2013/06/04 - 2013/06/05
405位(同エリア2819件中)
ottoさん
6/4 ビュルツブルク観光の後古城ホテルでランチを楽しみ、
約123km_50分のバスツアーでフランクフルトへ。
午後フランクフルト市内を自由散策。
ル・メリデイアン・パークホテルに一泊。
6/5 9:30 フランクフルト国際空港に向けてホテルを出発
、 12:00 (NH204) ANA204直行便にて羽田へ。
(約11時間25分)
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バロックの華・ヴュルツブルクの観光を堪能し、丘に建つシュタインブルク城ホテルのレストランに入る。
甲冑姿がお出迎え。中世にタイムスリップする導入。 -
レストランのハローメニューは
冷スープに続き -
魚料理をメインとする3コースのランチ。
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地元産ワインのサービス付。
デザートもあっさりしていたので胃にもたれなかった。 -
食後マイン川を望むテラスに出てみる。
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眼下にビュルツブルクの市街が広がっている。
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久しぶりの青空。水嵩が増したマイン川が大きく蛇行しながら北西の方に流れてゆく。
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実際に城館だったにしては小ぶりの館。
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ひょっとして観光用に整備されたのかも。
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さて 豊かな田園の広がりを眺めつつ.....
ヴュルツブルクから123km_約1時間50分かけてフランクフルトを目指す。 -
街の歴史やバロック芸術に圧倒され、優雅なランチで胃袋が満たされたせいか車中爆睡。
気づくと窓外の様子が変わっている。あたり一面のブドウ畑が見えない。
現在、フランクフルトのブドウ園は、ロールベルクの斜面に1箇所だけしかなくフランクフルト市がこのブドウ園を管理し、毎年約 1万本のリースリング・ワインが生産されると言う。 -
マイン川下流の大都会・フランクフルトに到着したようだ。
この先はライン河に接続している。
フランクフルト・アム・マイン (Frankfurt am Main) は、マイン川沿いの都市の意、 -
ドイツ連邦共和国ヘッセン州に属す郡独立市である。人口 69万人を超えるヘッセン州最大の都市(2012年6月30日現在)であり、ドイツ全体でもベルリン、ハンブルク、ミュンヘン、ケルンに次ぐ第5の都市である。
近代的な高層ビル群を縫ってバスは走る。 -
中世以来、フランクフルトはドイツの中心都市の一つであった。794年カール大帝の頃に初めて文献に記録され、中世盛期の帝国自由都市であった。1806年まで神聖ローマ皇帝の選挙が行われる諸侯会議が開催された地であった。
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15:30 ル・メリデイアン・パークホテル到着。
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近所にレストランスーパーもあり、市中への足場が便利なロケーション。
利便性も売りの一つ。 -
ドイツの旅・最終ホテルにチェックイン。
部屋割りが発表され、キーを受け取るまでの間ロビーで待機。 -
ロビーテーブルのフラワーアレンジメントがキュート。
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部屋に荷を置き、各自 地図を片手に思い思いの散策開始。
16:00頃ホテルを出発。 -
町に出て 延々と続くトラムの長さに驚いた。
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背の高いバスもやって来る。
第2次大戦後の町の壊滅状況を復興するにあたり 他の古い大都市とは異なり、中心部の街並みは自動車優先の道路網や近代建築で構成されるものとなった。 -
前の人に習って市の中心部行きトラムのチケットを買う。
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大人一人 1.6ユーロ
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昼下がりの車内はすいていた。
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2階建てのバスが横切ってゆく。
アルトシュタットで下車。 -
この街で最も重要な3つの見所がアルトシュタットに集まっている。カイザードーム(大聖堂)、レーマーベルク、パウルス教会などである。
レーマーベルクは、アルトシュタットの中心となっている広場で歴史的な旧市街の遺構は、ドイツで最も有名な都市広場の一つであるレーマーベルク付近でしか見ることはできないとは驚き。 -
大聖堂の鐘楼が聳えている。
特徴的な後期ゴシック様式の西塔を持つカトリックの聖バルトロメウス大聖堂は、皇帝の選挙と戴冠が行われた場所である。 -
14世紀の市庁舎(レーマー)
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この大聖堂からレーマー(市庁舎)に通じる道はケーニヒスヴェーク(王の径)と名付けられている。新たに戴冠した皇帝が、市庁舎への宴のために行列を連ねた通りである。
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初期ゴシック様式の旧ニコライ教会、
宗教改革導入以降しばらく、フランクフルト・アム・マインは伝統的にルター派が優勢な都市であった。
2006年においてローマ・カトリック教会と福音主義教会に属するキリスト教徒はフランクフルト・アム・マインの全住民の中で47,2%を占めているに過ぎないそうだ。 -
第2次大戦後、ドイツが東西に分割される時23人もの戴冠式が行われ、国民会議も開かれていたフランクフルトは首都選定でボンに破れた。
