、
そこを更に左に曲がると右手にペニンシュラーホテルがあります。
その交差点が圓明園路と北京東路の交差点です。
今回はここを右折し遊歩道となった通りを歩いてみましょう。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
外灘から北京東路を左折して、最初の交差点が圓明園路と北京東路の交差点です。
ここを右折します。 -
圓明園路に入って北京東路を見た風景。左手がペニンシュラーホテルです。
「圓明園」は北京にある清代に造営された有名な離宮公園ですが、1860年の第2次アヘン戦争で進行してきた英仏軍に完全に破壊され放置されていました。
今は徐々に復元されているとのことです。
さて、「圓明園」の名前を持った通りですが、以前は外灘ツアーのバスの駐車場となっており、観光客も振り向かない大勢の住民が住んでいる埃っぽい古いビルが並んでいました。
外灘源には14棟の歴史建築があり、改修されさながら「万国建築博覧会」の様相を示しています。 -
旧「安倍洋行」ビル
交差点を右(北)に折れ、最初に左手にある建物で、ちょうどペニンシュラー・ホテルの西正面になります。
「安倍洋行」の記録は見つけられませんが、名前から英国の貿易商社だったのでしょうか。
「万国建築博覧会」の第一位ですが、3-4階にはレストランが入居予定だそうです。
今この通りは結婚写真のロケ地で人気です。天気の良い日は大勢のウエディングドレスの花嫁とタキシードの花婿がカメラマンの注文にポーズをとっています。 -
赤煉瓦の建物は外灘の洋館では「第二世代」の工法になります。
第一世代は上海が開港された1840年代以降の木造2階建て。
英国領事館は上海に残る近代建築の第一世代の貴重な建物です。
第二世代は木造柱に煉瓦を使った混合工法で4-5階建てが可能だったようです。
第三世代は1920−30年代から多用された鉄筋コンクリート造りの高層ビルで、ニューヨークの摩天楼に代表される新工法になります。 -
円柱形の塔を両側に持った左右対称のデザイン。
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1階ではすでに喫茶店が開業しています。
-
優秀歴史建築を誇るエンブレム。
1907年の竣工となっています。
このエンブレムは上海市が提供したものではなく、開発者側が統一して作ったもののようです。 -
2番目はお隣(北)の旧「圓明園公寓」。
「公寓」の名前から住宅だったと思われます。
旧「安倍洋行」ビルより小ぶりですが、2つの建物は年代的にも工法的にも調和がとれています。
当時いくつかの企業がまとめて借り入居していたそうですが、ドイツの大きな化学品商社も借りていたそうです。 -
正面入り口の他に左右対象の入口があり、上部はテラスになっています。
テラスがあるのはスイートルームでしょうか、何とも優美な佇まいですね。 -
正面の壁の一部はセメントが塗られています。
セメントの歴史は古く9000年前の遺跡にもみられるそうですが、
現代の高品質のセメントが発明され、特許が取られたのが1824年です。
当時としては高価で最先端だったのでしょうね。 -
上海最初の英国式マンション
玄関上に「APARTMENTS」の文字が読み取れますが、資料では上海最初の英国式マンションだったそうです。 -
優秀歴史建築のエンブレム
「安倍洋行」ビルよりも古い1904年の竣工です。
当時の典型的な「アンナ女王ルネサンス風格」の建築様式だそうです。
「上海租界の始まり「外灘源」(3)圓明園路の歴史的建築群」に続く。
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