2014/06/12 - 2014/06/12
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junemayさん
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個人旅行は何度も経験済みですが、海外の一人旅は久々。友人からフランスのトゥールーズから1時間位の距離にあるロット川のクルーズに誘われたのをきっかけに、その前後にイタリア、スペインを旅しようと計画したのが今回のたび。どこを歩くかは余り深く考えないで、大雑把な計画と宿泊先だけを決めていざ出陣です。スーツケースをなるべく持たなくて良いよう、駅近の安いホテルにこだわりました。ガイドブックも必要な分だけコピーして、途中で捨てられるよう準備。衣類も最低限に抑えたつもりでしたが、旅行中毎日快晴に恵まれたため、結果的には無駄な衣類が随分と出ました。昼はともかく、夜一人でレストランに入る勇気がないため、簡易クッカーを購入。スーパーで購入した食料で自炊もしました。好きな場所に好きなだけいたいという希望が叶った1ヶ月のたびとなりました。
日程表
6月3日(火) 羽田→フランクフルト→ベネチア
6月4日(水) ベネチア
6月5日(木) ベネチア
6月6日(金) ベネチア→フレンツェ
6月7日(土) フィレンツェ→シエナ→サンジミニャーノ→フィレンツェ
6月8日(日) フィレンツェ
6月9日(月) フィレンツェ
6月10日(火) フィレンツェ→ルッカ→ピサ→ラスペチア
6月11日(水) ラスペチア→チンクエテッレ→ラスペチア→ポルトベーネレ→ラスペチア
6月12日(木) ラスペチア→サンレモ
6月13日(金) サンレモ→ベンティミッリヤ→サンレモ
6月14日(土) サンレモ→ニース→トゥールーズ
6月15日(日) トゥールーズ→アルビ→コルドシュルシエル→アルビ近郊
6月16日(月) アルビ近郊→カオール→船旅開始(Le Lot)
6月17日(火) 船中泊(Le Lot)
6月18日(水) 船中泊(Le Lot)
6月19日(木) 船中泊(Le Lot)
6月20日(金) 船中泊(Le Lot)
6月21日(土) ラロックデザルクス→フィジャック→ロカマドール
6月22日(日) ロカマドール→フィジャック→カオール
6月23日(月) カオール→トゥールーズ→フィゲレス
6月24日(火) フィゲレス→カダケス→フィゲレス
6月25日(水) フィゲレス→ファルサ→プボル→ジローナ→フィゲレス
6月26日(木) フィゲレス→バルセロナ
6月27日(金) バルセロナ
6月28日(土) バルセロナ→モンセラ→バルセロナ
6月29日(日) バルセロナ
6月30日(月) バルセロナ→フランクフルト→
7月1日(火) →羽田
今回イタリアでどうしても外せない場所は、ヴェネチア、フィレンツェ、シエナ、ルッカ、ピサ、チンクエテッレ、ポルトヴェーネレでした。これ以外にも、アッシジ、オルヴィエートなどにも興味があったのですが、14日には次の船旅のためにトゥールーズに着いておきたい となると、リグーリア州から南下するのには時間が足りません。トゥールーズまで列車で移動となると、結構時間がかかってしまうことがわかったので、色々探した結果、ニースからのフライトを予約。飛行機の便の都合を考え、フランスになるべく近づいておこうと考えました。ニースにも興味があったのですが、もう少しイタリアにいたい!ということで、選んだのがサンレモ。殆ど前知識のないまま(っていつもですが)、イタリアにおける最終目的地サンレモに出発です。
トレンイタリアのサイトで購入した列車のチケットは、何故か、2等車と1等車の値段が一緒。というわけで、迷わず1等車を選択しました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2日間お世話になった宿をチェックアウトして、ラ・スペツィア10:40発の列車に乗り込みます。1等車は、今回の旅では初めての6人掛けコンパートメントでした。2等と比べて、特にシートが良いという風にも感じませんでした。相席になったのがけだるそうなおば様1人だけだったので、3席分占領し、広々と荷物が傍において置けたのが良かったかな。
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列車は昨日行ったチンクエテッレの町々を通り過ぎ、モンテロッソ辺りで、ようやく海の景色が見えてきます。それにしても、窓ガラスが汚いなあ〜掃除しろよ!
