2014/11/23 - 2014/11/23
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地酒大好きさん
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今日は鈴鹿北部の三国岳(922m)に登るつもりで早朝に家を出ました。紅葉前線はかなり下がってきていて、しかも紅葉最後のシーズンなので、積雪を見る前に登っておこうと思ったからです。
ここには2007年12月に最後に登ったままで、昨年12月にも挑戦したのですが積雪が多くて退却しました。7年ぶりの挑戦です。低山ですが登山道は荒れていて倒木も多く、道標もほとんどないためルートファインディング(道を探すこと)が難しい山です。三国岳の名前の由来は、岐阜・滋賀・三重の三県の県境にある山だからです。登山口がある大垣市上石津町(旧養老郡上石津町)の時山(ときやま)集落に着いたのは午前8時過ぎ。駐車場にはすでに4台の車がとまっていて、登山者は出発した後です。たまたま通りかかった地元の高齢女性の話では、自分も若い時に一度だけ登ったことがあるが苦しかった思い出しかないのでそれ以来登るのはこりごりとのことでした。この時山集落より奥は1970年代に全部廃村になり、ここ時山も高齢者しか見ませんでした。8時半ちょうどに出発。集落から登山道に入る道にはフェンスが作られていました。シカの食害が多いので集落全体をフェンスで囲ったとのことです。
何度も谷を渡り返すのですが、着いた時には小雨が降っていて、谷の岩も濡れていました。そのため、岩に乗ると滑って危険です。何度も何度も谷を渡ります。すると男性3人組に会いました。彼らも三国岳に登るそうです。彼らを抜いて飛ばしていくと、早い時刻に出発したという10数名の男女グループに追いつきました。リーダーの男性を始め、全員が60代~70代のようで元気です。大声でわいわい話しながら歩いています。このグループも抜き去りました。今日の登山者はこの3グループだけで、あまり人気のない山です。放棄されたワサビ田跡に出ました。これは1970年代に作られたようで、山中深い場所にあるためか、高齢者にはアプローチが難しく放棄されたようです。7年前と比べるとかなり朽ちてきています。先の集落の女性の話では、登山者や登山者のふりをして大きなリュックを担いだ人がせっかく育てたワサビをごっそり取っていってしまって栽培農家の収入にはならなかったようです。里山の近くにある山のため、昔は炭焼きが盛んだったようで、炭焼き窯がたくさん残っています。ほとんどが朽ちつつあります。
登る人が少ないため、道標がなく、古い赤いテープが木に巻いてあるのが唯一の目印ですが、それも木が枯れて地面に落ちていたり、色がはげてきて目立たなくなっているため、道によく迷います。周囲をよく見てテープを探しながら行きつ戻りつしながら進みます。ついに目印を見失い、しかたなく尾根を目指して急斜面を登ることにしました。ほぼ垂直の斜面で、立つとずるずると滑り落ちるので、四つん這いになって慎重に登りました。200mぐらいの斜面を苦労して登り詰めると支尾根に出ます。登ってきた斜面を見下ろすとぞっとするぐらい高いところを登ってきたようです。さてその支尾根をまた頂上に向かって歩くのですが、ここも急斜面でアキレス腱が痛くなってきます。こんなだれも歩かない場所にも炭焼き窯跡がありました。昔はこんな条件の悪い場所でも炭を焼いていたようで驚きでした。当時は男も女も1俵60kgの炭をひとりで2俵ずつ担いで下まで運んだようです。こんな山中で生活をしながら毎日木を切って炭を焼いていた人たちの苦労をしのびながら、汗を流して登り続けました。シカの糞をたくさん見ました。登り詰めたのは三国岳と隣の烏帽子岳(えぼしだけ)を結ぶ縦走路でした。そこからしばらく急登して三国岳頂上に着いたのは登山を開始して2時間15分後でした。まだだれも登ってきていないので、わたしが一番乗りでした。
