2014/09/17 - 2014/09/19
4657位(同エリア27652件中)
エムさん
最近、ご無沙汰だったフライング・ブルーからメールが届き、マイレージの有効期限が2014年9月30日と判明。捨てるには勿体ないマイル残高(147,641)を継続するには飛行機に乗るしかない。
という訳でスカイチーム加盟の大韓航空で近場の韓国へ行くことになった。
韓流ブームの火付け役だった「冬のソナタ」は見てない、韓流スターも興味がない。
キムチや辛い物が苦手な私に「何しに韓国へ行くの?」と家族の声・・・
朝鮮王朝の歴史ドラマ「イ・サン」を見て、一度は訪ねたいと思いつつ、韓国の反日感情むき出しの映像に掻き消され、今に至ります。
日帰りマイル修行も考えたけれど、羽田発着、ロッテホテル宿泊を条件に、航空券とホテルを予約したのが出発の2週間前、友人が同行して2泊3日の女子旅となりました。
二人とも初めての韓国なので、現地ツアー「3大世界遺産めぐり 1日観光ツアー(昌徳宮・宗廟・水原華城・行宮)KRW 115,000」をネットで予約しました。
- 旅行の満足度
- 2.0
- 観光
- 2.0
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2014/9/17 1日目
羽田発12:20 大韓航空KE2708便にてソウル金浦空港に到着14:35
羽田のチェックインで、「マイレージは付きません。」と冷たく言われ、初っ端から強い衝撃を受けた。
旅の目的が有効期限延長のマイル修行なのに・・・
エールフランスに電話で問い合わせると、加算率は低いものの有効期限は延長されたとの回答があり「安心してお出かけ下さい。」と慰められた。
帰国の金浦空港では当然のごとくマイレージが加算したのに、羽田の受付は「一応番号は入力しておきますが、マイレージはスカイパスだけです。」の一点張り、上から目線!
あくまでも強気な発言に、大韓航空は二度と乗りたくないと、思った私。
受付で出鼻をくじかれるも、気を取り直して、いざ韓国へ! -
ロッテホテルにチェックイン
送迎の条件に免税店の立ち寄りがあったけど、隣がホテルなので、帰国時ピックアップの時間を記入した免税店のカードを受取ってホテルの部屋へ直行。
部屋に続く廊下は、韓国のイメージとは違うココナッツオイルの甘い香りが漂う。これはグアムの香りでは?
部屋の広さは十分で、水回りは使い勝手が良く、ベッドの硬さは程良くて安眠できました。
一日2本(2人分)のミネラルウォーターが補充され、ティーセットに粉末の朝鮮人参茶があるのが韓国らしい。
殆どのスタッフは日本語が話せ、親切に対応してくれます。
ホテルに直結したロッテデパートは、フードコートも充実して、飲み物や食料を調達するのに便利でした。
この日はチヂミを買って、美味しく頂きました。
時間が遅かったからか?2つ買うと1個おまけをしてくれました。
ホテルに隣接した免税店は、中国人団体で溢れ返っていたので、オリーブオイルの韓国海苔を買って、即退散しました。 -
19:40 南大門のライトアップ
韓国で最も大きな城門で600年の歴史を誇っていた木造建築が、2008年放火により全焼、2013年に復元。
ホテルのコンシェルジュで南大門の行き方を尋ねると、英語と日本語のガイドマップにマーカーで印を付けて丁寧に教えてくれました。
ロッテホテルのマップは方向音痴の私でも分かりやすく、コンビニの位置まで載っているので重宝しました。
初めてとはいえ、目的がマイル修行!
