2011/09/14 - 2011/09/14
72位(同エリア141件中)
パンガンさん
北海道出身の母親と北海道へ旅して来ました。
母にとっては20歳の時に一家で東京に出て来て以来、48年ぶりの里帰りとなりました。
特に、生まれ育った街「歌志内市」が今や人口の一番少ない市となり、
往時とのその変貌ぶりに感慨深いものがあったようです。
旭川や札幌も観光し、充実した4日間の旅となりました。
【1日目】
日本航空機で、羽田から旭川まで。
三浦綾子記念文学館、旭山動物園を廻る。夜は地元の居酒屋で。宿泊・スーパーホテル旭川
【2日目】
旭川から砂川までJR、そしてバスで歌志内へ。
母の生まれた家の跡地などを廻る。宿泊・かもい岳温泉
【3日目】
歌志内市街地、旧歌志内駅跡地近辺を散策。
バスで砂川まで。砂川から札幌までJR。
北海道庁樺太資料館、サッポロビール博物館、サッポロビール園でジンギスカン。
宿泊・JRタワーホテル日航札幌
【4日目】
大倉山シャンツェ、雪印酪農と乳の歴史館・札幌工場見学、羊ヶ丘観光。
日本航空機(ファーストクラス)で帰途羽田へ。
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夜が明けて、霧のかもい岳温泉です。向こう側にはスキー場が見える筈なのですが、何も見えません。
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朝食はブッフェスタイルです。地産地消の野菜が中心で、冷凍ものは一つもないのが自慢とのこと。地元の奥様方手作りの朝食です。
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本当に美味しい朝食でした。味もさることながら、空気の良さが食欲をそそります。お米も美味しかった。生涯忘れ得ぬ味となりました。
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おかずには一品ごとにこのような説明書きが添えられています。
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外のテラスに出てみました。
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とにかく手入れされた花々が美しかった。
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山の方から麓の市街地を望みます。
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さて、タクシーで歌志内巡りです。
まずは母の母校「歌志内中央小学校」跡地に行きました。丘の高台にありますが、1984年に廃校となっており、建物は跡形もありませんでした。背の高い草が一面に生えています。 -
崖側では工事の車が入っていました。
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廃校になったのも建物もなくなったのも母は知っていたのですが、やはり目の当たりにしてショックは大きかったと思います。自分の楽しかった記憶、母校の現実を見て・・。
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このような細い道をタクシーで上り下りします。「昔はもっと道は広かったと思うけど・・」とのこと。
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旧歌志内線の歌志内駅跡地付近です。郵便局がありました。
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これがかつて炭鉱街で華やかなりし歌志内の「メインストリート」です。朝9時頃ですが、人は殆ど歩いていません。
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店もほとんど閉店となったようです。
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ここには「むらもと呉服店」という市内随一のお店があったのだとか。
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ここは「十字路」という喫茶店だったとか。閉店してどのくらい経っているのでしょうか。
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時折、バスだけは通ります。砂川と赤平を結ぶバスです。
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市内で唯一の金融機関・北門信用金庫歌志内支店。
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市街地には一軒だけある歯科。
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歌志内神社の鳥居。登ってみる事にしました。
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うっそうとしていて、逆に言うと緑色濃く自然が沢山残っています。環境は抜群。
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歌志内神社神殿。
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中はもちろん誰もいません。でもきれいに整備されていました。
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神社裏手には戦没者の慰霊碑がありました。
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顕彰碑に損害を加えたものには損害賠償請求するとの警告の碑。
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トンボが沢山飛んでいて、少し手をかざすとこのように手に乗っかって来ます。
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市街地に降りて来ました。
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母の母校・歌志内中学校は既になく、跡地には歌志内公民館が建てられています。すなわち、小中高ともに母の母校はなくなってしまったのです。
