2012/12/25 - 2013/01/10
1044位(同エリア1944件中)
ちゃおさん
未明の大通りを歩く沢山の托鉢僧。10人から20人の一団が過ぎ去り、暫らくすると又次の一団がコーナーを回ってやって来る。この町、ルアンパバーンに一体幾つのお寺があるのか知らないが、市内外にある大寺にはラオスのこの北部地方から集まって来た少年僧、「เณร 」(ネーン)が何百人も修行しているだろう。又、少年僧に限らず、大人の僧侶、「พระสงฆ์ 」(プラソン)も一緒に修行している。
次から次にやってくる僧侶の行列。大人の僧侶に混じって、あどけない少年僧もいる。タイと同じように、この国でも男児は一度は出家僧となる義務がある。他の国の徴兵制のようなものだ。その少年僧の後ろを同じような年頃の普段着の少年が歩き、僧侶から渡された供物を沢山抱えている。抱えきれなくなるとどこかへ走り去っていくが、それは多分、供物の下取り業者、八百屋であったり、雑貨店であったりと、下取りに出して換金しているのだ。町の人は、その下取りされた供物を又買って、道端にならべ、次にやって来る托鉢僧に捧げものをする。
タイ語で「タンブン」(ทำบุญ)。多分ラオス語でも同じように言うのだろう。「徳を積むこと」。東南アジアで広く流布している高座部仏教の教えでは、生前に善徳を積めば積むほど、死後の世界が救われる、という、生前善行の教えが広く信じられている。特に僧侶を大切にし、人々は競って「タンブン」を行っている。今朝、このルアンパバーンの大通りで行われている、庶民と僧侶との供物のやり取りがその最たるものだ。
こうして小さな経済が回転して行くのかも知れない。八百屋も米屋も同じ商品を2回、3回転売を繰り返し、その都度、小さな利益を上げている。そうして儲かった商店主は率先して「タンブン」を行い、得られた利益を供物に代えて行く。もう何百年も昔から行われている地域経済の小さな循環だ。いや、人と庶民と僧侶と宗教の潤滑油なのかも知れない。誰も痛まないし、誰も得をしない。そうして数多くの僧侶が人々の善意により養われていく。
小1時間程見続けた。先刻は大勢いた観光客も同じような行列に飽きたのか、徐々に減っていき、今は数える程だ。暗い内から始まった庶民と僧侶の荘厳な儀式に皆満足し、帰って行った。当方も、今日はこれから又バスに乗って北の町に向かう。北の国境、雲南へ向かうのだ。そろそろ引き上げよう。
- 旅行の満足度
- 5.0
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