ガイドブックを買う気にならず、持っていなかったので助かりました。 -
19:50 南大門市場
昭和の香りが漂う市場で、ジロリと視線を向けられると、それ以上進む気にはなれず、写真を撮って引き返しました。 -
韓国銀行
1912年日本統治時代、東京駅や日本銀行本店の設計を手がけた辰野金吾の設計により竣工。
当時は朝鮮銀行の本店建物で、1950年韓国銀行が設立した際、本店として使用、現在は貨幣金融博物館として利用されている。
夜でしたが、重厚で立派な建物はよく目立ち、ホテルでこの建物を右に曲がるように教えてもらいました。
初めての韓国でしたが、無事一日が終わりました。 -
2014/9/18 2日目
3大世界遺産巡り 日本語ツアー参加(昌徳宮・宗廟・水原華城・行宮)
一人KRW 115,000
9時ホテル出発、参加者5人をピックアップし、車を50分走らせて水原華城に到着。
東の蒼龍門から散策開始です。
水原華城は「イ・サン」で知られる朝鮮王朝第22代正祖大王(チョンジョ)が築城。
政争に巻き込まれ、米櫃の中に閉じ込められて餓死した父(サドセジャ)を悼み陵を水原に移した。
【蒼龍門】水原華城(スウォンファソン)に出入りする4大門の一つ
朝鮮戦争で崩壊した石積みが復元されています。 -
蒼龍門の天井画
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蒼龍門の上に建つ楼台
城郭に立つ旗は位置によって色が決められ、東は青色。
(因みに西は白色、南は赤色、北は黒色)
青旗の周囲の赤い布には切り込があり、炎をイメージしているらしい。
決して破れているのではないとのこと。 -
天井は緑色を基調とした独特な彩色が施され、ガイドさんの説明によれば、緑は幸せの色らしい。
韓国のパスポートが緑色なのは、そういうことかと納得。 -
城壁に沿って10分歩くと、左に蒼龍門、正面に教会の尖塔が見えます。
この日は国弓(韓国の伝統弓術)の試合が行われていました。
日本の弓より小型でも飛距離が伸びて、「シュパッ!」と地面に刺さる音が聞こえます。 -
東北空心ドン
水原華城の中で一番特異な建物で、レンガを積み上げて造られた見張りのための楼閣 -
私たちは蒼龍門から全長5.7kmの城壁を、反時計回りに歩いたのですが、逆方向は、緩やかでも上り坂だから疲れると思います。
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東将台
軍事を指揮するために使われ、兵士を訓練したので錬武台とも呼ばれた。
壁はなく、重そうな屋根を支える柱が頼りない気がするけど、韓国は地震がないから問題はないとのこと。 -
東将台も屋根の彩色が美しい。
韓国の伝統的な建築物は丹青(ダンチョン)と呼ばれる青(緑色)・赤・黄・白・黒の5色が使用され、床も韓国独特の張り方です。
外は太陽に照りつけられて暑いけれど、高台にあるので屋根の下は風通しが良くて涼しい。 -
華城列車(料金:大人1,500ウォン 所要時間:片道30分)
西部と東部に1箇所ずつ乗り場があり、前方は正祖大王を象徴する竜の頭に、客車の黒い屋根は昔の輿をイメージしているとか。
この時は幼稚園児で満席・・・、楽しい遠足というより、反日教育の一環では?と疑ってしまう。 -
東北鋪樓
兵士の休息や見張りとして使用した。
外壁には魔よけとしてユーモラスな竜の顔が描かれ、鼻の頭に穴が開いている。 -
この穴から敵を見張り、弓を射っていたという。
穴を覗くと、城郭が見渡せ、庭園が美しい。 -
東暗門
食糧や武器などを運ぶために造られた重要な門で、馬が一頭通れるだけの小さな秘密の門。 -
東北角楼へと続く城壁
旗が北を示す黒色になっています。 -
水原華城の中で最も美しいといわれる東北角桜
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東北角楼
華城の設計者が隠れキリシタンだったことから、壁の一面だけ白レンガで十字の模様が造られ、見上げると天井にも十字架があった。 -
東北角楼
周辺を監視したり、休憩ができるように造られた角楼。
朱色の階段は王様専用のもので、上がった正面に玉座が置かれた。 -
東北角楼から眺めた景色
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11:00 華虹門
華城の北水門として7つの虹模様の水門が設置されている。
蒼龍門からここまで1時間ちょっとの散策でした。
このコースはアップダウンが少なく、眺めが良いので苦ではありません。 -
華城を流れる水原川
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11:11 華城行宮(ファソンヘングン)に車で移動
新豊楼(シンプンヌ)は華城行宮の正門で、3つの板門があり2階は楼閣になっている。
歴代の王が戦争の時、休養を取るために使われた。 -
奉寿堂(ボンスダン)
奉寿堂は万年の寿を願うという意味で、正祖大王の実母である恵慶宮洪氏(ヘギョングン ホンシ)の長寿を祈願して付けた。
パンフによれば、
日本統治時代に「日帝の民族文化と歴史抹殺政策によって失われたが、心ある地域市民が復元推進委員会を構成して、1997年に復元された。」とある。
「歴史認識?」の文字が浮かび、気分は最悪! -
還暦の宴のご馳走
1795年ここで恵慶宮の還暦の宴が盛大に開かれた。
ガラスが反射して見えにくいですが、還暦の料理が展示してあります。
なぜ、あれほど高く盛り付けるのか?何か意味があるのか? -
玉座の後ろに置かれた屏風には「日月五峰図」が描かれ、5つの峰と右の太陽が王、左の月はお妃を表しているとのこと。
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華城への行幸の絵図
還暦を祝うため、8日間かけて華城へ向かった時の絵図。
漢江(ハンガン)に造った橋は、36隻の船をつないで造った臨時の船橋で、一度に1000人以上の行列が渡る様子が描かれている。 -
長楽堂(チャンナッタン)
王后の寝殿 -
長楽堂の内部
歴史ドラマでは、足を跨いで部屋に入っていたのが不思議でしたが、この造りを見て納得です。
あの段差を跨ぐのは面倒でしょうが、床から隙間風が入りにくいので合理的です。
11:50 華城行宮の見学を終えてソウルに戻ります。 -
12:50 昼食はミニ韓定食
写真には写っていませんが、焼き魚が一皿だったのでガイドさんに尋ねたところ、これで二人分だとのこと。
韓国では一つのお皿を、皆で箸をつつきながら食べるのが一般的だそうで、取り皿もない。海を隔てると、これだけ文化が違うのか?
