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海外珍滞在記4

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1994/12/01 - 1998/03/25

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Ryutaro  Shiina

Ryutaro Shiinaさん

所で話を戻すと、そのドミニカ人と、しばらく話をしていると、
面白い所に案内すると言うのである。
私は何でも見てやろういう気持ちが強かったのと、
ドミニカで酒場へは行っていないので、行ってみたい気持ちに
なっていたのが手伝ってか、男に付いていった。
タクシーで着いたところは、ドミニカ人が飲んでいる
酒場(ディスコ)であった。
私は、酒は余り強い方ではなく、日本に居た時も飲み歩く事も少なく、
付き合いで一軒行くと眠たくなるタイプであった。
また、日本では、いかがわしい店で女性と
寝る事は嫌いで、友達と飲んだ後で行った事があるが
何もしないで、お金だけ払って帰って来た事があったりした。
その時、女性に「あなた何しにやって来たの?」と
怒られた事もあったが、愛情の無い関係は空しさしか残らないので
私は嫌いであった。
ただ、相手も商売なので、お金は相応に払って怒られた事には
いささか腹も立ったので、それ以来、日本では
そのような場所には行かなくなった。
だが、外国に来た開放感からと、ここが外国であると言う
好奇心から、怖さを忘れて、相手の言われるままに飲んだ。
この酒場は、いかがわしい所であった。
一時間位飲んでいて、酔いも回って来たので帰ることにした、
スペイン語が理解できていない私は、相手のいいなりに
支払ったので、だいぶ、ぼられ、女性まで連れてホテルに戻った。
結果的には、その女性とは何もなくて、お金だけ払って帰したが、
女性は私の荷物を、物色して、日本から持ってきた、
薬や新しい下着等を持って帰って行った。
酔っている私は、半分寝ている状態であったので、
されるままであった。
次の日、私を酒場に誘った男が、ホテルの前にいてお金を
たかってきたが、前日に50ドル渡したので渡さなかった。
それからもホテルの前で、この男をよく見る、
ここが彼の職場なのであろう。
ドミニカに来て、最初の失敗は、これであった。
一週間ホテル住まいをしたが、住む家が見つからないので、
宿泊料金の安いアパルタ・ホテルに移ることにした。
日本事務所のすぐ側に、一泊300ペソ(1ペソ、日本円9円)で、
調理器具、冷蔵庫、テレビ、シャワーが付いた八畳位の部屋である。
食事は外で食べるか、店で食料を買ってきて自分で作る事が出来る。
シャワーは停電が多く、電気温水器が作動しない事で、水の事が多かった。
ここに移り、長期滞在の為の家を探す事にした。
 そこで新しい、心強い友達が出来た。
彼とは最後まで腐れ縁で、彼が帰国するまで、続いた悪友である。
私はこの一週間で、滞在中最高のドミニカ人と日本人の友達を、
得ることが出来たのである。
彼の名はI氏、日本事務所の職員で、農業の専門家として、
この国に指導に来ていた。
また、彼は今まで数カ国で指導したことがあり、スペイン語、
ポルトガル語、英語が堪能であった。
また、同郷なので気も合った。
彼には滞在中、色々教わった、彼が居たから、
この滞在も楽しかった事が多かった。
彼との最初の出会いは、アパルタ・ホテルの隣の店で食料品を
買っていた時であった。
同じ所に泊まっていた彼も、買い物に来ていたのである。
私は財布(札入れ)を無造作に、ズボンの後ろポケットに入れていたら、
彼に注意されたのである。
札入れが長いのでポケットから、はみ出していたので、
「スリに会うよ」と注意された。
日本の感覚で居る自分と、色々な途上国を経験している
彼との違いを感じた。
私は彼の忠告を素直に聞いた。
それからは、何かあると彼に聞く事にしたのである。
彼はサント・ドミンゴから百キロメートル離れた、
サンフランシスコ・デ・マコリスで農業指導を行っていて、
1週間ごとに事務所に、業務報告などで来るのだそうだ。
私は最初サンフランシスコと聞いたときは、アメリカの
サンフランシスコから来たのかと勘違いして、なぜアメリカから
来るのか不思議に思っていた。
 アパルタ・ホテルに変わって、次の日に私の仕事先である
派遣先の事務所に、挨拶に行った。
私が挨拶に行ったのは、十二月の始めで、
この国のクリスマス期間に入っていたので、私の歓迎会と同時に、
クリスマス・フェスタ(スペイン語でフェスタ・デ・ナビダ)が行われた。
こちらではクリスマス期間(12月初めから)は、
毎日がフェスタ状態で酒を飲で踊るのである。
特に踊りは、ドミニカ独特の踊りのメレンゲと中南米で
踊られているサルサが主流である
此方の人達は、幼少の頃から親しんでいるので音楽が鳴ると
自然に体が動き、腰の振り方などが音楽に合って、
セクシーでありスマートなのである。
私も最初から踊れと言われ、挑戦したが、腰の動きは
ロボットのように、ぎこちないので周りの人達から笑われてしまった。
私はそれが悔しくて、ディスコに通うようになった。
滞在二年目の後半の頃は、ディスコで踊っていると、
ドミニカ人が振り向く位上手くなった。
 こちらに来て、約二週間で私の住む所が決まった。
3LDKのマンション、十階建ての九階で、部屋は十畳、八畳、
八畳とメイド部屋・バスルーム2、リビング十五畳、
ダイニング十五畳、台所、家具・食器・鍋釜付きで
家賃が月千ドルである。
24時間警備員が居て、安全面も確保されている。
(私は警備員が居ても、安全とは思わなかったが)
私一人で住むには広すぎるが、日本事務所で出してくれる、
家賃の最高限度額の物件なので決めた。
マンションの前の通りの名前は、アブラハム・リンカーンと言う。
マンションの向かいには、大きなスーパー・マーケットがあり、
近くには私立の学校や、ショッピングセンターなどがある
高級住宅街である。
私は一番大きい部屋を使う事にした。
さて、これで仕事が出来ると気を引き締めた。
ただ私の住んでいる所から派遣先まで、車で二十分はかかるのである。
歩いて行くには遠すぎる、ましてや赤道直下で、
太陽の光線も強く歩くのは危険である。
一度ホテルにいる時に、炎天下の中、三十分ほど
歩いた事があるが、頭がクラクラして、倒れそうになった事がある。
そこで私が車を購入するまで、派遣先から迎えに来て貰う事にした。
だが、ここでこの国のだらしなさを見る事になった。
最初のうちは、時間通り迎えに来たのであるが、
それは四回位で、だんだんと三十分遅れ一時間遅れ、
挙句の果ては、こちらから電話をしなければ迎えに来ない。
もっと、ひどい時は何回電話しても迎えに来ないので、
その日は派遣先に行かなかった事もあった。
そのような事が続くので、私は自分で車を購入して、
派遣先に出勤することを考えなければならなかった。

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