2014/05/02 - 2014/05/06
18位(同エリア263件中)
国電さん
■はじめに
どちらかといえば一風変わった国への訪問が多かったこの鐡旅であるが、今回は普通にフランスである。フランスといえばTGVやその他のアルストム社の車両などで有名であり、世界的には鉄道先進国である。
かといって、TGVでただ走り抜けてくるだけでは面白みがない。そこで、レイルパスこそファーストクラス用を買うものの、山岳路線や盲腸線などを多めに乗ってくることにした。
当初の予定では、5月1日(木)の夜に成田を発つ便で翌日早朝にパリに到着し、5日間用のレイルパスを使い切ってくる予定であった。しかし今年になってから当該エールフランス便(JALのコードシェア)がなくなってしまい、仕方なく2日の午前に羽田を出る便に変更となってしまった。
幸い、レイルパスは購入前であったため、4日間用を買うことにした。なお、レイルパスには「19時ルール」というものがあり、19時以降に夜行列車に乗車する場合は翌日分としてカウントされる、というものがある(もう少し条件があるが、詳細は専用サイトでご確認ください)。それも利用し、以下のような旅程を組んだ。
5月2日:羽田発、夕刻パリ着。パリ市内観光後、21時23分発のニース行夜行列車に乗車(車中泊)
5月3日:夜行列車をカンヌで下車し、プチ観光後マルセイユに戻る。そこからベーヌ経由でヴァランスまで行き(山岳路線その1)、その後ニームへ移動(ニーム泊)。
※夜行列車遅延のため、上記については現地で多少変更。
5月4日:ニームからクレルモン・フェラン行に乗り、ブラサック・レ・ミーヌで下車(山岳路線その2)。同駅からベジエ行に乗り(山岳路線その3)、その後はナルボンヌまで移動(ナルボンヌ泊)。
5月5日:トゥールーズまで移動し、そこからナントまで直通する長距離列車に乗車。ナントに到着後は、ル・クロワジックまで往復(盲腸線その1)。
5月6日:サン・ジル・クロワ・ド・ヴィまで往復し(盲腸線その2)、ブロワやオルレアンなどで途中下車(観光地巡り)をしながらパリへ戻り、夜の便に搭乗(機内泊)。
5月7日:夕刻、羽田到着。
なおタイトルについてであるが、私は時折文学作品等を模倣して付けることがある。今回もそのようにしてみたが、これをみただけで「あ、永井荷風だ」と思える人は、あまり多くないかもしれない。
@オステルリッツ駅にて
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
-
■2014.5.2
相変わらずの軽装(それほど大きくないバッグパックに2/3程度の荷物)で午前8時過ぎに家を出て、羽田に向かった。連休直前ということでインボラ(無償アップグレード)の期待も高いが、カウンターでのチェックイン時に、女性係員が内線電話で「…のお客様がお見えです。コメントを…」とどこかに伝えているので、これは期待大である。
その場ではエコノミーの搭乗券を渡されたが、ラウンジで食事中、予想通りに呼び出された。ついにフルフラットのビジネス…、とまでは行かなかったが、プレミアム・エコノミーの搭乗券をラウンジ受付で渡された。
15時50分頃にシャルル・ド・ゴール空港に着陸。私の経験上最速のイミグレ(何も確認せず、すでにハンコで埋まっているページに重ねて押された)を通過し、市内へ行くためにPERのB線乗り場へ向かった。
@フランス初鐵 -
パリ北駅に到着後はレイルパスのヴァリデーション(利用可能手続き)をしたが、時刻はまだ17時過ぎである。本日の夜行列車の出発は21時23分であるため、数時間の余裕がある。
当初は、「晴れていれば凱旋門やエッフェル塔をおのぼりさん的に観光」「天気が悪ければルーブル美術館」と考えていた。生憎の曇り模様であったためとりあえず地下鉄でルーブルへ行ってみたが、金曜日は夜間開館日ということもあり、とてつもない混雑で入館する気になれなかった。
結局その足で、凱旋門やエッフェル塔を歩いて見て回った(パリ市内散策を兼ねるため、敢えて地下鉄は利用しなかった)。歩いているうちに、雲が切れて晴れ模様にもなってきた。
@定番(残念ながら改装中) -
凱旋門まででもすでに1時間以上歩いているが、さらに歩き続けて、エッフェル塔経由でオルセー美術館へと向かった。すでに開館時間も過ぎているが、わざわざここに来たのはこの建物が「鐵ネタ」に分類されるからである。
この建物は今でこそ美術館となっているが、元はオルセー駅の駅舎(+宿泊施設)であったものである。パリ北駅も荘厳で壮大な駅舎であったが、この美術館もなかなか立派な旧駅舎である。
@これも鐵ネタです -
続いては美術館の近くにあるスーパーに立ち寄って、今晩の食材を調達した。惣菜(サラダやスシなど)はやたらと高いが、チーズやハム類は安く、ワイン(ボトル)は物によっては2ユーロ(290円)以下という安さである。さすがはフランス、である。
近場の駅から地下鉄に乗り、夜行列車が出発するオステルリッツ駅に到着したのは20時半過ぎであった。
ワインは買ってあるが、景気づけ(最初の一杯)はビールが良い。そう思って駅構内を探したが、ほとんどの店でビールを置いていない。やっと1軒見つけたが、なんと4.8ユーロもする(これもフランスならでは、か)。バカらしいので、買うのは止めた。
