2012/12/17 - 2012/12/19
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Donkyさん
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旅の記録(46)大阪ブラ歩き 大阪天満宮 大阪水上バス遊覧
関西は仕事やら法事やら折に触れて訪れることが多いのですが、観光目的での大阪立寄りは 考えてみると少ないのかも・・・。
でも 昨年の暮れは 明らかに観光目的で 難波の町をぶらぶらしてみました。
まずは 水上バスで川面から見た大阪の町並み、そしてゆっくり大阪城見物、最後に大阪天満宮。
そして北区天神橋二丁目にある寄席「天満天神繁昌亭」(てんまてんじんはんじょうてい)です。
連ドラ「ちりとてちん」でも定席が無いので、主人公の師匠宅を 寄席に改造していましたが・・・。
元々は天神橋筋商店街で落語会を開く予定だったのですが、打ち合わせをしていくうちに定席の寄席話が持ち上がり、大阪大空襲後60年間上方落語には無かった定席が開設されることになったのだそうです。
用地は大阪天満宮の寺井種伯宮司の好意により、無料で提供されました。当初は設立への反対意見もあったそうですが、建設費用については「繁昌亭建設募金」を置く事で設立に至ったのだとか。
声を大にして言いたいのですが、「天満宮の宮司はん あんさんは偉い!!!」
注)ブログ記事のうち景勝地の紹介文はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』および各地の公式サイトから抜粋・加筆したものです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 徒歩
-
まずは新幹線新大阪駅でのお弁当から
関西は「はも」です。 -
やはり東京では 味わえない味覚ですね。
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大阪水上バス株式会社(おおさかすいじょうバス、OSAKA SUIJYO BUS LTD.)は、大阪府大阪市中央区に本社を置く企業です。
京阪グループの一員です。 -
「アクアライナー」「サンタマリア」などの遊覧船を運航しています。
1983年、大阪城築城400年祭に際して創業し、朝夕は通勤船、日中は観光用の遊覧船とした水上バス「アクアライナー」が運航開始しました。 -
旧淀川を航行する通勤船としては1934年以来、遊覧船としては1966年以来の復活でした(その後、通勤船航路は2005年6月23日限りで運航休止となっています)。
遊覧船から市内を眺めることが出来ます。 -
その後、1990年に大阪港を周遊する遊覧船「サンタマリア」が就航。
このほか「水都号 アクアmini」や、グルメ・ミュージック船「ひまわり」も就航しています。
遊覧船船内。 -
造幣局でしょうか?
アクアライナーは、大阪市内の大川(旧淀川)を周遊する水上バス型観光船です。なお、「アクアライナー」は船名ではなく、同社が運航する水上バス型観光船の総称および航路名です。 -
ひと航海? 2000円です。
一味違う大阪の町を見た感じ。 -
大坂城・大阪城(おおさかじょう)は、摂津国東成郡大坂(現在の大阪市中央区大阪城の大阪城公園)にあった安土桃山時代から江戸時代の城および、由来する大阪市の地名です。
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別称は金城あるいは錦城で、大坂が近代に大阪と表記するように改まったため、現在は「大阪城」と表記することが多いのですが 実は大坂城であったのです。
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通称「太閤さんのお城」とも呼ばれていますが、1959年(昭和34年)の大阪城総合学術調査において、城跡に現存する櫓や石垣などは徳川氏、徳川幕府によるものであることがわかっています。
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極楽橋 由来
大阪城の二の丸地区には極楽橋(ごくらくばし)という橋があります。 -
極楽橋(ごくらくばし)
位置的には、二の丸北側にあります。この橋を渡りますと、青谷門に行くことが出来ます。 -
大坂城は、上町台地の北端に位置します。
かつて、この地のすぐ北の台地下には淀川の本流が流れる天然の要害であり、またこの淀川を上ると京都に繋がる交通の要衝でもありました。 -
元々古墳時代の古墳があったと言われ、戦国時代末期から安土桃山時代初期には石山本願寺がありましたが、1580年(天正8年)に石山合戦で焼失しました。
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その跡に豊臣秀吉によって大坂城が築かれ、豊臣氏の居城および豊臣政権の本拠地となりましたが、大坂夏の陣で豊臣氏の滅亡とともに焼失しました。
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徳川政権は豊臣氏築造のものに高さ数メートルの盛り土をして縄張を改め再建しました。その後、幕府の近畿地方、および西日本支配の拠点となりました。
姫路城、熊本城と共に日本三名城の一つに数えられています。現在は、昭和初期に復興された天守と幕末期の櫓や門などが現存し、城跡は、国の特別史跡に指定されています。 -
復興天守は現在も健在であり、大阪の象徴としてそびえ立ち、周囲には大阪城公園が整備されています。 天守は登録有形文化財です。
2007年(平成19年) 大阪城の不動産登記に関して、建物としては未登記であり、登記上の土地の所有者は旧陸軍省であるということが判明しました。実務上は、建物の所有者は大阪市ですが、土地は国からの借用であるということになっています。 -
なお、現在は指定管理者として「財団法人大阪市博物館協会 大阪城天守閣」が管理運営を行い、8階建ての場内を一般公開しています。
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重要文化財は 大手門 塀 3棟(大手門南方、大手門北方、多聞櫓北方)
多聞櫓(渡櫓、続櫓) 千貫櫓 乾櫓 一番櫓 六番櫓 焔硝蔵 金蔵
金明水井戸屋形 桜門
落書きなんぞしようものなら 犯罪ですよ 文化財なんだから。 -
電車に乗る前に お城の近所で ちょっとお昼を。
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大阪天満宮駅(おおさかてんまんぐうえき)は、大阪府大阪市北区東天満二丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)JR東西線の駅です。