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かつてのジェノヴァ共和国が見えてきました。ラ・スペツィアからジェノヴァ・ピアッツァ・プリンチペまでは、急行でおよそ1時間半。今回は乗り換えるだけですが、山あり海ありでちょっと立ち寄ってみたい、魅力的な町に見えました。
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ジェノヴァ・ピアッツァ・プリンチペ到着です。ホームの銅版の屋根には、何故かラーメンマークに似た文様が入っていました。よく見ると違うのだけれど、雰囲気はやはりラーメン!
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ジェノヴァでは、駅前にあるというコロンブスの銅像を一目見たかったのですが、ラッキー(あるいはアンラッキーかも)なことに、次の列車が同じホームから発車することがわかったので、40分間の乗り換え時間の間、じっと我慢の子でした。イタリア国境の駅ヴィンテミッリア行きを待ちます。
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今度の列車は、開放的な横3列のゆったりシート。前の座席のアメリカ人のおばあちゃま方は、ニースで貸し別荘を借りて1週間バカンス。オーストラリアから来たカップルは、カンヌで姪の結婚式に出席とか。旅先でのトラブルの話を中心に結構盛り上がりました。
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列車はずっとリグーリア海沿いを走ります。素晴らしい晴天と深い青色の海が窓一面に広がって、きもちいい〜!
写真は、アラッシオAlassio付近のガッリナーラ島。セグロカモメの一大繁殖地です。 -
海沿いにはプロムナードが設けられていて、イタリアンリビエラのリゾート気分が楽しめる町が続きます。
途中から列車は地下に入り、サンレモの駅は地下鉄のそれのようでした。ホームから出口まではたっぷり500mくらいあり、その間は動く歩道が利用できます。といっても半分くらい休止中でしたが。
サンレモもホテルは駅から近いところを選んだのですが、ホームから駅の出口までですでに7、8分かかってしまいました。出口から正味5分のホテル・リバティに到着です。この間の写真が全くありません。ご容赦! -
ホテル・リバティは、30代前半の若夫婦中心の家族経営のホテルで、大変フレンドリーな雰囲気。ネットでの評判がとても良かったことと、何よりも駅から一番近いホテルだということが決め手になりました。
屋根裏部屋ですが、大きなダブルベッドに書き物机、フリーWiFi朝食付きでお値段も手頃でした。広さも十分。 -
明るいバスルーム。浴槽はありませんが、使い勝手の良いハンドシャワーで問題なしです。カーテンタッセルが可愛いでしょ。
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宿の若主人が、サンレモの見所について、たっぷり説明してくれました。サンレモについては、地球の○き方にも1ページほどしか情報がなく、殆ど何もわからない状態だったので、とても助かりました。
ホテルの1階には朝食ルームがありました。中央のフランス窓を開けると、バルコニーと庭に下りる階段が現れて、開放感いっぱいになります。 -
こちらがお庭のくつろぎコーナー。ロンド・ガリバリディに面しているので、車の騒音がしますが、木々がうっそうと生い茂り、道路からは全く見えません。私の部屋は反対向きだったので、大変静かでした。
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早速町歩きに出発です。サンレモと言えば聞けば、年配の方々からは、サンレモ音楽祭という答えが返ってくると思います。私もその程度しか知りませんでした。カンヌ、ニースといった地中海きってのリゾートの延長で、イタリアン・リヴィエラと呼ばれており、お金持ちの別荘が立ち並ぶ一帯。温暖な気候を利用した生花の栽培が盛んな町です。
宿の主人に教えられたとおりに、まずは町の東側へ。コルソ・フェリーチェ・カヴァッロッティ通りを進むと、すぐに東方正教会がありました。
入場できそうなので、中に入ります。 -
サンレモを始め、リヴィエラ海岸は、寒〜い国の方々、ロシアや北欧や東欧人にとっては、あこがれの場所なのだそうです。サンレモにはロシア教会がありますし、プロテスタントやカトリックの各宗派の教会が揃っていて、ここに集うリッチな人々のニーズを満たしています。