21時過ぎに電光掲示にホームが表示され、当該ホームで改札が始まった(フランスでは基本的に改札がないが、夜行列車では行うようである)。
@フランス初夜行列車 -
編成はかなり長大で、後ろから順に以下の通りであった(寝:クシェット(簡易寝台))。
[4(2等寝)][5(2等寝)][6(1等寝)][7(2等寝)][8(2等座)][14(2等寝)][15(2等寝)][16(1等寝)][18(2等座)][24(2等寝)][25(2等寝)][26(1等寝)][27(2等寝)][28(2等座)][機関車]
こうして書いてみると、号車番号と等級には関係性が見えてくる。なお、ニース行は前方9両である。私は、指定された16号車へと向かった。
簡易寝台とは言いながら、きちんと寝具もあるし、安眠セット(耳栓等)やペットボトルの水まである(1等だからかもしれないが)。コンパートメントのドアも閉まるし、それなりに快適である。
@このような車内 -
定刻の21時23分、列車はゆっくりと動き出した。残念ながら上段になってしまい、フリースペースもなさそうなので、自分の寝台でスーパーで買ってきた食材で夕食を始めた。出発後15分ほどで同室の老夫婦が電気を消してしまったので、その後は個人用の豆電球もどきを頼りに食事をすることとなってしまった。
しかし、機内食などをこまめに食べていたことと、日本時間に換算すると早朝の5時前まで無理して起きていることになるので、意外に量は食べられなかった。半分以上を残し(捨てるのはもったいないので翌日用に取っておき)、22時前には寝てしまった。
@初日の晩餐 -
■2014.5.3
夜中の3時頃、どこかの駅で停車した。時差ぼけの関係で再度寝入ることができずに悶々としていたが、40分以上も止まったままである。動き出した後に寝入ることができたが、5時過ぎには起きてしまった。
その後は洗面を済ませてデッキから外を見ていたが、6時頃にまた停まってしまい、10分以上も動かない。どこにいるのか不明であるが、目の前にある道端の競馬の広告には「アヴィニョン」と書いてある。だとするとまだまだマルセイユよりかなり手前であり、どうやらかなり遅れているようである。「フランスの鉄道は、遅延とストに注意」とはよく耳にするが、それが当たってしまったようである。
6時15分頃、やっと列車は動き出した。
@そのうち朝日が昇る -
当初の予定ではカンヌまで行って、そこで小一時間ほど散策をして、コートダジュールの海岸に沿う路線で戻ってくる予定であったが、この様子だとカンヌまで行けるかどうか怪しいところである。詳細な時刻表が手元にないので即断はできないが、思い切って手前の駅で降りてみることにした。停まる可能性があるのは、トゥーロンなどである。
7時50分、トゥーロンに停車したので、そこでノープランのまま下車した(帰国後に調べたのであるが、定刻より1時間5分の遅れであった。カンヌまで行ったのでは、予定時刻までにマルセイユまで戻ってくるのは不可能であった)。
@初途中下車(しかも計画外) -
さて、トゥーロンに何があるかは良くわからない。駅構内にあった簡易な地図を脳裏に焼き付け、リアルな「ぶらり途中下車」の実践である(テレビ番組は「仕込み」が多いが、こちらは本当に「ぶらり」である)。
海岸までも近く、軍港であるためヨット以外に巨大な軍艦も停泊している。基地もあり、また美術館もあり、市内の街路では賑やかな市場(生鮮食品や衣類等)もあった。そんなものを見ているうちに、1時間ほどはあっという間に過ぎ、予想外に充実した時間を過ごすことができた。
トゥーロンからは、9時25分発のTER(Transport express regional、地域圏急行輸送)でマルセイユへ向かった。遅延の関係でカンヌ周辺のコートダジュールの景色は見られなかったが、ほんのわずかであるが海を見ることもできた。
@ニース方面は、また次回に -
マルセイユに到着してからは、徒歩で市内を散策し、旧港やサン・ニコラ要塞まで足を延ばした。天気も良く、暑すぎず寒くもないので、ちょうど良い散策日和である。
市内で市場風の商店街を発見したので、そこで鶏の半身(1匹じゃ多すぎるので)を夜用に買い、付け添いの野菜(ジャガイモなど)をつまみながら駅へと戻った。
@駅とは思えない風貌(階段がちょっと辛い) -
ちなみにフランス国鉄は、電光掲示にホームの番号が表示されるまで、自分乗るべき列車がどのホームから出発するのか不明である(英国も同様であった)。月刊誌の時刻表にまで主要駅の発着番線が載っている日本とは、大違いである。私が乗るべき12時35分発の列車は、出発の7分前になってやっと出発番線が掲示された。
当該列車は4両編成で、ファーストクラスは1/3両ほどしかない。セカンドクラスとの座席の差はほとんどないが、唯利点は「空いている」という点である。
@こういう車両 -
列車は、ディーゼルエンジンを唸らせて定刻に出発した。ぐんぐん勾配を登っていき、景色も道東的なものになっていった。