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門前の商店街
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門前の商店街
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大阪天満宮(おおさかてんまんぐう)は、大阪府大阪市北区に鎮座する神社(天満宮)。
別名に天満天神・浪華菅廟・中島天満宮。
大阪市民からは「天満(てんま)の天神さん」と呼ばれ親しまれています。
毎年7月24日から25日にかけて行われる天神祭は日本三大祭、大阪三大夏祭りの一つとして知られています。 -
門前の商店街
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天満天神繁昌亭(てんまてんじんはんじょうてい)は、大阪府大阪市北区天神橋二丁目にある寄席です。
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上方落語唯一の寄席で、落語を中心に、漫才、俗曲などの色物芸が毎日多数執り行われています。
通称「繁昌亭」。 -
元々は天神橋筋商店街で落語会を開く予定だったのですが、打ち合わせをしていくうちに定席の寄席話が持ち上がり、大阪大空襲後60年間上方落語には無かった定席が開設されることになったのだそうです。
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2005年12月1日に着工、2006年8月8日に竣工、2006年9月15日開席。
初代席亭には朝日放送出身の岩本靖夫氏が就任。2006年10月に退任。
その後2007年1月に「支配人」の名称で、和歌山放送出身の恩田雅和氏が席亭に就任。 -
「繁昌亭」の名前は、6代目笑福亭松鶴の発案により千里中央のセルシーホールで上方落語協会が主催していた落語席「千里繁昌亭」に由来するそうです。
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用地は大阪天満宮の寺井種伯宮司の好意により、無料で提供されました。当初は設立への反対意見もあったそうですが、建設費用については「繁昌亭建設募金」を置く事で設立に至ったのだとか。
大阪天満宮の寺井種伯宮司はん あんさんは偉い!!! -
建設費約2億4000万円は個人や企業からの寄付金で賄っており、その中には桂かい枝がブルネイでの公演で大臣から受けた寄付も含まれているそうです。
こけら落としの前後には、在阪各局による生中継をはじめとする特別番組やニュース報道などで取り上げられ、東京でも関連イベントが開かれました。 -
土地を無償提供してくれた天満宮さんに触れないわけにはいかしまへん。
由緒がこれまた古いのでっせ。今から千百年以上前のことでんねん。 -
901年に菅原道真が、藤原時平により九州大宰府へ配転(左遷)させられた際、同地にあった大将軍社に参詣しました。 903年に菅原道真が没した後、天神信仰が始まりました。949年に大将軍社の前に7本の松が生え、霊光を放ったという奇譚が都に伝わったのです。
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そのため村上天皇の勅命によって天満宮を建立させたのが始まりなのだそうです。
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「天満(てんま)の天神さん」
広い境内でも ゆっくり歩いてくださいな。 -
寄席話の後ですから、ここからは 記述と写真は乖離が激しくなります。
甲子園球場は、完成した1924年(大正13年)が甲子(きのえね)の年にあたることからの命名でした。しばらくは十二支のお話です。 -
落語や講談の語りに「草木も眠る丑三つ時…」と言う口上がありますね。ここで登場する丑は十二支の丑です。今日の日本では、十二支は、人々の生活との関わりが、近世までと比べて、ずっと希薄になっています。もはや知らなくとも何の支障も無いのですが....。
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十二支が十干のように忘れ去られずにいるのは、ただ、年賀状の図案にその年の十二支の動物が多く使われることと、人々がその生まれ年の干支によって、「○○年(どし)の生まれ」のような言い方をする習慣が残っていることの2つがあるためであると考えられます。
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十二支(じゅうにし)は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の総称です(それぞれ音訓2通りの読み方があります)。
なお亥に当てられるのは本来、ブタであり、日本のイノシシが特殊なのですがご存知でしたか?。
これは日本で豚が飼われず、漢字の「猪」(本来はブタを意味する漢字)がイノシシの意味になったためなのです。 -
十干 (甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸)を天干というのに対して、十二支を地支(ちし)ともいいます。
日本語で「えと」という場合、ね、うし、とら、う、たつ…の十二支に割り当てられた動物(十二獣)の総称であるかのような用法がよくみられますが、前述したように、「え」も「と」も本来は十干に由来するものであって、厳密には誤りです。 -
年齢を偽ってる人が生まれ年の干支を聞かれると、本当の干支を答えてしまい年齢を偽ってる事がバレてしまうことが多い。
ことほど左様に「えと」は日本の文化に根付いているのです。 -
厳密には誤りであってもわが国では 今後も「えと」と言えば十二支をいい続けるであろうし、12番目の亥年が豚に戻されることも考えられません。
十二支の誤解もわが国特有のモディファイであり、かな文字同様独自の文化です。 -
十干十二支(天干地支)は古代中国で考えられ、日本に伝えられました。
十二支は古く殷の甲骨文では十干と組み合わされて日付を記録するのに利用されています。
戦国時代以降、日だけでなく、年・月・時刻・方位の記述にも利用されるようになりました。 -
「天満(てんま)の天神さん」にて
いつもご愛読有難うございます。今回の投稿で 国内は旅行記が無いのは奈良県を残すのみとなりました。そういえば50年以上前に修学旅行で一度行ったきりで、その後一度も足を踏み入れていませんね。近い将来訪れて47都道府県全て訪問にせねば・・・。
ちょうど時間となりました。 それでは・・・・。
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