2013/09/23 - 2013/09/28
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ANZdrifterさん
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表紙は皇室の菩提所、泉涌寺の勅使門と霊明殿です。
今回も四条烏丸ちかくのホテルで5連泊しました。
いつもの仲間が初日の夕食を予約してくれたのは宿に至近の“都野菜の鹿ケ谷”(この後10月に廃業)でした。おばんざいとか、玉ねぎ丸焼きとかの各種野菜料理に肉もつけて、リーズナブルな値段で素晴らしくおいしい夕食を楽しみました。絶対のお勧めでしたが残念です。
二日目は久しぶりの上賀茂神社です。正式には賀茂別雷神社(カモワケイカヅチジンジャ)で、古代氏族の賀茂氏の祖神・雷神をまつる旧官幣大社。神社本庁の別表神社です。
698年の葵祭の記事が最古の記録で、794年の平安遷都の後は王城鎮護の神社として尊敬されてきました。神社の後ろの神山(こうやま)がご神体で、磐座(いわくら)がいくつもあるという。細殿まえには神山を模した砂山(たてずな)が作られている。
土舎、橋殿、細殿と並んでいて、橋の先には大きな岩がある。葵祭りのときには宮司が岩上に蹲踞し、勅使が橋殿で天下泰平・五穀豊穣を祈る「御祭文」を読みあげて、宮司が神に代わって応諾の「返し祝詞」を読む儀式がある。
これは神がこの大きな岩に降臨・出現して人間の願いを聞くと言う自然信仰の名残りとされていて、このような石は影向石(ようごういし)と呼ばれ、苔寺や梅宮(ウメノミヤ)大社などにもあるそうです。
三日目は影向石に興味があって梅宮大社を訪れました。四条通りの西端に近く、市バスの均一区間のほぼ最後で、桂川の対岸には松尾大社があります。由緒によれば1300年前に橘氏一門の氏神として祀られ、嵯峨天皇の皇后・壇林皇后がこの地に移したという。子授けの神とされ、壇林皇后も当社に祈って仁明天皇を懐妊したそうです。
また酒造の祖神でもある。
楼門、拝殿、本殿が直線に並ぶが、桧皮葺き三間社流造りの本殿は玉垣の中にある。本殿に向かって左には三羽の鳥が石化したという熊野石と呼ばれる影向石があるが、現在では特段の祭祀儀礼は行なわれていないという。
向かって右には“またげ石”と呼ばれる二つの丸石が白砂に置かれていて、これをまたぐと懐妊できると信じられている。
四日目は泉涌寺(センニュウジ)です。弘法大師が庵を結んだのに始まり、宋で学んだ月輪大師が清泉の涌出を瑞祥として泉涌寺と改名し、1226年には主な伽藍が完成した。いまでも宋の時代の発音による読経が行われているという。おおきな仏殿の構造はすばらしく見事です。
また、1230年に請来された楊貴妃観音像は昭和30年までは100年に一度だけ開扉されていただけの秘仏で、今は拝観できるのですが観音堂内は暗くてよく見えない。
皇室からの帰依も篤く、1242年に四条天皇が当寺に葬られて以来、歴代天皇の山陵がここに営まれ、皇室の菩提所として“御寺(みてら)”と呼ばれています。
歴代天皇の尊牌が祀られている霊明殿は拝観できないが、お車寄せ・御座所は拝観できる。また、霊明殿の横の参道を行くと宮内庁が管轄する(らしい)月輪陵がある。
五日目は錦市場とイノダコーヒーです。歩いて往復したので、毎日買っていた市バスの500円の一日券は買いませんでした。
錦市場をずっと見て回って、買い物を見定めてから堺町通りを上がって数分、イノダコーヒーでランチをとって、錦市場で豆、砂糖でくるんだ松露、万願寺唐辛子などを買いました。
今回の旅は宿の場所がよかったので、バスの一日券で巡回したり、徒歩で買い物したりと、京都を堪能しましたが、神道の本家である皇室に 仏式の菩提所があるなんて、まさに融通無碍の日本だと嬉しくなりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
上賀茂神社の入り口。この右奥に広大な芝生があり、祭りの時に使われる。
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重要文化財3棟。
右の建物が土舎(到着殿)、中央が橋殿(舞殿)、左が細殿(拝殿)。
橋殿は御手洗川をまたいで造られている。 -
細殿(拝殿)前の「たてずな・立て砂」
神社の後ろの御神体の神山(こうやま)を模したものという。 -
これが影向石(ようごういし)で、一年に一度の葵祭りには神が降臨して、人間の願いを聞き取るとされている。
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古代祭祀の姿を伝え、神と人との心の通路・・・・・です。
”気”が集中する所だそうで、若い女性が一心に手をかざしていました。 -
御手洗川をまたいで造られている橋殿。
