ギリシャ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
当分旅行に行けそうもないので、これまでに行った<br />旅行記をアップしています。今回はギリシアです。<br />トルコ旅行がギリシアに興味を持つきっかけでした。<br />ギリシア神話を読み、ギリシア悲劇を読み、<br />ギリシア哲学を読み、頭をギリシアで満杯にして、<br />二週間のリフレッシュ休暇を使って<br />ギリシアに行った時の旅行記です。<br />旅行記は1回で全てをまとめるように心掛けていますが、<br />今回はツアーと個人旅行の二部構成のため、前編、後編に分けました。<br />前編はツアーで廻った「ギリシア本土・ペロポネソス半島編」です。<br />

2008年 すごいぞ!ギリシア 「本土・半島編」

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2008/05/20 - 2008/06/01

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usan-kusai

usan-kusaiさん

当分旅行に行けそうもないので、これまでに行った
旅行記をアップしています。今回はギリシアです。
トルコ旅行がギリシアに興味を持つきっかけでした。
ギリシア神話を読み、ギリシア悲劇を読み、
ギリシア哲学を読み、頭をギリシアで満杯にして、
二週間のリフレッシュ休暇を使って
ギリシアに行った時の旅行記です。
旅行記は1回で全てをまとめるように心掛けていますが、
今回はツアーと個人旅行の二部構成のため、前編、後編に分けました。
前編はツアーで廻った「ギリシア本土・ペロポネソス半島編」です。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
グルメ
3.0
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
50万円 - 100万円
交通手段
観光バス
航空会社
スイスインターナショナルエアラインズ
旅行の手配内容
その他
  • 当時、ギリシア旅行を主催している旅行会社は少なく、<br />2週間程度の旅程で内容はほぼ同じでした。調べるうちに、<br />日程は9日ですが、ツアー後に個人旅行を組み込むことが<br />出来る旅行がありました。そのツアーの説明会に参加すると<br />ベストシーズンは5月で、夏は暑くて遺跡巡りは辛いことがわかり、<br />早速5月下旬に申込をしました。ところが、5月下旬に旅行に<br />行ける人が多くはないせいか、ツアーがなかなか決定にならず、<br />ゴールデンウィーク前にやっと決定の連絡が入りました。<br />それから個人旅行の手配をしたため、希望通りの予約が取れず、<br />5月下旬出発の13日間の日程となりました。<br />ツアー後は、幾つかの島を見て回ることを考えていましたが、<br />最終的にはクレタ島とサントリーニ島の2島のみを廻ることに<br />なりました。アテネからクレタ島へは飛行機を、クレタ島と<br />サントリーニ島の間は直行便がないのでフェリーを利用。<br />飛行機とフェリー、クレタ島のホテルの手配は旅行会社に依頼し、<br />サントリーニ島と帰国前日のアテネのホテルは、自分で予約をしました。<br />こうして全ての準備が整ったのは、出発の一週間前でした。<br />

    当時、ギリシア旅行を主催している旅行会社は少なく、
    2週間程度の旅程で内容はほぼ同じでした。調べるうちに、
    日程は9日ですが、ツアー後に個人旅行を組み込むことが
    出来る旅行がありました。そのツアーの説明会に参加すると
    ベストシーズンは5月で、夏は暑くて遺跡巡りは辛いことがわかり、
    早速5月下旬に申込をしました。ところが、5月下旬に旅行に
    行ける人が多くはないせいか、ツアーがなかなか決定にならず、
    ゴールデンウィーク前にやっと決定の連絡が入りました。
    それから個人旅行の手配をしたため、希望通りの予約が取れず、
    5月下旬出発の13日間の日程となりました。
    ツアー後は、幾つかの島を見て回ることを考えていましたが、
    最終的にはクレタ島とサントリーニ島の2島のみを廻ることに
    なりました。アテネからクレタ島へは飛行機を、クレタ島と
    サントリーニ島の間は直行便がないのでフェリーを利用。
    飛行機とフェリー、クレタ島のホテルの手配は旅行会社に依頼し、
    サントリーニ島と帰国前日のアテネのホテルは、自分で予約をしました。
    こうして全ての準備が整ったのは、出発の一週間前でした。

  • 1日目。激しい雨の朝でした。<br />新宿西口からリムジンバスを利用し、成田着7時。<br />いつものことですが、集合時間よりかなり早い。<br /><br />ギリシアへの直行便はないので、チューリッヒで乗り換えます。<br />10時25分発のスイス航空で、午後4時30分にチューリッヒ着。<br />午後8時35分チューリッヒを出発して、深夜のアテネに到着。<br />ホテル「Divani Acropolis Palace」に着いたのは、<br />深夜1時を回っていました。<br />出迎えてくれた現地のガイドはかなり高齢の女性でした。<br />こんな遅くまで仕事をして大丈夫なのかと、こちらが心配しました。<br />部屋にはミニバーがなく、酒を買っておけばよかった。<br />

    1日目。激しい雨の朝でした。
    新宿西口からリムジンバスを利用し、成田着7時。
    いつものことですが、集合時間よりかなり早い。

    ギリシアへの直行便はないので、チューリッヒで乗り換えます。
    10時25分発のスイス航空で、午後4時30分にチューリッヒ着。
    午後8時35分チューリッヒを出発して、深夜のアテネに到着。
    ホテル「Divani Acropolis Palace」に着いたのは、
    深夜1時を回っていました。
    出迎えてくれた現地のガイドはかなり高齢の女性でした。
    こんな遅くまで仕事をして大丈夫なのかと、こちらが心配しました。
    部屋にはミニバーがなく、酒を買っておけばよかった。

  • 2日目。<br />このツアーは、東京出発組と大阪出発組が<br />アテネで合流します。昨夜、大阪からの到着は、<br />私達よりも1時間程遅く、深夜2時を過ぎていたそうです。<br />添乗員はそれぞれ1名付いているので、現地ガイドと合わせて<br />3名体制です。大変心強い。<br /><br />初日はアテネ観光です。<br />アテネ国立考古学博物館からスタートします。<br />

