2013/10/13 - 2013/10/16
1位(同エリア4件中)
地中海人さん
エフェス遺跡を堪能した後、大型客船が毎日停泊するクシャダス港に面した、キャラバンサライを改装したホテルに3泊、ディディム遺跡、プリエネ遺跡、ミレトス遺跡へ、いずれもソケ経由ドルムシュで初めて訪問しました。メデューサ女神、大地母神を想う旅となりました。
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主な日程
べルガモからアンタルヤまでエーゲ海沿いをバスで巡る旅。
2011年1月アンカライン、イスタンブールアウトの時に漏れたクシャダス、ポドルム、アンタリア、また船でコス島へ。
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【2013年10月10日(木)】
NH3232 仙台発8.00→NRT着8.55 ANApp354
NH207 NRT発12.15→ミュンヘン着17.15 ANApp2933
(仙台←NRT→ミュンヘン ANAから179,170円)
LH1782 ミュンヘン発19.40→イズミール着23.10
(LHから163.77EUR ANApp510)
イズミール空港からハワシュ(5TL)で二つ目の停留所・スイソテル ホテルまで
(この停留所からネオンサインが見えるモーベンピックホテル1人1泊13,284円朝食1983円WiFi無料)
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【10月11日(金)】
午前中イズミール街歩き
イズミール・オトガル(以下「O」)→(バス)→べルガモ・O
午後 べルガモ考古学博物館 とアスクレピオン遺跡
(ペルガモ Anil Boutique Hotel1泊朝食付き現金49EURWiFi無料)
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【10月12日(土)】
午前中 ペルガモンのアクロポリス遺跡散歩
午後 べルガモ・O→(バス1H30 12TL )→イズミール・O→(バス1H 9TL)→セルチュク・O
夕方 セルチュクのセン・ジョン教会遺跡へ
(セルチュク セン・ジョン・ホテル 1泊朝食付き10,500円 WiFi無料日本語を話す従業員がおり助かりました。)
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【10月13日(日)】
午前中(セルチュク・Oからミニバス片道2.5TL)エフェス遺跡散歩
夕方 セルチュク・O→(バス)→クシャダス
(クシャダス キャラバンサライ ホテル3泊朝食付き174EURWiFi無料)
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★【10月14日(月)】
クシャダス→(バス5TL)→ソケ・O→(バス1H 8.5TL)→ディディム遺跡散歩→(バス)→ソケ・O→(バス30分 4TL)→プリエネ遺跡散歩→(バス)→ソケ→(バス4TL)→クシャダス
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★【10月15日(火)】
クシャダス→(バス)→ソケ・O→(バス1H 7TL)→ミレトス遺跡散歩→(バス便無く、駐在警官に世話してもらう白タク25TL)→アンキョイ→(バス7TL)→クシャダス
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【10月16日(水)】
クシャダス・O→(バス)→ポドルム・O
午後 ポドルム要塞 街歩き
(ポドルム メリスパンション 2泊朝食つき280TL WiFi無料)
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【10月17日(木)】
午前9.30発 ポドルム港→(船 1H)→コス島コスタウン(ギリシャ)
アスクレピオン アゴラ 円形劇場 コスタウン街歩き
午後4.30発 コスタウン→(船 1H)→ポドルム港
(高速船なく、往復17EUR)
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【10月18日(金)】
TK2509ポドルム空港発11.30→イスタンブール空港着12.40
が35分遅延
TK2432 イスタンブール発13.35アンタル空港着14.50
のところ1時間後の次の便で預け荷物も無事到着
以上2便 トルコ航空314.00TL
(アンタルヤ メディテーラホテル2泊15,338円1人朝食つきWiFi無料)
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【10月19日(土)】
ぺルゲ遺跡 スイデタウン アスペンドス遺跡 クルシュンルの滝 4ケ所1日ツアー
(ホテル前にあるUCANツアー社[http://antalya.u-cantravel.com]発着による 55EUR 昼食つき )
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【10月20日(日)】
コンドルエアーXQ130アンタルヤ空港ターミナルⅠ発10.45ミュンヘン着13.05
(コンドルエアーはTⅡだがサンエクスプレス運行のため3キロ離れたTⅠまでタクシー5EURで移動。シャトルバス無し。 275EUR)
