2014/07/03 - 2014/07/03
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imuさん
マカオは西洋と東洋が出会った街。
450年以上に渡って東西文化が融合、共存し、異文化共存の地として発展してきました。
そして、2005年7月、22の歴史的建築物と8か所の広場を含む生活空間が「マカオ歴史市街地区」として世界文化遺産に登録されました。
ポルトガルの植民地だったマカオは、中国に返還された後、中国色が強くなると予想されましたが、反対にポルトガル色がより鮮明になりました。
教会など、くすんでいた西洋建築は補修され、ポルトガルの石畳職人によって道路や広場も整備され、南欧の香りが強くなりました。
西洋文化の影響下で築いてきたものこそが「マカオらしさ」なのだとマカオ市民は考え、街づくりが行なわれてきたのです。
この日は、17世紀のマカオ風情が色濃く残っていると言われる、マカオ半島の南部を歩いています。
途中に寄ったアズレージョの販売店では、温かい人との出会いがありました。
暑さの中、過酷な観光になりましたが、とても満足のいく一日になりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
良いお天気の朝を迎えました。
朝食は、ラウンジの他に、6階のレストラン「ミストラル」でも良いとの事なので、今朝はミストラルに行ってみることにしました。
可愛い飾りがありました。
ちょうどサッカーワールドカップの開催中だったんです。
これ、お菓子で出来ているんじゃないかな? -
今日はたくさん歩くから、いっぱい食べておかなきゃ、そう思っていっぱい持ってきたけど、さすがに完食は無理でした。
嬉しかったのは、クロワッサンも焼けるトースターがあって、熱々サクサクのクロワッサンが食べられたこと。PAULの味に似ています。
コーヒーは、ポットで提供されます。 -
さあ、ちょっと遅くなっちゃったけど、出発。
先ず、路線バスで媽閣廟に向かいます。
マカオはタクシーがつかまらないと情報を得ていたので、路線バスでの移動を覚悟していました。やっぱり、ホテルのタクシー乗り場には列ができていました。
旅先で路線バスに乗るの、実は初めてで、 ちょっと緊張気味。
バス停は、昨日渡った歩道橋の近くです。
ちょうど、媽閣廟が終点のバスがきました。
下車の方法が一番不安だったから、ラッキー☆ -
バス停を降りたところにあったポルトガル料理のレストラン「ア・ロルシャ」
今回の旅で夕食に来たかったけど、帰りの足(バスとかタクシー)が心配で諦めたんです。意外と大丈夫だったかも・・・
最近は、すぐ隣にある「リトラル」より、こちらの方が人気があるみたい。
ただ、量が多いんだって。 -
【バラ広場(媽閣廟前地)】
ここまで来ると、急に辺りが開けて、海(内港)が見えます。
一面にポルトガル式の石畳(カルサーダス)が敷かれた、とても広い広場です。 -
バラ広場で見たお花、とても高い所に咲いています。
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こんなに大きな郵便ポストを見るのは、初めてです。
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【媽閣廟】
皆さんもうご存知ですよね。
中国語で「マァコッミュウ」と呼ばれ、マカオの地名の由来になったとされている、海の女神「阿媽(アマ)」を祀った、マカオ最古の中国寺院です。 -
媽閣廟は、バラ広場の一角にあります。
廟内には4つの堂があるので、案外大きいです。 -
中に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのは、こちら。
日本の絵馬みたいな物かな? -
直ぐ隣の売店で売っていました。
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手水舎のような物もありましたが、見ていると、手を洗う人、洗わない人、それぞれでした。
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お線香は、このような形もあれば、長い棒状の物もありました。
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次は【法務局大楼】を目指します。
地図では分からなかったけど、結構な坂を登って行きます。 -
坂の途中に、しかも下の部分は石垣になっているので、うっかり見逃すところでした。
【法務局大楼】は斜面に建っています。 -
イスラム様式の【法務局大楼】
マカオの警察部隊を補強するため、当時ポルトガル領でイスラム文化の残る、インドのゴアから派遣された、インド人部隊の寄宿舎として建てられた物です。
現在は、政府機関の事務所として使われています。 -
敷地内で見たプルメリア
いくつか花が落ちていて、いい香りがしました。 -
今回、どうしても行きたかった「西美斯国際貿易有限公司」
法務局のすぐ前にある、アズレージョのお店です。