    2日目。
    このツアーは、東京出発組と大阪出発組が
    アテネで合流します。昨夜、大阪からの到着は、
    私達よりも1時間程遅く、深夜2時を過ぎていたそうです。
    添乗員はそれぞれ1名付いているので、現地ガイドと合わせて
    3名体制です。大変心強い。

    初日はアテネ観光です。
    アテネ国立考古学博物館からスタートします。

  • 地元の子供達が校外授業に来ていました。

    地元の子供達が校外授業に来ていました。

  • ポセイドンのブロンズ像。<br />どういう訳か、写真を撮っているのは女性ばかりです。<br />

    ポセイドンのブロンズ像。
    どういう訳か、写真を撮っているのは女性ばかりです。

  • アルテミシオンの馬に乗った少年。<br />この他、本で見たコレクションが数多く展示されています。<br />

    アルテミシオンの馬に乗った少年。
    この他、本で見たコレクションが数多く展示されています。

  • この博物館に来る人の目当ては、なんと言っても<br />このアガメムノンの黄金のマスクのようでした。<br /><br />あまりに展示数が多いので、<br />一点一点見ている暇がありません。<br />足早に見学して、次の目的地ア<br />クロポリスに向かいます。<br /><br />

    この博物館に来る人の目当ては、なんと言っても
    このアガメムノンの黄金のマスクのようでした。

    あまりに展示数が多いので、
    一点一点見ている暇がありません。
    足早に見学して、次の目的地ア
    クロポリスに向かいます。

  • アクロポリスには、既に大勢の観光客が到着していました。<br />まだ昼前だというのに、既に汗ばむくらいに暑い。<br />所々つるつるした大理石があり、滑りやすいと注意されました。<br />言うとおり、何人かの人が転ぶのを見ました。<br />

    アクロポリスには、既に大勢の観光客が到着していました。
    まだ昼前だというのに、既に汗ばむくらいに暑い。
    所々つるつるした大理石があり、滑りやすいと注意されました。
    言うとおり、何人かの人が転ぶのを見ました。

  • 当時、アクロポリスは、いたる所が修復中でした。

    当時、アクロポリスは、いたる所が修復中でした。

  • 入って左手に見えるエレクテイオン神殿。

    入って左手に見えるエレクテイオン神殿。

  • 屋根を支える少女像はレプリカです。<br />本物は博物館に保管されています。<br />

    屋根を支える少女像はレプリカです。
    本物は博物館に保管されています。

  • パルテノンも足場が組まれて修復中でした。<br />エレクテイオンはイオニア様式、<br />パルテノンはドーリス様式と説明を受けました。<br />イオニア様式には柱頭に装飾があり、<br />柱の下には台座がありますが、<br />ドーリス様式にはそれがありません。<br />

    パルテノンも足場が組まれて修復中でした。
    エレクテイオンはイオニア様式、
    パルテノンはドーリス様式と説明を受けました。
    イオニア様式には柱頭に装飾があり、
    柱の下には台座がありますが、
    ドーリス様式にはそれがありません。

  • パルテノンから見下ろした<br />ディオニッソス劇場。<br />

    パルテノンから見下ろした
    ディオニッソス劇場。

  • アゴラ(市場)にある、へファイスト神殿も<br />眼下に見ることが出来ます。<br />ギリシアで最も保存状態が良いと言われる<br />建造物です。<br />

    アゴラ(市場)にある、へファイスト神殿も
    眼下に見ることが出来ます。
    ギリシアで最も保存状態が良いと言われる
    建造物です。

  • 現在のパルテノンはペルシア戦争後の<br />紀元前432年に完成されたものだそうです。<br />四面の破風も、足場のために良く見えませんでした。<br /><br />

    現在のパルテノンはペルシア戦争後の
    紀元前432年に完成されたものだそうです。
    四面の破風も、足場のために良く見えませんでした。

  • パルテノンの後は、1896年の第一回オリンピックが<br />開催された競技場を見物。<br />その後、早目の昼食となりました。<br />昼食の時に参加者の紹介があり、<br />東京組は北海道から参加の女性二名、年配のご夫妻一組、<br />一人参加の高齢の男性、そして私たち夫婦の七名。<br />大阪組は、女性二名の2グループ、年配のご夫妻2組、<br />一人参加の中年男性の九名で、総勢十六名です。<br />前回のトルコ旅行とは違い、私達夫婦が最年少のようでした。<br />

    パルテノンの後は、1896年の第一回オリンピックが
    開催された競技場を見物。
    その後、早目の昼食となりました。
    昼食の時に参加者の紹介があり、
    東京組は北海道から参加の女性二名、年配のご夫妻一組、
    一人参加の高齢の男性、そして私たち夫婦の七名。
    大阪組は、女性二名の2グループ、年配のご夫妻2組、
    一人参加の中年男性の九名で、総勢十六名です。
    前回のトルコ旅行とは違い、私達夫婦が最年少のようでした。

  • 午後は、スニオン岬へ。<br />アテネから1時間程で到着しました。<br />岬の突端に見えるのがポセイドン神殿です。<br />遠目にも美しい。<br />

    午後は、スニオン岬へ。
    アテネから1時間程で到着しました。
    岬の突端に見えるのがポセイドン神殿です。
    遠目にも美しい。

  • 入場口からポセイドン神殿までは、<br />ゆるやかな登り坂が続き、湿気が多く汗が出ます。<br />この神殿はペロポネソス戦争の時は要塞となったそうです。<br />祀られていたブロンズのポセイドン像は、<br />アテネ考古学博物館に展示されていたあの像です。<br />

    入場口からポセイドン神殿までは、
    ゆるやかな登り坂が続き、湿気が多く汗が出ます。
    この神殿はペロポネソス戦争の時は要塞となったそうです。
    祀られていたブロンズのポセイドン像は、
    アテネ考古学博物館に展示されていたあの像です。

  • 入場口からポセイドン神殿までは、<br />ゆるやかな登り坂が続き、湿気が多く汗が出ます。<br />この神殿はペロポネソス戦争の時は要塞となったそうです。<br />祀られていたブロンズのポセイドン像は、<br />アテネ考古学博物館に展示されていたあの像です。<br />

