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昨日までの強い風が収まり、秋晴れの真っ青な空に促されて、中島知久平邸(太田市指定重要文化財)を訪れました。<br /><br />中島知久平は、中島飛行機?の創設者で、三菱と並んで数多くの飛行機を開発・生産し送り出しました。<br />この屋敷は、昭和5年(1930年)に、中島知久平が両親のために建てたもので、敷地面積は10,000?超えるそうです。<br />大阪城復興天守(昭和6年)の建設費が約47万円だった同じ頃に、約100万円の建設費がかかったそうです。<br />戦後米軍が使用していましたが、返還後は使用される期間もあったようですが、15年前からは空き家になっていました。<br />10年ほど経て太田市の所有になり、文化財に指定されて、耐震補強や外構整備などが順次施されてきました。<br />今年の6月に地域交流センターとして部分公開が始まりました。(太田市のパンフレットによる)

中島知久平邸(群馬県・太田市)_2014・秋

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2014/11/14 - 2014/11/14

365位(同エリア605件中)

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minaMicaze

minaMicazeさん

昨日までの強い風が収まり、秋晴れの真っ青な空に促されて、中島知久平邸(太田市指定重要文化財)を訪れました。

中島知久平は、中島飛行機?の創設者で、三菱と並んで数多くの飛行機を開発・生産し送り出しました。
この屋敷は、昭和5年(1930年)に、中島知久平が両親のために建てたもので、敷地面積は10,000?超えるそうです。
大阪城復興天守(昭和6年)の建設費が約47万円だった同じ頃に、約100万円の建設費がかかったそうです。
戦後米軍が使用していましたが、返還後は使用される期間もあったようですが、15年前からは空き家になっていました。
10年ほど経て太田市の所有になり、文化財に指定されて、耐震補強や外構整備などが順次施されてきました。
今年の6月に地域交流センターとして部分公開が始まりました。(太田市のパンフレットによる)

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
同行者
一人旅
交通手段
自家用車 徒歩
  • 中島知久平邸は、太田市の南端、利根川の左岸の土手のすぐ北側にあります。<br />埼玉県側からの場合は、国道407号を北上して、利根川に架かる&quot;刀水橋&quot;を渡ったらすぐ左折して土手の上の道を西(上流方向)へ進みます。<br />2kmほど進むとY字路があるので右方向(土手下方向)へ進みます。<br />道なりに2kmほど進むと、中島邸が見えてきます。<br /><br />写真は、東側からの全景です。

    中島知久平邸は、太田市の南端、利根川の左岸の土手のすぐ北側にあります。
    埼玉県側からの場合は、国道407号を北上して、利根川に架かる"刀水橋"を渡ったらすぐ左折して土手の上の道を西(上流方向)へ進みます。
    2kmほど進むとY字路があるので右方向(土手下方向)へ進みます。
    道なりに2kmほど進むと、中島邸が見えてきます。

    写真は、東側からの全景です。

  • 道路沿いの塀の向こう側(西端)に「中島知久平邸」の案内看板がありますので、左折してください。

    道路沿いの塀の向こう側(西端)に「中島知久平邸」の案内看板がありますので、左折してください。

  • 同じ場所を反対側から見ています。<br />右側、道路沿いが中島邸の北側の塀です。

    同じ場所を反対側から見ています。
    右側、道路沿いが中島邸の北側の塀です。

  • 西側から見た中島邸です。

    西側から見た中島邸です。

  • 中島邸の南側を、西から見ています。<br /><br />右に見えるのが、利根川の土手です。<br />土手に対しては比較的低いことが分かります。

    中島邸の南側を、西から見ています。

    右に見えるのが、利根川の土手です。
    土手に対しては比較的低いことが分かります。

  • 南側から見た中島邸の全景です。

    南側から見た中島邸の全景です。

  • 中島邸の西側にある駐車場(無料)です。<br />ホームペ^ジによると40台とめられます。<br /><br />中央の建物は、中島邸公開に合わせて(?)作られたトイレです。

