2013/11/18 - 2013/11/18
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名古屋やんさん
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瀬戸電に乗って所用を済ませ、帰路の駅「矢田」に、4トラのトラベラーさんから伺った長母寺があることを思い出し行ってきました。
年、数回行事が行われるようですが、私が伺った日は誰ひとり訪れる人もなく、とても静かでした。
山門の案内を読むと長い歴史のお寺です。
母を弔うお寺として建てられたためか、平和な雰囲気を感じました。
長母寺(山門前の案内転記)
「霊鷲山と号し、臨済宗。
治承3年(1179)山田重忠が創建。その後荒廃していたが、弘長3年(1263)山田道園坊夫妻が母のために再建し、長母寺となった。また、この時天台宗から臨済宗に宗派を改め、無住国師を開山とした。天和2年(1682)尾張二代藩主光友の命により、衰微していた寺は再興された。
寺宝の木造無住国師坐像と無住墨跡三幅(六祖偈・置文・夢想記)は、国の重要文化財に指定されている。また、尾張万歳は、無住国師によって始められたといわれる。」
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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瀬戸電の「矢田」駅下車。
パソコンで検索したら、長母寺はこの駅から徒歩5分とありました。
矢田駅の出口によるのでしょうが、10分弱ぐらいかかりました。 -
この駅は、急行は止まりません。
各駅停車ののんびり乗車です。 -
瀬戸電の栄行きを下車した方の矢田駅。
案内板がありません。はたしてどちらに行けばよいのやら。
タイミングよく乗用車が止まり出てきた人に尋ねたら、すぐ丁寧に教えてもらうことができラッキーでした。 -
教えていただいた通り迷わず、長母寺近くの公園まで来ました。
その木ヶ埼公園の案内図。 -
木ヶ埼公園。
公園内で、子供と遊んでる人、犬を連れ散歩してる人等を見かけました。 -
長母寺の入口に到着。
右手にあった「霊鷲山長母禅寺」の石碑。 -
左手「無住国師入定地」の石碑。
弘長2年(1262)に鎌倉梶原影時の末裔と言われる無住国師が迎えられ、没するまで50年間を長母寺に住したとのこと。 -
この階段を上がったところが長母寺です。
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階段上がったところに少し小さめの鳥居がありました。
お寺の山門の前に鳥居?
手前の石碑は摩耗してましたが「熱田」の文字が読み取れました。 -
右手にはお地蔵様。
木漏れ日でうまく撮れていませんが。 -
長母寺の山門。
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左手にあった案内。
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右手に、何が書かれているのかよくわかないまま撮りました。
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山門(国登録有形文化財)
江戸時代(18世紀後半)に建てられた木造薬医門、瓦葺、間口4.8m奥行1.7m。 -
山門をくぐって、正面に本堂。
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本堂の右手の風景。
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左手。
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四国八十八ヶ所に因む八十八の弘法大師像が祀られていました。
まだ新しい感じです。 -
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句碑?
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本堂近くにあった美しいお姿の観音様。
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本堂は閉ざされていました。
現在の本堂は明治27年(1894)に建立とのこと。 -
本堂の右手。
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左手。
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右手の凝った細工の手水鉢?
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右手の玄関。
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さらに右手の建物。静かな気配です。
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本堂からの山門。
太陽が丁度南に。逆行になりましたが、本堂から山門に向けて。 -
山門から入口付近。
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山門の屋根裏の造り。
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山門の反対側の裏。
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長母寺入口にあった鳥居を再び。
山田重忠が熱田明神から「木賀埼は佛法興隆の霊地であるから梵刹を建立せよ。」とのお告げをうけて創建したと伝えられる。(長母寺縁起より)
毎年10月10日に開山忌が行われるようです。
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