2008/05/20 - 2008/06/01
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usan-kusaiさん
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当分旅行に行けそうもないので、これまでに行った
旅行記をアップしています。今回はギリシアです。
トルコ旅行がギリシアに興味を持つきっかけでした。
ギリシア神話を読み、ギリシア悲劇を読み、
ギリシア哲学を読み、頭をギリシアで満杯にして、
二週間のリフレッシュ休暇を使って
ギリシアに行った時の旅行記です。
旅行記は1回で全てをまとめるように心掛けていますが、
今回はツアーと個人旅行の二部構成のため、前編、後編に分けました。
前編はツアーで廻った「ギリシア本土・ペロポネソス半島編」です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- スイスインターナショナルエアラインズ
- 旅行の手配内容
- その他
-
当時、ギリシア旅行を主催している旅行会社は少なく、
2週間程度の旅程で内容はほぼ同じでした。調べるうちに、
日程は9日ですが、ツアー後に個人旅行を組み込むことが
出来る旅行がありました。そのツアーの説明会に参加すると
ベストシーズンは5月で、夏は暑くて遺跡巡りは辛いことがわかり、
早速5月下旬に申込をしました。ところが、5月下旬に旅行に
行ける人が多くはないせいか、ツアーがなかなか決定にならず、
ゴールデンウィーク前にやっと決定の連絡が入りました。
それから個人旅行の手配をしたため、希望通りの予約が取れず、
5月下旬出発の13日間の日程となりました。
ツアー後は、幾つかの島を見て回ることを考えていましたが、
最終的にはクレタ島とサントリーニ島の2島のみを廻ることに
なりました。アテネからクレタ島へは飛行機を、クレタ島と
サントリーニ島の間は直行便がないのでフェリーを利用。
飛行機とフェリー、クレタ島のホテルの手配は旅行会社に依頼し、
サントリーニ島と帰国前日のアテネのホテルは、自分で予約をしました。
こうして全ての準備が整ったのは、出発の一週間前でした。 -
1日目。激しい雨の朝でした。
新宿西口からリムジンバスを利用し、成田着7時。
いつものことですが、集合時間よりかなり早い。
ギリシアへの直行便はないので、チューリッヒで乗り換えます。
10時25分発のスイス航空で、午後4時30分にチューリッヒ着。
午後8時35分チューリッヒを出発して、深夜のアテネに到着。
ホテル「Divani Acropolis Palace」に着いたのは、
深夜1時を回っていました。
出迎えてくれた現地のガイドはかなり高齢の女性でした。
こんな遅くまで仕事をして大丈夫なのかと、こちらが心配しました。
部屋にはミニバーがなく、酒を買っておけばよかった。 -
2日目。
このツアーは、東京出発組と大阪出発組が
アテネで合流します。昨夜、大阪からの到着は、
私達よりも1時間程遅く、深夜2時を過ぎていたそうです。
添乗員はそれぞれ1名付いているので、現地ガイドと合わせて
3名体制です。大変心強い。
初日はアテネ観光です。
アテネ国立考古学博物館からスタートします。 -
地元の子供達が校外授業に来ていました。
-
ポセイドンのブロンズ像。
どういう訳か、写真を撮っているのは女性ばかりです。 -
アルテミシオンの馬に乗った少年。
この他、本で見たコレクションが数多く展示されています。 -
この博物館に来る人の目当ては、なんと言っても
このアガメムノンの黄金のマスクのようでした。
あまりに展示数が多いので、
一点一点見ている暇がありません。
足早に見学して、次の目的地ア
クロポリスに向かいます。 -
アクロポリスには、既に大勢の観光客が到着していました。
まだ昼前だというのに、既に汗ばむくらいに暑い。
所々つるつるした大理石があり、滑りやすいと注意されました。
言うとおり、何人かの人が転ぶのを見ました。 -
当時、アクロポリスは、いたる所が修復中でした。
-
入って左手に見えるエレクテイオン神殿。
-
屋根を支える少女像はレプリカです。
本物は博物館に保管されています。 -
パルテノンも足場が組まれて修復中でした。
エレクテイオンはイオニア様式、
パルテノンはドーリス様式と説明を受けました。
イオニア様式には柱頭に装飾があり、
柱の下には台座がありますが、
ドーリス様式にはそれがありません。 -
