2014/06/08 - 2014/06/08
149位(同エリア1201件中)
ねいちゃさん
夏期休暇の旅行までは、旅行記を作れないなぁ〜っと思っていたんですが、とんだチャンスが舞い込んで来てしまいました。
職場で「彦根まで研修行ってこい!」とのご命令。
これって、彦根城観光できちゃいます?!
お仕事ながら4トラ魂爆裂して、カメラ持っていっちゃいました。
他の皆さんは純粋に「学んで」おられる中、私一人ガンガン写真撮りまくりの、浮きまくりです。(笑)
旅行っていえば小旅行なんですが、私の歴史心を完全にくすぐる「彦根城」
えぇ、頑張ってきましたよ〜。
梅雨の晴れ間も、私を後押ししてくれた感じ。
今回はあくまで「研修」のため、旅行記も「歴史」に重点を置いてます。
歴史に不慣れな方や読むのめんどくさいと思われる方は、どうぞ文章すっ飛ばして、写真だけでも楽しんで下されば、望外の喜びです。
ではでは「お勉強」の時間と参りましょう。(笑)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今回はお仕事です。ですが、彦根でもあります。
学生の頃一度観光した記憶はあるのですが、かなり前なんでほとんど忘れてしまった「彦根城」。
千載一遇のチャンスと言えば、大げさなんだけど、折角の彦根ですから、私なりに堪能しちゃいましょうね。 -
早朝6時起き、時間に遅れるわけには参りませんので、新幹線で米原まで出て、彦根まで戻ってくるという計画を立てました。
久しぶりの新幹線、京都から米原まではほんの20分で到着。そこから彦根までは在来線で5分です。時間はたっぷりと余裕をこいての到着でした。 -
彦根駅で私を迎えてくれたのは・・・おぉ、井伊直政公じゃないですか!
今旅行記のタイトルにもなった「井伊の赤備え」その人です。 -
それと、あぁ忘れてはいけませんね、彦根と言えばご存じ、「ひこにゃん」。
今回あちこちでひこにゃんと遭遇。子供のようにワイワイと喜びはしませんが、ある意味定番ネタでもあるんで、ここは素直にその出逢いも楽しんじゃいましょう。 -
護国神社
全国にあまたある護国神社。国のために亡くなった方の御霊をお祀りする神社です。 -
彦根城外堀
県道沿いに残っているのが護国神社前堀跡。
今は水が張ってませんが当時は水堀、彦根城三重の堀の一番外にあたりますが、現在外堀の多くは埋め立てられています。
なんでもマラリアの伝染を防ぐとか悪臭がするとかが理由。市内を歩くとあちこちに外堀の痕跡が残っているそうです。 -
イチオシ
彦根城中堀
風が無く堀の水面がまるで鏡のようですごく綺麗に撮れた一枚。
見た瞬間に「表紙」に決定いたしました。(笑) -
堅牢な石垣・・・朝の柔らかい日差しによく映えます。
彦根という地名は、かつて彦根山に祀られていた活津日子根命(いきつひこねのみこと)に由来するそうですよ〜。 -
中堀沿いの「いろは松」
何でも47本あった所から「いろは」になったんだとか。
今残っているのは33本、残念ながら「いろは」には届きません。
「アルファベット松」だと7本余裕がでるのですが・・・。 -
彦根城佐和口
彦根城は中堀に開く4つの門があり、南の京橋口、西の船町口、北の長橋口に加え、この東の佐和口となっています。
表門に通じるこの佐和口は、城の大手にあたる京橋口とともに大変重要な城門でもあります。 -
イチオシ
二の丸佐和口多聞櫓(にのまるさわぐちたもんやぐら)[重要文化財]
多聞櫓っていうのは、長い平屋が特徴の櫓で、松永久秀が建てた多聞城ではじめて築かれたことに由来しています。
彦根城の多聞櫓は枡形にそって、長屋が二度曲折している所が特徴。ここへは後で入りましょうね。無料ですし・・・。(笑) -
佐和口右翼の多聞櫓は、昭和35年井伊直弼没後百年を記念して復元された、コンクリート造りの開国記念館。
歴史的価値は左翼の多聞櫓に大きく及びません。ここも無料ですけど、新しい施設なので止めときましょう。 -
さて、枡形を通って城内に入りましょう。
左手に長大な平屋の建物、これは馬屋です。お城に馬屋があるのは常なのですが、多くは取り壊され現存しているものは少ないです。 -
馬屋(うまや)[重要文化財]
全国の近世城郭に残る大規模な馬屋として例がなく、国の重要文化財に指定されています。内部には21頭の馬を収容することができます。
う〜ん、ここも後ほど入ることにしましょう。歴史の匂いがぷんぷんすると私、我慢できません。(笑) -
表門橋(おもてもんばし)
この橋を抜ければ彦根城はもうすぐです。
現在の玄関口といってもいい表門橋は、明治初期の写真や当時の文献を参考に、3年の歳月をかけ平成16年に往時の姿として蘇っています。 -
彦根城内堀
綺麗ですねぇ、お城ってホント好きです。
左手に見えている建物が彦根城博物館。かつての表御殿の外観をそのままに復元されています。 -
登り石垣
全国的にも珍しい山の斜面を登るように築かれた石垣。高さ1mほどの石垣が鐘の丸に伸びています。
この城郭遺構は、兵庫県の洲本城や愛媛県の松山城など、限られた城でしか見ることはできません。
(説明文より) -
表御殿内能舞台
博物館内部に復元されている能舞台。現在では殆ど残っていない大名家の能舞台として貴重なものです。
寛政十二年(1800年)の建立。ただし、移築が繰り返され痛みが激しかったため、本柱などの部材は復元され、屋根も銅板に変わっています。
この日は学生さん?が師匠の指導を受けておられて、こういう練習風景が見られたことも面白かったです。 -
彦根城一帯は国の特別史跡のため、新たな建物を建てることができません。そこで博物館建設にあたっては、表御殿を復元する方向で認可されたそうです。