    入場口からポセイドン神殿までは、
    ゆるやかな登り坂が続き、湿気が多く汗が出ます。
    この神殿はペロポネソス戦争の時は要塞となったそうです。
    祀られていたブロンズのポセイドン像は、
    アテネ考古学博物館に展示されていたあの像です。

  • ホテルの屋上はお酒が飲めるラウンジになっていました。<br />同じグループの人たちがすでに数人飲んでいて、<br />仲間に加えてもらいました。<br />遠目にアクロポリスの丘が望めます。<br /><br />ギリシアの1日目が終わりました。<br />

    ホテルの屋上はお酒が飲めるラウンジになっていました。
    同じグループの人たちがすでに数人飲んでいて、
    仲間に加えてもらいました。
    遠目にアクロポリスの丘が望めます。

    ギリシアの1日目が終わりました。

  • 3日目。 <br />アテネを後にして、コリントス、ミケーネ、<br />エピダウロスを回ってナフプリオンまで行きます。<br />写真はエーゲ海とイオニア海を結ぶコリントス運河です。<br />

    3日目。 
    アテネを後にして、コリントス、ミケーネ、
    エピダウロスを回ってナフプリオンまで行きます。
    写真はエーゲ海とイオニア海を結ぶコリントス運河です。

  • 運河からバスで少し走ったところに、<br />コリントス遺跡があります。<br />まずは、考古学博物館から見学します。<br />こぢんまりした博物館です。<br />

    運河からバスで少し走ったところに、
    コリントス遺跡があります。
    まずは、考古学博物館から見学します。
    こぢんまりした博物館です。

  • ディオニッソスの胸像です。

    ディオニッソスの胸像です。

  • 博物館を出ると、そこが遺跡の入口になっています。<br />見応えのある遺跡でした。<br />旅行前に、この地について何も調べていなかっただけに<br />驚きました。<br />後でわかったことですが、コリントスは前6世紀頃<br />から栄えたポリスで、カエサルの時代に再興された<br />古代からの要衝の地であったのでした。<br /><br />かなり風化の激しいものもあり、あと百年も経てば<br />全てが土に還ってしまうにちがいない。<br />

    博物館を出ると、そこが遺跡の入口になっています。
    見応えのある遺跡でした。
    旅行前に、この地について何も調べていなかっただけに
    驚きました。
    後でわかったことですが、コリントスは前6世紀頃
    から栄えたポリスで、カエサルの時代に再興された
    古代からの要衝の地であったのでした。

    かなり風化の激しいものもあり、あと百年も経てば
    全てが土に還ってしまうにちがいない。

  • これはローマ時代のものです。

    これはローマ時代のものです。

  • アゴラ(市場)のあったらしい場所です。

    アゴラ(市場)のあったらしい場所です。

  • アポロン神殿です。<br />それぞれの土地にその土地の神が祀られますが、<br />アポロンはギリシア全土で信仰される神なので、<br />さまざまな土地に神殿があります。<br />この神殿はドーリス様式で、床と7本の柱が残っています。<br />

    アポロン神殿です。
    それぞれの土地にその土地の神が祀られますが、
    アポロンはギリシア全土で信仰される神なので、
    さまざまな土地に神殿があります。
    この神殿はドーリス様式で、床と7本の柱が残っています。

  • ガイドは到着時に出迎えをしてくれた年配の女性、<br />昨日アテネを案内してくれた別の年配の女性、<br />そして今日からは別の年配の女性です。<br />この女性が今日以降の旅に同乗してくれます。<br />参加者の高齢化を棚に上げる訳ではないのですが、<br />現地の日本人ガイドの高齢化が進んでいるようでした。<br />説明は丁寧でゆっくり、昔習った小学校の<br />先生を思い出しました。<br />

    ガイドは到着時に出迎えをしてくれた年配の女性、
    昨日アテネを案内してくれた別の年配の女性、
    そして今日からは別の年配の女性です。
    この女性が今日以降の旅に同乗してくれます。
    参加者の高齢化を棚に上げる訳ではないのですが、
    現地の日本人ガイドの高齢化が進んでいるようでした。
    説明は丁寧でゆっくり、昔習った小学校の
    先生を思い出しました。

  • コリントスを後にして、ミケーネに向かう途中にある<br />「アトレウスの宝庫」です。<br />これは前13世紀後半の遺跡で、トロス式墳墓といわれる<br />横穴式の墓です。中にはこれと言って何もありません。<br />

    コリントスを後にして、ミケーネに向かう途中にある
    「アトレウスの宝庫」です。
    これは前13世紀後半の遺跡で、トロス式墳墓といわれる
    横穴式の墓です。中にはこれと言って何もありません。

  • ミケーネの遺跡です。<br />ホメロスの『イリアス』ではミケーネではなく、<br />アルゴスと呼ばれています。<br />ミケーネ文明は前17世紀の中ごろから栄え、<br />前15世紀までにはその文明圏が広範囲に及んだ<br />と言われています。<br />

    ミケーネの遺跡です。
    ホメロスの『イリアス』ではミケーネではなく、
    アルゴスと呼ばれています。
    ミケーネ文明は前17世紀の中ごろから栄え、
    前15世紀までにはその文明圏が広範囲に及んだ
    と言われています。

  • 遺跡の入口のライオン門。

    遺跡の入口のライオン門。

  • シュリーマンが発掘した円形墓域Aです。<br />アテネ考古学博物館の黄金のマスクは、<br />ここから出土したものです。<br />『イリアス』の舞台となったのは、ミケーネ文明末期の<br />前13世紀ごろですが、それでもギリシア最大の王国だったため、<br />ミケーネの王アガメムノンが全ギリシアを率いて、<br />弟の妻を取り返しにトロイへ遠征したのです。<br />

    シュリーマンが発掘した円形墓域Aです。
    アテネ考古学博物館の黄金のマスクは、
    ここから出土したものです。
    『イリアス』の舞台となったのは、ミケーネ文明末期の
    前13世紀ごろですが、それでもギリシア最大の王国だったため、
    ミケーネの王アガメムノンが全ギリシアを率いて、
    弟の妻を取り返しにトロイへ遠征したのです。