爾来、経済都市を目指し都市の近代化を進めルことを選択。成功はしたが犯罪も多くその意味でもマンハッタン的だと称される。、
今や歴史的な旧市街の遺構は、ドイツで最も有名な都市広場の一つである此処・レーマーベルク付近でしか見ることはできないそうだ。 -
旅の間馴染んだドイツの三色旗のは上から(黒)=勤勉 (赤)=熱情(黄)=栄光を
表す。
度重なる戦いで壊滅的に破壊されたにも拘らず不屈の精神で立ち直り、EU連合銀行本部が置かれるなどEUの中核を担う国。勇敢・勤勉・実直等 まことに誇り高い民族であると実感した。
春に訪問した王室を戴くオランダ、ベルギーとは地理的・歴史的に深い関わりを持つ大国ドイツは多くの異なる地域がそれぞれ魅力を有し多様性のバランスを保っている。 -
エコカーで颯爽と走るおじさん。
まさかピザの配達では? -
大聖堂に入らせて貰う。中央の祭壇にキリストの磔刑像。
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すっきりしたデザインの中廊の奥にパイプオルガン。
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どの窓も過剰な装飾がない
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シンプルな着色で一連のストーリーが示されている。
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現在(2013年)、大聖堂前には、ローマ時代やカロリング朝時代の出土品が発掘された考古学の庭(ドイツ語版)がある。
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大聖堂を出て元の広場に戻ってきた。
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川に沿って設置されたベンチに座って暫く流れを見ていた。
マイン川に架かる橋 アルテ・ブリュッケ(直訳すると「古い橋」、1222年にはすでに文献に記録されている)は、何世紀もの間、この町で最も重要な建造物であった。
マイン川の両岸は、フランクフルト市内で最も魅力的な地域に発展してきている。ムゼウムスウーファー(博物館堤)の拡張、川岸施設の刷新、旧フランクフルト西港の住宅・産業地域への改変といったプロジェクトが行われ、建築上見所の多いマイン川の橋などがある。 -
静謐な一幅の風景。
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観光船らしいのに人影がない。ライン川とマイン川を行き来する船は多く、どうやら洪水による回船措置らしい。
地元の人は勿論、クルーズの観光客も大変だったろうと思う。 -
アルテシュタットを後にして帰途に着く。
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トラムの停留所に夕影が延びてきた。
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ビジネスマンが乗ってきた。
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ふと見ると、トラムの窓外に裏向けの巨大ユーロのシンボルマーク。急いでシャッターを押す。
現在のフランクフルトは国際金融の中心地であり、工業や産業の中心でもある。経済的側面から世界都市の一つに数えられており、欧州中央銀行、ドイツ連邦銀行、等など主要金融機関の本部が置かれているのだ。 -
おでこに「UB」と記され様式を留めて保存された駅舎 フランクフルト中央駅が西日に眩しそう。
1888年にオープンしたフランクフルト中央駅はヨーロッパで最も鉄道旅客が多く、1日に約 35万人が利用する。これは、ハンブルク中央駅(1日の利用客数約 45万人)に次ぎ、ミュンヘン中央駅と並んでドイツで 2番目の数である。 -
中へ入ってみた。膨大な列車ごとの発車時刻がずらりと表示されている。
この駅を発着する最も長い行程を走る列車は、バーゼル - モスクワ間を結んでいる。2002年から、ケルン行きの新しい ICE路線が営業を開始し、両都市間の移動時間を 75分に短縮した。パリ行きの高速鉄道路線もありわずか 4時間で旅することができる。 -
ドイツ鉄道のなかで、フランクフルトがドイツで最も重要な乗換駅。ICE 13路線が乗り入れており、高速鉄道網の最も重要な接続駅となっている。
赤い車体の車両がホームに入ってきた。 -
特急らしいクリーム色のが待機中。
天井は幾つかのドーム型が連なる。 -
地上および地下施設は、見切れないほどの見応えあるインパクトを放つ。
何か焼かれている。。。いい匂いが満ちている。
フランクフルトでは、皇帝の戴冠式やメッセのために多くの裕福な客が多く訪れ、これに伴って17世紀から18世紀にはすでに高度な食文化・ホテル文化が形成されていた。フランクフルトの料理は、19世紀にはハンブルクやウィーンと並んでドイツで主導的な地位にあった。
中世から作られていた豚肉製のフランクフルター・ヴュルストヒェン(フランクフルト・ソーセージ)は最も古く最も有名な料理の一つである。19世紀にはこれにフランクフルター・リンツヴルスト(牛肉製)が加わった。
フランクフルトの特別な料理がグリューネ・ゾーセ(グリーン・ソース)で、伝統的に7種類の野菜で作られる: ルリジサ、シャク、コショウソウ、パセリ、サラダバーネット、スイバ、チャイブである。 -
すし店にはお持ち帰り用鮨が並んでいる。
夕食用に幾つか買っって帰る。ご当地ドリンクのリンゴジュースも忘れずに。
フランクフルトの有名なスイーツとしては、フランクフルター・ブレンテン、ベトメンヒェン、ハッデクーヒェ、フランクフルタークランツがあるらしい。 -
フランクフルトは、ヨーロッパでは数少ない印象的なスカイラインを持つ街であり、このためニューヨークのマンハッタンをもじって「マインハッタン」とも呼ばれる。特に多くの高層建築物が、インネンシュタット西部の銀行地区、バーンホーフスフィールテル東部、ヴェストエント南部に密集している。
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夕暮れのフランクフルト・アム・マインのスカイライン.まだライトアップされていない。
最初の高層ビルは1950年代に建設され、1970年代中頃から高さ 150 m を超える超高層建築物も建造されるようになった。 -
ホテルに戻る。772号室は清潔で,機能的.