イコノスタシスがあるので、確かに東方教会ですが、内部はモダンな造りです。調べてみたら、ルーマニア教会でした。正式名は、聖キリル&聖メトディウスルーマニア教会。 -
ルーマニアには、今年4月に行ったばかりです。周りをスラブ人の国に囲まれているのに、何故かローマ人の国がポツンとあり、言語もイタリア語に近いラテン語と聞きました。東ローマ帝国(イスタンブール)と西ローマ帝国(ローマ)のちょうど中間に当たるバルカン半島は、正教とカトリック、そして東ローマ帝国滅亡後のオスマン帝国の影響によるイスラム教が混在するという宗教の坩堝でもあります。それが、旧ユーゴスラヴィア諸国を戦争へと導いたのですが・・・
失礼、脱線しました。こちらは、南国的でさんさんと太陽が降り注ぐ、明るい教会でした。 -
コルソ・フェリーチェ・カヴァッロッティ通りを更に進みます。道の両側にやしの木が沢山あって、ここは一体どこかいな?
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10分ほど歩くと、右側に瀟洒なヴィラが見えました。ヴィラ・ノーベル。泣く子も黙るあのダイナマイトの生みの親、ノーベル賞でおなじみのアルフレッド・ノーベルの別荘です。
彼は、人生の最後の6年間をここサンレモで過ごしましたが、それは主に健康上の理由(心臓病)だったとされています。太陽が顔を見せない北欧の冬と比べると、1年中暖かなこの地は大変居心地が良かったのでしょう。
この家で、ノーベルは彼の特許の多くを手がけ、ノーベル賞設立に関する記述のある有名な遺言状を書きました。 -
ヴィラは、1874年に建設されたヴェネチアンルネッサンス様式。亜熱帯性の木々が生い茂る庭園の中にあり、かつては、その敷地は海まで達していたそうです。
今日はお休みなのか、残念なことに門扉は閉まっていました。 -
だいぶ歩いてきたので、ピンクの砂糖菓子のような教会Parrocchia N.S. della Mercedeから引き返すことにします。
宿の主人の話では、この辺りには、他にも2つのヴィラと公園があるということなので、帰り道に訪れることにしましょう。 -
沢山のヴィラの中には、ご覧のように主人が不在のまま、ペンキが剥げ落ちてしまった、ちょっと物悲しい建物も点在します。
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裏通りに入ると、塀を回した邸宅が立ち並び、ちょっと場違いかな?不審者と間違えられるかもしれないので、あまりうろうろしない方が良いかな?
まずは、ヴィラ・オーモンドのあるオーモンド庭園を見に行きましょう。 -
ヴィラ・オーモンド。かつてはスイス人オーモンド家の所有地で、丘の頂から海まで続く広大な敷地を誇っていましたが、現在、その真ん中をコルソ・フェリーチェ・カヴァッロッティ通りが横切っています。
1930年にサンレモ市が購入し、敷地の一部は国際人権研究所が使用しています。庭園は誰でも自由に入れる公園となっており、サンレモ市民の格好のお散歩コースとなっているようです。 -
熱帯、亜熱帯の木々が多い中、私の好きな花が咲いていました。
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ジャガランダかなと思っているのですが、確信はありません。ジャガランダは南アフリカの花と旅行会社では宣伝しているようですが、ヨーロッパでも普通に見られます。
そういえば、数年前の5月にアテネを訪れた際も、ジャガランダの並木道があちこちにあったのを思い出しました。 -
なおも、こんなジャングルのような道を上って行くと・・・
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ヴィラ・オーモンド到着です。1887年2月23日、マルディグラのお祭りで賑わっていたリグーリア州は巨大地震に見舞われ、2000名以上の人命が失われました。サンレモだけでも300人以上の人々が命を落としています。美術に明るかったオーモンド夫妻は、ジェノヴァから建築家を招いて、この別荘を地震後に再建したそうです。
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建物の前には、広いテラスがあり、両隅が屋根のついたロッジアになっています。中央の入口はルネッサンス風のポルティコ。
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ロッジアのある部屋では、セミナーが開催されていました。
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建物の壁には、こんなレリーフが。太鼓や笛の音で踊る2人の子供たちでしょうか?