旅行記の出だしで「山岳路線」と書いたが、この路線はそこまで本格的な山岳路線ではない。あくまでも、「平原が続くだけの路線が多いフランスにしては、若干の起伏がある」という程度である。この路線よりも、ニースからイタリアへ抜ける路線(宮脇俊三氏も乗車した区間)や、この列車の先の区間(ブリアンソン)方面、スイスやスペインとの国境付近の方が山深いのであるが、そこまで行ってしまうと南仏だけで手一杯になってしまうので、今回は割愛した次第である。そのうち、スイスなどの山岳路線と一緒にまとめて乗りに来たいものである。
@この路線の景色も良いが -
小さな駅が続き、それらにほぼ定刻に出発していった。途中、行き違いの関係で少し遅れ(単線であるため)、ベーヌには定刻から8分遅れの15時31分に到着した。山間の、小さな小さな田舎町である。「乗り換え」という目的がなければ、決して観光客が訪れることはない街であろう。
駅の近くにあった説明版によると旧い街並みがあるようなので、そちらへ歩いて行った。石畳の味のある長閑な街並みを歩き続け、そして突き当りには、まさかの鐡ネタが待ち構えていた。
@予想外の鐡ネタ -
その後、スーパーで夜用の食材を揃え(宿泊地であるニーム到着が20時過ぎになるため、早めに調達)、駅へと戻った。
これからは16時40分発の列車でヴァランスへ向かう予定であるが、電光掲示には「10分遅れ」と表示してあった。急ぐ旅でもないので、自販機でジュースを買って飲んでいると、40分過ぎに案内放送があった。どうやら対向列車が少し遅れて43分に入線するので、その案内のようである(と思っていたが、実は「半分しか」当たっていなかった)。
待合室にいても暇だし、ブリアンソン方面行の列車の出発でも見てやろうかと思ってホームへ行ってみると、なんと10分遅れのはずのヴァランス行も反対側から入線してきたではないか。急いでそちらのホームへ行き、行先も確認しないまま飛び乗った。…よくわからないが、人騒がせな電光掲示である(この後は、電光掲示を100%は信用せず、アナウンスを聞くようになった。フランス語はわからないが、行先の地名ならなんとか判別することができる)。
列車は、定刻から3分遅れの16時43分に出発した。少し曇ってきてしまったが、フランスらしくない渓谷の中を走っていった。
@険しい風景 -
車掌が検札に来て、どこまで行くのかを英語で訊いてきた。
「ヴァランス」「その後はどこへ?」「ヴァランスTGV」「だったらこの列車を降りなくていい、ヴァランスTGVにも行く」
それは知っているのだが、ヴァランスTGV駅は日本で言えば新花巻駅みたいなもので、単なるTGVとの接続駅であり周囲に何もないことが想像できる。そんなところで時間を潰すよりは、ヴァランスで散策したりした方がいいので、「買い物をするから」と適当に言い訳をした。
18時52分、ヴァランスに到着した。駅前を適当に歩き、スーパーがあったので常温のビールを夜用に買った(1本約1.3ユーロ。オステルリッツ駅の売店は、かなり「色を付けて」売っていたようである)。本当は冷えている方がいいのだが、フランスには日本のようなコンビニがないため、ニームで何も買えない可能性がある。それよりは、常温でもあった方がいい(それに、常温のビールには過去の中国旅行で慣れている)。
@フランスの駅はどこもお洒落 -
19時15分発のTERに乗り、一駅でヴァランスTGVに到着した。駅構内にいくつかのカフェや売店があるものの、予想通り駅周辺には何もないところであった。
さて、今回の旅ではTGVには2回しか乗車しない(それも短距離)。せっかくのファーストクラス用レイルパスがもったいない気もするが、景色優先にしてしまうとどうしてもこうなってしまうのである。
19時45分発のモンペリエ行TGVは、定刻に出発した。新型の2階建車両であり、フランスらしく車内の仕様もお洒落な感じである。ただし旧型TGVと同様に、「足元のスペースに机」「空調が窓の下から」「ブラインドが2列で共通」は変わっていない(韓国の「山川」も同じであるが)。
@車内の様子 -
宛がわれた席は、残念ながら「1階席」「進行方向と反対」であったが、1時間未満の乗車なので気にすることもない。20時を過ぎると、夕日が遠くに沈んでいった。
ニームでのホテルは、最安を探したら偶然にも駅前にあったのでそれを押さえてある。20時30分に到着後、すぐにホテルに行ってチェックインし、スーパー食材と常温のビール、昨日の残りのワインで晩餐、となった。
■2014.5.4
6時前に起床。7時前になって日が昇ると、今日もまた雲一つない晴天である。ホテルにいてはもったいないので、7時過ぎには部屋を出て徒歩圏内にある古代闘技場やメゾン・カレ、その他大聖堂などを歩いて観て回った。前後の旅程から偶然泊まることになった町であるが、駅から徒歩圏内の名所も多く、意外に充実した時間を過ごすことができた。
@朝なので人もいない -
散策を終えて駅へ行き、自販機で買ったコーヒーをすすりながらホームへと向かった。階段付近では、駅員が切符の確認をしている(フランスでは原則として改札はないが、不定期にこのようなチェックをしているようである)。
8時14分発のクレルモン・フェラン行は、3両編成の短いディーゼルカーであった。やはり1/3両程度の小さなファーストクラスが付いているが、昨日よりも新型の車両であるので、セカンドクラスと大差はないとはいえ多少は豪華な座席であった。
@今日はこれから -
定刻の8時14分に出発し、列車は北へ北へと向かって行った。