ミュンヘン空港からミュンヘン中央駅までSバーン2(10.40EUR)
(ミュンヘン中央駅近くのエクセルシオール・ホテル1人WiFi無料1泊13,869円 朝食20EUR)
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【10月21日(月)】4Tの旅行記を利用させていただきました。
午前中 1日切符(8.5EUR)を利用し
ミュンヘン中央駅→(S2)→ダッハウ駅→(726番バス)→ダッハウ収容所を訪問→(バス)→ダッハウ駅→(近郊線)→ミュンヘン中央駅
午後 ミュンヘン街歩き
NH208 ミュンヘン空港発21.10 ANApp2933
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【10月22日(火)】
成田空港着15.35
NH3232 成田空港発18.55 仙台空港着20.05 ANApp354
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当初ミュンヘンからLHの直行便でイズミールイン、LCCサンエクスプレスのミュンヘンまでの直行便でアンタルヤアウトのホテルのみ予約し、途中はその都度と考えていたが、予定していたセルチュクのホテルが満室となったのを見て、ポドルムからアンタルヤの中ほどのへティエ近辺を割愛する全日程とホテルを確定し、その間はバスでなく飛行機ということになった。
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今回JTBの外国専用VISA引き出しカード「MoneyT Grobalカード」「http://www.jtbmoneyt.com/」を利用しました(☆)。
引き出しのお知らせメールがきます。
比較のため、ためしにいろんな方法(トルコの銀行ATMはTL及びEUR引き出し可能。)で両替してみました。
トルコリラTLの両替はMoneyTカードが一番よいという結果ですね。
135.86円で両替したEURをホテルでTLに両替したが、1TL@54.344円となる。
成田空港(Gate31付近の銀行)で
10月10日
銀行両替2万円-300円 145ユーロ EUR (1EUR@135.86円)
2万円+40円 300トルコリラ TL (1TL@66.8円)
トルコで
10月12日ペルガモのホテルで両替 50EURが125TL(1EUR@2.5TL)
☆10月13日PttのATMで400TL引き出し 20.950円(1TL@52.375円)
☆10月16日銀行ATMで300TL引き出し 15,740円(1TL@52.46円)
ミュンヘンで
☆10月21日銀行ATMで200EUR引き出し 28,117円(1EUR@140.585円)
@はATM及びJTB扱い手数料込での単価
なお、カード支払いの場合
9月30日予約換算日10月1日トルコ航空314TL 15,508円(1TL@49.389円)
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海外旅行保険に今回出発日前日ネット加入しようとしたところ、オプションの航空機遅延のみ前日は付加できない、とのことであった。
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表紙写真は ディディム遺跡にあったメデユーサ女神
カメラ キャノン EOS 5D MARKⅡ
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ANA
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キャラバンサライ・ホテル
10月13日(日)セルチュクからクシャダス繁華街に近いアドナン・メンデレス通りとジャンタルハン大通りの交差点のバス停で全員が降りた。
例によってタブレットを持ち出したが、今日の宿は地元の人は誰もが知る、キャラバンサライを改装したその名もキャラバンサライ・ホテルです。クシャダス一の繁華街・バルバロス大通りが港に突き当たった左かど。
サモス行きのフェリーターミナル、レストラン街、船会社事務所が近くなので選んだが、趣があり、今旅行中ベストだった。
写真の左の建物、大きく見えるが、二階建て。
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キャラバンサライ・ホテル
中庭のテラス。夜はオンシーズンはショーを見ながらディナーということであったが、このときは3晩とも無し。 -
キャラバンサライ・ホテル
朝食は中庭テラス。グループ客はいない。閑散としていた。 -
キャラバンサライ・ホテル 二階廊下
客室は全て二階。壁が厚い、約1m?位、やや広めの角部屋にしてくれた。ポットあり。シャワーのみ。
部屋は、番号ではなく名前がついていた。
イタリア人海賊バルバロスがトルコ海軍提督に任ぜられ、クシャダスに居を定めていたので、ここを歩いたかもしれません。 -
10月14日(月)
ホテル前のバルバロス大通りの朝。朝食前に散歩。 -
ホテル前のバルバロス大通りの朝
セルチュクから到着したバス停の向かいに、ソケ行きのバス停があります。
クシャダス・オトガルが始発ですが、ソケ行き(セルチュク行きも)のドルムシュはそこで乗客を満載し出発。 -
ソケ・オトガル
