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海外珍滞在記3

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1994/12/01 - 1998/03/30

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Ryutaro  Shiina

Ryutaro Shiinaさん

父親が帰ってきて、昼食時間となった、
父親も珍客に戸惑いながら挨拶を交わした。
昼食はスパゲテェとアビチョエラ(豆のスープ)、
鶏肉の煮込み、ご飯、サラダ等である
私はスパゲテェを口に入れて、これは何だと思った、
日本で食べていたスパゲテェの感覚しかない私には、
煮込みうどんの、何回か煮込み直して柔らかくなり過ぎた、
うどんのように感じた。
見た目はナポリタンだが、私にとっては味も無く、
歯ごたえも無い食べ物であった。
アビチョエラは、ドミニカの各家庭で必ず食事の時に出るもので、
日本で言う味噌汁のような物で、味噌汁とは違っているのは
水分が少なく、日本で言えばシチューに近い物で、
各家庭の味がある。
後の食べ物は、日本人でも口に合うと感じた。
ただ、鶏は足からトサカまで煮込むのである。
私は足とトサカは食べなかったが、ナンドの弟のエットは
おいしい、おいしいと言って食べていた。
私は「日本では、そこの部分は食べないよ」と言うと
エットは「ここが一番うまいのだ、日本では何故食べないのだ」
言って不思議がっていた。
私はドミニカ料理ではモンドンゴーが好きであった。
モンドンゴーは豚や牛の内臓を煮込んだ料理で、香辛料が効いた
トマト味つけした料理である。
食事の後は、父親と母親は昼寝、ナンド兄弟と私は色々話をして、
スペイン語を教えてくれたりして時間を過ごした。
食後に飲んだコーヒーは濃く、小さなカップで、
砂糖をこれでもかと言う位入れて飲むので日本人にとっては甘い。
このようなコーヒーはイタリヤで飲んだ事があるので違和感は
なったが、砂糖の量は私にとって多すぎると思った。
シエスタも終わり、ナンドも仕事に戻るので
私達はタクシーを呼んで、店に帰る事にした。
いつもナンドが、昼食を食べに帰って来る時は、
乗合タクシーで戻って来るそうだ。
乗合タクシーは、一定方向(出発場所と、
到着場所が決まっている)に
向かう人達が乗合って、降りたい時は合図すれば、
何処でも降りられる、定員五名の車であるが、
こちらでは八〜九名位乗せるのである。
これは料金が安いから、多く乗せて効率よく走らなければ
成らないためである。
ちなみに料金は、一定方向間は1ペソ(1ペソ日本円で9円)である。
これ以外にモトコンチョといって、オートバイ(50CCスーパーカブ)に
一名から三名乗せるものと、ワゴン車に客を乗せられるだけ
乗せて走るもの、これも乗合タクシーと同じで、
走行区間は一定方向に決まっている。
乗合タクシーや乗合ワゴンバスは、客を乗せられるだけ
乗せるのでスリが多発する。
たしかにギューギュー詰めで、体が身動き取れない状態であるから、
ポケットからお金、腕時計、ネックレスなど、盗まれるのである。
それが日常茶飯事なのである。
私も、経験したいと思って、その後にナンドの家に行く時に
全部に乗ったが、二度と乗りたいと思わなかった。
ギュウギュウ詰なので、人と人の肌が接触するので
汗をかき浸たり落ちるのである。
ワゴンはドアが付いていないので、危険極まりない。
ただ、モトコンチョ(バイク)に関しては、一般タクシーと同じで
自分の行きたい所を指定でき、料金は乗合タクシーや
乗合ワゴンバスよりは、5倍近くするが
一人で乗れるので楽ではある。
このような乗合タクシーやワゴン車が、町中を縦横無尽に走っている。
そのような乗合タクシー、ワゴンの出発点と到着点は
賑わっているる、路上での物売りが沢山出ていて、人も多い。
バスも走っているが走行路線が、少ないのでドミニカ人は
乗合タクシーやワゴン車に乗る人が多い。
ナンドと店に帰って、一時間程話をしてホテルへ戻った。
ホテルの周りには、観光客を食い物にしようとする
ドミニカ人が、数人たむろしている。
私は滞在四日目に、彼達の網に引っかかったのである。
私はスペイン語に早く慣れようとして、
誰、彼、構わず話し掛けていた。
道端で果物を売る人や、靴磨きの少年等を
捕まえては話し掛けていた。
そんな私を見ていた、彼たちからすれば、
私は良いカモであったろう。
私は夜に暇で部屋から、ホテルの前に出て行くと
一人のドミニカ人が話し掛けて来た。
いつものように「Chion(中国人)か?」と問いかけてきた。
私は「Japones(日本人)だ」と答えた。
こちらの人は東洋人を見ると、最初に中国人か、次に韓国人か、
その次に東南アジア人か日本人かと聞いてくる。
この国で最初に日本人かと、言われたことは唯の一度もない。
それと同時に、教養の無い人達が中国人と言う時は、
小馬鹿にした言い方をするので私は嫌いであった。
これは、こちらで中国人はケチで、ずるがしこいと
思われているからで、中国人に対して、
あまり良い感情を持っていない。
私は日本人としてのプライドからか、中国人と言われるのを嫌った。
これはドミニカ共和国に滞在している間、最後まで、
この気持ちは変わらなかった。
ある時はあまりにも、しつこく中国人と言われるので怒った事もある。
この国では、日本メーカーの車が80%以上走っているし、
日本の電化製品や日本製のものは、良い物だと
認識している人は多いが、東洋人を見て、日本人と言う言葉が、
最初に出てこない。
こちらの人の、日本人に対する考えは、金を持っている、
技術的に優秀な国であるとは理解している。
だから日本人と分かると、尊敬の眼差しで見ることもある。
又、戦後まもなく、この国に日本人が移住して来ていたが、
数々の問題があって、その移住の人達も帰国したりし、
他の国に移住していったようだ。
この島はエスパニョーラ島といって、三分の一が
ハイチ共和国(中南米で最初に独立した国でフランス語圏)に成っている。
数十年前にドミニカ共和国が、ハイチ共和国に占領された事があった。
ドミニカ共和国は、ハイチとの国境に、日本からの移住者を
住まわせたのである。
国境の楯の意味にもとれ、またそこは、荒地で田畑に適さない所であった。
日本で移住を募集する時は、南の楽園で田畑に良い環境で
あるとの広告だったそうだ。
だが来て見たら全然違う環境であった、その為に現在も
住んでいる移住者は怒り、日本の外務省と裁判を起こしている。
(最近和解したのである)
だが、この問題で移住日本人同士が、和解派と訴訟派に
分かれてしまった現状があり、日本人が一つになっていない部分がある。
田舎へ行けば、日本人居住区の跡が今でもある。
今は多数の移住者の二世,三世が、サント・ドミンゴに住んでいる。
そのような経緯が在っても、日本人と言う言葉が出てこないのは、
何故かと疑問に思う。

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