2014/01/02 - 2014/01/02
562位(同エリア1094件中)
風 魔さん
2014年の元旦も明けまして、本日は快晴の富士山もクッキリと見えましたので、日本平山頂へドライブに行き積雪の富士山の景観と駿河湾の風景を眺める。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
-
富士山と駿河湾の風景。 -
本日は大気がやや暖かいため、富士山の姿と空の色も鮮明度に欠ける気がします。 -
強風のため「三保の松原」(緑の部分)のむこうの駿河湾沖には、白い波浪が見えました。 -
花壇には、植木のキリンの刈り込み。 -
ライオンとクマの刈り込み。 -
富士山を眺める展望台には、「赤い靴の女の子と母の像」がありました。
⇒ 以下は、母子像の説明文より引用しました。
野口雨情の詩になる童謡「赤い靴」は、明治37年旧清水市宮加三(旧不二見村)に生まれた「岩崎きみちゃん」がその女の子のモデルでした。
やがて、「きみ」と母「かよ」は、故あって北海道へ渡りますが、この地で母はまだ2才になった
ばかりのわが子を、アメリカ人宣教師ヒエット夫妻にその養育を託しました。 -
「岩崎きみちゃん」の出身地である旧有渡郡不二見村は、日本平山麓の東側(右手の下)です。
「富士山の見える場所」=「不二見地区」は、たしかに今でも富士山の眺望の素晴らしいところです。
ちなみにこの地区には岩崎姓の苗字が多く、静岡市立清水不二見小学校は現存します。
江戸時代には周辺にあまり人家や大きな建物もないため、平地からも富士山は清水湊の松林越しに浮世絵のように見えました。 -
その後、ヒエット夫妻に帰国が命ぜられますが、この時「きみ」は不治の病におかされており、やむなくこの幼な子を孤児院に残して、横浜港から汽船に乗りアメリカへ旅立ちました。
童謡・『赤い靴』は、大正11年(1922年)野口雨情作詞による「きみ」の異国の地へ旅立つ別れの情景をあらわしたものです。( しかし実際には、アメリカへ行きませんでした )
☆ 童謡「赤いくつ」 作曲 :本居長世 作詞 :野口雨情
1.赤い靴 はいてた 女の子
異人(いじん)さんに つれられて 行っちゃった
2.横浜の 埠頭(はとば)から 汽船(ふね)に乗って
異人さんに つれられて 行っちゃった -
やがて、「きみ」はひとり、病の床にあって相見ることもかなわぬ母を思いながら、9才の短い生涯を終えました。
いま、この女の子は東京六本木にある「鳥居坂教会の共同墓地」に眠っています。
同教会の墓碑には、「きみ」の名前が記されています。 -
この幸せ薄い母と子に思いを寄せ、ふるさとの地・不二見村を見おろす日本平山頂に「母子の像」を建立すべく、全国数万人に及ぶ人びとからの浄財を得て、昭和61年この母子像が完成しました。
・・・ 母と子よ、永遠にやすらかなれ ・・・
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
10