郷に入っては郷に従え、私が苦手な辛い物は友人が、アジの干物やチヂミを私が頂きました。
野菜やキムチが美味しいと食べていた友人は、この後の宗廟の見学の時、キムチがあたったのか?「お腹がキュルキュル鳴り出した。」と、しばらくトイレに籠もっていました。
路地に座り込んだおばちゃん達が、ペチャクチャしゃべりながら大量の玉ねぎの皮をむく様子に衛生面が気になって・・・ -
13:50 午後の見学は宗廟ですが、時間観覧制の導入により日本語ガイドの時間に合わせて昼食タイムは40分弱でした。
宗廟は朝鮮王朝歴代の王と王妃の位牌が安置されている王室の霊廟
写真の斎宮(ジェグン)は王と皇太子が祭祀前日に身と心を清めた場所 -
中池塘(チュンジダン)
池の周囲の四角い囲みは「大地」を、円形の島は「空」を意味し、両者が調和して平穏な世になるようにと願いを込めて造られた。
島には一般的な松の木ではなく、イブキ(香木)が植えられている。
池に蓮の花がなく、周辺に花が咲く木がないのは祭礼空間だからとのこと。 -
横から見た正殿(チョンジョン)
これまでの故宮に見られる色鮮やかさはなく、霊廟なので赤と緑の2色使いが特徴だとか。
そういえば、鮮やかな丹青がないと、全く印象が違います。
個人的には、こちらの方が上品で良いと思う。 -
正殿(チョンジョン):上
道徳に適った政治を行ったとされる19人の王と、その王妃の49の位牌が安置され、王が亡くなる度に位牌を安置する空間を一室ずつ増築して東西に長くなり、現在101mある。
朝鮮王朝の歴史ドラマを想い浮かべ、「道徳に適った政治」という響きが、いかにも韓国らしい。
永寧殿(ヨンニョンジョン):下
第2代国王の定宗(チョンジョン)の位牌を祀る際に建てられた別廟で、王と王妃の34の位牌が安置 -
14:55 宗廟の日本語ツアーを終えて、昌徳宮に移動しました。
昌徳宮の正門「敦化門(トンファムン)」
ソウルにある宮殿で最古の正門 -
1411年に造られたソウルで最も古い錦川橋を渡って先へ進み、仁政殿(インジョンジョン)をくぐると、昌徳宮の正殿がある。
-
仁政殿(インジョンジョン)
昌徳宮の正殿で、王の即位式・朝礼・外国使臣の接見などが行われた。
広場には臣下の階級を示す品階石が置かれ、臣下は序列ごとに並ぶ。
屋根の棟瓦にスモモの花があり、格調が高いのかと思ったら、日本が朝鮮王室の格を下げるために付けたとのこと。
説明を聞きながら、何やら肩身が狭い・・・スモモの花が素敵なのに -
屋根は二重にかけられているが、一層構造で高い天井には1900年以降のシャンデリアが掛けられた。
大きな電球に布シェードを掛けただけのチープなシャンデリアが目立ち、天井はすすけて薄汚い。
昔は色鮮やかで美しい天井だったでしょうから感動は薄く、なぜ修復しないのか?不思議。 -
見上げると丹青の鮮やかな彩色が青空に映え、韓国で最も美しい宮廷といわれるだけのことはある。
ただ美しいだけではなく、腐食や防虫など建物を保護する役目もあるという。
宮廷の主要建物には雑像という瓦飾りが付けられている。
これは魔よけを意味し、三蔵法師(屋根の先の方)と妖怪(孫悟空、猪八戒、沙梧浄)の一行で、建物ごとに数は違うとのこと。 -
煕政堂(ヒジョンダン)
元は王の寝殿であったが、会議室として使われ王の日常生活の場。 -
オンドル
床下にオンドルを温める焚き口があり、薪をくべて部屋の床下を温めます。
煙は煙突から出る仕組みになっており、高句麗時代から使われていたとのこと。
煙突を外壁に取り付けると火事になやすいので、裕福な人は建物から離れた所に造り、その大きさから財力が分かったとのこと。 -
大造殿(テジョジョン)
