2014/02/01 - 2014/02/01
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A_KASAIさん
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淀橋で宴会のあと、南阿佐ヶ谷のホテルに泊まる。
翌日、去年は西へ。 今年は? とりあえず阿佐ヶ谷へ出てみる。
電車で新宿へ出よう・・と、止まっているバスが「渋谷駅行」 SUICAは使えるかな?
使えた。 ピッと乗り込んだ。
ところが眠くて眠くてほとんどうつらうつらしているうちに着いてしまった。
渋谷といえば、まだ東横線の地下駅を見ていない。私の知っている渋谷は既に無い。
むかしを思い出してみるべく電車に乗って見よう。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄
-
阿佐ヶ谷から都バスに乗る。
ICカードが使えるから便利。目的地を定めず移動できる。
何といっても景色が楽しめる。時間はかかるが初めての路線はどんなところを通るのかが楽しみだ。 -
渋谷から東横線に乗り自由が丘で降りた。
母者の実家が近く、私も2年間ほど住んだ。自由が丘駅77年のパネルが展示してあった。
目蒲線(目黒線)のほうが少し早く奥澤駅のほうが古いのだ。
写真を見ると子どもの頃毎年夏休みに遊びに来た奥澤、自由が丘を思い出す。 -
昔は九品仏川が流れていた。
今は遊歩道。
おばあちゃんと母者と買い物に来たり、食事をしたりしたのは50年以上も前。
わざわざ遠くから出て来るような街ではなく、ほとんど徒歩圏の人たちが買い物に出てくる程度の街だった。 -
奥澤神社。
幼稚園のとき夏休みに遊びに来ていたのだが、弟が腸カタルで入院してしまい、帰れなくなった。
そのときに秋祭りに来たことがる。大きな太鼓(幼稚園児の感覚で)が舞殿に置いてあったのをうっすら覚えている。
大蛇のお練はまだ復活していなかったのではなかろうか。 -
大井町線の踏み切り。
良く電車を見に来た。 黄色と青の小田急色でTKKのマークが入っていた。
ちょうど東横線に5000系が投入された頃。渋谷へ行くのに5000系に乗れると嬉しかった。 -
大井町線。
急行があるなんて信じられない。田園都市線と名が変わったのが高校に入った頃か。
大学に入って八王子に居た頃、長津田まで乗ったが駅以外に何も無いところを走っていた。
あの頃はすみやすそうな新しい町ができることを望ましく思っていたものだが、歳取るにしたがってそうは思わなくなった。 -
奥澤2丁目あたり。
細い路地の奥におじいちゃんの家があった。
広い庭があり、色んな花が咲いた。毎日の庭の水遣りは遊びに来ている孫の仕事。ポンプを押して、その間も足をばたばたしていないと蚊に刺される。そんなところだった。 -
じい様が亡くなり結局は切り売りしないと納税できなくて、伯父貴は半分になったところに住んでいる。
でも、ここに住んでいる人たちはこの雰囲気を残そうと努力されているようで嬉しい。http://tsuchimidori.net/
都市の生活の望ましい姿がありそうで、国立と共に好きな町である。 -
緑ヶ丘から電車に乗り、大井町へ出て京浜東北線に乗る。
根岸回りで大船まで始めて乗った。だが・・ほとんど寝ていて覚えていない。
モノレールで江ノ島へ出る。
東京モノレールとこれ以外乗ったことは無いが、あの振動と空を飛び地表すれすれをかすめる山越えのアップダウンが湘南モノレールの面白さだ。 -
江ノ電 江ノ島駅を過ぎて、海岸へ出る。
-
江ノ島へ続く道
珍しく松ノ木が残る。 -
廃業した旅館。
所謂、観光地 旅館が並び、夏の何日かを過す人たちが訪れた場所。
マンションが立ち並び様変わりしてしまった。 -
でも・・。
こんなのもある。昔は何軒もあっただろう。 -
漁港が整備された。
昔は浜に船を引き上げていた・・・と記憶する。
西片では地引網が漁として行われていた。海水浴客も引くのを手伝う。
結構たくさんの魚が上がっていた。売り物になる魚は漁師が取る(当然だ)イカなどはその場で漁師が皮をむき食ってしまう。
残った雑魚は海水浴客の土産になる。カワハギやアジの小さいのが手に入った。 -
今日は暖かくて、水辺で遊ぶのも苦ではない。
-
もう何年も江ノ島へは渡っていないな。
タワーが新しくなってから行ったことがない。
むかしのは江ノ島観光灯台といっていたっけ。回りは亜熱帯植物園といわれていたように思う。
小学生の頃の話。 -
烏帽子岩が見え、富士山が見え、ホテルパシフィックが出来たのはいつごろ?
軍艦のブリッジのようだった。
水族館ももっと小さかった。イルカショーを見に行ったなあ。 -
丸い歩道橋の足元。昔は砂防林だった。
今は駐車場。何をするにもまず車か。 -
湘南海岸公園駅に向かう。
小田急の踏切
角の設備工事店は昔からあった。 -
此処も切り売り。
グーグルアースを見てみると、一軒の大きな屋敷だった。
松ノ木が茂り広い庭がある。
個人のものだったのか、企業の海の家だったのか。
この区分けの小ささでは庭を取ることもおぼつかぬであろう。 -
橋を渡った向こう岸を左へしばらく行ったところに、ジイ様の海の家があった。
夏休みの数日を此処で過した。この橋は木造だったし、河川敷も草ぼうぼう。そんな中をパラソルを担いで海まで行く。 -
もちろん、水着にちょっと何かを羽織った格好でだ。
まだまだ東京への通勤圏ではなかった。 -
駅に着いた。
まだ、片瀬西方と言っていた。今の駅と道路をはさんだ反対側にホームがあった。
駅を降りて、左手の新聞屋と牛乳屋に何日間かの配達を頼んで、家まで歩いていく。
今は区画が整理されたのか、家がどこだったのかわからない。 -
藤沢へ出よう。
電車を待つ。 -
藤沢駅のホームにこんなものがあった。
売店。懐かしい色と形だ。 湘南電車なんて呼び方覚えている人も少なくなったのでは。? -
小田原へ出て新幹線に乗り継ぐ。
ラッキー! N700が来た。 喫煙室がある。
名古屋までゆっくり寝て帰る。終点だから寝過ごす心配がない。
むかしを思い出しながら、懐かしむだけでなく。 今を乗り切るヒントが見つかるかもしれない。
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