パルテノンから見下ろした
ディオニッソス劇場。 -
アゴラ(市場)にある、へファイスト神殿も
眼下に見ることが出来ます。
ギリシアで最も保存状態が良いと言われる
建造物です。 -
現在のパルテノンはペルシア戦争後の
紀元前432年に完成されたものだそうです。
四面の破風も、足場のために良く見えませんでした。 -
パルテノンの後は、1896年の第一回オリンピックが
開催された競技場を見物。
その後、早目の昼食となりました。
昼食の時に参加者の紹介があり、
東京組は北海道から参加の女性二名、年配のご夫妻一組、
一人参加の高齢の男性、そして私たち夫婦の七名。
大阪組は、女性二名の2グループ、年配のご夫妻2組、
一人参加の中年男性の九名で、総勢十六名です。
前回のトルコ旅行とは違い、私達夫婦が最年少のようでした。 -
午後は、スニオン岬へ。
アテネから1時間程で到着しました。
岬の突端に見えるのがポセイドン神殿です。
遠目にも美しい。 -
入場口からポセイドン神殿までは、
ゆるやかな登り坂が続き、湿気が多く汗が出ます。
この神殿はペロポネソス戦争の時は要塞となったそうです。
祀られていたブロンズのポセイドン像は、
アテネ考古学博物館に展示されていたあの像です。 -
入場口からポセイドン神殿までは、
ゆるやかな登り坂が続き、湿気が多く汗が出ます。
この神殿はペロポネソス戦争の時は要塞となったそうです。
祀られていたブロンズのポセイドン像は、
アテネ考古学博物館に展示されていたあの像です。 -
ホテルの屋上はお酒が飲めるラウンジになっていました。
同じグループの人たちがすでに数人飲んでいて、
仲間に加えてもらいました。
遠目にアクロポリスの丘が望めます。
ギリシアの1日目が終わりました。 -
3日目。
アテネを後にして、コリントス、ミケーネ、
エピダウロスを回ってナフプリオンまで行きます。
写真はエーゲ海とイオニア海を結ぶコリントス運河です。 -
運河からバスで少し走ったところに、
コリントス遺跡があります。
まずは、考古学博物館から見学します。
こぢんまりした博物館です。 -
ディオニッソスの胸像です。
-
博物館を出ると、そこが遺跡の入口になっています。
見応えのある遺跡でした。
旅行前に、この地について何も調べていなかっただけに
驚きました。
後でわかったことですが、コリントスは前6世紀頃
から栄えたポリスで、カエサルの時代に再興された
古代からの要衝の地であったのでした。
かなり風化の激しいものもあり、あと百年も経てば
全てが土に還ってしまうにちがいない。 -
これはローマ時代のものです。
-
アゴラ(市場)のあったらしい場所です。
-
アポロン神殿です。
それぞれの土地にその土地の神が祀られますが、
アポロンはギリシア全土で信仰される神なので、
さまざまな土地に神殿があります。
この神殿はドーリス様式で、床と7本の柱が残っています。 -
ガイドは到着時に出迎えをしてくれた年配の女性、
昨日アテネを案内してくれた別の年配の女性、
そして今日からは別の年配の女性です。
この女性が今日以降の旅に同乗してくれます。
参加者の高齢化を棚に上げる訳ではないのですが、
現地の日本人ガイドの高齢化が進んでいるようでした。
説明は丁寧でゆっくり、昔習った小学校の
先生を思い出しました。 -
コリントスを後にして、ミケーネに向かう途中にある
「アトレウスの宝庫」です。
これは前13世紀後半の遺跡で、トロス式墳墓といわれる
横穴式の墓です。中にはこれと言って何もありません。 -
ミケーネの遺跡です。
ホメロスの『イリアス』ではミケーネではなく、
アルゴスと呼ばれています。
ミケーネ文明は前17世紀の中ごろから栄え、
前15世紀までにはその文明圏が広範囲に及んだ
と言われています。 -
遺跡の入口のライオン門。
-
シュリーマンが発掘した円形墓域Aです。
アテネ考古学博物館の黄金のマスクは、
ここから出土したものです。
『イリアス』の舞台となったのは、ミケーネ文明末期の
前13世紀ごろですが、それでもギリシア最大の王国だったため、
ミケーネの王アガメムノンが全ギリシアを率いて、
弟の妻を取り返しにトロイへ遠征したのです。 -
アイスキュロスの『オレスティア三部作』は、
アガメムノン一族の悲劇です。
トロイから帰還したアガメムノンは、妻の王妃
とその情夫の手にかかってあっけなく殺されます。
これが一作目『アガメムノン』の物語です。 -
二作目の『供養する女たち』は、アガメムノンの死後、