フランスは、スイスやイタリア、またスペインとの国境には山脈があるが、それ以外はほとんどが平地である。数少ない例外が中央山塊と言われる地域で、今日は2本の路線でこの山塊を縦断することになっている。
とは言っても、すぐに山岳風景になるわけではない。しばらくは道東的な景色(帯広周辺のよう)が続くが、日本との違いは、栽培されているのが「ぶどうの幼木」という点であろうか。
@天気よし -
9時少し前辺りから、景色はだんだんと山深いものになっていった。川沿いに続く景色をぼんやりと眺めていると、9時20分頃に遠方に高い橋が見えてきた。最初は車道か人道かと思っていたが、ひたすらその橋に向かって行くので、どうやらこの路線のものであるらしい。俄かに山岳度合が増していった。
@日本ならば観光名所にでもなりそうな橋 -
小さな駅に小まめに停車し、それなりの乗降がある。ファーストクラスは途中から私1人だけであったが、家族連れらしきハイカーが乗ってきた。しかし彼らも30分くらいの乗車で、また降りてしまった。
10時くらいからは台地的な景色になったが、10時半を過ぎるとまた渓谷的な景色になっていった。出だしの頃は「道東的」と表現したが、ここまでになると日本のどことは譬えようがなくなってくる。
列車はひたすら川沿いに走り、制限速度でもあるためか、やけにゆっくり(体感では30〜40キロ程度)走り続けた。しかし、このくらいの速度の方が景色を堪能できるのでありがたい。
@渓谷美 -
11時30分を過ぎたころからスピードが速くなり、地形もだんだん平坦になっていった。乗り換え予定であるブラサック・レ・ミーヌには、定刻から1分遅れの12時38分に到着した。
ペジエ方面の列車に乗り換えるためには、1つ手前のアーヴァントで乗り換えとなるのであるが、事前にグーグルマップで駅近くの様子を見てみたところ、個人商店がいくつかあるだけの小さな小さな町であった。ミーヌも田舎町という点では大差ないが、大きな道路に近く、またそこに大型スーパーもあるので、その店で食材を買ったりしようと思ったのである。
長閑な昼下がりの街を歩き、スーパーまで行ってみると、なんと休みであった。フランスでは日曜日に営業している店舗が少ないとは聞いていたが、まさか大型チェーン店まで休みになるとは知らなかった。
私は元から朝も昼も食べないし、昨日の夜のサンドイッチが残っている(鶏肉が大きすぎてパンまで辿り着かなかった)ので、空腹についてはなんとかなる。問題は、水分不足である。自販機、コンビニはいっさいなく、小さなパブが昼間営業をしているだけである。その店も13時を過ぎると閉ってしまい、最終手段の「駅のトイレ」すら鍵が掛かっている始末である。それに、こういう日に限って持参のペットボトルの中身は空である(どこかで買えると思っていた)。
@心配してくれるのは猫だけか -
これから乗る予定のベジエ行の列車も、いかんせん1日1往復しかないものなので、一昨晩の夜行列車のような車内自販機は期待できないであろう。
ともかく、これが真夏なら脱水で絶望的になってしまうが、幸い春先である。少なくとも今日の宿泊地であるナルボンヌでは何かしら手にできるであろうから、それまでの我慢である。
13時40分頃、予定よりも早く機関車に牽かれた客車列車が来たので驚いてしまったが、車掌に訊いたらニーム行のTERであった。TERでも、客車で運用されているものがあるらしい。
その後、定刻より少し遅れた13時46分に、私が待っていたベジエ行のINTERCITES(アンテルシテ、国内長距離列車)が入線してきた。INTERCITESということで席がそれなりに立派な客車を予想していたが、残念なことにTER用のディーゼルカーであった。
@これに5時間半以上も乗車 -
小一時間ほど走り、ヌサルグでスイッチバックをしてからは、ガイドブック等でも推奨されている区間になる。ただし、いきなり山岳風景になるのではなく、しばらくは牧歌的な景色が続いていく。疎らな集落が続き、時折聖堂や古城、よくわからない旧い建物などが現れては消えていく。
すぐ後ろにいるフランス人のおじさん(見たところ60歳くらい)は、地図を片手に外を見たりしている。いわゆる「乗り鉄」さんのようである。
@どこへ行っても旧いものが残っている -
15時18分、この路線のハイライトともいえるガラビ橋を渡り始めた。この橋は1884年に完成したアーチ橋で、その高さは80メートルを超えるものである。有名なのはその古さや高さだけではなく、設計者がエッフェル塔で有名なギュスターヴ・エッフェル氏であるということもある。しかし、こういうものは外から見て初めて把握できるものであって、乗っている側からは「高い所を走っているのだろうな」くらいの感想しか持ちえない。この先、機会があるかどうかは不明であるが、対岸からこの橋を眺めてみたいものである。
@対岸にはドライブインらしき施設が見える(この橋を見るため?) -
午前中に乗車した路線はひたすら渓谷に沿って走り続けたが、この路線は台地の上を走り続ける部分が多い。ただし、時折山岳地帯になり、川に沿って険しい地形になるところもある。すでに使われなくなった廃駅もあり、それらをゆっくりと通過していく。
