2013/11/12 - 2013/11/12
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マキタン2さん
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八ッ場ダム(やんばダム)は利根川の主要な支流である吾妻川中流部、群馬県吾妻郡長野原町川原湯地先に建設が進められている多目的ダムである。2015年(平成27年)度の完成予定だったが、2020年(平成32年)完成に延長されている。完成すれば神奈川県を除く関東1都5県の水がめとしては9番目のダムとなる。形式は重力式コンクリートダムで高さは131.0m 。国土交通省関東地方整備局が事業主体である。
首都圏の水需要増大に対応するため計画規模を拡大し、矢木沢ダム(利根川)・下久保ダム(神流川)に次ぐ規模の1億トン級のダムとして事業が発表された。だが、計画発表以降、水没地域である長野原町において頑強なダム建設反対運動が起きた。
1986年(昭和61年)、「八ッ場ダムの建設に関する基本計画」が2000年(平成12年)の事業工期として策定された。その後、2001年(平成13年)の第1回変更で工期が2010年(平成22年)に延長され、2004年(平成16年)の第2回変更で建設目的に「流水の正常な機能維持」が新たに追加されると同時に、総事業費が2,110億円から4,600億円に増額修正された。2008年(平成20年)の第3回変更では建設目的に「発電」が追加されると同時に、工期が2015年(平成27年)に再延長された。
八ッ場(やんば)という地名の由来は諸説あるが、有力な説は次の3つである。
1.狭い谷間に、獲物を追い込んで、矢を射った場所「矢場(やば)」が転じ、「やんば」となった説
2.狩猟を行う場所に8つの落とし穴があったことから、「8つの穴場」→「やんば」となった説
3.川の流れが急であることから、「谷場(やば)」が転じ、「やんば」となった説
昭和40年代には、建設省が、吾妻峡を可能な限り保存する観点から、ダムの建設場所を当初の予定よりも600m上流に移動させることを表明した。その結果、吾妻峡の約4分の3は残り、一番の観光スポットである鹿飛橋も沈まずに残ることとなった。
1994年(平成6年)、建設省はダム本体工事に伴う付帯工事に着手した。ダム建設に伴い現国道145号が水没して集落がダム湖で分断されるため、湖岸となる林、長野原、川原畑側に地域高規格道路としての位置付けを持つ新国道145号八ッ場バイパスと県道林長野原線が、対岸の川原湯側に県道林岩下線とJR東日本吾妻線の付替線が、両岸を結ぶ橋として県道川原畑大戸線(湖面1号橋)が建設中である。県道林岩下線の一部をなす不動大橋(湖面2号橋)は2011年4月開通。また、転居を余儀なくされる住民のための代替地造成や防災ダム建設なども進められている。
ダム本体工事は入札が延期されたが、ダム地点を干上がらせて本体工事を行えるようにするために川の水をトンネルに迂回させる仮排水トンネル工事(転流工)は、計画より1年遅れて2008年(平成20年)に始まった。また、ダム本体の概略設計は2005年(平成17年)に実施済みであり、更に精度を上げた実施設計が2006年(平成18年)に実施された。
やんば館(やんばかん)は群馬県吾妻郡長野原町にかつてあった八ッ場ダムの広報センターである。2013年4月27日に営業を終了し、広報センターの機能は同日開館した道の駅「八ッ場ふるさと館」内に移転した。
八ッ場ダムが持つ役割や現状と、水没予定地に住む住民の苦労などを広報する目的で、1999年4月30日に開館した広報センターであり、八ッ場ダム工事事務所が管理していた。建設省(現・国土交通省)が建設した鉄骨2階建ての建物は、延べ床面積が427m²で、総工費として2億円を要しており、ダム建設に伴う水没予定地に建設された。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)
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