鉄筋コンクリートの外観部分復元・木造棟や庭園の復元・能舞台の移築などが行われ、表御殿は博物館機能を備えて、江戸時代後期の姿を今に残しています。
(博物館内の航空写真より) -
イチオシ
表門参道から廊下橋
彦根城と言ったらこの景観ですね。時代劇でもよくロケ地になっていますから、何度かご覧になられたことがあるハズです。
この廊下橋は合戦時には切り落とされ、本丸へ入れなくなります。攻め手側はこの高い石垣を登らないと攻略できません。まさに難攻不落の要害となるわけです。 -
「堀切」から天秤櫓の石垣をのぞむ
この高く積み上げられた石垣は、右と左では積み方が異なっているのがわかります。これは嘉永年間の大修理によるもので、建物だけでなく石垣まで積み替えられました。
写真の左側は嘉永七年(1854年)のもの、「落し積み」と呼ばれる構築法だそうです。 -
天秤櫓(てんびんやぐら)[重要文化財]
両端の2階櫓が荷物を下げた天秤に見える所からこう呼ばれます。一見左右対称のようにも見えるのですが、詳細に見ると2階櫓の向きが異なっていますし、格子窓の数も違います。
ただ、このような構造の櫓は見たことがないので、城門の堅固さと均整のとれた美しさにしばし見とれてしまいました。 -
右翼の2階櫓
こちらの石垣は越前の石工たちが築いたと言われる、築城当初の「牛蒡積み」。
「井伊年譜」という歴史書では、この櫓は長浜城大手門を移築したと記されています。実際井伊家の家紋とは異なった紋瓦も見つかってはいますが、断定はできないそうです。 -
太鼓門櫓(たいこもんやぐら)[重要文化財]
本丸に続く最後の城門。建物背面には壁のない所があります。大変珍しい形なのですが、一説にはここに「太鼓」が置かれ、音が遠くまで聞こえるための工夫だそうですが、本当はどうなんでしょうね?
この櫓も他の城門からの移築なのですが、どこの城だったのかはわかっていません。
彦根城の建物って移築ばかりですね、かなり急いで建てられたようです。 -
彦根城本丸天守(ひこねじょうほんまるてんしゅ)[国宝]
彦根城の建設は1604年より始まり、20年余かかって完成しました。
1600年といえば「関ヶ原」でしょ、1603年が「江戸幕府成立」。
戦国乱世の大勢は決している時期、じゃあこのお城は、軍事目的じゃないんだ!と考えがちなのですが、大坂には財力も名声もある豊臣氏が健在で、秀吉築城の難攻不落の大坂城もある。
徳川にとっては、睨みをきかす意味でも重要な位置の「彦根」に、急ピッチで建設されたお城だったわけです。 -
イチオシ
城主は井伊直孝、「赤備え」の井伊直政の子。直政は言わずと知れた徳川四天王の一人。譜代大名の筆頭の井伊家が、城主に当てられている所からも重要度が伺えます。
また、築城は井伊家単独ではなく、いわゆる「天下普請」。幕府主導で諸大名に割り当てがなされ、石田三成の佐和山城や京極高次の大津城など、近隣の城郭からの移築が目立っているのも、築城工事が急がされたのがわかります。
写真の天守閣など戦闘に備える主要部分は、ほぼ1607年までには完成され、「豊臣氏滅亡」へのカウントダウンが始まりました。 -
「豊臣氏」が滅んだ後は、軍事要塞から畿内近国の拠点として、政庁である表御殿や城下の町割りも進み、30万石の城下町・人口3万人を数える政治都市となっていきます。
譜代大名というのは、三河以来の家臣ですが、石高は多くなく小大名が大半、その代わりに老中や奉行職など幕臣として政治参加できるのが特徴。
その中で30万石を数える井伊家は、別格中の別格だったわけで、譜代筆頭として「大老」に就く家格を誇っています。 -
イチオシ
天守は3階3重、屋根は「切妻破風・入母屋破風・唐破風」を多様に配していて、窓も2・3階は「花頭窓」、3階は「高欄付廻縁」を巡らしています。
「廻縁」は人の過重を支える強度は、感じられませんからあくまでも飾り。この天守は外観重視で、変化に富んだ美しい姿を見せてくれます。 -
天守の建築構造は、中心に「大黒柱」はなく、箱を積み上げていくような構造となっています。
昭和30年代の解体修理の際に、墨書のある建築材から1607年完成だと判明したそうです。
また、元々は5階4重の天守だったものを、3階3重にして移築したこともわかりました。
面白いですね〜、何となく寸詰まり感があるなぁと思っていたんで妙に納得です。 -
「井伊年譜」によれば「天守は京極家の大津城の殿守也」とあって、大津城からの移築の可能性が高いそうですよ。
簡単に移築とは言いますが、一体どうやって運んでくるんでしょうねぇ。素人考えだと一から作った方が手っ取り早いような気もするんですが、解体して組み立てる方が格段に早いんでしょうね。 -
天守および附櫓・多聞櫓は昭和27年国宝に指定されました。現在国宝とされている城郭は、姫路城・松本城・犬山城とこの彦根城しかなく、国宝四城の一つとして貴重な建築物となっています。
世界遺産登録に向けて、市をあげて取り組んでいるのだそうですが、昨今登録基準が厳しさを見せている中で、なかなか難しい状況となっています。
そういや、「富岡製糸場」が登録されましたねぇ〜。近代産業との結びつきが評価されたようで、古いお城って言うだけじゃダメかもしれませんね。 -
天守閣内部は薄暗くいい写真はあまり撮れませんでした。
それにしても上層に登る階段が急すぎて、足がつっちゃいましたよ。何でも傾斜62度もあるそうで、天守に入り込んだ敵に登らせない工夫だとか。
階段も引っかけてあるだけで、簡単に外せるんだって。軍事重視の建築物なんですね〜。 -
よくTVとかで、天守閣から殿様が外を眺めるシーンがあるじゃないですか。
あれってウソなんですってね。普段殿様は御殿にいるんで、天守閣に登るのは就任直後の一回きりが普通。特に運が悪い殿様は落城して二回目を迎える羽目になるとか。