16時過ぎ頃から気になっていたのであるが、線路沿いに錆びたアーチ状の鉄柱が定期的に見えるのである。カーブの際に確認してみると、どうやら旧い電化設備(架線を張るためのもの)であった。理由は不明であるが電化設備は現在は使用されておらず、恐らく撤去するにも費用がかかるので、そのまま放置されているようである。
@風変りな形状の電化設備 -
高台を走るため、左手には大きく景色が広がり続ける。次第に下っていき、盆地状になっている地形の下の方まで降りてきた。そして17時半を過ぎた頃、この路線のもう一つの見どころであるミヨー橋に近づいていった。この橋は大手の観光ガイドブックにも掲載されているくらい有名であり、それに今度は「渡る側」ではなくて「見る側」なので、見応えは充分である。
@写真だと規模が伝わりませんが -
ミヨー橋を過ぎてからは平原の中を走り続け、終着のベジエには定刻ぴったりの19時28分に到着した。9分の乗り換えでTERに乗り、ナルボンヌ到着は19時50分。すべて予定通りである。
駅構内にあった閉店間際の店で大きなサラダを5ユーロで手に入れ、さて、あとはアルコールの入手である。ほとんどの店は閉っていたが、ホテル近くにあったケバブ屋2軒とピザ屋、ハラールの肉が置いてある小さな店舗(要するに従業員が中東系のところ)が開いていたので、ケバブ屋でビール3本(大2本と小1本)を手に入れて、無事に問題は解決した。
ということで予約決済してあるホテルに行ったのだが、どういうわけか中に入ることができない(詳細は書かないが、土曜の夜から日曜はまったく対応しないという変なホテルだったのである)。そういう時のための電話番号が掲示されているが、私は海外で使用できる携帯なぞ持っていない。
あやうく路頭に迷いかけたが、その場で偶然居合わせた同じ境遇のカップル(言葉からしてスペイン人)の男性の方が流暢な英語ができたため、彼が電話をしてくれ、おかげで建物の中に入りセーフティーボックス内にあった鍵も手に入れることができた。
たださらに問題があり、彼らは携帯宛メールで部屋番号の連絡をもらっていたということだが、私はそれすらもらっていないのである(要するに、海外で使用できるスマホを持っていないと、土日は泊まることができないのである)。ロビーで寝るわけにもいかず、結局、100以上もあるホテルの部屋のカギの部分すべてにカードキーを翳していき、最後の方でやっと緑色のランプが付く部屋を発見して、部屋に入ることができた。
よくわからないホテルのシステムのせいで混乱させられてしまったが、ともかく、夕食を頂いてからすぐに寝入った。
@寂しい晩餐 -
■2014.5.5
さて、今日からは基本的に平地のみを走るため、これまでのような景色の変化は期待できない。単調になることが予想されるが、だからといって何に遭遇できるかは乗車してみないとわからないのが鐡旅の醍醐味である。
6時過ぎにホテルを出て、歩いて5分程度のところにあるナルボンヌ駅に向かった。駅舎内で、昨日のような飢餓状態にならないため、自販機でいくつかのお菓子を購入した。今日は月曜日なので店舗は普通に営業しているが、いかんせんこの後のトゥールーズで9分で乗り継いだ後は7時間近く同じ列車に乗りっぱなしなので、念のための予備食材が必要と思ったのである。
6時32分のTERは、定刻に出発した。予想通り景色の変化は乏しいが、元々こういった道東的な景色は私の好きな部類であるから問題はない。今日も天気が良く、朝日が昇り始めている。
@今日も快晴 -
この列車の後はトゥールーズからナントに直通する列車の指定を手配しているが、この列車にだけは乗り遅れたくない。というのも、フランスの交通網はパリを中心に放射状に発展しており、トゥールーズからナントまでという「周辺」を直通する列車はほとんどないのである(途中のボルドーまでは本数が多いが、その先の選択肢が少なくなってしまう)。
杞憂を余所に、TERは定刻より1分早い8時03分にトゥールーズに到着した。おかげで、ナント行のINTERCITESの編成をゆっくりと確認することができた。
前方から、2等座席2両、1等座席2両、2等座席4両の計8両で、2等座席のうち1両はコンパートメント(8人1室)であった。
@機関車は昔懐かしいデザインのもの -
このINTERCITESの時刻をフランス国鉄のサイトで調べた際に、「予約推奨」となっていたため、他の夜行列車やTGVと一緒に日本の予約サイトを経由して席を押さえてある。しかし、手にできた指定券は通路側のものであった。車内に入ってみると指定を示す紙切れが貼ってある席は1/4くらいで、他は自由に座れる状態である。よって、指定の入っていない窓側の席に座った。
こうすると、指定料金(9ユーロ、日本のサイト経由だと1,500円)は無駄になるのかというと、実はそうではない。というのも、今日はナント到着後にTGVで移動するが、TGVは予約必須なので必ず指定を取らなければならない。そして今日の予定のように「トゥールーズからル・クロワジックまで」というように指定券を希望すると、それぞれの列車に対してではなく、双方まとめて「1旅程」としてカウントしてくれるのである。つまり、ナント以降のTGVだけを予約しても値段は同じであり、よって指定券手配料の無駄遣いにはならないのである。
@ファーストクラスの車両(外観) -