  • アイスキュロスの『オレスティア三部作』は、<br />アガメムノン一族の悲劇です。<br />トロイから帰還したアガメムノンは、妻の王妃<br />とその情夫の手にかかってあっけなく殺されます。<br />これが一作目『アガメムノン』の物語です。<br />

    アイスキュロスの『オレスティア三部作』は、
    アガメムノン一族の悲劇です。
    トロイから帰還したアガメムノンは、妻の王妃
    とその情夫の手にかかってあっけなく殺されます。
    これが一作目『アガメムノン』の物語です。

  • 二作目の『供養する女たち』は、アガメムノンの死後、<br />虐げられて過ごしている娘エレクトラが、<br />亡き父の墓に供養し悲嘆に暮れている場面から始まります。<br />そこに他国に亡命していた弟オレステスが戻ってきます。<br />待ちわびた姉と弟が再会する場面は感動的です。<br />そして見事父の復讐を果たすのですが、<br />母をも殺してしまった罪を負ったオレステスは、<br />狂人となって流離うことになります。<br />

    二作目の『供養する女たち』は、アガメムノンの死後、
    虐げられて過ごしている娘エレクトラが、
    亡き父の墓に供養し悲嘆に暮れている場面から始まります。
    そこに他国に亡命していた弟オレステスが戻ってきます。
    待ちわびた姉と弟が再会する場面は感動的です。
    そして見事父の復讐を果たすのですが、
    母をも殺してしまった罪を負ったオレステスは、
    狂人となって流離うことになります。

  • 三作目の『慈みの女神たち』の女神とは、アテナ女神です。<br />母殺しのオレステスがアポロンの神託を受け、<br />その行為の是非をアテネの裁判で決する物語が描かれます。<br />この裁判はアポロンの弁護と、母殺しを責めるコロス(合唱隊)<br />の掛け合いで展開します。<br />市民による判定は有罪・無罪が同数となり、<br />アテナ女神が一票を投じてオレステスは許され、<br />この三部作は完結します。<br /><br />ソポクレスも同じ題材で悲劇『エレクトラ』を書いています。<br />エレクトラが、なんとも気高い孤高の王女として描かれています。<br />

    三作目の『慈みの女神たち』の女神とは、アテナ女神です。
    母殺しのオレステスがアポロンの神託を受け、
    その行為の是非をアテネの裁判で決する物語が描かれます。
    この裁判はアポロンの弁護と、母殺しを責めるコロス(合唱隊)
    の掛け合いで展開します。
    市民による判定は有罪・無罪が同数となり、
    アテナ女神が一票を投じてオレステスは許され、
    この三部作は完結します。

    ソポクレスも同じ題材で悲劇『エレクトラ』を書いています。
    エレクトラが、なんとも気高い孤高の王女として描かれています。

  • ミケーネは、前13世紀後半になると<br />宮殿が破壊され、線文字Bも忘れられて<br />ギリシアは再び文字のない暗黒時代に<br />入ります。<br />この原因は未だに解明されていません。<br />

    ミケーネは、前13世紀後半になると
    宮殿が破壊され、線文字Bも忘れられて
    ギリシアは再び文字のない暗黒時代に
    入ります。
    この原因は未だに解明されていません。

  • ミケーネを出発して途中で昼食を取り、<br />エピダウロスに到着しました。<br />ここでも小さな博物館を見て、<br />有名な劇場に着きました。<br />

    ミケーネを出発して途中で昼食を取り、
    エピダウロスに到着しました。
    ここでも小さな博物館を見て、
    有名な劇場に着きました。

  • エピダウロス劇場は前4世紀に建造<br />されたものです。<br />その後拡張されたて、1万数千人を<br />収容できる規模になりました。<br />現在もほぼ原型を留めており、圧巻です。<br />

    エピダウロス劇場は前4世紀に建造
    されたものです。
    その後拡張されたて、1万数千人を
    収容できる規模になりました。
    現在もほぼ原型を留めており、圧巻です。

  • この劇場の最大の特徴は、その音響効果にあります。<br />ツアーを引率するそれぞれのガイドが、<br />それぞれの方法でその効果を説明します。<br />

    この劇場の最大の特徴は、その音響効果にあります。
    ツアーを引率するそれぞれのガイドが、
    それぞれの方法でその効果を説明します。

  • 私たちのグループはステージで歌を輪唱して<br />音響効果を確認しました。<br />居合わせた他の旅行者から拍手をもらいました。<br />「カエルの歌が聞こえてくるよ〜♪」<br />

    私たちのグループはステージで歌を輪唱して
    音響効果を確認しました。
    居合わせた他の旅行者から拍手をもらいました。
    「カエルの歌が聞こえてくるよ〜♪」

  • ここでは夏になると、現代語による古代ギリシア劇が<br />演じられます。人気があるのでチケットはなかなか手<br />に入らないそうです。<br />

    ここでは夏になると、現代語による古代ギリシア劇が
    演じられます。人気があるのでチケットはなかなか手
    に入らないそうです。

  • 夕方早い時間にナフプリオンの<br />「Hotel Agamemnon」に到着。<br />海に面した部屋と山側の部屋があるので、<br />籤引きで決めました。<br />港がすぐ前に見える部屋でした。<br />

    夕方早い時間にナフプリオンの
    「Hotel Agamemnon」に到着。
    海に面した部屋と山側の部屋があるので、
    籤引きで決めました。
    港がすぐ前に見える部屋でした。

  • ナフプリオンは静かな港街です。<br />夕食まで時間があるので散策をしました。<br />

    ナフプリオンは静かな港街です。
    夕食まで時間があるので散策をしました。

  • 結婚式の二人を見かけました。

    結婚式の二人を見かけました。

  • 街並みがとてもきれいです。<br />ほとんどが土産物屋のようでが、<br />店構えも美しい。<br />

    街並みがとてもきれいです。
    ほとんどが土産物屋のようでが、
    店構えも美しい。

  • ホテルの夕食は、ほうれん草のパイとサラダが初めに出て、<br />メインディッシュは大きなイカリングでした。<br />食事というよりおつまみといった感じで、満腹感はありません。<br />ガイドはあまりお勧めしないと言うが、ここでレチーナという<br />松脂入りのワインを飲みました。多少癖はあるものの<br />飲みやすいワインでした。<br />これまでのところ、ギリシアの食事は今一つです。<br />