じゃあなんで建てるの? やっぱ権力の象徴なんでしょうね〜。
普段の天守閣は甲冑などの倉庫としての使用が一般的だと考えられています。 -
さて、ここでタイトルにもなった「井伊の赤備え」を語っておきましょう。
まだ語るんかい!とお叱りをうけそうですけど(笑)
「赤備え」というのは「赤い甲冑や武具」で色を統一された部隊をいい、戦場では抜群に目立つ所から、猛将に率いられる最強軍団に与えられる呼称となっています。 -
「赤備え」の歴史は、武田の勇将「甲山の猛虎」と畏れられた飯富虎昌(おぶとらまさ)から始まると言われています。武田二十四将の一人で、宿老中の宿老であったとか。
しかし、飯富は信玄・義信父子の対立で、義信側に立ったことから謀叛を疑われ、責任をとって自害します。 -
その後、「赤備え」を引き継いだのは、飯富虎昌の弟[甥?]、山県昌景(やまがたまさかげ)、武勇にたけた武田四天王の一人。
この飯富・山県の「赤備え」は、どんな勇将もその色を見て肝を冷やしたと言われ、最強武田軍団の代名詞ともなっています。
「赤備え」=「強さの象徴」となって、その武装は武田氏滅亡後にも継承されていくわけですね。 -
伊吹山
遠くに「伊吹山」が見えてますね。
滋賀県と岐阜県の県境にあります、標高は1377m。
ワイナピチュより1000mくらいは低いですけど。
日本百名山にも選定されているお山だそうで、私はまだ登ったことはありませんが・・・。 -
イチオシ
西の丸三重櫓(にしのまるさんじゅうやぐら)
彦根城には天守の他に、2棟の3階建物があって、そのうちの1棟が現存しているこの三重櫓です。もう1棟は明治初年に取り壊された山崎曲輪の三重櫓。
この櫓は、本丸に隣接する西の丸の西北隅に位置し、深い堀切に面して築かれた西方面の守りの要となっています。 -
伝聞では、浅井長政の居城小谷城の天守を移築したという話もあるようですが、昭和の解体修理では、そういった痕跡は見つかっていません。
逆に江戸後期の嘉永年間の大修理時の部材の取り替えが検出され、今日見る西の丸三重櫓は、戦国期というより江戸後期の姿を色濃く残しています。 -
東側と北側に続櫓が「く」の字になって付設しています。
破風などのないあっさりとした外観の櫓ですが、簡素な中にもどこかしら気品のある風情です。 -
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写真は堀切の上に掛けられている橋。
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堀切から見上げる西の丸三重櫓は、ほとんど絶壁の要塞です。
守りの要というのが肯けますね。 -
西の丸三重櫓から森の中へ。
木々の上に鳥が集まっています。何でしょ、鷺のようですが、ここからはよくわかりませんでした。 -
黒門橋からの内堀
井伊直政の「赤備え」の話がまだ終わっていませんでした。
直政は徳川による甲斐平定の折、山県勢の遺臣を数多く召し抱えることになり、その「赤備え」の軍装を自らも取り入れ、「赤備え」の継承者となっていくのです。 -
ウィキペディアに面白い話が載っていました。
大坂の陣の折、家康が煌びやかな井伊直孝(直政の子)の隊を見て、「赤備え」を嘆いたそうです。
その「赤」は余りにも鮮やかすぎて、外面だけの「赤備え」に、自分自身が肝を冷やした勇猛さのかけらもない姿に、きっと落胆したんでしょうね。
その中で使い古された具足を身に付けている者達を発見し、「あの者らは甲州からの家臣団であろう」と言い、確認が取れると「あれこそが本来の赤備え」と言ったとそうです。
とっても面白い話だと思いませんか? -
楽々園
ここは枯山水のような庭園になっていますが、古絵図には満々と水が描かれています。 -
槻御殿(けやきごてん)−彦根藩下屋敷
4代井伊直興によって1679年に完成した御殿で、現在建物部分は楽々園、庭園部分は玄宮園と呼ばれています。 -
槻御殿は写真のように現在数棟の建物しかありませんが、11代井伊直中の隠居の際には現在の10倍の規模に及び、藩政庁であった表御殿をはるかに凌駕したと言われています。
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玄宮園
彦根城の写真と言えばやっぱコレですよね。
庭園から見上げる天守に、一瞬言葉を失ってしまいます。 -
折角なのでセピア調に加工してみました。
いにしえ感がでるといいのですが・・・。 -
それにしても見事な庭園ですね。徳川幕府譜代大名の筆頭らしい素晴らしいお庭となっています。
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この「玄宮」の名は、中国の宮廷に付属した庭園を「玄宮」と言ったことから命名されたそうです。
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一説によると「近江八景」を取り入れて作庭されたとも伝えられていますが、玄宮園図には十景が示されており、当時は「玄宮園十勝」と呼ばれておりました。
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イチオシ
広大な池水をもつ回遊式庭園で、中島などには9つも橋がかけられています。
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庭園から臨池閣をのぞむ
池では船遊びもでき、庭園北側の水門から、もう一つの下屋敷である「お浜御殿」へ御座船で出向いたといいますから、何とも優雅な大名生活を送っていたんですね。 -
「赤備え」のその後・・・真田幸村の軍装も「赤備え」ってご存じでした?
