2014/06/28 - 2014/06/28
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dapuqiaoさん
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上海市や近郊には史跡や水郷の街などたくさんの見どころがあります。
ほとんどが日帰りで行く事が出来るので土、日に暇を見つけて訪れてみました。
今回は合肥の街です。
高鉄で片道3時間余り、日帰りには少々きつい所ですが、Taxi利用や駆け足巡りでなんとか回ってきました。
合肥にはメジャーな観光地は無いようなイメージですが、三国時代の曹操の魏の国と孫権の呉の国とがたびたび激突した場所だったり、宋代の包拯や清末代の李鴻章の生地としても有名なところです。
行程
上海虹橋 → 合肥 動車 D5478、約3時間半、161元
合肥 → 三国新城遺跡公園 Taxi、約35分、往復チャーター200元
三国新城遺跡公園 → 安徽省博物館 Taxi、約25分
安徽省博物館 → 合肥城隍廟 徒歩、約20分
安徽省博物館 → 濾州府城隍廟 徒歩、約8分
濾州府城隍廟 → 淮海路歩行街 徒歩、約18分
淮海路歩行街 → 李鴻章故居 徒歩、約20分
淮河路(李鴻章故居) → 明教寺 徒歩、約7分
明教寺 → 逍遥津公園 徒歩、約9分
逍遥津公園 → 包公園 バイクタクシー、約17分、10元
包公園 → 合肥 Taxi、約25分、15元
合肥 → 上海 高鉄 G7254、約3時間、210元
その二は、淮海歩行街~包公園。
写真は、包公園。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
-
6/28 14:05
淮海路歩行街の案内図。
李鴻章故居は直ぐ近くですが、明教寺は見当たりません。 -
14:07
李鴻章故居に到着。
合肥もとても蒸し暑いので「ぱじゃまおばちゃん」も現れます。 -
入場券。20元。
李鴻章は清末の太平天国の乱に際し団連(清代の地方民兵制度)を率いて参戦しその後、時の清の重鎮曽国藩の幕僚となる。 -
入場券の裏側に印刷されている故居全図。
けっこう広いです。 -
李鴻章は、曽国藩の湘軍に倣って淮軍(=地方軍)を組織し、その後曾国藩の後を継いで清国の重鎮となる。
-
日清戦争の敗北後、講和交渉で全権を任された李鴻章は、日清講和条約(下関条約)の調印を行った。
日本側の全権大使の伊藤博文さんの写真もありました。 -
李鴻章の書。
書の達人でもあったとの事。 -
故居には、中国の参観の方も少なからず見かけました。
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中庭と建物。
当時の様式を残した建物として残っているのは珍しいものだとか。 -
14:26
淮海路歩行者天国をさらに東に進みます。 -
淮海路歩行街の東の出(入り)口。
右端にあるのは体育彩票=スポーツ宝くじ売り場です。 -
14:33
明教寺に到着。
こちらは、教弩台跡地(=曹操軍が弩の訓練をした場所)でもあるそうです。 -
明教寺から眺める淮海路歩行街(西側=歩いて来た方)。
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大雄宝殿。
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大雄宝殿の大仏様にお参りする中国の女性。
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鐘楼には大きな釣鐘が。
鐘を突くのは有料です。三回突いて10元。 -
臥仏殿。
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中には横たわるお釈迦さまが。
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14:47
明教寺の裏通り(立志巷)を通って逍遥津公園に向かいます。 -
立志巷のお店では、あの世で使うお金が売られています。
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立志巷を突き当たると逍遥津路にでるので右に曲がります。
逍遥津路のごちゃごちゃした露店を通り抜けると、寿春路です。 -
寿春路の反対側に逍遥津公園の入り口が見えます。
が、前後に横断歩道はありません。 -
中国の人に倣って道路中央の柵の途切れるところまで行って横断します。
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逍遥津公園の案内板。
寿春路の入り口は図の下側になります。こちらから入って左上の出入り口に向かいます。 -
張遼の像。
合肥の戦いの中でも215年にこの地で行われた戦いは、孫権率いる10万の大軍勢が張遼・楽進・李典を大将とする8千ともいわれる少数の曹操軍に大敗したことで有名です。
中でも張遼の活躍は目覚ましく、800人で孫権の本隊に切り込んで打ち負かしたそうです。 -
「飛騎橋」
曹操軍に敗れた孫権が馬で飛び越えて逃げたという橋だそうです。 -
池の向こうの小さな島は、「張遼衣冠塚(=衣服を遺品として埋葬した塚)」との事。
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こちらの建物は、「逍遥閣」。
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「逍遥閣」から渡津橋を渡ると「逍遥墅」。
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公園内には家族連れで楽しめる娯楽施設がたくさんあります。
こちらは、釣り堀。 -
金魚釣り。
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孔雀園。
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中国版お化け屋敷。
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お化け屋敷の「友情提示」には、
1. 高血圧、心臓疾患の人
2. 妊娠中の人、10歳以下の子供
3. 60歳以上の老人
は、入場禁止とあります。
私は、「3」に当たるので入場不可。
というか、こちらからスルーしました。 -
さらにワニ園や、
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動物園や、・・・でもここは閉鎖中です。
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射撃場など遊技場が色とりどりです。
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三国歴史文化館。
そして三国志に関する陳列館も公園内にありました。 -
こぶりながら展示物は興味深いものが多く、三国時代のモニュメントや当時の武器、磁器や陶俑他が展示がされています。
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三国時代の各国の人口統計。
魏、呉、蜀を合わせて住民は800万人に満たなかったのですね。 -
戦国時代の矛。
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漢の時代の青銅の剣。
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魏、蜀、呉の皇帝。
言わずと知れた曹操、劉備、孫権。 -
有名な長坂(ちょうはん)の戦いの図もあります。
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さきほど訪れた合肥新城遺跡公園に関する展示もありました。
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この時代の六分儀なんでしょうか?