店員さんと話をしていると、奥からお店のオーナーの方が わざわざ挨拶に出て来られました。
にこやかで、英語が堪能なお爺ちゃまは、87才、私の父と同い年です。
「とてもお若く見えますよ」「あなたの方こそ、お綺麗ですよ」
お世辞だと分かっていても、嬉しいものです。 -
色々聞いた後、壁掛けを1つと小さなタイルを2つだけ買ってきました。
とても頑丈な緩衝材で、きっちり包んでいただいたので、割れる心配はありません。
最後まで、ご親切に「ここを真っすぐに行った左側に、有名な場所があるよ」と教えてくださいました。
「鄭家屋敷」の事かな。
旅の良い思い出になりました。
ありがとうございました。 -
教えていただいた通り、真っすぐに進むと、先ず右手に【リラウ広場(亞婆井前地)】がありました。
「リラウ」とは、ポルトガル語で「山泉」
この地域は、初期ポルトガル人の定住地のひとつで、この天然の湧水がマカオの主要な水源でした。
井戸の側にいつも老女が座っていたことから、「お婆さんの井戸」と名付けられたそうです。 -
直ぐ近くにある【鄭家屋敷(マンダリンハウス)】
中国清時代の思想家、鄭觀應の邸宅でしたが、鄭家が屋敷を手放した後、荒廃した建物を、政府が8年かけて修復し、2010年に一般公開されました。
総部屋数60を超える中国の伝統的な建築様式に、西洋の装飾が取り入れられています。 -
敷地面積が、約4000平方メートル以上もあるので、かなり広いです。
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部屋は60以上・・・豪邸です。
雰囲気は中国だけど、所々に西洋らしさが垣間見えます。 -
中庭のこちらで、少し休ませてもらいました。
芝生の真ん中に木が1本あるお庭、空気が澄んでいて落ち着きます。 -
マカオのスズメ。
やっと撮れました。 -
これは違いますよ。
装飾です。 -
こうして、ちょっとずつ西洋文化が取り入れられています。
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リラウ広場では見られなかった井戸
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井戸の近くにありました。 石で造られたイスとテーブル。
井戸端会議もお洒落な感じに。 -
さて、次は【聖ローレンス教会(聖老楞佐教堂)】です。
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教会の前には、この木が必ずありました。
ハワイでも見たガジュマルの木。
幸せをもたらすと言われています。
囲いもしてあって、大切にしている事がうかがえます。 -
階段を登ると見えました【聖ローレンス教会】
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ちょっとした庭があって、綺麗な花々が迎えてくれます。
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サルスベリのような木
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珍しい花に出会うのも嬉しいです。
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祭壇は比較的シンプル。
海の神様「聖ローレンス」が祀られています。
昔、ポルトガル人船乗りの妻たちが石段に腰掛け、季節風に乗って夫たちが無事に帰還できるように祈ったことから「風順堂」とも呼ばれています。
通りに名前が付いている「風順堂街」は、現在もポルトガル人の末裔が多く住んでいるそうです。 -
初期のものは木造で、現在の石造建物は1803年のもので、屋根には中国産のタイルが使われています。
その後も数回にわたって修復されています。
左にある祭壇には中国語の表記がありました。 -
マカオの教会で一番美しいと言われる、聖ローレンス教会。
ステンドグラスはもちろんですが、ターコイズブルーの天井や、シャンデリアも綺麗でした。 -
庭の一角にこんな形でいらっしゃいました、マリア様でしょうか。
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次は【聖ヨセフ聖堂】に向かいます。
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ちょっと坂を下った右側にありました。
聖堂までは、また階段を上ります。 頑張れ! -
全体がクリーム色で、優しい雰囲気です。
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祭壇の下には、最後の晩餐のレリーフがあります。
カトリック教会で行われるミサは、最後の晩餐を模した、究極の祈りの場なのです。 -
トップの写真の絵は、主祭壇の左側にあります。
キリストが誕生した場面ね、そう思って見ていると、
「あら!牛?」
確か、キリストは馬小屋で産まれたと習った記憶が。
私はクリスチャンではありませんが、キリスト教の学校に在籍していた経験があるので、少しは分かっていたはずなのに・・頭の中は?マークでいっぱいに。