ここに3遺跡の往復で計6回立ち寄りました。
トイレ休憩(1TL)、水補給(1TL)、チャイ(1TL)。 -
ソケ・オトガルの待合所。
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ディディム・アポロンバス停は大駐車場にあり、1台も停車していません。
運転手にアポロンは向こうだよと言われ、写真のこちら側を見ると民家の上に列柱数本が出ている。 -
ツアー客を乗せたミニバスは遺跡入り口近くに停車していた。
近くに山がなく、神聖な雰囲気が感じられないが。 -
遺跡入り口前には、土産物屋さん、レストランが並んでいます。
ここのアポロン神殿も、往時はデルフィに匹敵するほどにぎわったとの先入観から背後に山でもあるかと想ったら、平地にある。
古代のディディムはディディム村の中にあり、今はアポロン神殿のみがフェンスで囲まれ公開されていた。 -
入ると、メデューサ女神の首が待ち構えていた。
女神アテネと女神メデューサの神話を思い浮かべると「メデューサ」と呼び捨てにするのは躊躇われますね。
美しさを競って負けた女神アテネは、メデューサの髪の毛を蛇に変え、その目を見たら恐ろしさのあまりたちどころに石に変えてしまうほどの醜い怪物にしてしまう。さらにペルセウスはアテネ女神からもらった青銅の盾にメデユーサの目を見ないように姿を写してメデユーサに近づき、ヘルメスに貰った金剛の鎌で首を切り取る、という有名な神話。 -
悲しい眼差し。
ギリシャから殖民したイオニア人が住むミレトスの財力で作られ、この町ではギリシャ語が共通語として話されましたが、アナトリアではこの地方出身女神の記憶が受け継がれ、信仰されたのでしょうね。 -
かつては、神殿の正面玄関の梁に飾られていたという。
見る者を石に変えるというメデューサの目に対する信仰が死後の世界とも深くかかわっていたからだろうという考えがありますが、どうでしょう。
何故ミレトス人はアポロン神殿の正面にメデユーサ女神を掲げたのでしょうか。
ハドリアヌス帝はエフェスの神殿の正面に半身裸の首がつながっているメデユーサを掲げたが、それはなぜなのか。
ハドリアヌスは建設関係者を随伴し、アナトリアだけでなく他のギリシャ化した帝国版図内の各地の神殿も改修して巡察したはずですが、そこにもメデューサの像を正面にかかげたのでしょうか。
海の民の疑問の他に、また一つ旅のテーマができました。
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ディディム・アポロン神殿遺跡
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ディディム・アポロン神殿遺跡
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前6世紀、ミレトスのイオニア人がアポロン神殿を作ったと言われています。
ペルシャのダレイオス?、アレキサンダー大王にも保護され、今残るは、ハドリアヌス時代に改修された跡。 -
遺跡内に、レリーフもたくさん残っています。
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ディディム・アポロン神殿遺跡
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ディディム・アポロン神殿遺跡
トラヤヌス帝の頃ローマ帝国版図が最大になり、それを継いだハドリアヌス帝は二か所放棄し、守りを固めるため3回にわたり帝国版図を巡察したといわれています。特にギリシャ化した地域は念入りに、地元との融和を図り、属州ヒスパニア出身の政治家である彼は、ギリシャ系のアポロン神殿正面にアナトリア系のメデューサを配したというところでしょうか。
生贄を捧げ、金銀財宝を寄進するのは、何といっても近在のアナトリアの人達が多かったでしょうから。 -
ディディム・アポロン神殿遺跡
ミレトスの人々は、アポロンの生地・ディロス島の真東にアポロン神殿を作ったと言われています。
(ペロポネソス半島にあるディディムはディロス島の真西にあるという。) -
ディディム・アポロン神殿遺跡
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ディディム・アポロン神殿遺跡
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ディディム・アポロン神殿遺跡
13階段を上ると12柱の間があり、参拝者は宣託を待つ。 -
ディディム・アポロン神殿遺跡
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ディディム・アポロン神殿遺跡
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ミレトスと異なり古代は海に直接面していたわけでもなく、地盤も固かったのか、エフェスのアルテミス神殿と異なり、1世紀から4世紀にかけて大地震が頻発したにもかかわらず、基盤はしっかり残っていた。
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このようなトンネルが左右2箇所あり、下っていくと途中に、かつて巫女が神託を授けた小部屋があり、さらに下ると禁域。
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ディディム・アポロン神殿遺跡