王妃が暮らした所で、大造とは偉大な王になる立派な王子が生まれる場所という意味がある。
空と地の気を受けて立派な王子を産むために、気を塞ぐ屋根の棟を設置しなかったとのこと。
石段の隣に日時計が設置され、日本との時差は無いけれど正確には30分遅れているらしい。 -
内部には見事な螺鈿細工の椅子が置かれていた。
李氏朝鮮最後の王である純宗が、この大造殿で亡くなった。 -
誠正閣(ソンジョンガク)
王位を継承する太子が、学者たちと儒教の勉強をした場所
書庫と図書館も併設されていた。
朝鮮末期には宮中の医療機関である内医院(ネイウォン)として利用され、王と王族の病気を治療し、薬を調剤していた。 -
楽善斎(ナクソンジェ)
朝鮮第24代王の側室のために建てられ、王の未亡人や妾が暮らした場所。
日本の梨本宮家の方子(まさこ)様が最後の皇太子・李垠(イウン)に嫁がれ、平成元年87歳で亡くなるまでの晩年を過ごしています。
帰国後、方子様のことを調べると、終戦後の反日教育が徹底した韓国で、嫌がらせを受けながら障害児の教育に尽力されました。
葬儀は準国葬として執り行われ、多数の韓国人が参列したとのことです。
また日本人でありながら李朝王族として宗廟に祀られています。ガイドさんの話では宗廟に空き室があったからだと言う。(その言い方ってどうなの?)
側室や未亡人が住むには地味な方が好都合だったのか?丹青の彩色がなく、とても質素な建物です。
15:55 最後のツアー見学を終えてホテルに戻ります。 -
17:40 ホテルで一息ついて、南大門へ行きます。
まず、明洞で両替をすることにしました。
明日は帰国するので今更なのですが、その辺で飲み物を買う時に不便なので5000円だけ両替をしました。
初日に迎えに来てくれたガイドさんに「最初の一軒目で替えないように、最低3軒は見るように。」とのアドバイスを貰い、1円ずつ上がった大信(956)で両替。
小額なので大差はないけれど、気分は悪くない。 -
復元された南大門
初日はライトアップだったので、日没前に見ておきたかったのです。 -
1925年、日本統治時代に造られたソウル旧駅舎。当時は京城(けいじょう)駅と呼ばれ、終戦後にソウル駅に改称された。
東京駅の面影があり、破壊されなくて良かったと思います。
広場で催しがあり、赤と緑色のザルが高く積み上げられていました。
還暦のご馳走といい、高く積み上げるのが朝鮮王朝流なのでしょうか? -
現在のソウル駅
ウォンが手に入ったので、ここからオレンジ色のタクシーでホテルに戻りました。
一方通行が多いソウルでは、方向を間違えると遠回りになると聞いていたのに、まさかの遠回りで6000ウォン。
運転手さんは韓国語しか話せず、何やら怒った口調で怖かったのですが、遠回りをしなければならないと訴えていたようでした。
慣れない0の多いお札で1000ウォンと10000札を間違えたら、親切に教えてくれた。
ボッタクリも出来たのに、良い人でした。
でも、お札を返す時に投げなくても良いいのに・・・
この失礼な態度、ちょっと考えられない。
「カムサハムニダ」と言いたかったけど、とっさに口から出てこない。
まぁ、明日は帰国なのですべて良しとします。
この日もその辺の食堂に入る気にならなくて、夕食はデパ地下で 韓国風海苔巻きとミカンをゲット。
ミカンは小さいのが3個で4920ウォン、日本より遥かに高くてビックリ。
効率よく世界遺産巡りができて、充実した韓国二日目が終わりました。 -
2014/9/18 3日目
11:12 帰国日ですが、空港行きのバスは3時半。
昨夜、友人と韓国について遅くまで話し込んでしまい、目が覚めたら9時・・・
時計が壊れてると思ったほど爆睡でした。女子旅はお気楽が一番!