後日調べてみました。
この場所には馬はいなかったようで、牛とロバがいたようです。家畜小屋と解釈する方が良いとの事でした。
キリストの誕生は他にも、洞窟で産まれたなどの説があるようです。 -
パイプオルガンがあります。
ここで行われれる、きっと盛大だと思われるミサを、想像しました。
聖ヨセフという人・・・実はマリアの婚約者だったのです。
マリアは天使のお告げによって、キリストを産みましたが、ヨセフはマリアとキリストを守るために、主の天使の言われるままイスラエルやエジプトを旅しています。 -
右側面にある祭壇は、とても立派です。
夫が「骨があるよ」と言うので、よく見てみました。
聖フランシスコ・ザビエルの遺骨が祀られているのは知っていましたが、まさかこんな形で・・・
ザビエルは、日本にも宣教活動のために訪問していますね。
最初は鹿児島に上陸し、平戸、博多〜堺と。京では謁見してもらえず、山口でやっと大内義隆に謁見が叶った時、天皇に献上するつもりで持ってきた望遠鏡やら眼鏡など、すべてを献上したそうです。
その後、日本文化に影響を与えている中国での宣教が不可欠と考えて、上川島(現在は広東省、小さな島)に渡るも、中国への入境はかなわず、1552年12月、46歳で病死しました。 -
祭壇の中央を拡大撮影(夫)
確かに骨のように見えます。
ザビエルの遺骨は、右上腕骨はマカオ、耳と毛はリスボン、歯はポルト、胸骨の一部は、東京などに分散して保存されています。 -
次は 【聖オーガスティン教会】
【聖オーガスティン広場】
【ドン・ペドロ5世劇場】
【ロバート・ホー・トン図書館】
【聖ヨセフ修道院】です。
この5つの場所は、とても近くにあります。
図書館は冷房完備なので、バテちゃった人は先に図書館に向かいましょう。 -
【聖オーガスティン教会(聖奥斯定教会)】
スペインからフィリピンを経由してやってきたオーガスティン修道会が、質素な木造の修道院を建てたのが起源とされ、その後、ポルトガル人に引き渡され、今の場所へ移転。
春の伝統行事、パッソス聖体行列が行われるところです。 -
マイク使っちゃうのね。
この辺りで、夫がバテてきました。
夫は、出発の4日前に風邪で発熱していました。
病み上がりで、この暑さはかわいそう・・・
冷房のある図書館に急ぎます。 -
右側が教会、【オーガスティン広場】を横切って行きます。
-
【ロバート・ホー・トン図書館(何東圖書館)】
ここが入り口です。 -
入り口を抜けてここを通ると、鳥の綺麗な鳴き声が聞こえてきました。
探しても姿が見えず、残念・・どんな鳥なのかな?
しばらく座ってさえずりを聞いていたいな、そんな気持ちにさせられます。
ダメダメ、夫のためにも早く冷房の部屋に行かなければ! -
はぁ〜〜涼しい〜!
ここは、きっと本を読む場所なのだと思いますが、現地のお年寄りも涼みに来ているようでした。
私達もここでしばし休憩。
夫も体力を回復しました。 -
図書館には、近代的にデザインされた吹き抜けの場所や、中庭がありました。
もとは、ポルトガル人の住居だったところを、香港のビジネスマンだったロバート・ホー・トン卿が購入し、別荘として使っていたそうです。
彼はマカオでカジノ王と呼ばれるスタンレー・ホー博士の大伯父にあたるとか。
カジノ王一族かぁ・・桁が違うな・・日本人で会社潰しちゃった人もいるけど。 -
図書館の入口の左側に【聖ヨセフ修道院(聖約瑟修道院)】がありました。
-
この方もマリア様かな?
ガラスのケースにいる女性、いつもロザリオを手にしていますね。
ロザリオは、数珠みたいな物ですが、お祈りの数を数える事にも使います。
私も、いつも制服のベルト通しに絡ませてポケットに入れていました。 -
夫に無理を言って寄ってもらった【ドン・ペドロ5世劇場(崗頂劇院)】
ここは、東洋で最古のヨーロッパ式社交クラブといわれた場所で、のちにオペラハウスとして生まれ変わったとのこと。 -
劇場の名前は、当時のポルトガル国王にちなんで付けられたそうです。
-
今でも現役のコンサートホールとして、主にオーケストラの公演に使われているんだって。
この日も、バイオリンの音が聞こえました。 -
【オーガスティン広場(崗頂前地)】
現地の人には、広場というよりただの道のように使われていそうな小さな広場だけど、欧風の建物に囲まれて、まるで西洋の街にいるような可愛い場所でした。 -
右が教会、左が劇場、突き当たりが図書館。
この辺一帯は、とても綺麗に整備されています。
ポルトガルには行った事がないけど、きっとこんな街並みなんだろうな、と想像しました。
さて、今日予定していた場所はすべて観終わったので、ホテルに戻ります。 -
スタートが遅かったので、もう午後2時。
旅先で、こんなにお腹空いた〜って思う事はあまりないので、たくさん食べたい所だけど、今日は6時にポルトガル料理のレストランを予約しています。
確か、ホテルのカジノに小腹が満たされる所あるって、誰かのブログで見たよ。
ということで、やってきましたが、レストランの名前、忘れましたm(_ _)m -
私はだいたい雲呑麺を注文します。
夫が頼んだ この炒飯は、香ばしくて本当に美味しかった!
