2014/08/27 - 2014/08/27
809位(同エリア4346件中)
杏仁豆腐さん
8月も終わりに近づき、猛暑から解放されたと思ったら、あまりに涼しい日。
浅草を散策。隅から隅まで歩けば、見所の多い浅草です。
今日は、見る場所をを絞って散策です。
二天門、浅草神社、鎮護堂に絞りました。
3箇所を周り、午後は浅草グルメ散策です。
今日の本当の目的は、午後にあります。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄
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外国人の多い浅草。
お土産も外国人が対象したものも多いです。 -
訪れた人が喜ぶ演出もあります。
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二天門。
本堂の東側、浅草神社の鳥居に向って右手にあります。
重要文化財指定。 -
二天門の前に置かれている手水鉢。
側面には、安永6年(1777年)に寄進された事が刻まれています。 -
持国天
左手を上げて密教法具を持ち、右手を腰にあてています。 -
持国天
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増長天
右手に法具を掲げ、左手は腰にあてています。 -
増長天
どちらも「寄木造」という、鎌倉時代以降に流行した複数の木材を組み合わせる技術で造られています。 -
二天門から五重塔
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二天門から本堂
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浅草神社
三社様です。 -
浅草寺の観音様が浅草浦で網にかかり見つけた兄弟、檜前浜成(ひのくまのはまなり)、竹成(たけなり)と、それを尊い聖観世音菩薩の尊像と見てお祀りした土師仲知(はじのなかとも)の三人をお祀りしてあるのが、「三社権現社」今では浅草神社と呼んでいます。
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右は河竹黙阿弥顕彰碑
河竹黙阿弥は江戸時代後期から明治中期にかけての歌舞伎の狂言作者。東京百年記念に台東区が建立。
左は花塚の碑
花道「濁流」の祖・笠翁斎乱鳥翁の碑。文化元年(1804)建立。文化元年、「濁流」の花道の師、笠翁斉乱鳥の死を悲しんだ門人達によって一周忌に建碑されました。 -
檜前の馬牧(ひのくまのうままき)
大宝元年(七〇一)、大宝律令で厩牧令が出され、全国に牛馬を育てる牧場(官牧)が三十九ヵ所と、皇室に馬を供給するため、天皇の命により三十二ヵ所の牧場(勅旨牧)が設置されました。
東京には「檜前の馬牧」「神崎の牛牧」が置かれたと記録にあって「檜前の馬牧」は、ここ浅草に置かれたのではないかと考えられています。
浅草神社の祭神で、浅草寺本尊の発見者ではある、檜前浜成、竹成兄弟の逸話から、檜前牧は浅草付近であったと「東京市史稿」では推定していて、「浮嶋の牛牧」は本所に、「神崎の牛牧」は牛込に置かれたとされています。 -
中村吉右衛門の句碑
「女房も同じ氏子や除夜詣」の句を刻む。
昭和28年建立。初代中村吉右衛門(実名、波野辰次郎)は、明治19年3月24日に浅草に生まれた。幼少より舞台に立ち名声を得て、その後、大正から昭和期を代表する歌舞伎俳優となりました。 -
花柳壽輔(はなやぎじゅすけ)の句碑
「雷は田町をよけて鳴りわたる」の句を刻む。
昭和44年、花柳寿応氏の建立。文化4年2月19日、芝、新明で生まれる。明治36年1月28日、83歳でその生涯を終えるまで、花柳流の祖として、又、振付の第一人者として偉業を成しました。 -
扇塚。
日本舞踊を志す人にとって大事な扇を、古くなったものを花柳流が供養するという塚です。 -
<古扇 納め箱>
わたくし達日本舞踊を志すものにとりまして扇は欠くことの出来ない品でございます。使い古された扇はどうぞこの箱にお納め下さい。
毎年四月八日にご祈祷の上、扇に感謝のご供養を致します。
花柳流花柳会 -
粧太夫(よそおいたゆう)の献碑
蕋雲(ずいうん)女史は吉原の遊女で、美人で、書、歌も達者で、国学者亀田鵬斉の 門に学んで、蕋雲女史の号を受けたと言う。謡曲「草子洗 小町(そうしあらいこまち)」に出てくる、柿本人麻呂の「ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れ行く舟をしぞ思う」を万葉仮名で書いてある歌碑。 -
川口松太郎の句碑
「生きるということは、むずかしき、夜寒かな」と刻む。
昭和62年建立。明治32年10月1日に浅草今戸に生まれ、小学校卒業後、洋服屋や質屋の小僧をはじめ、警察署の給士、そのほか幾つかの職業を経たのちは作家人生であった。 -
久保田万太郎の句碑
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「竹馬やいろはにほへとちりぢりに」と刻む。
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夫婦狛犬
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市川猿翁(いちかわえんおう)の句碑
明治21年5月10日、浅草千束町2丁目に、父・喜熨斗亀次郎(初代市川猿之助〜段四郎)、母・古登の長男として生まれる。兵役を終えたのち、明治43年10月に、22歳で二代目市川猿之助を襲名。その後、昭和37年5月に孫団子に三代目猿之助を譲り、自らは猿翁を襲名する。 -
ご神木「槐」(えんじゅ)の木
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御新田
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神社の裏手に行きます。
被官稲荷(ひかんいなり)
新門辰五郎の妻女が、安政元年重病で床に伏した時、山城国(現、京都府南部)の伏見稲荷社に祈願した。その甲斐あって病気がすっかり治り、お礼の意味を込めて安政2年に伏見から祭神を当地に移し、祭り小社を創建して被管稲荷社と名付けた。 -
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浅草神社のお参りも済ませました。
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宝蔵門と五重塔
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鎮護堂に来ました。
通称「お狸さま」と呼ばれ、火防・盗難除けの守護神です。 -
神木公孫樹
東京大空襲の折、焼夷弾を浴びながらも、その猛火から鎮護堂を守ったと伝えられる推定樹齢400〜500年の公孫樹(いちょう)です。 -
手水鉢
明治13年(1880)市川一門により奉納されました。
制作者は部名で発起人は5代目市川新蔵。
この手水鉢は人気の泉と呼ばれ親しまれています。 -
鎮護堂から、非公開になっている伝法院の庭が見えます。
約3,700坪の庭園は、寛永年間小堀遠州により作庭されたと伝えられる「廻遊式庭園」です。 -
春に特別公開があります。
さて、時刻は12時前。
このあたりで一息つきましょう。
ここからは、浅草グルメ散策に変わります。
今日の本当の目的はこれからです。
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