定刻の8時13分、列車はゆっくりと走り出した。昨日までは寝台以外はディーゼルカー中心で、座席もあまり豪華ではなかったが、この列車は客車のファーストクラスということもあって、いかにも鉄道旅行といった感じのゆったりとした座席と室内である。
ボルドーまではTGVも乗り入れる路線であるため、路盤も高速対応がなされており、「ガタンゴトン」ではなく「シャー」という音を立てて走り続けている。
さて、車窓は一貫して道東的な平原の連続である。時折、目を引くものや珍しいものがあれば、それを写真に収めるだけである。
@珍しいものの例1「ゴルフェッシュ原子力発電所」 -
広大な大地(そして農地)の中を走り続け、ワインで有名なボルドーには10時24分に到着した。
車内からホーム上にある電光掲示を見てみると、なんと出発は10時54分となっているではないか。30分もあれば色々と観て回れるので、小さなバックに貴重品(切符やパソコン等)だけを入れて、列車の外に出た。
とは言ってもあまり遠くまで行くのは心配なので、歩き回るのは駅周辺だけにすることにした。駅の外観もすばらしいが、内装も非常に重厚で目を見張るものであった。古代風の大きな地図が掲げられており、装飾も中世時代のようである。
@圧巻 -
せっかく時間がるので、フランスに来てまだやっていなかったこと(パンの買い食い)をしようと思った。これまで、各駅や市内で小さな細長いフランスパンに肉やチーズを挟んだものを売っている店がいくつもあり、人々がそれを買って齧っているのを見て、一度買ってみたいと思っていたのである。駅構内にそれ専用の店舗が2つあったため、その片方で5.1ユーロのパンを一つ買った。
それでもまだ時間があったので、駅構内やホーム上を適当にふらふらと歩いた。先頭の機関車がいつの間にか付け替えらえており、比較的新しい重連になっていた。
出発5分前には自分の車両に戻り、パンを頂く。
@うまし -
最近の日本のパンは「ふわとろ」とか「やわらか」ばかりで、それはそれで構わないと思うが、食育という面では、子どもたちにはこういう硬いパンを食べさせたいと思う(よく噛むことで歯も丈夫になるし、咀嚼が多くなるので満腹中枢も刺激されて食べ過ぎを抑制できるはずである)。かく言う私も、最後の頃には顎が少し疲れてしまったが、毎日軟らかい食材ばかりではよくないだろうと思う。
ボルドーも定刻に出発し、再度これまでと同様の風景の中を走り続けていった。さすがに同じような景色が続くのと、時差ぼけの関係で少しだけウトウトとしてしまった。
13時少し前、寝ぼけ眼を刺激する久々の要因として、海が見え始めた。ほんの一瞬だけであったが、事前に大雑把な地図で確認した際には海は見えないと諦めていただけに、意外であった。
海はすぐに見えなくなってしまったが、続いてすぐに現れたのがアルストム社の工場である。もちろん中まで見ることはできないが、工場の外には出来上がったばかりのAGV(次世代高速鉄道)が係留されていた。
@珍しいものの例2「アルストム社工場」 -
13時04分、列車はラ・ロシェルに到着した。同駅出発後は、これまで以上に長閑な景色を走り続けた。ローカル線ではないが幹線でもないので、レールの音は「ガタンゴトン」になっている。
終着のナントには定刻の15時02分に到着した。初日の夜行列車が大幅に遅れてしまったが、それ以外はフランス国鉄もかなり頑張っていると言える。
駅から徒歩約7分、大聖堂の目の前にある安ホテルにチェックインし、軽装になって市内観光(ブルターニュ大公城など)に出かけた。これまで見てきた町と同様にここナントも歴史ある建物が多く、それらの外観を見るだけでも「異国にいるな」という気にさせてくれる。
大公城の写真でも撮ろうと思ってカメラを手にした際、北東から轟音がしたので見上げてみたところ、なんとなんとエアバス社のベルーガが着陸態勢に入って降下しているではないか。
@航空ファンの方だけ驚いてください -
これからは16時13分発のTGVで、港町であるル・クロワジックまで行く予定である。まさかのベルーガ登場に驚かされた後、駅へ向かって列車の到着を待った。16時10分頃に入線してきたTGVは、もう数もかなり少なくなってきた1階建ての少し旧い車両であった。前出のように今回の旅行における数少ないTGV乗車であるが、今日も小一時間だけの乗車時間である。宛がわれた号車は、コンパートメントと座席が混在している車両であった。
@デザインは良いが、居住性はあまり良くない -
出発時刻を過ぎたが、なぜか止まったままである。せっかく先ほど褒めたばかりなのに、と思ったが、しばらくしておばさんが担架で運ばれていくのが見えた。そういえば、駅前に救急車が停まっていた気がする。さすがに、これでは遅延も仕様があるまい。結局、定刻から10分遅れの16時23分に出発した。
出発後は都会とも田舎とも言えない景色が続いたが、終着駅の10分くらい手前からは急に寂しい景色となって、17時23分にル・クロワジックに到着した。なんでこんな田舎の港町にまでTGVが来るのだろうか、と思わせるに十分な鄙び具合である。
@田舎町とTGV -
しかし、駅から10分ほど歩いて中心街に行ってみると、意外に観光客などで賑わっていた。街並みも小ぢんまりとして瀟洒であり、のんびり散策するのが似合う町である。
