2014/01/07 - 2014/01/07
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しんちゃんさん
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渡良瀬遊水地(わたらせゆうすいち)別名「谷中湖(やなかこ)」を見学しました。湖がハート形で有名ですが…“遊水地”とは「洪水時に、河川から水を流入させて一時的に貯留し、流量の調節を行う池・湖沼。また、同様の目的で使う空き地・原野など。」(goo国語辞書より)日本最大の遊水地は、はからずも「日本の公害の原点」足尾銅山鉱毒事件により出来上がりました。そのとき渡良瀬遊水地の中に谷中村(やなかむら)があり廃村になり名前が残り、出来た湖が谷中湖(やなかこ)となりました。渡良瀬遊水地・渡良瀬貯水池とも言われています。「百聞は一見にしかり」!!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
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渡良瀬遊水地に到着。渡良瀬遊水地内部に自動車で中に入るには幅2.2m以下でないと入れません!
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南側(中央エントランス)から入りましたが・・・
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ゲートが閉まり、自転車または歩いて入るしかありません!係りの方に聞いたら「北側からならば谷中村跡の近くまで自動車で可能」との事。
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北側へ約3.3Km「北エントランス」から渡良瀬遊水地内部へ入る事が出来ます。
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北エントランス入り口から約1.5Kmほぼまっすぐです。
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途中で右折
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交差点の標識
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「旧谷中村 横堤跡」の地図
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「道と川百選」道標
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交差点から南側へ、要塞・砦?
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展望台でした。
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展望台の説明版
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展望台の説明版
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展望台の説明版_どうしてハート型の谷中湖になったかをここでは発見出来ませんでしたが、次なる見学地館林市の「田中正造記念館」で発見しました。写真と共に次回ご紹介します。
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渡良瀬川の上流には足尾銅山があり、銅の生産が上昇するとともに下流の農作物に被害が出始めました。洪水も多くなり煙害で山々の木々が無くなったのもその影響です。明治時代度々洪水が発生しましたが、昭和にも大被害が発生しました。
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展望台から東側、NHK「足尾から来た女」撮影地が見えました。「http://www.nhk.or.jp/dodra/ashio/」動画の最後の場面の森が見えます。
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南側駐車場
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北側に遠く男体山、標高2486mが見える。渡良瀬遊水地は南北約9Km、東西約6Km、面積33キロ平方メートル。山手線の半分の広さです。
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凱旋門の様な水門
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池の説明
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谷中村史跡保存ゾーン
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谷中村史跡保存ゾーンを探索します。
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菅(スゲ)葦(アシ・ヨシ)よく判らん!ススキは判るぞ!
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谷中村役場跡
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谷中村役場跡
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大野孫衛門屋敷跡
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旧谷中村役場跡地、田中正造翁生誕150年記念谷中村を守る会道標
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東側へ探索
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ヨシの中へ迷いそうですが、この様な説明版がありますので安心です。砂利道がなんとも懐かしい。
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旧谷中村遺跡 雷電神社
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雷電神社跡
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雷電神社跡
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延命院の墓地跡
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延命院の墓地跡
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延命院の墓地跡
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延命院の墓地跡
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延命院の墓地跡
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延命院の墓地跡
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延命院の墓地跡
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延命院の墓地跡
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延命院の墓地跡_茶色の箱は「谷中村の遺跡を守る会」の会報「谷中村たより」は無かった!「谷中村連絡ノート」には訪問者の一筆が記入されていた。
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延命院の墓地跡
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「雷電橋」延命橋の東側にあります。NHK「足尾から来た女」撮影地。撮影セットがこの辺で組まれたそうです。
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バードウオッチング中
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子供は自転車で園内をグルグル、自動車は無く自由気ままに走る事が出来ます。お母さん方も飛び縄で子供と遊んでいました。
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北エントランスを撮影した隣に「旧谷中村合同慰霊碑」があります。
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一角に石碑があった。北方(北海道)へ移住した家族が詠んだものだろうか。
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「血ヲナガス北方 ココイラ グングン 密度ノ深クナル 北方 ドコカラモ 離シテ 荒涼タル ウルトラマリンノ 底ノ方ヘ」
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工事殉職者を慰霊するため「渡良瀬遊水地調節池化工事殉職者慰霊碑」
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旧谷中村合同慰霊碑
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旧谷中村合同慰霊碑
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旧谷中村合同慰霊碑は第一調節池内の谷中村の各所に点在していた墓石、庚申塔、十九夜塔を一箇所に集めました。古い庚申塔は延宝4年(1676年)の物があるそうです。(渡良瀬遊水地 生い立ちから現状 財団法人 渡良瀬遊水地アクリメーション振興財団 冊子より)
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旧谷中村合同慰霊碑
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石塔は慰霊碑をぐるり囲むように壁に立ててあった。帰宅後調べたら、延宝6年(1678年)の文字が見えた。(右側)惜しい!
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文字の読めない石碑も多数あった。
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近くに3県(栃木県、群馬県、埼玉県)の県境があるので見学しました。遠くに道の駅「きたかわべ」が見えます。(白い帆をかぶった建物)
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誰が立てたのか説明版があった。
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川の中には立てられないのか、田の中に「基点」なる道標があった。
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Google mapを加工しました。
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どうしてこうなったかは、渡良瀬川と谷田川がこれらの境であったためと思います。明治13年から19年に測量した地図に三県の境がありました。現在、渡良瀬川は渡良瀬遊水地の東側を流れています。谷田川も流れを変えています。・・・続く・・・
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