恩賞や家名回復なんてどうでもよかった幸村は、ただただ徳川家康に一泡吹かせてやろうと武田家由来の「赤備え」で隊を編成しています。
一時は、三方ヶ原の戦い以来とも言われる本陣突き崩しを成し遂げて、家康も死を覚悟した戦ぶりを見せつけたそうです。 -
イチオシ
島津家に残る「薩摩旧記」では、「真田日本一の兵 古よりの物語にもこれなき由」と賞賛されています。
「赤備え」は多くの武将に継承され、その勇猛さのみをもって、存在価値を認められ続けていくのですね。 -
イチオシ
みなさん、ご存じの「ひこにゃん」も直政の「赤備え」の姿です。
もっとも幕末の動乱期では、「赤備え」は格好の敵の的となったそうで、井伊家家臣は争って「赤備え」の軍装を脱いで逃げ惑ってもいます。
そんなこんなも全部ひっくるめて、歴史って面白いものだと思います。
「カッケェ−」だけじゃない戦いの一端が、垣間見えて真実を語ってくれているような気もします。 -
井伊直弼大老像(いいなおすけたいろうぞう)
井伊家といえば、この方を忘れてはいけませんね。1858年天皇の勅許を得ずにアメリカと通商条約を結んだ人。その後、安政の大獄で大弾圧をし、恨みをかって桜田門で命を落とします。葬式の折には糸で首と胴体をくっつけて何とか体裁を保ったとのこと。 -
井伊直弼のイメージはあまりよくなく、いつも悪者で描かれることが多いです。
実像はとても実直な人で、生真面目だったようです。
ただ、生真面目ゆえに「保守」以外の想像力を持ち合わせていなかったことが、後世の悪評に繋がることにもなっているんです。その時代に生きている者には見えない「うねり」というものが歴史にはあるんですね〜。 -
馬屋内部
城内をくるりと一周して、馬屋に到達しました。
馬屋には引き綱をかける金具なんかもしっかり残ってて、江戸初期の様子を教えてくれます。 -
二の丸佐和口多聞櫓
多聞櫓にも入りましょう。かなり疲れてはきているんですが、もういいや!とは思えない建造物でした。 -
多聞櫓内部
鉄砲狭間は内部からかぶせられる様式となっていて、平和時の美しい外観を邪魔しない配慮もなされていました。 -
多聞櫓内側の雁木(がんぎ)
内側に階段が付けられているのがわかりますか?
あれが「雁木」。たくさんの城兵が一挙に多聞櫓に登れるようにしたもの。
城を守るための工夫の一つです。 -
多聞櫓から見上げる天守
-
イチオシ
表門橋より内堀をのぞむ
すっかり満喫しましたね〜、彦根城もそろそろ閉まる時間となってきました。
お暇の時間です。 -
彦根城博物館(表御殿)
この後、復元された表御殿内部も見学しましたが、写真はありません。
カメラ、ロッカーに入れちゃってて・・・(笑) -
表門橋
帰路に就く前に、彦根城周囲をぐるりと回っておきましょう。 -
おや、ポストの上にも彦根城?!
ぐいぐい、押してますね。やっぱり外観を見ると「寸足らず」に見えてしまうのは私だけ? -
家老脇屋敷跡(かろうわきやしきあと)
外壁の西面はなまこ壁というのでしょうか、設えが立派です。大層古い建物のようですが、屋敷跡というより長屋門みたいですね。 -
内堀沿い
のどかないい景色が広がっています。 -
二条城なんかを日々眺めていると、お城のイメージとして、堀はきっちり直線だと思いがちなんですが、ここのは大きく曲線を描いていますね、美しい。
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堀内では遊覧観光船もあるみたいですね。
1500円で、お堀巡りができるそうです。
詳しくはこちらまで
http://koedohikone.sakura.ne.jp/ -
大手門橋
こちらが城の正面になった所のようです。 -
大手門橋から内堀をのぞむ
大手門橋左手には現在梅林となっていますが、往時は幕府からの扶持米5万石を貯蔵する米蔵が並んでいた所です。 -
旧西郷屋敷高麗門(きゅうさいごうやしきこうらいもん)
この辺りは内堀と外堀の間、いわゆる第二郭と呼ばれているところで、千石以上の重臣の屋敷が広がっていました。現在は裁判所が建っていて、その周辺部に家老西郷家の邸宅の一部が保存されています。 -
高麗門から裁判所前を通り、京橋口方面へ向かうと、今度は長大な長屋門が見えてきます。これも西郷家の邸宅の一部です。
西郷家は知行3500石の家老で、京橋口の守備を担っておりました。いかにも家老職に相応しい立派な門構えで、ここまで長大なものは大変珍しい遺構。 -
旧西郷屋敷長屋門(きゅうさいごうやしきながやもん)
平成の解体修理時の調査では、邸宅内部には供侍部屋・番所部屋・馬8頭を収容する馬屋などがあったことがわかりました。
また、墨書により、1742年この長屋門が庵原家によって建てられ、明治の裁判所建設の際に、西隣の庵原家の長屋門がこちらに移築されたことも推測できるそうです。 -
解体修理って実に色んなことがわかるもんなんですね〜。
一建築物に秘められた謎が、ストーリーとなってよみがえってきます。
地道な考古的資料が歴史の隙間を埋めていくのも大変面白いと思います。 -
京橋から中堀をのぞむ
さて城外へ出て、しばらく散歩。列車の時間はわかりませんが、まぁ駅いけば何とかなるでしょ・・・。
喉も渇いてきたところなので、どっかビール飲めるとこないかな? -
夢京橋キャッスルロード