葵祭りの祭文はここで読み上げられ、橋の向こうの影向石に蹲踞した宮司が「返し祝詞」を読み上げる、ということらしい。 -
神社の紋の「ふたつばあおい」が美しいので紹介します。
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たしか、楽殿の床材の先端だったとおもいます。
「ふたつばあおい}が見事に彫られていました。 -
たしか、左は屋根つきの橋、片岡橋だったと思います。
そうすると、右は賀茂神社の御祭神の母神を祀った第一摂社の片岡神社です。 -
本殿です。
遷宮の準備中でした。
2000円で桧皮に願い事を書いて奉納できます。 -
上賀茂神社にはたくさんの摂社や末社がありますが、それらの社殿に近接して、それぞれの遷宮のときに新造の社殿を建てる場所が、注連縄で囲われていました。
摂社や末社まで遷宮しているなんて、知りませんでした。 -
梅宮大社です。読みは「うめのみや大社」です。旧官幣中社。
神社本庁に属していない宗教法人です。 -
楼門には多くの酒樽が詰められていました。
祭神の大山祇神は別名酒解神で、穀物から酒を作った最初の神様で酒造祖神とされている。 -
楼門、拝殿、本殿が一直線に並んで造られている。
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ここでお賽銭をあげます。
リュックを背負った中高年の男女が、数十人、忙しく参拝して次の社寺に向かって歩き去りました。 -
なぜか、石に関係するモノがいくつもありました。
これは「お百度石」。向こうの石柱とこちらの石を往復するのかも・・・・・ -
これは「猿田彦・・・ウズメノミコト・・・」と書いてあったが、内容不明。
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玉垣の隙間から撮影した影向石。
三石とも言い熊野から飛来した三羽の鳥が石化したという。
由緒記では、石がご神体で、紀伊熊野の三社を祀っているとされているが、神社の方に聞いたところ、特段の祭祀は行われていないとのこと。 -
またげ石。
壇林皇后はここで祈って仁明天皇を懐妊したといわれる。
長谷川一夫の夫人もここで祈って子を授かったという。 -
玉垣の前には こんな危険な告知がでていた。
9月はすずめ蜂が もっとも攻撃的になる季節である。 -
泉涌寺の総門です。
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説明です。
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総門から こんな道を約10分歩きます。
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大門です。
この前に駐車場があります。
総門を入ってすぐ左に楊貴妃観音を祀った観音堂があります。 -
堂内は撮影禁止なので、ポスターを撮りました。
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参道は下り参道が、仏殿までつづきます。
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仏殿内部の構造は巨大な4本の柱が中心で、それを囲むようにいくつもの柱が並んでいて、全体で屋根を支えているのが見事です。
外側の木組みを撮りました。 -
泉涌寺の名のおこりとなった湧き水を祀るお堂。
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菊の紋章が仏式の提灯に描かれていました。
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四条天皇以下の尊牌が納められ拝観できない 霊明殿と勅使門。
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湧き水のちかくに こんな石柱が立っていました。
四条天皇はこの寺に葬られていた。 -
宮内庁の名で、ここに祀られている皇室関係者の名前が列記されている。
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月輪陵。
霊明殿の後ろにあります。 -
さて、久しぶりのイノダコーヒーです。まずは入り口。
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店の中。この先にトイレ。右が禁煙席。左が売店。後ろが庭。
いろんなセットメニューがありますが、今回はミートローフセットでした。 -
9月末の こんな季節でした。
梅宮大社の近くです。
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