    ホテルの夕食は、ほうれん草のパイとサラダが初めに出て、
    メインディッシュは大きなイカリングでした。
    食事というよりおつまみといった感じで、満腹感はありません。
    ガイドはあまりお勧めしないと言うが、ここでレチーナという
    松脂入りのワインを飲みました。多少癖はあるものの
    飲みやすいワインでした。
    これまでのところ、ギリシアの食事は今一つです。

  • 4日目。<br />ホテルの前の港です。<br />右に見える中世風の建物が、夜はライトアップされていました。<br />数日滞在しても良いと思える、静かな街でした。<br /><br />今日はスパルタ、ミストラを見物して、オリンピアに行きます。<br />

    4日目。
    ホテルの前の港です。
    右に見える中世風の建物が、夜はライトアップされていました。
    数日滞在しても良いと思える、静かな街でした。

    今日はスパルタ、ミストラを見物して、オリンピアに行きます。

  • 朝のうちは涼しいのですが、9時を過ぎる頃から暑くなります。<br />スパルタに着いた時にはかなり気温が上がっていました。<br />スパルタの丘を登ると、左手に朽ちたローマ時代の遺跡が見え、<br />さらに歩くと丘の上に到着します。<br />丘の下には、写真のローマ時代の劇場の遺跡が残るばかりで、<br />この他は何も残されていません。<br />

    朝のうちは涼しいのですが、9時を過ぎる頃から暑くなります。
    スパルタに着いた時にはかなり気温が上がっていました。
    スパルタの丘を登ると、左手に朽ちたローマ時代の遺跡が見え、
    さらに歩くと丘の上に到着します。
    丘の下には、写真のローマ時代の劇場の遺跡が残るばかりで、
    この他は何も残されていません。

  • ここがかつてギリシア最大のポリス<br />だったとは想像できないほど、<br />さびれています。<br />

    ここがかつてギリシア最大のポリス
    だったとは想像できないほど、
    さびれています。

  • 荒々しいタイゲトス山脈が一望出来るのみです。<br />神殿の跡や建物の跡も、とにかく何もない。<br />私たちの他に観光客もいませんでした。<br />

    荒々しいタイゲトス山脈が一望出来るのみです。
    神殿の跡や建物の跡も、とにかく何もない。
    私たちの他に観光客もいませんでした。

  • スパルタの次は、ミストラです。<br />これまでの遺跡と違い、十字軍の要塞が築かれた<br />中世の遺跡です。<br />

    スパルタの次は、ミストラです。
    これまでの遺跡と違い、十字軍の要塞が築かれた
    中世の遺跡です。

  • この遺跡は丘の上に築かれています。

    この遺跡は丘の上に築かれています。

  • 東ローマ帝国の支配下にあったので、<br />中世の教会跡も残っています。<br />

    東ローマ帝国の支配下にあったので、
    中世の教会跡も残っています。

  • いくつかの教会は今でも活動をしています。

    いくつかの教会は今でも活動をしています。

  • 教会の天井です。

    教会の天井です。

  • 丘からの眺めは、のどかな田園風景でした。

    丘からの眺めは、のどかな田園風景でした。

  • 古代ギリシアの遺跡とは異なった雰囲気を<br />味わいました。<br />

    古代ギリシアの遺跡とは異なった雰囲気を
    味わいました。

  • 昼食後、前半のハイライト、オリンピアに向かいました。<br />今日は移動だけです。<br />これから三日間は「Amalia Hotel」という、<br />系列のホテルに泊まります。<br />

    昼食後、前半のハイライト、オリンピアに向かいました。
    今日は移動だけです。
    これから三日間は「Amalia Hotel」という、
    系列のホテルに泊まります。

  • 夕食はホテルでバイキングです。<br />東京組の弁護士さんご夫妻とご一緒しました。<br />戦中派の方で、<br />「ひもじい思いをしたことがありますか?」と聞かれたので、<br />「毎日、ひもじい思いをしています」と答えたら、妻から肘鉄を<br />喰らったのでした。<br />

    夕食はホテルでバイキングです。
    東京組の弁護士さんご夫妻とご一緒しました。
    戦中派の方で、
    「ひもじい思いをしたことがありますか?」と聞かれたので、
    「毎日、ひもじい思いをしています」と答えたら、妻から肘鉄を
    喰らったのでした。

  • 5日目。<br />今日はオリンピアを見物した後、ペロポネソス半島を<br />離れてデルフィまで北上します。<br />オリンピアは、ペロポネソス半島の中央近くに位置するので、<br />これまでより涼しくなってもよいはずなのに、今日も暑い。<br /><br />写真は、博物館に展示されているゼウス神殿にあった破風です。<br />

    5日目。
    今日はオリンピアを見物した後、ペロポネソス半島を
    離れてデルフィまで北上します。
    オリンピアは、ペロポネソス半島の中央近くに位置するので、
    これまでより涼しくなってもよいはずなのに、今日も暑い。

    写真は、博物館に展示されているゼウス神殿にあった破風です。

  • ギリシアでは始めに博物館を観て、その後に<br />遺跡を見物するのが決まりのようです。<br />昼に近づくほど暑くなるので、先に遺跡を観て<br />その後に涼しい博物館を見る方が理に適っているように<br />思えるのですが、今日も決まり通り博物館を先に見学します。<br />写真はプラクシテレス作の「ディオニッソスを抱くヘルメス像」。<br />

    ギリシアでは始めに博物館を観て、その後に
    遺跡を見物するのが決まりのようです。
    昼に近づくほど暑くなるので、先に遺跡を観て
    その後に涼しい博物館を見る方が理に適っているように
    思えるのですが、今日も決まり通り博物館を先に見学します。
    写真はプラクシテレス作の「ディオニッソスを抱くヘルメス像」。