    中島邸の西側にある駐車場(無料)です。
    ホームペ^ジによると40台とめられます。

    中央の建物は、中島邸公開に合わせて(?)作られたトイレです。

  • 中島邸の出入り口は西側にあります。<br />駐車場の相向かいです。

    中島邸の出入り口は西側にあります。
    駐車場の相向かいです。

  • 右側が表門、左側は門衛所です。

    右側が表門、左側は門衛所です。

  • 表門です。

    表門です。

  • 中島邸の敷地は、おおよそ100m×100m、約1万?です。<br />図の右上、黄緑色の部分は非公開(立入禁止)です。<br /><br />建屋は、図の黄色部分のみ公開されています。<br />その他の部分は、中庭を含めて立ち入ることはできませんが、南側の客間と東側の仏間と両親居間は外から見られます。

    中島邸の敷地は、おおよそ100m×100m、約1万?です。
    図の右上、黄緑色の部分は非公開(立入禁止)です。

    建屋は、図の黄色部分のみ公開されています。
    その他の部分は、中庭を含めて立ち入ることはできませんが、南側の客間と東側の仏間と両親居間は外から見られます。

  • 表門から敷地内を見ると、正面に事務室、右に玄関(車寄せ)が見えます。

    表門から敷地内を見ると、正面に事務室、右に玄関(車寄せ)が見えます。

  • 表門を入って見た、建屋西側のほぼ全景です。

    表門を入って見た、建屋西側のほぼ全景です。

  • 南西側から見た中島邸です。<br />玄関の右が応接間1、その右が応接間2です。

    南西側から見た中島邸です。
    玄関の右が応接間1、その右が応接間2です。

  • 玄関(車寄せ)です。<br /><br />車寄せは、白御影石の四半敷、柱下には御影石の礎盤を据えています。(説明板より)

    玄関(車寄せ)です。

    車寄せは、白御影石の四半敷、柱下には御影石の礎盤を据えています。(説明板より)

  • 車寄せの天井です。<br /><br />軒は二軒疎垂木で、そのまま茨垂木を天井に現しています。<br />四周に家紋の彫物を施した蟇股を配し、さらに車寄正面と玄関正面に若葉の彫物を施した虹梁を架け、笈形付大瓶束をのせています。(説明板より)

    車寄せの天井です。

    軒は二軒疎垂木で、そのまま茨垂木を天井に現しています。
    四周に家紋の彫物を施した蟇股を配し、さらに車寄正面と玄関正面に若葉の彫物を施した虹梁を架け、笈形付大瓶束をのせています。(説明板より)

  • 玄関の天井です。<br /><br />天井は鏡板貼で、小壁は漆喰仕上げです。側面の腰板は堅羽目、無双窓の内側には、引き違いガラス窓を取り付けています。(説明板より)

    玄関の天井です。

    天井は鏡板貼で、小壁は漆喰仕上げです。側面の腰板は堅羽目、無双窓の内側には、引き違いガラス窓を取り付けています。(説明板より)

  • 南側から見た車寄せです。

    南側から見た車寄せです。

  • 南側から見た中島邸です。<br />表門から入った西側のエリアからは、写真の左に見える塀で仕切られています。<br />左に見える門で行き来します。<br /><br />この南側の庭は(パンフレットによれば)約3000?とのことですので、幅が約100m、奥行きが約30mということですね。

    南側から見た中島邸です。
    表門から入った西側のエリアからは、写真の左に見える塀で仕切られています。
    左に見える門で行き来します。

    この南側の庭は(パンフレットによれば)約3000?とのことですので、幅が約100m、奥行きが約30mということですね。

  • 中央は、応接間2の南面、小さな出入口は廊下に直結しています。<br /><br />ここ(出入り口の手前側)には、戦後増築されたバーとダンスホールがありましたが、3年前に解体撤去されました。(パンフレットより)

    中央は、応接間2の南面、小さな出入口は廊下に直結しています。

    ここ(出入り口の手前側)には、戦後増築されたバーとダンスホールがありましたが、3年前に解体撤去されました。(パンフレットより)

