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始めて国宝姫路城を訪れたのは17歳のころ、訳も分からないまま夜汽車に乗り、東京駅から寝台特急「安芸号」に乗り込み当てのない旅に出た時のことです。<br />私は大学受験に向けて受験勉強中の身だというのに家出したのです。 泊まるところの当てがなく、とりあえずは夜行電車に乗り込んだのです。<br />そして成り行きに任せて姫路駅に着いた時には招きよせられるように姫路城を目指して歩いていました。 白鷺城と呼ばれる姫路城は17歳の家出少年には何とも新鮮で虜になり、確か1週間近く姫路で不良少年の世話になり、一緒に過ごしたのを覚えていますが、私の日課は毎日姫路城を散策すること、それはさみしさを紛らわすため、知らずに取っていた行動かと思われます。<br />そんな時の訪れたのが書写山にある円教寺、駅地下のフルーツパーラに勤める女の子3人をナンパしてきた不良高校生らから一緒に遊ぼうと誘われ、高さ370メートル近い書写山へと向かったのでした。<br />女の子たちとはしゃぎながらの不良高校生らとはどこか溶け込めず、第一、方言が分からないから私だけ一人浮いてしまい、ただただ、山景色がきれいだったことしか感じていなかったのだが、ロープウエイが終わる時間を忘れ、暗い夜道を黙々と下りたことを思い出す。<br />途中で、ようやく明かりを見つけ、助けを求めに行った時、古びた屋敷は玄関の引き戸が開きっぱなし、薄暗い中をのぞくとドテラを着込んだような老婆、いや老人かも知れなかったが囲炉裏で暖を取っていたのですが、黒猫が「ミヤオー」と叫びながらこちらへ向かって来るのを見て、怖さのあまりすぐに逃げ出し、一気に坂を駆け下りたのでした。<br />姫路城は17世紀初頭の日本の城郭建築を代表する史跡建造物として世界遺産に相応しいものですが、「旅のだいご味」はそこで起きたハプニング模様であり、出会った人々との「ふれあい」にあると今も思います。<br />姫路の人は「ホンマけ、そうけ」と語尾に「け」をつけるのですが、私はそれが嫌で、どうして最後に「け」をつけるんだ?と女の子たちに聞いたことがありました。<br />そしたら「だって毛が無かったら無毛症でしょう!」と言って女の子たちは大笑いしたのです。 それが何のことが分からなかった私は、自分が笑われたと思い、そこから消えた17歳の秋でありました。<br />ちなみに、書写山頂上へはロープウェイで約4分ですが、降り口から円教寺までは30分ぐらい歩かなければいけなかったと記憶します。<br />山の中にそびえ立つ円教寺、摩尼殿は高く紅葉の中、恐らく今が一番きれいなころだろう。  ああ、もう一度行ってみたい。<br />*注、 書写山・円教寺は「西の比叡山」とよばれるほど寺格は高く、西国三十三所中最大規模の寺院で、中世には比叡山、大山とともに天台の三大道場と並び称された巨刹です。<br />京都から遠い土地にありながら、皇族や貴族の信仰も篤く、訪れる天皇・法皇も多かった、と言われています。<br />境内は、仁王門から十妙院にかけての東谷、摩尼殿を中心とした中谷、三つの堂のある西谷に区分されます。<br />なお、伽藍がある書写山(標高371m)山上一帯は兵庫県指定の鳥獣保護区の特別保護地区になっています。<br />

夜行寝台「安芸号」で当てのない旅へ、家出旅で姫路を訪ねる!

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1959/10/18 - 1959/11/05

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Holisun

Holisunさん

始めて国宝姫路城を訪れたのは17歳のころ、訳も分からないまま夜汽車に乗り、東京駅から寝台特急「安芸号」に乗り込み当てのない旅に出た時のことです。
私は大学受験に向けて受験勉強中の身だというのに家出したのです。 泊まるところの当てがなく、とりあえずは夜行電車に乗り込んだのです。
そして成り行きに任せて姫路駅に着いた時には招きよせられるように姫路城を目指して歩いていました。 白鷺城と呼ばれる姫路城は17歳の家出少年には何とも新鮮で虜になり、確か1週間近く姫路で不良少年の世話になり、一緒に過ごしたのを覚えていますが、私の日課は毎日姫路城を散策すること、それはさみしさを紛らわすため、知らずに取っていた行動かと思われます。
そんな時の訪れたのが書写山にある円教寺、駅地下のフルーツパーラに勤める女の子3人をナンパしてきた不良高校生らから一緒に遊ぼうと誘われ、高さ370メートル近い書写山へと向かったのでした。
女の子たちとはしゃぎながらの不良高校生らとはどこか溶け込めず、第一、方言が分からないから私だけ一人浮いてしまい、ただただ、山景色がきれいだったことしか感じていなかったのだが、ロープウエイが終わる時間を忘れ、暗い夜道を黙々と下りたことを思い出す。
途中で、ようやく明かりを見つけ、助けを求めに行った時、古びた屋敷は玄関の引き戸が開きっぱなし、薄暗い中をのぞくとドテラを着込んだような老婆、いや老人かも知れなかったが囲炉裏で暖を取っていたのですが、黒猫が「ミヤオー」と叫びながらこちらへ向かって来るのを見て、怖さのあまりすぐに逃げ出し、一気に坂を駆け下りたのでした。
姫路城は17世紀初頭の日本の城郭建築を代表する史跡建造物として世界遺産に相応しいものですが、「旅のだいご味」はそこで起きたハプニング模様であり、出会った人々との「ふれあい」にあると今も思います。
姫路の人は「ホンマけ、そうけ」と語尾に「け」をつけるのですが、私はそれが嫌で、どうして最後に「け」をつけるんだ?と女の子たちに聞いたことがありました。
そしたら「だって毛が無かったら無毛症でしょう!」と言って女の子たちは大笑いしたのです。 それが何のことが分からなかった私は、自分が笑われたと思い、そこから消えた17歳の秋でありました。
ちなみに、書写山頂上へはロープウェイで約4分ですが、降り口から円教寺までは30分ぐらい歩かなければいけなかったと記憶します。
山の中にそびえ立つ円教寺、摩尼殿は高く紅葉の中、恐らく今が一番きれいなころだろう。  ああ、もう一度行ってみたい。
*注、 書写山・円教寺は「西の比叡山」とよばれるほど寺格は高く、西国三十三所中最大規模の寺院で、中世には比叡山、大山とともに天台の三大道場と並び称された巨刹です。
京都から遠い土地にありながら、皇族や貴族の信仰も篤く、訪れる天皇・法皇も多かった、と言われています。
境内は、仁王門から十妙院にかけての東谷、摩尼殿を中心とした中谷、三つの堂のある西谷に区分されます。
なお、伽藍がある書写山(標高371m)山上一帯は兵庫県指定の鳥獣保護区の特別保護地区になっています。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JR特急 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 紅葉季節の書写の森

    紅葉季節の書写の森

  • 修復を終えてなお、きれいになった姫路城

    修復を終えてなお、きれいになった姫路城

  • 書写山・ 円教寺の外観

    書写山・ 円教寺の外観

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