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三国志歴史文化館の隣には張遼の墓所がありました。
両側には、墓を守護し、霊を鎮魂する「鎮魂獣」の石像がならんでいます。 -
一番奥の小高い塚が墓所です。
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15:55
宿州路側の出入り口から出て、タクシーを拾おうとしますが全くつかまりません。 -
16:06
タクシーはつかまらなかったものの、うまい具合に現れたバイクタクシーに乗り込みました。
合肥の街でタクシーを拾うのはなかなか大変です。
バイクタクシーで逍遥津公園から包公園に向かいます。 -
16:12
下ろされたところは「環城公園」。
ん、・・・「包公園」ではなさそうだが、隣接している模様。
というか、・・・ -
環城公園は、名前の通り旧合肥の街を取り囲む河(北の河は「南淝河」南の河は「包河」)と濠に沿って造られています。
包公園はその中の一部で南の方にあります。
南淝河というのは、三国のもう少し後、100万の大軍を率いて東晋に攻め入った前秦の苻堅が大敗した「淝水の戦い」の淝水の事なんでしょう。 -
降りた場所からしばらく歩くと地元の人々がダンスやら、歌やら、京劇(?)やらいろいろと楽しまれています。
包公園とは雰囲気が違うようです。
間違って北へ向かってしまいました。 -
16:26
なので南へと戻ります。
包公園に到着です。
北宋時代の政治家包拯を記念して造られた公園で、包公祠、包公墓、清風閣、浮荘などがあります。。 -
浮庄。
1984年頃に包河の中の島に建てられた古い様式の建築群がみどころだそうです。
が、スルーします。 -
向かいの浮荘の建物(レストラン)を眺めるご夫婦、でしようか・
-
包公墓園。
包拯は、清廉潔白・公明正大な役人としてテレビでよく取り上げられ、若者からお年寄りまで知らぬ者がいないほど人気があります。
日本で言えば大岡越前と言うところでしょう。
包公墓そのものは、スルーしてしまいました。 -
16:32
清風閣への入場口。
清風閣は、1999年に包拯の生誕1000年を記念して建てられたものだそうです。 -
清風閣の入場券。35元。
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清風閣
包拯が活躍した宋代の建物を模して造られています。 -
包公祠。
包拯が活躍した開封の街にも包公祠はありますね。 -
包公祠入場券。20元。
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ハスの花咲く包河を渡って包公祠に入ります。
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あの入口の向こうのようです。
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包拯さんの祠です。
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もちろん祀られているのは包拯さんです。
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16:56
包公園を出て合肥鉄道駅に向かいますが、案の定タクシーがつかまりません。
すると一台の車が傍に停まってどこまで行くのかと聞き、乗れと言う。
旦那さんが運転して奥さんが助手席に乗っているようです。
親切な人がいるものだと思ったところ、・・・・
しばらく走って同様に声をかけて客を拾っている、いわゆる白タクさんでした。
-
17:25 合肥駅。
結局女性二人を拾って合肥の駅へ到着。
料金は私が15元、彼女たちは10元づつ、合計35元。どれくらいの儲けになるのでしょう?
駅前のタクシー乗場は相変わらずの行列です。
帰りは高鉄に乗ったので途中駅は4駅(南京南、無錫、蘇州、昆山南)で所要時間は2時間58分でした。
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