東洋との違いは、お洒落な小物や土産品、カフェやレストランが中心で、買い食い系はアイスやワッフルがある程度ということである。これが日本などであれば「海鮮の串焼き」屋台などが立ち並び、さらに中国であればその串焼きの串がそこいらに投げ捨てられるのであろうが、フランスではそうならないらしい(同じく港町であったトゥーロンやマルセイユでも、そういう屋台は皆無であった)。趣向や思考回路の違い、と言ってしまえばそれまでであろうが。
@港をのんびり -
中心街近くにスーパーがあったので、そこでワインやチーズ、サラミを入手した。サンドイッチもあったのでどうしよかと思ったが、フランスに来てからまだ温かいものを食べていないので(マルセイユで鶏の半身は買ったが、昼に買って夜に食べたので結局は冷えている)、締めの一品はホテルの近くで買うことにした。
18時15分発のTERに乗ること1時間半、ナントに戻ってきた。個人商店で小さなビールを買い、その近くにあったバーガー類を売る店で、フランスパンに肉等を挟んだもの(昼に買ったのは冷たいものだが、今回は温かいもの)を買った。店員の若い娘は、私がフランス語ができないことがわかると、必死になってたどたどしい英語で対応してくれた。「フランス人は英語を使おうとする人間に対して冷たい」ということをよく耳にしていたが、幸いそういう人にはまだ巡り合っていない。
@こういう店 -
■2014.5.6
さて、弾丸計画で実施しているフランスの鐡旅も、今日が最終日である。7時少し前にホテルを出て、ナント駅へと向かった。最終日の今日は、残念ながら曇り模様である。
駅には地下道があり、そこからホームへ向かうことになる。この駅の特徴(日本との違い)は、「階段がない」ということである。どういうことかというと、すべてスロープ状になっているのである。これは車椅子対応ではなく、自転車対応である。
フランスでは自転車や犬については、そのままで車内に乗り込むことが可能である。TERの車両でも、自転車を縦に立て掛ける専用のスペースがあるくらいである。犬についても、ゲージなどに入れる必要はなく、まさに散歩そのまま、である。
@なので、こういう設計に -
7時08分発のサン・ジル・クロワ・ド・ヴィ行は、定刻に出発した。しばらくは他の路線や引込線と分岐しながらゆっくり走っていったが、じきに快走し始めた。盲腸線=ローカル線と思っていたが、路盤改良がなされており意外に高速である。
しばらくすると、左手にエアバス社の工場が見えてきた。昨日ベルーガが飛んでいたのは、当然この工場と関係があることは言うまでもない。
それにしても、今回は「原子力発電所(電力)」「アルストム社(鉄道)」「エアバス社(航空)」と、フランスがその技術を世界に誇る基幹産業を車窓から堪能することができたのは幸いである。
@珍しいものの例3「エアバス社工場」 -
7時40分を過ぎるとポルニック方面の路盤と別れ、路盤も急に貧弱になり、列車はガタゴトと低速で走り続けた。それまで曇り空であったが、8時半過ぎからは薄日も射すようになってきた。
終着駅(長いので省略)到着は、定刻の8時49分であった。昨日のル・クロワジックと同様に、落ち着いた静かな港町である。可愛い形をした魚の缶詰などもあってそそられたが、機内持ち込みは不可能なので見るだけにした(私はバックパック1つで旅行しているので)。
@小さな駅 -
ゆっくりしたいところであるが、この先の旅程の関係で9時21分発の列車でとんぼ返りしなければならない。急いで街中を歩き回り、予定の列車でナントへ戻った。
ナント着は10時52分、次に乗る列車の出発まで26分しかないが、急いでブルターニュ大公城を再訪した。というのも、昨日撮影した写真がまさかのピンボケだったためである。
撮影後は駅へ急いで戻り、オルレアン行のTERに乗車した。このTERでブロワまで2時間強乗車するのであるが、最初は「TERに2時間はしんどいし、良い時間帯のTGVがあれば座席指定を取ろうか」と思っていたが、結果的には取らなくて正解であった。というのも、TERと言えども機関車が牽引する客車であり、ファーストクラスは昨日乗車したINTERCITESと同様のものだったからである。
@こういう室内 -
車両は4両編成で、最初の1両目だけがファーストクラスである。列車は、定刻の11時18分に出発した。
この路線はロワール川沿いに走るため、川が見えやすいように右側の席に座った。本来ならば日が射してしまう側であるが、幸か不幸か今日は曇天であるため、太陽はそれほど気にならない。
川沿い、といってもずっと沿い続けるわけではない。ひたすら続く大地を見続け、昨日と同様に珍しいものでもないかと目を凝らしていると、今日もまた原子力発電所に巡り合ってしまった。
最初の途中下車予定地であるブロワには、13時24分に到着した。
さて、時間的余裕は小一時間しかない。まずは市内を適当にあるき、ブロワ城に行ってみた。それにしても壮大な建築物である。
@でかい -
あれこれ歩き回ってからは駅に戻り、14時41分発の列車に乗り込んだ。残念ながら客車ではなく電車であり、座席の豪華さは少し劣る。しかも、わずかしかないファーストクラスの車内には、なぜか車掌が6人もいる。ちゃんと仕事をしているのは1人だけで、残りはおそらく業務都合による移動であろうが、日本の場合は乗務員室に乗ったりするのが普通である。堂々とファーストクラスの席を占領してスマホ片手にあれこれ雑談している辺りは、国民性の違いであろう。