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ディディム・アポロン神殿遺跡
神殿中央部の禁域は基壇上部より5m低い。四周に壁がめぐらされ、入り口は無く、外部からはまったく覗うことはできない。
屋根が全くないので、写真だけではかつての全容は想像できませんが、 -
このとおりです。
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ディディム・アポロン神殿遺跡 禁域
聖泉の跡
巫女はここで沐浴、三日間の断食。清冽なる泉に心と体を浸しトランス状態となったのでしょうか。 -
ディディム・アポロン神殿遺跡
あまりにも巨大で、当初から屋根の計画があったのでしょうか。屋根は葺かれること無く未完成のまま。 -
かつて正面奥の壁には、前6世紀に活躍した名工カナコス作と伝えられる青銅製のアポロン神像が据えられていたというが。
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ディディム・アポロン神殿遺跡
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ディディム・アポロン神殿遺跡
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ディディム・アポロン神殿遺跡
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ディディム・アポロン神殿遺跡
ミレトスは大いに繁栄し、黒海沿岸から地中海沿岸にさらに90位衛星都市を作ったといわれています。
それらの都市及びさらにそれらの近在一帯から母市であるミレトスに来ては、ここディディムに詣で、神託を拝受したに違いなく、人数的にはアナトリア一帯が多かったはずで、ということは、大地母神、アルテミス神、メデューサ女神を信仰する人たちが主体だったかな。
首チョンの頭部をさらし、首狩り族のごとく、敵対した種族を威服させようとしたわけではあるまい。時代はパクスロマーナ。
などなど一時間以上妄想を楽しみました。 -
ディディム・アポロン神殿遺跡
かつては高さ20m、直径2mの石柱120本以上、今3本。
最上部はどの高さまで?
基壇は118m×60m。サッカーグランド並み。
エフェソスのアルテミス神殿にわずか及ばないが、13階段の基壇上部の4周の列柱にめぐらされた段の広さは世界でも1、2位を争う巨大神殿であると言う。 -
前庭
かつてはここに供物が捧げられた。 -
石柱の残骸
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ディディム・アポロン神殿遺跡
この雰囲気はデルフィにはない。 -
遺跡を眺めながら、ビール、シーフードスパゲティでランチとした。(全部で20TL)
ロカンタではなく外国人観光客用のレストランなのでギリシャ並みのかなりの量。 -
この若者は、クラシックの曲を奏でていたが、そのうちジプシーキングズのアルバムから5,6曲続けて歌いだした。アナトリア・エーゲ海沿岸部の若者の心情はギリシャよりアンダルシアに若干近いのかな。
俺もジプシーキングズが好きだ、あなたはプロなみだ!がんばれよ!と言って握手。 -
アポロン神殿跡のみ発掘され、その余は手つかずの様子。
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この道路の下にも何かが埋まっているはず。この写真の左側の壁の左が次の写真です。
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かつては港町・ミレトスからこの神殿まで約16キロの参道、ディディムはミレトスの真南、直線で15キロの位置にあるという。
両側には彫像が立ち並んでいたかもしれません。ここからミレトスの「聖なる道」(この旅行記にあり。)までかつては大理石の道路が通じており、かつて神官達が巡礼祭を執り行い、練り歩いていたという。
以上データは「ローマ帝国と地中海文明をあるく」から。
(講談社 2013年発行) -
バス停のある大駐車場に至る途中
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みなさんよくご存じの土産物
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ここで、アルテミス神像を購入したら、小さなアレをおまけに。
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ディディム・アポロン神殿跡バス停
大駐車場 いつのまにか数台駐車。
アポロン神殿近くにハドリアヌス帝時代に建てられた競技場跡が2011年に発掘されたと言うが。 -
ソケ・オトガルまで戻ったら3時半。
で、近いプりエネまでやってきました。ソケからのドルムシュには外国人旅行客は私一人。 -
木陰のジュース売りのおじさんに入口は向こうだと言われ、歩き出す。写真の奥の山の麓にプリエネ遺跡があります。
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プリエネ遺跡 5TL
4時過ぎだったためか、フランス人グループのみ。 -
かつては海に面し、碁盤の目のように区画された町。