かなり量があります。 -
野菜も食べたいと、注文してみたレタスのソテーのような物
お腹が空いているから余計にそう感じたのか、こんなに美味しい味付けは今まで食べたことがないって思うほど美味しくて、雲呑麺(これ普通)、炒飯も含めて完食しました。 -
部屋に戻って、ひと休み。
予約していたレストランに向かいます。
写真は、エレベーターホールから。
ホテルと繋がっているけど、コンドミニアムタイプの棟の最上部分。
アズレージョ風の模様と赤いストレチアで、いい感じに。 -
「エスカーダ」
沢山あるポルトガル料理店の中から迷って決めたのが、こちら。
最大の決め手は、ホテルから歩ける距離だったからです。
新馬路を真っすぐ、セナド広場の並びにあります。新馬路からは、階段を登ります。
「エスカーダ」は、ポルトガル語で「階段」という意味らしいです。 -
-
外から見た通り、フロア面積は狭いけど、2階にも席があります。
私達は、2階に案内されました。
席の隣が階段、ここにも「エスカーダ」です。 -
タコのマリネ
さっぱりしていて美味しい☆ しかも大好きなパクチーが乗っていて嬉しい♪
予想通り、量は多いです。 -
普段は赤ワインを飲む私も、ポルトガルワインといったら白かな、と頼んだら、こんな形で出てきました。
こんな風に注がれたのは初めて。グラスは小さめだけど、量あるんじゃない?
と思いながら、おかわりしてしまいました。
マカオの暑さに、このワインはぴったりだと思う。 -
これは絶対に食べようと思った、アサリのワイン蒸し。
アサリがふっくらしていて、主婦の目からも、品質の良さが分かりました。
でも、量多い・・・ -
もう少し食べたいと言うので「アフリカンチキン」を追加しました。
アフリカンチキンは、お店によって違うのは知っていましたが、本当「アントニオ」で食べた物とはずい分違いました。
好みで分かれるところだけど、こちらのは、スパイシーで油分も多く、お腹にガツンとくる感じです。
どちらかと言うと、男性向きなのかな、夫は進んでいました。
スタッフの方が、もう少しにこやかだと、美味しいお料理がもっと美味しくなるのに、ちょっと残念でした。 -
お店を出て、階段を下りずに反対側に進むと【カテドラル広場(大堂前地)】に出ました。
-
この辺りのライトアップも綺麗でした。
-
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【カテドラル教会(大堂)】
前回マカオに来た時に、唯一訪問した教会です。
聖母マリアを奉る教会で、祭壇の下には16〜17世紀までの歴代主教の遺骨が埋葬されているそうです。
2つの鐘楼とステンドグラスが特徴の簡素な装飾の教会です。
前回訪問した時には、多くの人が祈りを捧げていました。 -
みんな歩きながら食べているのは、これだったんですね。
おでんみたい。 -
途中、「プラタオ」がありました。
「エスカーダ」とどちらにするか迷ったポルトガル料理店です。
雰囲気のよい店構えでした。 -
セナド広場に出てきました。
噴水は青や赤などに変わります。
まだまだ人がいます。 -
今日もここを通ってホテルに帰ります。
この商店街みたいな雰囲気、私は、たぶん夫も好きな通りです。 -
部屋に戻る途中にあるラウンジで「夜景撮っていこう」夫が言うので中に入ると、昨日のスタッフが「何か飲む?」と聞いてきました。
「もう終わりじゃないの?」「大丈夫ですよ」
お言葉に甘えて、赤ワインを頂きながら撮影させてもらいました。
お酒のせいか、カメラのせいか、私が撮った写真はガラスに反射してしまいました。この写真は夫が撮りました。
このスタッフの「おもてなし」で、「エスカーダ」の冷たい応対もなかったことに。
明日も頑張ろう、そんな気持ちにしていただきました。
ありがとうございました。
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