@フランス中心部に近づいたということ -
最後の途中下車地であるオルレアンには、15時19分に到着した。ここでまた1時間と少し時間があるため、ジャンヌダルク関係など、お決まりの観光スポットを巡る予定である。
その前に、念のためパリ行の出発時刻を確認しておこうとして電光掲示を見ると、私が乗るべき列車が影も形もないではないか。「まさかの臨時運休」などが脳裏にちらつき、一気に不安になった。目の前には15時28分発のパリ行が出発間際であり、帰りの飛行機に間に合うことが先決であるので、これに飛び乗るといことも選択肢としてあり得る。しかしその車両の近くにいた車掌に切符(座席定員制であるため、念のため押さえておいた)を見せると、「それは次」と言われたので、その列車に飛び乗ることはやめた。
しかし、電光掲示や掲示されている時刻表を見ても、どこにも16時26分発がないのである。それだけではなく、パリ行自体がほとんどないなのである。パリ方面への工事予定の地図が掲示されており、「まさか、16時以降は工事で全面運休?」という最悪の事態も想像してしまったが、落ち着いて切符を見てみると、「OLREANS」ではなく「LES AUBRAIS OLREANS」になっているではないか。
そこで、係員に訊いてみると、「その駅はここから4キロくらい。列車では行けないが、トラムで行ける」ということであった。これで一安心である。すぐにトラム乗り場へ行って、路線図などを確かめた。
レゾブレ・オルレアン駅まではそれほど遠くはないので、念のため早めに行っておくにしても、ジャンヌダルクの像くらいは見ておけそうである。賑やかな通りを歩いて、像がある広場まで歩いて行った。
@オルレアンの街並みとトラム -
それにしても、念のため確認したからいいものの、もし普通に観光して出発の10分前くらいに戻ってきてから気づいていた場合、間に合っていなかったであろう。余計な心労をしてしまったが、逆に、このおかげでトラムに乗ることもできる(マルセイユやナントなど、フランスの各都市でトラムを見てきたが、まだどれにも乗っていなかったのである)。
ジャンヌダルクの像が設置されている広場の近くからトラムに乗り込み、レゾブレ・オルレアン駅へと向かった。渋滞等があると厭なので念のため早めに移動したが、特に問題はなく、乗るべき列車の出発時刻の25分前には到着してしまった(渋滞がなかったこともあるが、帰国後に調べてみるとこの駅までの距離は2キロ程度であった)。
出発の10分くらい前になってホームへ行ってみたが、それにしても、貨物駅(操作場)のような駅である。要するにオルレアンは行き止まり駅であるため、オルレアン始発以外の列車(ナントやリモージュ方面行)は、すべてこの駅に停まるのである。
@なので、駅周辺には何もないが、乗降客はけっこう多かった -
ほどなくしてやってきた16時26分発の列車に乗り込んだ。かなり長い編成のパリ行のINTERCITESは客車であり、今回の鐡旅の最後を飾るに相応しい立派な座席である。
出発してしばらくすると、右手に長大なコンクリートの遺物が続き始めた。何物かの判断は付きかねるが、その形状からして交通(鉄道)関係であることは間違いない。というのも、宮崎県にあるリニア実験線の遺構に雰囲気がそっくりだったからである。
帰国後に調べてみると、アエロトランという、1960年代から1970年代にかけてフランスで開発されていた空気浮上式鉄道の試験線跡ということであった(アエロトラン自体は、経費や輸送力等の問題からTGVとの開発競争に敗れ、現在はお蔵入りの技術となっている)。またしても、意外な鐡ネタとの出会いである。
@この雰囲気でわかりました -
パリへの幹線ということもあり、路盤は複々線である。曇天であった空も、旅の最後を締め括るかのごとく、すばらしい晴天に変わっていった。
中央の路盤を快走し続け、ノンストップで走り続けること1時間弱、ぴったり定刻の17時22分にオステルリッツ駅に到着した。4日ぶりに戻ってきた駅であるが、なんだかかなり懐かしい感じがする。
@お疲れさま
あとは地下鉄でパリ北駅へ行き、PERで空港へ、そして羽田へ、という塩梅である。
【備考】英国等に比べて、フランスのレイルパスはお得感がない、とよく言われる。試しに今回の旅費をざっくり計算してみると、レイルパス(キャンペーンで2割引中のため約3万円)+指定券(手配料と送料を含んで約1万円)で合計約4万円、それに対して各列車の合計運賃は、早期割引が使える列車はそれを利用した場合、約620ユーロ(約9万円)であった。こうしてみると「レイルパスの方がお得」と思われるかもしれないが、普通の旅行者は私のようなバカな乗り方はしない(半分以上の時間は観光に充てる)ので、それを考えるとお得感は薄いと言える。もしレイルパスを検討するのであれば、事前にフランス国鉄のサイトで割引料金等を検索し、比較することをお勧めしたい。
*旅行記および私の詳細については以下で。
「鐡旅」http://www2u.biglobe.ne.jp/~kokuden/tetu.htm
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