東西6本、南北15本。周囲2.5キロの小さな街。
これまで発掘されたギリシャ文明世界では、都市計画の最古の例の一つだという。 -
プリエネ遺跡
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プリエネ遺跡
ほぼ中央にアゴラ。
西側に店舗、中央部にヘルメスが祀られ、北側に回廊、東側にゼウス神殿と小さい町なので、コンパクトに配置されていたようです。 -
プリエネ遺跡
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プリエネ遺跡
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プリエネ遺跡
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プリエネ遺跡
前350年頃の建設
あの山から土砂が崩れ、遺跡を覆い、19世紀末に発見されたという。 -
円形劇場 収容人員5000人
小さなものですが保存状態はよい。 -
プリエネ遺跡 円形劇場 貴賓席
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プリエネ遺跡 円形劇場
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プリエネ遺跡
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プリエネ遺跡
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プリエネ遺跡
アテネ神殿は山を背に海に向かってすっくと立ち、それを見た船乗りは安心したことでしょうね。 -
プリエネ遺跡 アテネ神殿
けなげに5本残る。
神殿の周りには、東西に11本、南北に6本の円柱が配されたとされる。 -
プリエネ遺跡 アテネ神殿
神殿の東側の祭壇は、アレクサンダー大王が完成したと言う。
古代は海が目前。 -
プリエネ遺跡 アテネ神殿
東西37.2m、南北19.6m -
プリエネ遺跡 アテネ神殿
あたりに人ひとりいません。 -
古代の海岸線を示しています。
たしか、紀元前1500年のラインに、ミレトス、プリエネ、ソケ。 -
プリエネ遺跡
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プリエネ遺跡
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プリエネ遺跡
左側にアゴラ
他に議会場、アナトリアの地母神の流れを汲むキュベレ神殿、アレクサンダーの家、エジプトの神々を祀った神域があるとされるが。 -
プリエネ遺跡 門から退出した。
古代はここから。
堅固な城塞(トロイ第?層前1800-1240年形態と同様)によって囲まれていたという。 -
プリエネ遺跡
この写真の奥左にチケット売り場と入口。右が古代ポリス・プリエネの門。 -
10月15日(火) ミレトス遺跡
サモス島日帰りを止め、ソケ11時発でミレトス遺跡までやってきました。1時間に1本、これまでで一番乗客数少なく、ボロな車。外国人観光客は私一人。遺跡入口近辺には大型バス、ミニバスもいない。入り口を入ったところに自家用車が十数台。
ここは表通りから若干入ったところにあり、隣の客が通り過ぎてしまった運転手に声をかけてくれ、約100mバックしてから横道左に入り、入口まで乗り入れ私一人を下してくれた。(この時帰りの時刻およびバス停位置を尋ねるべきだった・・・。ソケからは午前11時から午後3時まで一時間に1本。ここからソケまでのことは?)
一目見て山が見えない、おかしい・・。(車中右側に山々が連なっておりそちらの麓にあるのかとばかり想っていた。)平地にすっくとたっているように見えますね。
古代はこちら側が入り江になっていて、「劇場の港」と呼ばれていたようです。 -
25,000人収容。かなり壮大なものです。円形とはいうが、半円形。ローマのコロッセウムは360度完全円形で5万人収容。こちらは180度で丁度半分。高さ40mで傾斜はこちらが緩やかなので規模はこちらが大きい。
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ミレトス遺跡
これほどの圧倒的な偉容を誇る円形劇場はほかに? -
ミレトス遺跡
ミレトスは、前2000年紀後半ミケーネ人が渡来、北から来たドーリア人に押され前11世紀頃には盛んにクレタ島から移住し都市を形成し、前7世紀頃黒海沿岸から地中海沿岸に90もの植民都市を建設し、ヘレニズムからローマ時代にかけイオニア地方で最も隆盛したことで知られています。
このミレトスにおいて、ギリシャ文明世界で初めて、哲学、科学が生まれました。「万物の根源は水」と喝破したタレース(前640年頃生まれ、前546年頃死亡)はここ出身。[汝自らを知れ]という、デルフィの神託所に掲げられていたと言う格言も。
ギリシャ語のアルファベットも前800年ごろここで作られました。
小田実は亡くなる半年前トルコを旅行したと聞きます。東大ギリシャ哲学卒で翻訳も手がけていた彼はきっとここを訪問したに違いなく、私もここを訪問することが念願でした。
なぜイオニア地方で、ギリシャ本土ではなく歴史は同じように古いが殖民都市がこれほど隆盛し、また哲学が生まれたのでしょうか?