  • オリンピア博物館は、建物も新しく立派です。<br />パイオニス作の「ニケ(ナイキ)像」です。<br />

    オリンピア博物館は、建物も新しく立派です。
    パイオニス作の「ニケ(ナイキ)像」です。

  • オリンピアの遺跡は広大です。<br />想像をはるかに越える規模でした。<br />

    オリンピアの遺跡は広大です。
    想像をはるかに越える規模でした。

  • この遺跡の中心、ゼウス神殿です。<br />現在は柱が1本と土台が残るのみです。<br />

    この遺跡の中心、ゼウス神殿です。
    現在は柱が1本と土台が残るのみです。

  • ペロポネソス半島最大といわれるこの神殿は、<br />奥行き64メートル、左右28メートルの<br />ドーリス式の神殿で、<br />前456年に完成したと伝えられています。<br />

    ペロポネソス半島最大といわれるこの神殿は、
    奥行き64メートル、左右28メートルの
    ドーリス式の神殿で、
    前456年に完成したと伝えられています。

  • 博物館で見たニケ像は、この神殿の<br />入口に建てられていたそうです。<br />柱のほとんどは地震で倒れてしまって、<br />輪切りのようになって<br />神殿の下に転がっていました。<br />

    博物館で見たニケ像は、この神殿の
    入口に建てられていたそうです。
    柱のほとんどは地震で倒れてしまって、
    輪切りのようになって
    神殿の下に転がっていました。

  • ゼウス神殿の後ろ側にある「スタディオン」、<br />競技場の入口です。<br />入口はドーム形になっていて、<br />「クリプティ」と呼ばれるそうです。<br />

    ゼウス神殿の後ろ側にある「スタディオン」、
    競技場の入口です。
    入口はドーム形になっていて、
    「クリプティ」と呼ばれるそうです。

  • 入口側がゴール地点になっていて、<br />ゴールラインは一直線に15cm<br />ほどの石が埋められています。<br />やはりいますね、走ってる人。<br />

    入口側がゴール地点になっていて、
    ゴールラインは一直線に15cm
    ほどの石が埋められています。
    やはりいますね、走ってる人。

  • 競技場を出て、各ポリスの宝物庫があったあたり<br />を進むと、オリンピックの聖火が点火される<br />ヘラ神殿に突き当たります。<br />ロープが張られている所で、聖火が点火されます。<br />

    競技場を出て、各ポリスの宝物庫があったあたり
    を進むと、オリンピックの聖火が点火される
    ヘラ神殿に突き当たります。
    ロープが張られている所で、聖火が点火されます。

  • ヘラはゼウスの正妻です。ギリシア神話で<br />嫉妬深い妻として描かれているのは、<br />ゼウスが好色だったせいです。<br />ゼウスの子、アポロンもヘルメスもディオニッソスも<br />それぞれ母が違います。<br />ヘラ神殿はゼウス神殿よりも古く、<br />前6世紀のものです。<br />

    ヘラはゼウスの正妻です。ギリシア神話で
    嫉妬深い妻として描かれているのは、
    ゼウスが好色だったせいです。
    ゼウスの子、アポロンもヘルメスもディオニッソスも
    それぞれ母が違います。
    ヘラ神殿はゼウス神殿よりも古く、
    前6世紀のものです。

  • オリンピアの遺跡にはこのほか、ギュムナシオン、<br />フェイディアスの仕事場と呼ばれる遺跡などが<br />点在しています。<br />

    オリンピアの遺跡にはこのほか、ギュムナシオン、
    フェイディアスの仕事場と呼ばれる遺跡などが
    点在しています。

  • ゆっくり一日かけて、出来れば考古学<br />の専門家に案内してもらえたら、<br />どんなによかっただろうか。<br />

    ゆっくり一日かけて、出来れば考古学
    の専門家に案内してもらえたら、
    どんなによかっただろうか。

  • 町まで歩いて、昼食を取ります。<br />オリンピアの町は200メートルほどの<br />一直線の道路の左右に、土産物屋と<br />レストランが並ぶ小さな町でした。<br />写真は、ドルマデス<br />(ぶどうの葉に包んだご飯のクリーム煮)。<br />

    町まで歩いて、昼食を取ります。
    オリンピアの町は200メートルほどの
    一直線の道路の左右に、土産物屋と
    レストランが並ぶ小さな町でした。
    写真は、ドルマデス
    (ぶどうの葉に包んだご飯のクリーム煮)。

  • サラダとポークのレモンソース煮。

    サラダとポークのレモンソース煮。

  • 昼食後は、ペロポネソス半島を離れて一路デルフィに向かいます。<br />半島のパトラという街と、本土のメソロンギという街を結ぶ<br />リオ・アンティリオ橋です。アテネオリンピック直前の2004年に<br />完成した橋です。<br />ガイドの話ではヨーロッパ最大の吊り橋ということでしたが、<br />橋にくわしい人がいて、この橋は吊り橋ではなく正式には斜張橋<br />というらしい。斜張橋としては世界最大だそうです。<br />本土側に渡りきったところにトイレがあって休憩しました。<br />不思議にそんなことを覚えています。<br />

    昼食後は、ペロポネソス半島を離れて一路デルフィに向かいます。
    半島のパトラという街と、本土のメソロンギという街を結ぶ
    リオ・アンティリオ橋です。アテネオリンピック直前の2004年に
    完成した橋です。
    ガイドの話ではヨーロッパ最大の吊り橋ということでしたが、
    橋にくわしい人がいて、この橋は吊り橋ではなく正式には斜張橋
    というらしい。斜張橋としては世界最大だそうです。
    本土側に渡りきったところにトイレがあって休憩しました。
    不思議にそんなことを覚えています。

  • 途中、いくつもの山を越えて、デルフィが遠望できる<br />小高い丘でバスが止まりました。<br />ガイドが「あの当たりがデルフィです」と指差すあたりに、<br />幾つかの集落がありました。<br />

    途中、いくつもの山を越えて、デルフィが遠望できる
    小高い丘でバスが止まりました。
    ガイドが「あの当たりがデルフィです」と指差すあたりに、
    幾つかの集落がありました。