まだ時間が早いので隣の烏帽子岳(872m)まで縦走することに決定。下り始めるとやっと三国岳に男性3人組が登ってきました。縦走路に入ると吹きっさらしの北風が冷たく、休憩すると寒いので歩き続けます。途中から見る烏帽子岳はかなり遠く見えます。ガイドブックでは2時間ぐらいかかる縦走路ですが、1時間半ちょうどで着きました。起伏が多く結構疲れました。烏帽子岳頂上でランチです。風が当たらない南斜面はポカポカと太陽が照って暑いくらいです。だれもいない静かな山です。ウソの声がいくつか聞こえてきます。今日初めて聞く鳥の声です。北に見える霊仙山(りょうぜんさん)はうっすらと雪をかぶっています。20分ぐらいのんびりしてまた時山集落に向かって下山を始めます。そこへ例の男性3人組も現れて烏帽子岳に登るそうです。下山は短調な道で、かなり急です。午後1時台ですが、日が山の陰になり夕方のような薄暗さです。途中周りの山を見るとちょうど紅葉の真っ盛りで、まさに錦繍の趣です。時山集落に着くと、まだ日が高くその明るさに驚きました。山中と下界の違いが歴然でした。駐車場は川のすぐ横にあるのですが、川からカワガラスのビビという声が聞こえてきたのでそっと覗いてみると2羽のカワガラスがいました。カメラを準備している間に逃げられてしまいましたが。とまっている車の数は朝のままでしたから、わたしが一番先に下りてきたようです。
秋の山の紅葉もこれで最後です。あとはしばらくすると降雪が始まり、山は雪山に変わります。しばらく鈴鹿の登山はおあずけです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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登山口がある岐阜県大垣市上石津町時山の集落は全体がシカよけのフェンスで囲われています。
この道が登山道入口ですが、このフェンスを開けて山に入ります。
実はこの写真の右にはサンヤとよばれる民俗学的にも興味がある火葬場跡があります。以前は建物がありましたが、今では平地だけとなっています。 -
里山に近い山のため、登山道沿いにはたくさんの炭焼き窯跡があります。ほとんどが朽ちつつあります。
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1970年代に築かれたワサビ栽培用のワサビ田跡です。
山中深い場所にあり、大雨などで登山道が崩れるとここにたどり着くのも大変な仕事です。毎日のように来る農家の人たちには大きな負担だったと推測されます。
また、登山者や登山者を装ったよそ者がリュックに詰めて持ち帰ったことも多く、栽培農家のやる気を奪ったそうです。 -
この山は登る人が少ないため、道標などはほとんどなく、古いテープを目印に登ります。それでも目印を見失ったため、わたしは尾根を目指して急斜面を這いつくばるようにして登りました。これは、その急斜面を上の尾根から見下ろした写真です。急斜面であることがわかりづらいですね。こんなところを登った人は人類史上わたしが初めてでは?
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急斜面を上り詰め、尾根に出ました。その尾根も急です。そんなところにあった炭焼き窯跡です。こんなところにも1960年代までは人が生活して毎日木を切り炭を焼いていたのですね。焼き上がった炭を60kg入の俵に詰めて一人2俵ずつ担いで下界まで運んだそうです。男も女も同じように重い炭を運び出したようです。これが当時の数少ない現金収入の方法の一つでした。
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2時間15分かかって登った三国岳頂上です。まだだれも登ってきていません。
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三国岳だけで下山するのはもったいないので、北東に見える烏帽子岳まで縦走することにしました。
これはその縦走路から見た烏帽子岳です。中央の小高い山を越えて、右奥に見える高い山が烏帽子岳です。さいわい晴天で、北に見える霊仙山(りょうぜんざん)はうっすらと雪を被っていました。(霊仙山は写真には写っていません。) -
起伏の激しい縦走路を詰めると烏帽子岳に着きます。だれもいない不人気の山ですが、その分静かです。
冬鳥のウソの声があちこちから聞こえてきました。
頂上南側斜面には日が当たってぽかぽか陽気です。ここでランチを摂りました。 -
烏帽子岳から直接、時山集落に下ります。その途中から見た周りの山の錦繍の素晴らしさ。紅葉前線は下界にまで下りてきています。
これが済むと、雪が降り始め、鈴鹿の山は冬山に変わります。
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