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水周りも問題なし。
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ドイツ縦断11日(正味8日)の最後の夜,ゆっくりと湯船に浸かる。
ゲーテ、モーツアルト、ベートーベン、カラヤン等 錚々たる文豪、音楽家達がどのように生きたのか思いを巡らせつつ.... -
翌朝 帰国する段になって引き続き快晴...
17世紀から旧市街を囲んでいた大きな堡塁を持つバロック様式の都市防衛施設は取り壊され、堡塁の鋸歯型の遺構は旧市街を取り囲む環状の公園施設に造り替えられ、フィッシャーフェルトが建設された。 -
さすが市域の約1/3がフランクフルト緑地帯景観保護地域に指定されているだけあって、緑がいっぱい。
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マイン川ともこれでお別れである。水の濁りは消えているようだ。
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フランクフルトは交通の要衝であり、フランクフルト・ジャンクションはドイツで最も交通量が多いジャンクションの1つである。 -
ホテルから一時間ほどで国際空港に着いた。
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ターミナル1は1972年3月14日にオープン。A,B,Cの三つのコンコースがある。スターアライアンス各社はこのターミナル1に発着する。ルフトハンザはコンコースA、全日本空輸はコンコースBを使用している。
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フランクフルト国際空港は世界最大級の空港でありヨーロッパでは、ロンドンのヒースロー空港に次ぎ、二番目または三番目に大きい空港である。 -
資料によれば当空港からの発着先は、現在のところロンドンのヒースロー空港からの発着先より多い。しかし旅客の輸送量では依然としてヒースロー空港が優位にあり、当空港はこの点でパリのシャルル・ド・ゴール国際空港に並んでいる。
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チェックインー> 通関手続きを終えラウンジにて休憩。 -
混雑する Bー48搭乗口。 ロンドンよりはましかな。
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人気の中型機ながら何かとトラブル続きのボーイング「787」型機。
12:00 ANA204 便は直接羽田へ向けて飛び立つ予定。 -
登場して手にした新聞には 最近3戦を勝利したメルケル首相が洪水の被災地を視察する様子が載っている。直ちに多額の支援金も約束された。
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救援隊が復旧に全力を挙げて取組む様子が紙面に漲っている。
一日も早く穏やかな日々に戻れるよう祈るばかり。 -
無事離陸。
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フランクフルト市街を目に焼き付けて置こう。
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青い空にぽっかりと浮かんだ綿雲。
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トイレにたつ際キッチンを見学。
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シートは5A ,5C
隣席と容易に喋れない。 -
ドリンクはいつもどうり ”ミモザ”注文。
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食べ過ぎるとランチに響くので控えめにケーキを頂く。
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13:00 ランチタイム
盛りだくさんの海鮮に始まり -
久しぶりの白いご飯と味噌汁の味は格別。
さわらの塩焼きは食べきれず残した。 -
デザートは2色のアイスクリーム。
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紅茶にチョコレートを添えて供される。
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映画を3本見て少しうとうとした。
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目覚めると「何かお持ちしましょうか?」と優しく声をかけられた。
では....と「きつねうどん」をリクエスト。関西の薄味で美味しかった。
6月6日 6:25 無事羽田着。(約11時間25分)
チェックアウト後スーツケースの宅配手続きを済ませ羽田で疲れを取って から 10:15 伊丹着。帰宅するなり洗濯機を回しながら倒れこむように寝床へ.
2人とも体力が快復しブログを書く気力が出るまで4ヶ月もかかってしまった。
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