虐げられて過ごしている娘エレクトラが、
亡き父の墓に供養し悲嘆に暮れている場面から始まります。
そこに他国に亡命していた弟オレステスが戻ってきます。
待ちわびた姉と弟が再会する場面は感動的です。
そして見事父の復讐を果たすのですが、
母をも殺してしまった罪を負ったオレステスは、
狂人となって流離うことになります。 -
三作目の『慈みの女神たち』の女神とは、アテナ女神です。
母殺しのオレステスがアポロンの神託を受け、
その行為の是非をアテネの裁判で決する物語が描かれます。
この裁判はアポロンの弁護と、母殺しを責めるコロス(合唱隊)
の掛け合いで展開します。
市民による判定は有罪・無罪が同数となり、
アテナ女神が一票を投じてオレステスは許され、
この三部作は完結します。
ソポクレスも同じ題材で悲劇『エレクトラ』を書いています。
エレクトラが、なんとも気高い孤高の王女として描かれています。 -
ミケーネは、前13世紀後半になると
宮殿が破壊され、線文字Bも忘れられて
ギリシアは再び文字のない暗黒時代に
入ります。
この原因は未だに解明されていません。 -
ミケーネを出発して途中で昼食を取り、
エピダウロスに到着しました。
ここでも小さな博物館を見て、
有名な劇場に着きました。 -
エピダウロス劇場は前4世紀に建造
されたものです。
その後拡張されたて、1万数千人を
収容できる規模になりました。
現在もほぼ原型を留めており、圧巻です。 -
この劇場の最大の特徴は、その音響効果にあります。
ツアーを引率するそれぞれのガイドが、
それぞれの方法でその効果を説明します。 -
私たちのグループはステージで歌を輪唱して
音響効果を確認しました。
居合わせた他の旅行者から拍手をもらいました。
「カエルの歌が聞こえてくるよ〜♪」 -
ここでは夏になると、現代語による古代ギリシア劇が
演じられます。人気があるのでチケットはなかなか手
に入らないそうです。 -
夕方早い時間にナフプリオンの
「Hotel Agamemnon」に到着。
海に面した部屋と山側の部屋があるので、
籤引きで決めました。
港がすぐ前に見える部屋でした。 -
ナフプリオンは静かな港街です。
夕食まで時間があるので散策をしました。 -
結婚式の二人を見かけました。
-
街並みがとてもきれいです。
ほとんどが土産物屋のようでが、
店構えも美しい。 -
ホテルの夕食は、ほうれん草のパイとサラダが初めに出て、
メインディッシュは大きなイカリングでした。
食事というよりおつまみといった感じで、満腹感はありません。
ガイドはあまりお勧めしないと言うが、ここでレチーナという
松脂入りのワインを飲みました。多少癖はあるものの
飲みやすいワインでした。
これまでのところ、ギリシアの食事は今一つです。 -
4日目。
ホテルの前の港です。
右に見える中世風の建物が、夜はライトアップされていました。
数日滞在しても良いと思える、静かな街でした。
今日はスパルタ、ミストラを見物して、オリンピアに行きます。 -
朝のうちは涼しいのですが、9時を過ぎる頃から暑くなります。
スパルタに着いた時にはかなり気温が上がっていました。
スパルタの丘を登ると、左手に朽ちたローマ時代の遺跡が見え、
さらに歩くと丘の上に到着します。
丘の下には、写真のローマ時代の劇場の遺跡が残るばかりで、
この他は何も残されていません。 -
ここがかつてギリシア最大のポリス
だったとは想像できないほど、
さびれています。 -
荒々しいタイゲトス山脈が一望出来るのみです。
神殿の跡や建物の跡も、とにかく何もない。
私たちの他に観光客もいませんでした。 -
スパルタの次は、ミストラです。
これまでの遺跡と違い、十字軍の要塞が築かれた
中世の遺跡です。 -
この遺跡は丘の上に築かれています。
-
東ローマ帝国の支配下にあったので、
中世の教会跡も残っています。 -
いくつかの教会は今でも活動をしています。
-
教会の天井です。
-
丘からの眺めは、のどかな田園風景でした。
-
古代ギリシアの遺跡とは異なった雰囲気を
味わいました。 -
昼食後、前半のハイライト、オリンピアに向かいました。
今日は移動だけです。
これから三日間は「Amalia Hotel」という、
系列のホテルに泊まります。 -
夕食はホテルでバイキングです。
東京組の弁護士さんご夫妻とご一緒しました。
戦中派の方で、
「ひもじい思いをしたことがありますか?」と聞かれたので、
「毎日、ひもじい思いをしています」と答えたら、妻から肘鉄を
喰らったのでした。 -