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歌志内市民顕彰が掲げられてました。
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中ではダンスサークル「スリムダンス」の面々がダンスのお稽古中でした。その音楽が「ラブユー東京」などの懐かしのメロディー。
それを聞いていた母が今まで我慢していたのでしょう、突然大泣きしました。やはり自分の育った、過ごした街の現状を見てこらえられなくなったのでしょう。懐かしのメロディーを聴いて昔のにぎやかなりし頃を思い出したのだと思います。 -
倉本聰さん企画の舞台の寄せ書き。
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付近にも市営住宅が。
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歌志内市のマスコット「ホルン君」。
歌志内がスイスのような美しい街作りを目指しているから、そして「ホルン」=「掘る」としてかつての炭鉱を「掘る」に引っ掛けているという、二つの命名理由があります。 -
確かに街全体が美しく手入れされて、素晴らしい環境です。
ただ、産業が無い為に人がいない。人口は減少の一途をたどっています。 -
個人の方が明治から昭和初期までの生活骨董品を収集、展示している「大正館」。残念ながら閉館期間中で見る事ができず。
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歌志内郷土館「ゆめつむぎ」に入りました。
「炭鉱マチの歴史と文化を実際に使われた炭鉱の道具類や一般家庭で使われた懐かしの品々ほか映像設備などにより、わかりやすく展示した博物館です。」とのこと。
http://www4.ocn.ne.jp/~kyodokan/ -
旧歌志内線の歌志内駅の駅表示板。
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国木田独歩、三浦綾子ら、歌志内と関係のある作家達の業績を展示。
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歌志内線の各駅の駅標。
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歌志内出身で、1964年東京オリンピックフェンシング選手代表の荒木敏明さんに関する展示。今は沖縄にお住まいのようです。
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このような昭和期の家庭用品、工業用品などが所狭しと展示されています。
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古き良き時代の品々たち。
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母の母校・歌志内中央小学校の航空写真。
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炭鉱労働に関する展示も多数あります。
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しゃぼん玉で遊ぶ子供達。昭和31年の写真。この頃の日本は貧しかった事と思いますが、今とは違う「幸せ」があったのかもしれません。
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地下はこのような炭鉱関係の重機や備品が展示されています。
入場者は結構あり、自分たち以外にも15人ぐらいはいたように思います。ほとんどが歌志内もしくは隣の上砂川出身の方々のようでした。 -
「ゆめつむぎ」で「歌志内のむかしばなし 全四巻」を買いました。母にとっては懐かしい話もあったようです。
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同じく「ゆめつむぎ」で「石炭の置物」を購入。石炭の実物は初めて見ました。
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さて、感慨深かった歌志内巡りを終え、市で唯一のタクシー「西出ハイヤー」からホテルに戻ります。
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ホテルのご厚意で砂川駅まで送って頂く事となりました。ありがとうございました。遠くに市営墓地が見えます。
さようなら歌志内。 -
砂川駅に戻って来ました。
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母によると「砂川駅はこんなにキレイではなかった」とのこと。
やっぱり街というのは「廃線」になってしまうと急激に衰退するのかもしれません。函館本線が通っている砂川はまだ恵まれているということでしょう。 -
これから札幌に向かいます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- サビウスさん 2016/09/27 12:39:38
- はじめまして(^O^)
- サビウスと申します。
歌志内について色々調べているうちにパンガンさんのブログに辿り着きました。
実は、私の嫁の実家が歌志内出身何です!
今も義理の母が住んでます。
パンガンさんの写真見てとても親近感わきました。
私たちはほぼ毎年帰省を理由に歌志内に帰っています。
今年の冬も行きます!
ちなみにウチの嫁は中央小最後の卒業生らしいです(笑)
チロルまかもい岳もいつも行きますよ!
私は名古屋生まれなので今は名古屋の実家で私の親と同居をしております(^_^;)
- パンガンさん からの返信 2019/12/30 02:32:13
- RE: はじめまして(^O^)
- サビウス様
掲示板への書き込みをありがとうございました。随分と間が空いての返信と
なってしまい、大変申し訳ございません。
歌志内は昨年冬に二度目の訪問をしましたが、雪深く、印象的な場所でした。
人口そのものは減る一方で、3000人を切るのも時間の問題のようですが、
どう今後歌志内が変わって行くか、見守りたいと思います。
中央小学校最後のご卒業生とは印象深いですね!
書き込みを本当にありがとうございました!!
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