彦根城の大手にあたる京橋に向かう道。白壁と黒格子に外観を統一し、江戸時代の城下町がイメージされています。古い時代を新しく作った街、キャッチコピーの「OLD * NEW TOWN」は上手く作られてます。 -
雰囲気は確かにとってもいい感じなのですが、どうでしょうね「作られましたっ感」がパンパないんで、却って落ち着かないというか・・・。
他意はありませんが、何でしょう「被写体にはならない」と言えば、一番近い表現なのかも・・・。 -
それでも頑張ってみたほうの写真ですが、これがかなり朽ち、ボロボロになっていたとしても、江戸時代のものだったとしたら、もっとパシャパシャ撮るんでしょうねぇ。あくまで個人的な感想ですけど。
とっても綺麗で可愛らしい街なんですけどね。 -
宗安寺(そうあんじ)
井伊直政大公ゆかりの寺院、直政の旧領箕輪にあった安国寺を分割移築したもので、井伊家の支援を受け大いに栄えたと言われています。
江戸時代は朝鮮通信使高官の宿舎でもあり、本尊は大阪城仏間にあった淀君の念持仏と言われています。他に家康公の御位牌・通信使関連の画像・白砂の庭など、寺宝や見るべきものの多い寺院です。 -
佐和山城赤門礎石
その宗安寺の赤門は、石田三成ゆかりの佐和山城の表門からの移築と言われています。この門は馬上のまま駆け抜けられるように敷居がありません。この礎石も低めに作られていますね。 -
宗安寺赤門(佐和山城表門)
「三成に過ぎたるもの、島の左近に佐和の城」で有名な佐和山城、この赤門はその表門を移築したと伝えられています。
なんでこんな言われ方をしたのかというと、3層(5層とも)の立派な近世的な天守を建てたのが、三成レベルの武将には不釣り合いだとされたんですね。 -
もっとも、史実では三成はこの佐和山城に居る暇がなく、伏見城でせっせと政務をとっていたらしいのですが、それでも名君だったらしく、城下の民は三成をとても篤く信頼していたようです。
関ヶ原後は三成一族はこの城で自害して果てています。悲運の名将のお城でもあったわけで、この城を拝領した井伊直政は、その血塗られた城を捨て、彦根城を作るのですが、名君三成の治世にかなりプレッシャーを感じていたんじゃないでしょうか。 -
宗安寺黒門
宗安寺は、江戸時代朝鮮通信使高官の宿泊所だった所で、この黒門はその高官たちへの御馳走搬入のお勝手として使われたそうです。朝鮮通信使は将軍の代替わりの折に来る慶賀の使節で、必ずこの彦根を通ったと伝わっています。 -
四条町スクエア
大正ロマンあふれる街並み・・・町おこしの一環の施設のようですね。新しいながらもこじゃれた街で面白いです。 -
ただ、当日はもう夕方で、多くは閉まっているようで、ヒッソリとしていました。
いつもこんな感じなのかな〜?人があんまりいません。
クリーニング屋さんの古のミシン・・・懐かしいね、昔うちにもあった。
暮れゆく街を眺めながら、かる〜くビールをいただいております。
やれやれ〜。 -
今回の研修、それなりに楽しむことができませした。
たまにはどっぷりと「歴史」に浸ってみるのもいいものですね。
「これを見れば彦根城の全てがわかる!」いかがでしたか?(笑)
今回もここまでご覧下さってありがとうございましたっ!
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この旅行記へのコメント (10)
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- ippuniさん 2014/09/23 23:41:10
- 歴史のお時間
- ねいちゃさん、こんにちは。
すっかりさぼり癖が身についてしまってご無沙汰しております。
京都もいよいよ秋でしょうか?
こちらは冷夏が続いていたせいか夏が来てたのかどうかすら…。
今日は最低気温が5度まで下がり肌寒い朝でした。
さて、彦根城。
まだ見ていない旅行記がいくつかありましたが、
表紙の内堀の写真に惹かれてこちらからお邪魔しました。
鏡のような水面に映る景色は本当に美しいですね。
私は日本の歴史には詳しくはないですが、お城は好きです。
日本の城も、西欧の城も、外からの見栄えもそうですけど、
お城の中にいると何故かホッとするんですよね(笑)
前回初めて滋賀県に行って、関東や東北の方とは違う空気を感じました。
同じ日本だけど、外国みたいな(苦笑)印象?でしたね。
ねいちゃさんの今回の旅行記を見てあの感覚が蘇ってきました。
ねいちゃ先生の彦根城の講義、100パーセントは消化仕切っていないけど、
面白かったですよ。お勉強になりました。
オールド・ニュータウン(?)の町並みは…全く同意見です。
昔からディズニーランドとかハウステンボスとかといった場所は
とりあえず行ってはみるのですが、好きにはなれないというか、
あまり写真を撮る気にもならないし、興味が湧きません。
お金を払って入る農場やお花畑なども同様です。
あくまでも自然のそのものが良いというか… 分かりますよね?
この旅行記を見ていたらまたJR PASSで日本旅がしたくなりました。
ippuni
- ねいちゃさん からの返信 2014/09/24 00:26:38
- RE: 歴史のお時間
- お久しぶりです。ippuniさん♪
最近めっきりお見かけしなかったので、実は心配していたのですよ。
旅行記もUPされていて、少し安心いたしました。
なら、早く見に行けよって話ですが、お久しぶりなんでちょっと大事にとっておきます。(笑)
> 京都もいよいよ秋でしょうか?