5日目。
今日はオリンピアを見物した後、ペロポネソス半島を
離れてデルフィまで北上します。
オリンピアは、ペロポネソス半島の中央近くに位置するので、
これまでより涼しくなってもよいはずなのに、今日も暑い。
写真は、博物館に展示されているゼウス神殿にあった破風です。 -
ギリシアでは始めに博物館を観て、その後に
遺跡を見物するのが決まりのようです。
昼に近づくほど暑くなるので、先に遺跡を観て
その後に涼しい博物館を見る方が理に適っているように
思えるのですが、今日も決まり通り博物館を先に見学します。
写真はプラクシテレス作の「ディオニッソスを抱くヘルメス像」。 -
オリンピア博物館は、建物も新しく立派です。
パイオニス作の「ニケ(ナイキ)像」です。 -
オリンピアの遺跡は広大です。
想像をはるかに越える規模でした。 -
この遺跡の中心、ゼウス神殿です。
現在は柱が1本と土台が残るのみです。 -
ペロポネソス半島最大といわれるこの神殿は、
奥行き64メートル、左右28メートルの
ドーリス式の神殿で、
前456年に完成したと伝えられています。 -
博物館で見たニケ像は、この神殿の
入口に建てられていたそうです。
柱のほとんどは地震で倒れてしまって、
輪切りのようになって
神殿の下に転がっていました。 -
ゼウス神殿の後ろ側にある「スタディオン」、
競技場の入口です。
入口はドーム形になっていて、
「クリプティ」と呼ばれるそうです。 -
入口側がゴール地点になっていて、
ゴールラインは一直線に15cm
ほどの石が埋められています。
やはりいますね、走ってる人。 -
競技場を出て、各ポリスの宝物庫があったあたり
を進むと、オリンピックの聖火が点火される
ヘラ神殿に突き当たります。
ロープが張られている所で、聖火が点火されます。 -
ヘラはゼウスの正妻です。ギリシア神話で
嫉妬深い妻として描かれているのは、
ゼウスが好色だったせいです。
ゼウスの子、アポロンもヘルメスもディオニッソスも
それぞれ母が違います。
ヘラ神殿はゼウス神殿よりも古く、
前6世紀のものです。 -
オリンピアの遺跡にはこのほか、ギュムナシオン、
フェイディアスの仕事場と呼ばれる遺跡などが
点在しています。 -
ゆっくり一日かけて、出来れば考古学
の専門家に案内してもらえたら、
どんなによかっただろうか。 -
町まで歩いて、昼食を取ります。
オリンピアの町は200メートルほどの
一直線の道路の左右に、土産物屋と
レストランが並ぶ小さな町でした。
写真は、ドルマデス
(ぶどうの葉に包んだご飯のクリーム煮)。 -
サラダとポークのレモンソース煮。
-
昼食後は、ペロポネソス半島を離れて一路デルフィに向かいます。
半島のパトラという街と、本土のメソロンギという街を結ぶ
リオ・アンティリオ橋です。アテネオリンピック直前の2004年に
完成した橋です。
ガイドの話ではヨーロッパ最大の吊り橋ということでしたが、
橋にくわしい人がいて、この橋は吊り橋ではなく正式には斜張橋
というらしい。斜張橋としては世界最大だそうです。
本土側に渡りきったところにトイレがあって休憩しました。
不思議にそんなことを覚えています。 -
途中、いくつもの山を越えて、デルフィが遠望できる
小高い丘でバスが止まりました。
ガイドが「あの当たりがデルフィです」と指差すあたりに、
幾つかの集落がありました。 -
羊が道路を急いで横断していました。
-
ホテルに早く着いたので、
添乗員が街の中心まで案内してくれました。 -
坂の多い街で、道路が街の上部と下部に並行に走っていて、
上部と下部は階段で行き来します。 -
土産物屋とレストランとホテルしかない観光の街でした。
大阪からいらした一人の荷物がアテネ空港で出てこなかった
そうですが、その荷物が今日無事届いたとのことで、
添乗員から各テーブルに紅白のワインの差し入れがありました。
同席した北海道のご婦人二名は、ほとんどお酒を飲まないので
妻が一杯飲み、残りは私一人でいただきました。 -
6日目。
今日は、今回の旅で最も訪れたいと思っていた、
デルフィの遺跡です。古くはデルポイと呼ばれていました。
アポロン神殿の神託が有名です。
神託を告げる巫女たちは、地の割れ目から噴出
する蒸気吸って、恍惚となったと伝えられています。
今でもその蒸気を見ることが出来るのだろうか。
少し怖いが、できれば同じ様にその蒸気を吸ってみたい -
見物は決まり通り、まず博物館で基礎知識を養って、
それから遺跡を見物します。
デルフィの博物館も近代的で立派でした。
