2014/09/29 - 2014/09/30
76位(同エリア174件中)
natto9さん
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何十回も行っているアメリカ、だがいつもパッチワークのように飛び飛びで、しかも同じ所が多かった。そこでこの際、西から南、そして東へ・・とバスと鉄道で7500キロを走破し、アメリカ合衆国への旅の締めとすることにした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- ユナイテッド航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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ヒューストン
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ヒューストンのダウンタウンにあるテキサス人の球場。ミニッツメイド・パーク。
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ホームランが出ると、この球場の外野のまわりを小さな機関車ミニッツメイド号が走る仕掛けがしてある・・とか。5回のインターバルには「野球場に連れてって」の後に ♪‘Deep in the heart of Texas’♪を全員で熱唱、テキサス人に愛されてるチームの球場。
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ジョンソン宇宙センター
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ジェミニ5号の実機。8日間の地球周回飛行をした。
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Tram Tour。残念! ちょうど満員で次のツアーに参加を余儀なくされ、30分の無駄な時間が過ぎてしまった。ツアーは90分。
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Mission Control Center。ここから宇宙船や飛行士に指示を与えていた。意外と狭い場所だったんだ・・というのが感想。
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ロケットパークで Saturn V の展示されているのを見る。
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右のアメリカの国旗は月へ二度往復したもの。
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ジェミニ5号から屋外に出た宇宙飛行士を映像で見る。
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ポンチャート・レーン。40kmもあり、ルイ14世(伯爵)の名にちなんでつけられたように、この地域はフランスの影響が大で、地名の数々からも読み取れる。
かっては湖の湾にそって道路が走り、車は二時間余をかけ迂回していたが、今では30分ほどでこの橋を利用し、街へ出られる。街へ行く往路だけ通行料($3)がかかるが、復路は無料。 -
Lake Charles。
ミシシッピー川はこの州の北から南まで300kmにわたり流れている。 -
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夕食はホテルへ入る前に、Lake Charles 近くの豪華な Casino Hotel「L'auberge」 で、Buffet Style。 ここはカニが人気だとか・・だか Roast beef もなかなかのものであった。
メンバーの一人は「待ってました」とばかりに、お皿に蟹を山盛り。その勢いに寧ろ「唖然」とした。 -
余りに品数が多く、品質も絶品で、時間が足りないのが心残り。加えて・・・車内での時間が多すぎて、あまりお腹がすいていなかったことが残念。
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ガンボ・スープだったかなあ・・・お米が入っていて・・・でもちょっとしょっぱすぎ。
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このホテルは枕が4つ。前の二つは柔らかく、残りは硬く、好みによって使い分けてください・・と説明書きがあった。 至れり尽くせり!
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それにしてもベッドが高く、背の低い人はよじ登る感覚だ。勿論、それにはいろいろ理由があるんだけれど・・・ね。
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このホテルには、どこにもないスタイルの Dining room で、まるでラウンジルームのような感じ。好きな所に座り 話しながら・・くつろいで朝食。
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始めて墓地を見た。 まだ土葬の所もあるようだ。
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干潟
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サベイン川をわたり、テキサス州からルイジアナ州へ入る。
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オークアレイプランテーション。この地域には sugar cane の大農場主がたくさんの黒人奴隷を使って、ある時期まで繁栄を誇っていたところ。
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当時の暮らしぶりを見る前にまず、腹ごしらえ。
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当時 この地で働いていた黒人の孫やひ孫などがいまでは観光業の一役を担っていた。
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朝5時から働いていた彼女が、waitress として、われわれに接待をしてくれていた。
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Oak Alley Plantation、当時の家族の服装。
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当時の人はかなり身長が短く、ベッドも従って短い。
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アフリカの奴隷の価格表:2歳の女の子が1500ドルであったり、40をすぎたアフリカン・ニグロが500ドルであったり・・・。
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ハエや蚊を捕るガラス瓶。匂いにつられ下から中に入ると・・もう出られない仕掛け。
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奴隷の家。当然、夜は鎖につながれていた。
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ミシシッピー川。ハリケーン・カトリーヌの時はこの川が氾濫した。
セントルイスの8割は水没し、ポンチャートレイン湖沿岸の高級住宅地は壊滅的な被害を受けた。それ以来米国の防災設備の不足が叫ばれ、100年の災害からも守れるという大規模な事業が国策として着手された。 -
ニューオーリンズの町で、最も歴史があり有名な地区。
ヴュー・カレ (Vieux Carré、フランス語で「古き街-Old Square」の意) としても知られる。一般的に「The Quarter」と呼ばれる。 -
多くの建物は、ニューオーリンズがアメリカ合衆国に属する前のフランス植民地時代やスペイン植民地時代のものである。19世紀後期から20世紀初期の建物もある。1920年代からフレンチ・クオーターの建築の保護が法定化された。
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ニューオーリンズ大聖堂。この界隈には絵画を売っている画商や、ジャズを演奏している黒人が多い。
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今夕の食事は木々が心地よい日陰を作ってくれるそんな屋外のレストランで・・ということであったが、結構暑かった。
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レストランから歩いて10分くらいで、夜の街の場末のバーで、ブルースを聞き、南部の黒人の文化に触れる。
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外を歩く人も音楽に誘われ、足を止め・・・ついでにスマホなどで動画を撮っていたので、このトランペット奏者はうるさいくらい「撮るな」と警告をしていた。
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この歓楽街にいたほとんどは観光客だが・・ひとたびナニカが起これば・・・ややこしい町に変貌するであろうなあ。
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僕も入れて写して・・・「ハイ10ドル!」
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葬儀場
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