今日は暑かったですね、九月半ばの方が過ごしやすかったくらい。
お彼岸が過ぎたら、急にぐっと涼しくなるのでもうちょいでしょうか、秋。
暑さ寒さも彼岸までってよく言ったものです。
> 表紙の内堀の写真に惹かれてこちらからお邪魔しました。
> 鏡のような水面に映る景色は本当に美しいですね。
彦根城は仕事の一環だったのですけど、思いの外いい旅になってくれました。
歴史ばっちり勉強したので、遺構の意味までよくわかって楽しかったですよ。
> 前回初めて滋賀県に行って、関東や東北の方とは違う空気を感じました。
> 同じ日本だけど、外国みたいな(苦笑)印象?でしたね。
仰る意味がなんとなくよくわかります。
近畿でも京都や大阪とは全く違う空気感があって、人がわさわさしていない落ち着きがほっとするんですよね。
終の棲家が滋賀県でもいいなぁとこの頃思います。逆に大阪には住みたくはないのですけど。
> ねいちゃ先生の彦根城の講義、100パーセントは消化仕切っていないけど、
> 面白かったですよ。お勉強になりました。
ありがとうございます。
歴史語りがなんかライフワークみたいになった感のある4トラですけど(笑)、旅行記づくりをしていると、バラバラの断片がストーリーをもってつながってくる感覚が好き。
自分のためなんだけど、読んで下さる貴重な方もいらっしゃって、ホントに感謝しております。
> あくまでも自然のそのものが良いというか… 分かりますよね?
ですね、もっとも今の自然もある意味、人間のつくりもの的な要素もありますが、つくりものを感じさせないどっしりとした存在感に惹かれます。
> この旅行記を見ていたらまたJR PASSで日本旅がしたくなりました。
是非また日本に戻ってきて下さいね。
京都へお立ちよりの機会がありましたら、ご一報くださいませ。
滋賀県でもご案内いたしますよ。(笑)
ねいちゃ
-
- レイジーガーデナーさん 2014/07/21 14:15:38
- さすが国宝!
- 彦根城、さすが国宝! 見事ですね。
世界遺産の価値、十分あると思うんですが…。
天守、きれいだけどコンパクトだな〜と思っていたら
小さくして移築されたとは!
おっしゃるとおり、プロポーション的にちょっと
無理があるような…。
それも当時の状況ゆえんと思えば納得ですね。
観光資源用にキレイにではなく(笑)火急の軍事施設だったと。
歴女には程遠く、知らないことばかりで勉強になりました。
実は最初、タイトルの赤備えが赤萌えに見えて…(>_<)。
やっぱ浦和レッズ、マンUと赤は強いんだなーと危うく
トンチンカンなコメするとこでした(爆)。
滋賀は修学旅行の際、選択コースになっていて
京都の自由行動の方に行ったので縁がなくて。
って、遥か大昔の話ですが(笑)。
こうしてみると日本は全国各地、素晴らしいところが
あるんだなあと、あらためて感動です。
- ねいちゃさん からの返信 2014/07/21 15:57:56
- RE: さすが国宝!
- こんにちは、レイジーガーデナーさん。
「彦根編」にコメントして下さりありがと〜。
> 世界遺産の価値、十分あると思うんですが…。
確かに他の城郭建築にはない遺構がかなり残っていて、大変面白いものではありましたが、ただ彦根ってこのお城だけしかないので、何かこう複合的なものがなければ、昨今の審査基準はなかなか通らないでしょうねぇ。
> おっしゃるとおり、プロポーション的にちょっと
> 無理があるような…。
そうなのですよ。天守閣ってスーって立ってるイメージでしょ。ここのはなんかズデンと幅広いなぁ〜と思ってましたが、寸詰めしてたんですね。
本来の5層5階建ての天守閣って見てみたいですよね。
> 実は最初、タイトルの赤備えが赤萌えに見えて…(>_<)。
「赤萌え」?!(爆)
井伊の赤萌え〜ってなんかいいじゃないですか。
強そうじゃなくなる気もしますが、歴女には大人気になるはずです。
> 滋賀は修学旅行の際、選択コースになっていて
滋賀はかなり田舎なので(京都人の上から目線?)
悪い意味ではなく長閑でいいところですよ。定年退職したら滋賀の田舎の一軒家でのんびり暮らせないかな〜なんて、最近思うようになってます。
京都は海がないせいか、湖でも広がってるといいなぁと思っちゃうんです。
是非、滋賀にも足を伸ばしてみてくださいね。
であであ〜 ねいちゃ
-
- ぺでぃまるさん 2014/07/06 17:50:11
- 見慣れた風景
- ねいちゃさん、こんにちは。
仕事ついでの趣味、最高です♪
彦根城の周辺の見慣れた風景は今やどうも思っていませんが、ここに来た当時は新鮮でした。
夢京橋キャッスルロードは仰るように出来合い感が強くて、愛着はあんま湧きませんが(^m^)
彦根城はうまく廃藩置県での取り壊しを逃れ、いい保存状態で残ってますよね。
本丸は遠景で見る方が絶対美しいと思います。姫路城や松本城と比べると、城の美しさでは敵いません。
譜代筆頭の大名・井伊家の城下町も今やかなり冴えない地方都市ですが、赤備えを纏ったひこにゃんと一緒に盛り上がっていきたいです!