トロイ戦争を描いた破風です。 -
スフィンクス像。
-
デルフィは、世界の中心とされた聖域です。
これが世界の中心を示す「大地の臍(ヘソ)」です。 -
青銅の御者像。
1時間ほどの見学で、デルフィの遺跡に向かいました。
先に遺跡を見学して、暑くなる昼に冷房の効いた
博物館で鑑賞、というのはやはりルール違反らしい。 -
デルフィは荒々しいパルナッソス山
の中腹にあります。
パルナッソス山は、オリンポスに次ぐ
ギリシア第二の山です。 -
神話では、ゼウスが世界の中心を求めて、
大地の東西両端から二羽の鷲を放ったところ、
デルフィで出会い舞い降りたとされています。
そこからデルフィが世界の中心とされました。
本物は博物館にあった「大地のヘソ」です。 -
アポロン神殿を目指して、石畳を登って行きます。
前8世紀半ばの大植民地時代に、デルフィは
ギリシア全土に知られるようになったそうです。
いつどこに植民地を作るかについて、デルフィの神託を
うかがうことが慣行となり、ギリシアのポリスだけでなく、
オリエント諸国の王も奉納品を捧げたといわれます。 -
アポロン神殿に残る6本の柱。
-
アポロン神殿の全容です。
神託を問うために多くの人が訪れました。
ソクラテスほどの知者はいないという神託も、
このアポロン神殿で下されました。 -
神殿の周囲は柵で囲まれていて、
中に入ることは出来ません。
どの当たりに地の割れ目があったのだろうか。
遠目に見る限りでは、何かが噴出している様子はない。
巫女が恍惚となった蒸気を嗅いでみたかったが、
残念。 -
アポロン神殿と円形劇場です。
-
さらに登ると競技場に着きます。登りがやや急なので、
同じグループの人でもここまで来るのは数人でした。
かつては競技場の内部まで入りことができたらしいが、
今は入口付近からのぞく程度しかできません。 -
デルフィの遺跡を出て、少し歩いたとことに
アテナ・プロナイアという神域があります。
地震でほとんどが壊滅し前4世紀に建てられた、
トロスという円形のドームだけが、補修されて
保存されています。 -
デルフィの街での昼食。
ナス・ポテト・ズッキーニのグリルなど。
味は、う〜ん。
ギリシアでは食文化は発達しなかったようです。
昼食後、メテオラのあるカランバカへ一気に北上しました。
「Amalia Hotel Kalambaka」には、まだ陽か高い時間に到着
したので、プールで泳ぐことが出来ました。
ホテルの夕食は、いつものようにバイキング。 -
7日目。
今日はメテオラ観光後、アテネに戻ります。
奇妙な形をした巨大な岩の上に、ギリシア正教
の僧院が立っています。
異様な風景です。 -
すぐ側から見ることが出来る僧院の一つ。
-
大きな僧院も、小さな僧院もあります。
私たちはこのうち、メガロ・メテオロン修道院
を見学しました。現在ももちろん活動している
大きな僧院です。
女性はズボンでは入れないので、入口で
巻スカートを借りて入ります。 -
寺院の展望場所から、他の僧院を臨みます。
-
中庭です。
-
もう1箇所、小さな尼僧院ルサヌー修道院
を見学しました。 -
昼食で食べたギリシア風ハンバーグ。
食後は、ギリシア本土の北部に位置するカランバカから、
本土の南端近くのアテネまで移動します。 -
6時にアテネ到着。
ホテルに寄ってからレストランに向う予定でしたが、
先に食事になりました。
アクロポリスが眺められる高級レストラン
「ディオニッソス」。
このためにジャケットを持ってきていたのですが、
軽装のまま店に入りました。 -
メニューは、シーフードのリゾット、サラダ、
マッシュルームソースがかかったポークステーキ、
アイスクリーム。
多少の期待はあったのですが、残念でした。 -
翌日は、オプションが用意されていましたが、
ツアーの基本日程はこれで終了しました。
私達は翌日から別行動をとるので、前半の
「本土・半島編」は終わりです。
ツアーの良さは、特に移動にあります。
見学場所へは迷うことなくガイドが案内してくれ、
また、遺跡巡りはほとんど炎天下ですので、次の
ポイントに移動する時には冷房のきいたバスの中で
休むことができます。個人旅行の場合は、こういう
快適さはありません。多少の物足りなさはありますが
充分満足のいく旅でした。
この続きは、「島編」としてアップします。
乞う、ご期待。
by usan−kusai
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