ホテルをチェックアウトして、歩いて徳寿宮(トクスグン)へやって来ました。 -
11:15 正門である大漢門の前で、李氏朝鮮時代の守門将交代儀式の再現が行われた。
カラフルな太鼓の音が鳴り響き、独特の伝統音楽を奏でながら行進して行きます。 -
ロンドンの衛兵交代と違って、観光向けのイベントですが、衣装や号令など忠実に再現されている。
-
ギャラリーは多い方が良いかと、最後まで見学しました。
-
せっかくなので、入場しました。(1000ウォン)
9時半から日本語ガイドがあったのですが、寝坊したので間に合うはずもなく、自由散策と行きます。
咸寧殿(ハンニョンジョン)
高宗(コジョン)皇帝の寝殿として使用された建物。1904年の火災で焼失し、同年に再建して今の姿になった。
また高宗皇帝が崩御した場所でもある。 -
徳弘殿(トクホンジョン)
外国使臣や大臣を迎えるための接見室として使われた建物 -
見上げると、丹青が美しい。
-
静観軒(チョングァンホン)
これまでの朝鮮王朝時代と異なり最初に建てられた洋風建築で、宴会を開いたり音楽を鑑賞するのに使われた。 -
昔御堂(ソゴダン)
文禄・慶長の役(1592年)当時、宣祖(ソンジョ・李朝第14代王)が避難先から還都し、崩御するまでの16年間、暮らした場所。
徳寿宮の代表的な建物であり、唯一2階建ての建物。 -
浚明堂(チュンミョンダン)
-
藤棚の下を歩いていると、右側のベンチに座ったご婦人が、
「ゲフォォ~~!!」と、大きなゲップ
思わず友人と顔を見合わせてしまったほど。
人目を気にしないダイナミックさに、ただただビックリ!
日本人ではあり得ない・・・ -
藤棚から見た石造殿(ソッチョジョン)
朝鮮王朝末期に王が住んでいた宮殿 -
光明門(クァンミョンムン)1897年建設、1904年焼失し、同年に再建された。
右から自撃漏(チャギョンル)・鐘(チョン)・神機箭機火車(シンギチョンギファチャ)
自撃漏は世界最大最古の水時計であり、流れる水の量とその落差を利用して時間を知らせた。
鐘は韓国伝統の形で、時間を知らせる役割をしていた。
暑くて喉も渇いたし、売店でアイスコーヒーを買い、ベンチに座って木陰でまったり。
昨夜の続きで韓国談義が小一時間・・・話が尽きない -
大漢門を出ると、王宮守門将交代儀式の賑わいはなく、衣装試着コーナーも空いていました。
国籍や名前を記入すると無料で貸してくれます。
旅の思い出に、王妃になるつもりでしたが、年齢記入欄があったのでやめました。 -
道路を渡ったソウル広場の噴水越しに見た大漢門
-
大漢門の向かい側にあるソウル支庁とソウル広場
ソウルの道路は片側5車線もあって広い。
滑走路のように真っ直ぐ伸びて、北の有事に備えているのでしょうか?
ロッテデパートのフードコートで昼食を済ませ、3時半のお迎えまでカフェでマッタリ過ごしました。
金浦空港で、また韓国海苔を買って、何とかウォンを使い切りました。
金浦発KE2711 18:50⇒羽田着21:05
目的はマイル修行でしたが、少しだけ韓国の歴史と文化に触れた旅となりました。
「日本の豊臣秀吉が焼き払った」「豊臣秀吉が壊した」と繰り返し聞かされ、これを世界に発信していると思うと不愉快極まりない。
韓国人が最も嫌いな日本人は豊臣秀吉だとか・・・5世紀も昔の人を今も恨み続けるとは、「恨(ハン)」の精神を理解できません。
挙句にツアー終了時、ガイドさんの「隣国は仲が悪いものなんです。」
この信じられない一言が心に引っかかり、何とも後味の悪い旅でした。
史跡・名所で見かけた幼稚園児達にも、豊臣秀吉の話で反日教育をしているのでは?と疑いたくなる。
近くてお隣だけど歓迎されてないし、韓国再訪は・・・絶対にない!
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