  • 南の庭に面した建屋は、客間です。

    南の庭に面した建屋は、客間です。

  • 西のエリアと南の庭を仕切っている塀です。

    西のエリアと南の庭を仕切っている塀です。

  • 北東側から見た客間です。

    北東側から見た客間です。

  • 南東側から見た客間です。

    南東側から見た客間です。

  • 客間の中を南側から見ています。<br />客間は東西2間に分かれています。<br /><br />敷いてある絨毯は、応接間1で使われていたもの、とあります。

    客間の中を南側から見ています。
    客間は東西2間に分かれています。

    敷いてある絨毯は、応接間1で使われていたもの、とあります。

  • 南側の客間です。

    南側の客間です。

  • 客間の南西角の廊下の天井です。

    客間の南西角の廊下の天井です。

  • 客間の南側の廊下です。

    客間の南側の廊下です。

  • 西側の客間と天井です。

    西側の客間と天井です。

  • 西側の客間です。<br />正面の襖の、下から3分の1付近にある”シミ”は、昭和22年9月のカスリン台風による洪水で床上浸水したときにできたものです。(パンフレットより)

    西側の客間です。
    正面の襖の、下から3分の1付近にある”シミ”は、昭和22年9月のカスリン台風による洪水で床上浸水したときにできたものです。(パンフレットより)

  • 東側の客間です。<br />洪水の”シミ”はこちらにもあります。

    東側の客間です。
    洪水の”シミ”はこちらにもあります。

  • 客間の廊下を、北側から見ています。

    客間の廊下を、北側から見ています。

  • 客間の北側にある建屋は居間です。<br />1階は知久平の両親、2階は知久平の部屋だったそうです。

    客間の北側にある建屋は居間です。
    1階は知久平の両親、2階は知久平の部屋だったそうです。

  • 北東側から見た居間です。

    イチオシ

    北東側から見た居間です。

  • 居間の1階の南側の部屋は、仏間です。(パンフレットより)<br />応接間用の椅子は、応接間で使われていたものだと思います。

    居間の1階の南側の部屋は、仏間です。(パンフレットより)
    応接間用の椅子は、応接間で使われていたものだと思います。

  • 居間の1階の北側の部屋は、両親用の居間です。(パンフレットより)<br />このソファーも応接間で使われていたものでしょう。<br />隣の部屋との間の欄間は外されています。

    居間の1階の北側の部屋は、両親用の居間です。(パンフレットより)
    このソファーも応接間で使われていたものでしょう。
    隣の部屋との間の欄間は外されています。

  • 居間の北側には、蔵があります。<br />この中も非公開です。

    居間の北側には、蔵があります。
    この中も非公開です。

  • 居間と蔵を、北東側から見ています。

    居間と蔵を、北東側から見ています。

  • 客間(左)と居間(右)を繋ぐ渡り廊下の下に、中庭への出入り口があります。<br />中庭は非公開なので、ここは立ち入りできません。

    客間(左)と居間(右)を繋ぐ渡り廊下の下に、中庭への出入り口があります。
    中庭は非公開なので、ここは立ち入りできません。

  • 南側の出入り口から、屋敷の中に入ります。

    南側の出入り口から、屋敷の中に入ります。

  • 南側の出入り口から、南側の庭を見ています。<br />塀の向こう側に見えるのは、利根川の土手(の上部)です。

    南側の出入り口から、南側の庭を見ています。
    塀の向こう側に見えるのは、利根川の土手(の上部)です。

  • 南側の出入り口から、廊下を見ています。<br />左側が応接間、右側が中庭です。

    南側の出入り口から、廊下を見ています。
    左側が応接間、右側が中庭です。

  • 応接間2です。

    応接間2です。

  • 応接間2の天井です。

    応接間2の天井です。

  • 応接間2から、応接間1を見ています。<br />応接間1の向こう側が、広間(玄関を入ったところの部屋)です。

    応接間2から、応接間1を見ています。
    応接間1の向こう側が、広間(玄関を入ったところの部屋)です。

  • 応接間2の天井です。

    応接間2の天井です。

  • 応接間1の暖炉です。

    応接間1の暖炉です。

  • 応接間1のだんろのヒーターです。

    応接間1のだんろのヒーターです。

  • 応接間2から、応接間1を見ています。<br />左側の窓の外が、西側のエリアです。。

    応接間2から、応接間1を見ています。
    左側の窓の外が、西側のエリアです。。

  • 広間です。<br />左側が玄関、右側が廊下です。<br />正面の壁の向こう側は、管理スタッフの事務所です。<br />パンフレットや関連書籍を販売しています。<br />説明していただきたい方は、ここでスタッフに声をかけてください。