  • 羊が道路を急いで横断していました。

    羊が道路を急いで横断していました。

  • ホテルに早く着いたので、<br />添乗員が街の中心まで案内してくれました。<br />

    ホテルに早く着いたので、
    添乗員が街の中心まで案内してくれました。

  • 坂の多い街で、道路が街の上部と下部に並行に走っていて、<br />上部と下部は階段で行き来します。<br />

    坂の多い街で、道路が街の上部と下部に並行に走っていて、
    上部と下部は階段で行き来します。

  • 土産物屋とレストランとホテルしかない観光の街でした。<br /><br />大阪からいらした一人の荷物がアテネ空港で出てこなかった<br />そうですが、その荷物が今日無事届いたとのことで、<br />添乗員から各テーブルに紅白のワインの差し入れがありました。<br />同席した北海道のご婦人二名は、ほとんどお酒を飲まないので<br />妻が一杯飲み、残りは私一人でいただきました。<br />

    土産物屋とレストランとホテルしかない観光の街でした。

    大阪からいらした一人の荷物がアテネ空港で出てこなかった
    そうですが、その荷物が今日無事届いたとのことで、
    添乗員から各テーブルに紅白のワインの差し入れがありました。
    同席した北海道のご婦人二名は、ほとんどお酒を飲まないので
    妻が一杯飲み、残りは私一人でいただきました。

  • 6日目。<br />今日は、今回の旅で最も訪れたいと思っていた、<br />デルフィの遺跡です。古くはデルポイと呼ばれていました。<br />アポロン神殿の神託が有名です。<br />神託を告げる巫女たちは、地の割れ目から噴出<br />する蒸気吸って、恍惚となったと伝えられています。<br />今でもその蒸気を見ることが出来るのだろうか。<br />少し怖いが、できれば同じ様にその蒸気を吸ってみたい<br />

    6日目。
    今日は、今回の旅で最も訪れたいと思っていた、
    デルフィの遺跡です。古くはデルポイと呼ばれていました。
    アポロン神殿の神託が有名です。
    神託を告げる巫女たちは、地の割れ目から噴出
    する蒸気吸って、恍惚となったと伝えられています。
    今でもその蒸気を見ることが出来るのだろうか。
    少し怖いが、できれば同じ様にその蒸気を吸ってみたい

  • 見物は決まり通り、まず博物館で基礎知識を養って、<br />それから遺跡を見物します。<br />デルフィの博物館も近代的で立派でした。<br /><br />トロイ戦争を描いた破風です。<br />

    見物は決まり通り、まず博物館で基礎知識を養って、
    それから遺跡を見物します。
    デルフィの博物館も近代的で立派でした。

    トロイ戦争を描いた破風です。

  • スフィンクス像。

    スフィンクス像。

  • デルフィは、世界の中心とされた聖域です。<br />これが世界の中心を示す「大地の臍(ヘソ)」です。<br />

    デルフィは、世界の中心とされた聖域です。
    これが世界の中心を示す「大地の臍(ヘソ)」です。

  • 青銅の御者像。<br />1時間ほどの見学で、デルフィの遺跡に向かいました。<br />先に遺跡を見学して、暑くなる昼に冷房の効いた<br />博物館で鑑賞、というのはやはりルール違反らしい。<br />

    青銅の御者像。
    1時間ほどの見学で、デルフィの遺跡に向かいました。
    先に遺跡を見学して、暑くなる昼に冷房の効いた
    博物館で鑑賞、というのはやはりルール違反らしい。

  • デルフィは荒々しいパルナッソス山<br />の中腹にあります。<br />パルナッソス山は、オリンポスに次ぐ<br />ギリシア第二の山です。<br />

    デルフィは荒々しいパルナッソス山
    の中腹にあります。
    パルナッソス山は、オリンポスに次ぐ
    ギリシア第二の山です。

  • 神話では、ゼウスが世界の中心を求めて、<br />大地の東西両端から二羽の鷲を放ったところ、<br />デルフィで出会い舞い降りたとされています。<br />そこからデルフィが世界の中心とされました。<br />本物は博物館にあった「大地のヘソ」です。<br />

    神話では、ゼウスが世界の中心を求めて、
    大地の東西両端から二羽の鷲を放ったところ、
    デルフィで出会い舞い降りたとされています。
    そこからデルフィが世界の中心とされました。
    本物は博物館にあった「大地のヘソ」です。

  • アポロン神殿を目指して、石畳を登って行きます。<br />前8世紀半ばの大植民地時代に、デルフィは<br />ギリシア全土に知られるようになったそうです。<br />いつどこに植民地を作るかについて、デルフィの神託を<br />うかがうことが慣行となり、ギリシアのポリスだけでなく、<br />オリエント諸国の王も奉納品を捧げたといわれます。<br />

    アポロン神殿を目指して、石畳を登って行きます。
    前8世紀半ばの大植民地時代に、デルフィは
    ギリシア全土に知られるようになったそうです。
    いつどこに植民地を作るかについて、デルフィの神託を
    うかがうことが慣行となり、ギリシアのポリスだけでなく、
    オリエント諸国の王も奉納品を捧げたといわれます。

  • アポロン神殿に残る6本の柱。

    アポロン神殿に残る6本の柱。

  • アポロン神殿の全容です。<br />神託を問うために多くの人が訪れました。<br />ソクラテスほどの知者はいないという神託も、<br />このアポロン神殿で下されました。<br />

    アポロン神殿の全容です。
    神託を問うために多くの人が訪れました。
    ソクラテスほどの知者はいないという神託も、
    このアポロン神殿で下されました。

  • 神殿の周囲は柵で囲まれていて、<br />中に入ることは出来ません。<br />どの当たりに地の割れ目があったのだろうか。<br />遠目に見る限りでは、何かが噴出している様子はない。<br />巫女が恍惚となった蒸気を嗅いでみたかったが、<br />残念。<br />

    神殿の周囲は柵で囲まれていて、
    中に入ることは出来ません。
    どの当たりに地の割れ目があったのだろうか。
    遠目に見る限りでは、何かが噴出している様子はない。
    巫女が恍惚となった蒸気を嗅いでみたかったが、
    残念。