またまた妄想を膨らませながら、数キロ歩き回りました。 -
ミレトス遺跡 円形劇場の裏側
表から見るとローマ式に見えましたが、裏側に回ると、なんと平地に丘一つ、丘であることがわからないように正面が削られて作られている、ギリシャ式。 -
たしか港がすぐ近くにあったはず・・・。
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ミレトス遺跡
ミレトスには前2000年紀後半のミケーネの土器が発掘されていると言う。 -
ミレトス遺跡
後期青銅器時代にはミケーネの植民地がここにあったということですね。 -
ミレトス遺跡
ラージ ハーバー
ここは雨季立ち入ることはできません。 -
ミレトス遺跡
かろうじて、ラージ・ハーバー・モニュメントと読めます。 -
ミレトス遺跡
古代の北の港にあったレリーフ。本当なら博物館内に置かれるところなのでしょうが、遺跡内には博物館はありません。 -
ミレトス遺跡
古代の港「ラージ・ハーバー」から円形劇場方向。ここからは円形劇場があるとは見えません、丘が見え、要塞のように見えますね。
「劇場の真下に港があり、劇場の港と呼ばれていた」? と考えていたら、後で古代の地図をみたら、劇場北側が半島で、正面南側とラージハーバーの北側が海に面していた。 -
ミレトス遺跡
浴場跡? -
ミレトス遺跡
古来流れが激しく曲がりくねっていることで有名なメンデレス川が運んだ砂により、古代の海岸線から今は15キロも後退。英語で川が蛇行するのをメアンダーと言いますね。この川の名に由来すると言う。
食糧生産が始まってから長年木を切り倒したため、土砂が川に流れ埋まったのでしょう。
オリーヴ、ワインが生産され輸出し、多くの食料を輸入し、多数の人口を養うことができ繁栄したのでしょうね。
ギリシャ系殖民都市は黒海から地中海にかけ、ほとんどが沿岸部に作られました。 -
ミレトス遺跡
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ミレトス遺跡
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ミレトス遺跡
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ミレトス遺跡
アゴラ 164m×196m ここも東西、南北に柱廊がありました。 -
ミレトス遺跡
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ミレトス遺跡
雨が降ると約1メートルは水没する痕跡があります。 -
ミレトス遺跡
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ミレトス遺跡
建物は博物館ではありません。 -
ミレトス遺跡
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ミレトス遺跡
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ミレトス遺跡
評議会議事堂? ブーレウテーリオン(前2世紀) -
ミレトス遺跡
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ミレトス遺跡
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ミレトス遺跡
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ミレトス遺跡 「聖なる道」はここから。
長さ100m、幅28m。西側にアゴラのストアーが、東側にイオニアのストアー。
ここからディディムのアポロン神殿まで通じる道路があった。 -
ミレトス遺跡 アゴラ イオニアのストア
雨季はこの遺跡は歩けません。長いこと水没した跡が見えます。
ここで休んでいたら、なんと日本人二人が話しながらやってきます。
あとで分かったが、レンタカーでやってきたようで、こちらからは声がけせず遠ざかる。 -
ミレトス遺跡 アゴラ
先ギリシャ人時代に崇拝されていた豊穣の女神信仰とギリシャ人が北方からもってきたオリンポス系の神々との葛藤、メデューサの首を切るまでの激しい闘争、矛盾、論争が、イオニアで最も経済的に繁栄しため多くの人材が集ったミレトスで行われた結果、哲学や科学が生まれたのではなかったか。 -
ミレトス遺跡
ファウスティーナの浴場 -
ミレトス遺跡
イオニア地方がペルシャに対して前500年反乱を起こしたときはここが中心となったため、前494ラデー沖海戦で破れ、ミレトスも陥落し、徹底的に破壊されました。ために前5世紀以前の遺跡はきわめて乏しいと言う。
アテネがペルシャ戦争を戦い抜きペルシャをこの地方から押し返した後、前5−4世紀にヒッポダモスの都市計画によって碁盤目の街路をもつ街として再建されたと言う。南北が30度傾いていますが、それは母市である、クレタ島のミーレートスに向いているからとされています。
この後、この方式は、ピレウスで前445年、ロードスで前408年、前4世紀にはプリエネ、クニドス、アレキサンドリア(ここも母市である、マケドニアのアレキサンダー大王の生地に向いていると言う。)と普及していったようです。 -
ミレトス遺跡
競技場? 前2世紀に作られたが、他のローマ時代の競技場と異なり角張っている。191m×29.5m -
ミレトス遺跡
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円形劇場前にはレストラン1軒、ジュース屋1軒のみ。