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午後の陽光が、白い建物をピンクに染めています。
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テラスからの眺めは、いまいちかな・・・あまりに木々が生い茂って、背伸びしないと海が見えないくらいでした。
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再び庭園を下りていきます。見てください。この太い根っこ。熱帯に茂るガジュマルのようですね。
サンレモの市長さんが、熱海を訪れた際に、「アタミはサンレモに似ている」とおっしゃったことがきっかけとなり、サンレモと熱海は姉妹都市を提携しているそうです。資料では、ヴィラを囲むオーモンド庭園を熱海との友好記念に日本式にレイアウトしたと書かれていましたが、どこのことだったんでしょう?ここではなさそうです。 -
道路を渡り、海のそばの庭園の続きにやってきました。オーモンド夫妻は英国庭園を目指したと言われています。
広大な敷地には、サンカンガーデン沈床式花壇の噴水や・・・ -
こんな噴水もありました。道路の海側の庭園は、散歩している人もまばらです。
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先ほど見えた噴水の傍までいってみました。手入れが十分でないのか、彫像はだいぶ薄汚れ、半分壊れてしまっています。
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イクナシオ・マヌエル・アルタミラノという人の銅像がありました。メキシコ人の著名な作家、ジャーナリスト、かつ外交官だった人で、サンレモで亡くなったのだそうです。
オスマントルコの最後の皇帝メフメト6世、アルフレッド・ノーベル等々この地で亡くなった外国人はかなりの数に上るようです。 -
再び、コルソ・フェリーチェ・カヴァロッティ通りに戻りました。通りの向い側には中学校の黄色い建物が長く続いています。
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やしの向こうに、ヴィラ・ジリオvilla zirioが見えてきました。こちらも19世紀を代表する別荘で、1870年に裕福な弁護士であるジリオ家のために建てられました。ドイツの皇太子フリードリヒ・ヴィルヘルムも病気療養のためにこの家で過ごしたそうです。
なんと、この優雅な建物も現在は市が所有。シンフォニーホールや、地域における植物の病虫害研究室、コンソーシアム等に利用されています。 -
2本ずつ柱が並んだロッジアには横階段がついていて、2階がテラスになっているようです。
こんなに美しい建物の中で、仕事ができるなんて素晴らしいですね。市の所有になったからこそ、こうして見ることができるのですから感謝感謝です。 -
こちらは、ヴィラ・ジリオに並んで建っている市の行政機関です。こちらも同じ白でまとめられていて、市役所には似つかわしくない優美な建物です。
ご覧の通り、この建物も熱帯性の植物に囲まれていて、木々の間から姿を見せたときは結構感動ものでした。 -
さて、出発点に戻ってきました。素晴らしい別荘を沢山見てまいりましたが、サンレモが優雅な別荘、庭園、カジノ、ヨットだけだと思ったら大間違い。
ガイドブックにも全く触れていなかった、興味深い町歩きスポットがサンレモにもありました。長くなりそうなので、この続きはイタリア、フランス、スペイン勝手気ままな町歩きのたび その34 サンレモ(2)で。
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