本丸のショボーンとする落書き(彫ってたりするんですよ)に心痛めている一市民
ぺでぃまる
- ねいちゃさん からの返信 2014/07/07 01:29:44
- RE: 見慣れた風景
- ぺでぃまるさん 、こんにちは。
「赤備え」編にご訪問ならびにご投票、感謝いたします。
> 仕事ついでの趣味、最高です♪
ちゃんとお仕事しなきゃいけないんですけどねぇ〜、まぁ研修なんでこれもまた研修・・・と勝手に思うことにしました。(笑)
> 彦根城の周辺の見慣れた風景は今やどうも思っていませんが、ここに来た当時は新鮮でした。
彦根在住の方でしたか?
なんか好き放題の書きようで申し訳ないです。彦根の成り立ちを学ぶにつれなかなか奥の深い町なのだなぁと改めて思いました。
キャッスルロードは、観光客向けに特化していましたが、町おこしの一環として、頑張っているのが伺えました。旅のものとしては、へぇ〜そうなんだと思っただけですが、住まわれている方のご意見が聞けて嬉しいです。
> 本丸は遠景で見る方が絶対美しいと思います。姫路城や松本城と比べると、城の美しさでは敵いません。
本丸だけだと確かに負けちゃう感じですけど、総構え全体で見れば、実にしっかりと残った遺構でした。櫓の一つ一つに歴史があって、よく残されたお城だなぁと改めて関心した次第です。
> 本丸のショボーンとする落書き(彫ってたりするんですよ)に心痛めている一市民
京都でも心ない落書きなどはいつもニュースになります。文化財に対する真摯な気持ちをみんな持って欲しいものですね。いつも悲しい気持ちになります。
本日は書き込みまでしていただいてありがとうございました。
ねいちゃ
-
- ニッキーさん 2014/07/04 13:40:01
- 研修で彦根、ラッキーです。
- ねいちゃさん、こんにちは。
新幹線利用、米原経由で彦根へ!そんな手があったか〜。(^_^)/
彦根城の天守の美しいこと。
天守が現存するお城は貴重ですよね。中でも国宝指定は4か所ですか。
いいなぁ、我が街の佐倉城は明治の廃城令ですべて取り壊され、建物は何も残ってないんですもの。やっぱり天守ややぐら、石垣やお濠が残っていると、格も価値も違います。
遠い歴史に思いを寄せるにしても、形(特に本物)が残っていると、感動倍増ですよね。
新しい建物とは言え、表御殿の外観を再現した博物館も考えましたね。航空写真を見ると屋根の連なりがすばらしいです。
ところで傾斜角62度の階段?ひえ〜っ!階段というより「はしご」ですね。
「赤備え」って今回初めて知りました。黒沢明監督の映画(影武者?)で赤対黒の軍勢が戦うのを見て、あれは監督の美意識ゆえかと思ってたんですが、実際にあったんですね。ひこにゃんの装束は「井伊の赤備え」からのものだったんですね。勉強になりました。これからは赤い甲冑や武具を見ると、違った目で見られそうです。
それにしても、めっちゃいい研修でしたね。彦根の見学そのものが研修なんでしょうか、4トラベラーにとっては一石二鳥、一挙両得です。他の参加者からは「この人、なんで写真ばっかり撮ってるんだろう」と不思議に思われたかもしれませんけどね。
話が変わりますが、週末に映画「超高速参勤交代」を見に行きます。大名行列が実際どんなものだったのかはよく知りませんが、「参勤交代」なんて響きが久々です(すみません、私はそんなレベルです(^。^;))。貧乏藩の殿様とそれを支える家老とかが出てくるらしいです。
ねいちゃさんには「あんなの時代劇じゃなーい」と言われるかもしれませんが、歴史への関心導入にはいいかも。軽いノリで見て来ます。
ニッキー
- ねいちゃさん からの返信 2014/07/05 01:38:52
- RE: 研修で彦根、ラッキーです。
- こんばんは、ニッキーさん。
早速のご訪問ありがとうございます。
毎回来ていただけるのは、無上の喜びです。
> 新幹線利用、米原経由で彦根へ!そんな手があったか〜。(^_^)/
私も当初は在来線で・・・と思っていたんですが、間に合うためには6時発のバスに乗って地下鉄経由しかなかったもので、試しに新幹線使うとどうなるんだろ?って思ってみた所、千円しか違わなかったんで・・・。
時間を金で買うみたいなことになってしまいました。学生なんかはヒマはあるけど金がないんでしょうが、こっちはヒマがないものでね。こんな手を思いついた次第です。贅沢なんでしょうけれども。
> 彦根城の天守の美しいこと。
いいでしょ〜、快晴のおかげで綺麗な写真が撮れました。
つたない腕しかないモンで天候に左右されちゃうんですけど、この日はホントウソみたいな好天でした。もっとも夕方には雷雨だったんですけどね、これも僥倖。
現存4カ所のうち、行ってないのは丸亀城だけ。他のトラベラーさんの写真をみて、いつかは行ってみたいとも思ってます。
私的にもっとも好きなお城は、福井県の丸岡城でね。煌びやかさは何もないんですが、無骨さがね〜実にいいんですよぉ。お城の中のお城。
彦根城はさすがにかなり観光化されておりましたが、それでも古のいっぱい残ったいいお城でした。
> 「赤備え」って今回初めて知りました。黒沢明監督の映画(影武者?)で赤対黒の軍勢が戦うのを見て、あれは監督の美意識ゆえかと思ってたんですが、実際にあったんですね。
それはたぶん、「天と地と」の方だと思います、黒沢映画じゃなくて角川映画だったかな?影武者にも「赤備え」は出てましたけど・・・。「天と地と」はちょっとやり過ぎですけどねぇ。武田勢がみんな赤備えじゃないしぃ。全軍黒い中での赤備えでなきゃ〜。(笑)