  • アポロン神殿と円形劇場です。

    アポロン神殿と円形劇場です。

  • さらに登ると競技場に着きます。登りがやや急なので、<br />同じグループの人でもここまで来るのは数人でした。<br />かつては競技場の内部まで入りことができたらしいが、<br />今は入口付近からのぞく程度しかできません。<br />

    さらに登ると競技場に着きます。登りがやや急なので、
    同じグループの人でもここまで来るのは数人でした。
    かつては競技場の内部まで入りことができたらしいが、
    今は入口付近からのぞく程度しかできません。

  • デルフィの遺跡を出て、少し歩いたとことに<br />アテナ・プロナイアという神域があります。<br />地震でほとんどが壊滅し前4世紀に建てられた、<br />トロスという円形のドームだけが、補修されて<br />保存されています。<br />

    デルフィの遺跡を出て、少し歩いたとことに
    アテナ・プロナイアという神域があります。
    地震でほとんどが壊滅し前4世紀に建てられた、
    トロスという円形のドームだけが、補修されて
    保存されています。

  • デルフィの街での昼食。<br />ナス・ポテト・ズッキーニのグリルなど。<br />味は、う〜ん。<br />ギリシアでは食文化は発達しなかったようです。<br /><br />昼食後、メテオラのあるカランバカへ一気に北上しました。<br />「Amalia Hotel  Kalambaka」には、まだ陽か高い時間に到着<br />したので、プールで泳ぐことが出来ました。<br />ホテルの夕食は、いつものようにバイキング。<br />

    デルフィの街での昼食。
    ナス・ポテト・ズッキーニのグリルなど。
    味は、う〜ん。
    ギリシアでは食文化は発達しなかったようです。

    昼食後、メテオラのあるカランバカへ一気に北上しました。
    「Amalia Hotel Kalambaka」には、まだ陽か高い時間に到着
    したので、プールで泳ぐことが出来ました。
    ホテルの夕食は、いつものようにバイキング。

  • 7日目。<br />今日はメテオラ観光後、アテネに戻ります。<br />奇妙な形をした巨大な岩の上に、ギリシア正教<br />の僧院が立っています。<br />異様な風景です。<br />

    7日目。
    今日はメテオラ観光後、アテネに戻ります。
    奇妙な形をした巨大な岩の上に、ギリシア正教
    の僧院が立っています。
    異様な風景です。

  • すぐ側から見ることが出来る僧院の一つ。

    すぐ側から見ることが出来る僧院の一つ。

  • 大きな僧院も、小さな僧院もあります。<br />私たちはこのうち、メガロ・メテオロン修道院<br />を見学しました。現在ももちろん活動している<br />大きな僧院です。<br />女性はズボンでは入れないので、入口で<br />巻スカートを借りて入ります。<br />

    大きな僧院も、小さな僧院もあります。
    私たちはこのうち、メガロ・メテオロン修道院
    を見学しました。現在ももちろん活動している
    大きな僧院です。
    女性はズボンでは入れないので、入口で
    巻スカートを借りて入ります。

  • 寺院の展望場所から、他の僧院を臨みます。<br /><br />

    寺院の展望場所から、他の僧院を臨みます。

  • 中庭です。

    中庭です。

  • もう1箇所、小さな尼僧院ルサヌー修道院<br />を見学しました。<br />

    もう1箇所、小さな尼僧院ルサヌー修道院
    を見学しました。

  • 昼食で食べたギリシア風ハンバーグ。<br />食後は、ギリシア本土の北部に位置するカランバカから、<br />本土の南端近くのアテネまで移動します。<br />

    昼食で食べたギリシア風ハンバーグ。
    食後は、ギリシア本土の北部に位置するカランバカから、
    本土の南端近くのアテネまで移動します。

  • 6時にアテネ到着。<br />ホテルに寄ってからレストランに向う予定でしたが、<br />先に食事になりました。<br />アクロポリスが眺められる高級レストラン<br />「ディオニッソス」。<br />このためにジャケットを持ってきていたのですが、<br />軽装のまま店に入りました。<br />

    6時にアテネ到着。
    ホテルに寄ってからレストランに向う予定でしたが、
    先に食事になりました。
    アクロポリスが眺められる高級レストラン
    「ディオニッソス」。
    このためにジャケットを持ってきていたのですが、
    軽装のまま店に入りました。

  • メニューは、シーフードのリゾット、サラダ、<br />マッシュルームソースがかかったポークステーキ、<br />アイスクリーム。<br />多少の期待はあったのですが、残念でした。<br />

    メニューは、シーフードのリゾット、サラダ、
    マッシュルームソースがかかったポークステーキ、
    アイスクリーム。
    多少の期待はあったのですが、残念でした。

  • 翌日は、オプションが用意されていましたが、<br />ツアーの基本日程はこれで終了しました。<br />私達は翌日から別行動をとるので、前半の<br />「本土・半島編」は終わりです。<br /><br />ツアーの良さは、特に移動にあります。<br />見学場所へは迷うことなくガイドが案内してくれ、<br />また、遺跡巡りはほとんど炎天下ですので、次の<br />ポイントに移動する時には冷房のきいたバスの中で<br />休むことができます。個人旅行の場合は、こういう<br />快適さはありません。多少の物足りなさはありますが<br />充分満足のいく旅でした。<br />この続きは、「島編」としてアップします。<br />乞う、ご期待。<br /><br />by  usan−kusai<br />

    翌日は、オプションが用意されていましたが、
    ツアーの基本日程はこれで終了しました。
    私達は翌日から別行動をとるので、前半の
    「本土・半島編」は終わりです。

    ツアーの良さは、特に移動にあります。
    見学場所へは迷うことなくガイドが案内してくれ、
    また、遺跡巡りはほとんど炎天下ですので、次の
    ポイントに移動する時には冷房のきいたバスの中で
    休むことができます。個人旅行の場合は、こういう
    快適さはありません。多少の物足りなさはありますが
    充分満足のいく旅でした。
    この続きは、「島編」としてアップします。
    乞う、ご期待。

    by  usan−kusai

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