どちらもここにはソケへの路線バスは来ないから、タクシーを呼ぶかという。
ここまでソケからドルムシュで来てそこに降りたじゃないかと言っても応じない。
遺跡入口建物駐在警官に表通りまで歩いて行ってバスを待とうかと言ったら危ないという。で、白タクを手配してくれるという。
近くのポドルム・ソケ間のバス停があるアンキョイまで、警官はスペシャルプライスだ、25TLと言って、運転手に指図する。 -
で、アンキョイのバス停付近で降ろされ、ソケ行きを待つ。
全く、これまで交通機関で途方にくれたということはありません -
アンキョイ(と発音したが、地図上 Ak Yenikoy のことかな)バス停近くのロカンタというよりはチャイハナ。アルコールはダメ。
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観光客がほとんど来ない村チャイハナの料金表。左下1皿10TL。
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可愛い少女がサーブしていたので、チャイで休憩。チャイはオトガルでもどこでも1TL。のんびり待つ。
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クシャダスに戻ってきました。
バスで一緒だった親子四人、父親と娘、母親と娘それぞれ腕を組みべったりです。娘がいないのでこの感覚は分からない。 -
クシャダス アドナン・メンデレス通り
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クシャダス
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クシャダス
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クシャダス バルバロス大通り 門付近
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クシャダス バルバロス大通り
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クシャダス バルバロス大通り
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キャラバンサライホテル バルバロス大通り側
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バルバロス大通り側を港へ突っ切ると
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キャラバンサライホテル 港側 アタチュルク大通り
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大型客船は毎日停泊。ギリシャのサモス島との間にも定期船。
大型バスが数十台待機しています。ほとんどがエフェス・ペルガモンツアー。 -
キャラバンサライホテル前
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キャラバンサライホテル
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キャラバンサライ・ホテル 中庭の夜
宿泊客が少なく、ショーなし。 -
サールック通り近くの小公園に面した静かなレストラン「MERKEZ LOKANTASI GAMALI」。
呼び込みをする品のある店主は、映画「シンドラーのリスト」の会計役とそっくりの顔。その仕草、物腰もまたそっくり。 -
ここは2日通った。両隣を地元客4人でするゲーム台が置いてあるロカンタに挟まれた、ビールを出すロカンタ・レストラン。
まずビールを頼んだら、ふくらんだパンとパン用ソースが出た。 -
チョップ・シシを頼む。おしぼりが出た。
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二日目の夜
エフェスとスープと -
二日目の夜
ビーフとした。
全部で19TL、お釣り1TLをチップとした。 -
港町・クシャダスの夜
三日間、夜はホテル近くの紅灯を彷徨ったが、観光客が歩く大通り近辺の横道で危険なところはないように感じた。
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クシャダスの夜
アタチュルク大通り、バルバロス通りとサールック大通りに挟まれた北側一帯は、全部土産物屋かレストラン、ペンション。
バルバロス大通りから一本南側通りが若干紅灯あり。 -
クシャダスの夜
サールック大通り -
クシャダスの夜
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クシャダスの夜
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クシャダスの夜
翌日はポドルムへ向かい2泊、ギリシャのコス島へ日帰りします。
以上のデータは、下記の本に依拠していますが、個人的な感想が多々あります。
ミレトスに関しては
「古代ギリシャの旅」高野義郎著 岩波新書 2002年
デイディム、メデューサ女神に関しては
「世界歴史の旅 トルコ」大村幸弘著 山川出版社 2000年発行
「大地母神の時代」安田喜憲著 角川選書 1991年発行
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