    広間です。
    左側が玄関、右側が廊下です。
    正面の壁の向こう側は、管理スタッフの事務所です。
    パンフレットや関連書籍を販売しています。
    説明していただきたい方は、ここでスタッフに声をかけてください。

  • 広間の天井です。<br />格子の交差部分の木組みが、互い違いになっています。

    広間の天井です。
    格子の交差部分の木組みが、互い違いになっています。

  • 広間の壁です。

    広間の壁です。

  • 広間側から応接間を見ています。<br />手前が応接間1、向こう側が応接間2です。

    広間側から応接間を見ています。
    手前が応接間1、向こう側が応接間2です。

  • 応接間1のステンドグラスです。(東側:廊下側)

    応接間1のステンドグラスです。(東側:廊下側)

  • 応接間1のステンドグラスです。(北側:広間側)

    応接間1のステンドグラスです。(北側:広間側)

  • 応接間1のステンドグラスです。(西側)

    応接間1のステンドグラスです。(西側)

  • 応接間1のステンドグラスです。(西側)

    応接間1のステンドグラスです。(西側)

  • 応接間2のステンドグラスです。(東側;廊下側)

    応接間2のステンドグラスです。(東側;廊下側)

  • 応接間2のステンドグラスです。(南側)

    応接間2のステンドグラスです。(南側)

  • 応接間2のステンドグラスです。(西側)

    応接間2のステンドグラスです。(西側)

  • 廊下の窓から見た中庭です。<br />正面の1階は仏間、2階は知久平の部屋です。(パンフレットによる)

    廊下の窓から見た中庭です。
    正面の1階は仏間、2階は知久平の部屋です。(パンフレットによる)

  • 廊下の窓から見た中庭です。(上の写真の右側)<br />正面は、居間がある建屋です。(パンフレットによる)

    廊下の窓から見た中庭です。(上の写真の右側)
    正面は、居間がある建屋です。(パンフレットによる)

  • 左側は、茶の間や食堂がある建屋です。

    左側は、茶の間や食堂がある建屋です。

  • 西側エリア、車寄せから北方向を見ています。<br />左が表門方向です。

    西側エリア、車寄せから北方向を見ています。
    左が表門方向です。

  • 西側エリア、車寄せから南方向を見ています。<br />塀の向こう側が、南の庭です。

    西側エリア、車寄せから南方向を見ています。
    塀の向こう側が、南の庭です。

  • 車寄せから見た応接間です。

    車寄せから見た応接間です。

  • 西側エリアから見た応接間です。

    西側エリアから見た応接間です。

  • 内側から見た表門です。<br />門の向こう側が門衛所です。

    内側から見た表門です。
    門の向こう側が門衛所です。

  • 玄関(車寄せ)です。

    玄関(車寄せ)です。

  • 敷地内樹T側にあるお社です。<br />パンフレットには”屋敷神社殿”と紹介されています。

    敷地内樹T側にあるお社です。
    パンフレットには”屋敷神社殿”と紹介されています。

  • 中央が内玄関、左側が書生部屋、右側が事務室です・(パンフレットによる)

    中央が内玄関、左側が書生部屋、右側が事務室です・(パンフレットによる)

  • 屋敷の北面です。<br />左の柵の向こう側は立ち入り禁止区域です。

    屋敷の北面です。
    左の柵の向こう側は立ち入り禁止区域です。

  • 敷地内の北西から東方向を見ています。

    敷地内の北西から東方向を見ています。

  • 敷地内の北西から南方向を見ています。

    敷地内の北西から南方向を見ています。

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