> それにしても、めっちゃいい研修でしたね。彦根の見学そのものが研修なんでしょうか
彦根城内の博物館での研修で、フィールドワークでお城見学があったんで、事前に申し込んでいたんですよ。ホントは全編学びの場ではあったんですけど、4トラ魂がふつふつと・・・。(笑)
写真撮ってもいいと許可もらってですけどね〜。
彦根城の有り様も学べたんで、とてもいい研修でした。
語りの口上は学びの結晶なんで、ついつい饒舌になっております。
> 話が変わりますが、週末に映画「超高速参勤交代」を見に行きます。
佐々木蔵之介さんの映画ですね、私も見て見たいと思ってます。
史実には程遠いお話だとは思ってますが、エンターテナーが「参勤交代」をどう切り取るかって視点は、興味深いものはあります。
時代劇はおしなべて、史実じゃないんで、あんなの歴史じゃないとは当然思う所ですけど、そのノリというもので、歴史に興味関心をもっていただけるのなら、私的には嬉しいんですよ。
堅苦しく語るのも歴史ですが、人間が一生懸命生きてた時代もまた歴史。
そういう裾野が広がってくれれば、映画だろうが、ゲームだろうが、ジャンルは何でもいいと思っているんですよね。歴女ってブームですけど、それもいいんじゃないかな〜って思ってる。ただし批判的な視点は忘れないでねって思うんです。
ニッキーさんところにも、歴史的に違うんじゃないかとかお叱りのようなレスが届くこともあるかもしれませんが、そんなのどうでもいいんですよ。正しいか間違いかは専門家に任せればね。
歴史を感じて楽しめるのなら、楽しみ方なんて人それぞれでいいんです。
私の立ち位置はこれが原点。ここはブレないんです。
一人でも多くの方に、多少間違いでもいいから、歴史ってものに触れて欲しいし、遊んでほしいなぁと思っています。
堅苦しくなってしまいましたね、すいません。 ねいちゃ
-
- るなさん 2014/07/02 10:59:10
- 歴史は語る...ねいちゃ先生も語る...(笑)
- 兄貴ぃ〜こんにちは。
暑中お見舞い申し上げます。
あぁ、もう今年も半分終わっちまった--;
私の大の苦手な夏真っ盛り....嫌いです、暑いのめっちゃ嫌いです。
なので明日から逃避行してまいります(笑)行き先も涼しくはないけど、日本のような湿気はないから^^;
って、旅行記のコメントじゃないんかい?失礼しました。
歴史好きのねいちゃさんらしい大作ですね!
私はご存知のように、あまり歴史には興味がないので、すいません文章少しすっ飛ばしました(苦笑)
でも、ちゃんとお勉強させて頂きましたよ、たぶん。
鏡のようにシンメトリーに映る水辺は本当に美しい写真です。
私も映りこみってのは大好きでよく撮りますわ。
昼間もいいけど、夜の光を取り込む水辺もいいよね☆
西郷家の長大な長屋門の縦写真もきりっとしてていいなぁ〜
私はどうも縦構図が好きなようで、気付くと自分でも縦写真が多いなと思うのです。
たぶん、街並み撮りが好きなんで、その高さを表したいのかなぁ?と思ったりしてます。
「夢京橋キャッスルロード」
やっぱり作られた感があるのね?
どうしても時間を経た物でないから、綺麗過ぎなんだよね。しょうがないかもですね。
やはり古い物の良さって、歴史を積み重ねた証なのだと思うから。
お体ご自愛下さいませ〜
るな
- ねいちゃさん からの返信 2014/07/02 13:16:16
- RE: 歴史は語る...ねいちゃ先生も語る...(笑)
- 姉さん、こんにちは。
早速のご訪問痛み入ります。
私なんて姉さんの4作目もまだ訪問できてないのに〜、すいません。
必ずや訪問の後、コメントさせていただきます。
毎日暑いね〜、明日からまた逃避行?!・・・日本滞在は腰掛け程度とは羨ましい限りです。宮仕えの悲しい性ですが、暑い日本で頑張りますわ。
> 私はご存知のように、あまり歴史には興味がないので、すいません文章少しすっ飛ばしました(苦笑)
全然OKですよん。好きな人間が好きなように書いただけですから、何というか、学んだことを自分なりに咀嚼するのに、4トラ旅行記は私的には便利なツールなもんで。
> 鏡のようにシンメトリーに映る水辺は本当に美しい写真です。
> 私も映りこみってのは大好きでよく撮りますわ。
特に意図していたわけじゃないのですが、上下対称に同じ景色で、風もなくて綺麗な写真になってくれました。PCに取り込んでから、大きくしてみるとホント綺麗で・・・偶然の産物に感謝です。
> 私はどうも縦構図が好きなようで、気付くと自分でも縦写真が多いなと思うのです。
癖みたいなのってでますよね。私は地面張り付き写真が結構好きです。(笑)
4トラ旅行記って横長写真は小さいけど、縦長は結構インパクトある大きさになるのでつい多用してしまいまする。縦写真は遠近感がでるんで私も好きですね。
> やはり古い物の良さって、歴史を積み重ねた証なのだと思うから。
私の体も歴史を積み重ねてボロボロですわ、古き良きって私自身の体に限ってはもうありませんね〜。というわけでご自愛もしてあげないと。
> お体ご自愛下さいませ〜
素敵なご旅行を〜、また旅行記楽しみにしています。
(だったらすぐに見に来いって話ですけど・・・見にいくね、絶対)
姉さんも、いたわりつつ、この夏を乗り越えてくださいませ。 ねいちゃ
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